第56話 音無家

 窪田家で夕飯に誘われたが、流石に厚かましすぎるので丁重にお断りした。僕の気持ちを察してか衣織も同調してくれた。


 家に帰ると鍵が開いていた。おそらく母さんだ。


「ただいま」


「おかえり、遅かったじゃない」


「うん、友達ん家寄ってて、それより鍵ちゃんと掛けないとだめだよ」


「あ、ごめんごめん忘れてた」


「もう、警察なのに、何でそこ不用心なの」


「てへ」


 そう、僕の母さんはなんと警察官僚なのだ。毎日忙しくほぼホテル暮らしで、なかなか家にも帰ってこれない。


「「てへ」じゃないよ。気をつけてね」


「分かった、分かった、細かいな鳴は」


「いや、細かくないから」


「ねえ」


「なに?」


「友達って彼女でしょ?」


 鋭い……。


「な……なんでさ」


「だって、鳴からいい匂いがしたからね……どこまで進んでるの?」


「ど……どこまでも進んでないよ!」


「そんなに匂いをつけて帰ってきてるのに、ヘタレね」


「いや、ヘタレ言うなし!」


 母さんとは、大体いつもこんな感じで友達と話しているみたいだ。


「愛夏ちゃんと別れて、ずっと落ち込んでたから密かに心配してたんだよね」


「その節はどうも……」


「青春だね……今度彼女紹介してね!」


「うん」


 紹介するのはいいけど、いつ家にいるんだよ!と突っ込みたかったが、それを言っちゃうと母さんが本気でへこむから言葉を飲んだ。


「なんか食べる?」


「あ、うん食べる」


 母さんの手料理久しぶりだ。コンビニでパンを買ってきていたけど、これは明日の昼にでも食べよう。


 母さんの手料理は見た目は最高に不味そうなのだが、見た目に反して味は最高だ。





 ——食事しながら、衣織との馴れ初めを母さんに話した。僕の話を嬉しそうに聞いてくれる母さん。久しぶりの母子の時間だ。


「そういえば鳴、夏休みに父さんとりん帰ってくるからよろしくね」


「え! 聞いてないよ!」


「今言った」


「それを世間では聞いてないって言うんだよ!」


「いいじゃん、いいじゃん家族なんだから」


「向こうはそう思ってないかもだけどな……」


「まあ、あの2人はね……ちょっと愛情表現が歪んでるからね」


「僕は、普通の愛情表現がいいよ」


「まあ、そこは大人な方が合わせるのが、上手くやっていくコツだよ」


「もう、勝手なこと言って……」


 父さんはアメリカの音大でギターを教えている。


 りんは僕の双子の妹で、父さんと一緒にアメリカで暮らしている。


 2人は思ったことをストレートに口にする、似た者親娘だ。


 僕は幼い頃からそんな2人の口撃に晒され続けていた。


 家族だから嫌いじゃないけど……僕は2人がちょっと苦手だ。



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