第52話 窪田家とセッション
天才ジャズピアニスト窪田 学。
稀代のジャズシンガー窪田 佳織。
まさか衣織のご両親がそんなトッププレイヤーだとは思いもよらなかった。衣織の歌唱力とセンスも同年代では飛び抜けている。まさに音楽に愛された家族だ。
「鳴くん、このギターでいいかな?」
G社のフルホロータイプの名機だった。こんな高額なギター……。
「そんな高価なギター!? 恐れ多いですよ」
「気にしなくていいんだよ、私の練習用だし、せっかくなら良い音で合わせたいしね」
「ありがとうございます」
車が買えるほど高価なギター……緊張する要素がひとつ増えた。
「あの、何を合わせますか? 一応黒本の曲ならひと通りは」
黒本とはジャズスタンダードの定番が200曲以上収録された、ジャズプレイヤーのバイブル的な楽譜集だ。
「おー凄いね、その歳で黒本覚えちゃったんだ」
「進行だけですが……」
「それでも凄いよ。でも、それじゃ衣織が参加できないから、君たちの持ち曲でいいよ」
「僕たちの……」
衣織もうなずいていた。
「分かりました、ではそれでお願いします」
衣織は家族だからどう思っているか分からないが、これはチャンスだ。トッププロの前でオリジナルを披露できる機会なんてそうそうあるもんじゃない。
各自セッテイングが終わったので、演奏を開始した。披露したことのないフレーズなのに学さんは4小節目の終わりから、ジャムってきた。
なんだこの感覚は……僕のギターが土台から持ち上げられているような感覚だ。あと数小節もすれば衣織の歌が入る。このままでは厚すぎる。歌の邪魔になる。だがそれは杞憂だった。
歌が入った瞬間から学さんのピアノがワーントーン落ち着き、見事に歌のサポートに回った。学さんを気にしていると衣織の邪魔をしてしまうかも知れない。僕は学さんのピアノよりも衣織の歌に集中した。
そして歌が入って9小節目から佳織さんもコーラスで参入した。声質が似ているせいだろうか。幻想的なまでのハーモニーで、新たな境地に
そしてこの曲の見せ場。コーラス部分はまるで音の戦いだった。僕は衣織を持ち上げて歌を引き立たせることしか出来なかったが、学さんはその逆で音の嵐で衣織の歌を引っ張った。
佳織さんのコーラスも容赦なかった。衣織をガンガン引っ張る。
……だから僕は衣織の歌を押し上げることに徹した。僕たちひとりひとりなら、この音の嵐に負けてしまうかも知れない……でも2人なら。
僕たちの演奏に今までにない、一体感が生まれた。
こんな演奏を今のレベルの僕ができるだなんて、まるで夢のようだった。
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