第53話 いつ結婚するの?
たった一曲合わせただけなのにワンステージやりきったぐらいに消耗した。これが世界トッププロのプレッシャーであることは明々白々だ。衣織もクタクタの様子だが、2人は何事もなかったかのようにケロッとしている。
「鳴くん……君凄いね! ワクワクしてきたよ! Cのツーファイブでもう1曲セッションしない?」
Cのツーファイブとはセッションなどで使われるコード進行だ。雑に言えばドレミファソラシドさえ知っていてばリードは取れる。
でもこんなトッププロ相手に即興演奏なんて……。
「鳴! やって! 見てみたい!」
彼女の頼みとあれば断れない。
「分かりました」
「じゃあいくよ」
学さんの伴奏がいきなり始まった。すごく情熱的なフレーズだ。これに合わせるのか……。
これほどの強い音に対して、小手先のテクニックは無意味だ。きっと学さんもそれを求めているのだろう。
僕は感情のままフレーズを奏でた。一音一音に魂を込め。学さんのピアノにかき消されない強い音で。
次の展開では学さんのピアノが僕のギターを持ち上げ始めた。これはおそらくテクニックを見せてみろという挑発だ。
僕は派手なテクニックを避けベーシックに積み上げてきたテクニックでこれに応じた。派手なテクニックは聴き耳にも見た目にも派手なのだが、このシビアなスウィングリズムの中でそれを使うのはリスキーだからだ。
楽しい……衣織と初めてセッションした時もかなりの衝撃を受けたが、学さんとのセッションもやばい。
そして32小節が終わり、今度は僕が伴奏に回った。
不思議な感覚だった。学さんのリードはまるで衣織の歌のようだった。これはもしかして学さんがそのように演奏しているのだろうか。その意図は後で確認するとして学さんのピアノのリードをサポートした。
クライマックスの当たる部分を前に学さんは手を緩めた。これは学さんと佳織さんが衣織にやったように僕に引っ張ってみろということだろう。
僕は学さんのリードを引っ張った。いや、実際には違う、学さんに乗せられたのだ。たった64小節のセッションだったが次元の違いを見せつけられた。すごい……音楽の楽しさを本当の意味で理解した気がした。
「ねえ、鳴くん」
「はい」
「君、衣織といつ結婚するの?」
「「はい——っ!」」
セッションが終わると学さんから爆弾発言が飛び出した。
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