第49話 僕はもう間違えない——衣織の場合

 さっきまで顔も見たくなかった。なのに鳴の顔を見るだけでドキドキが止まらない。


 何これ?


 これが吊り橋効果?!


 もう彼氏だけど……。


「衣織……ごめんね、僕があの時ちゃんと話していればこんなことには」


「ううん、いいのそんなことは」


 なんだろう、いつもと同じ声なのに、いつもよりも心に響く。鳴に補正がかかってる?


 私は我慢できなくなって鳴に抱きついた。鳴はそんな私を優しく包み込んでくれた。


「結衣さんとは本当に何もないんだ」


 うん、知ってる。もうそんなことはどうでもいいんだ。


「分かってる。鳴も結衣もそんなことしないって分かってる」


「結衣さんにギターを教えていたんだ」


「結衣にギターを?」


 ちょっとムッとした。これが嫉妬?!


「うん、結衣さん『ロックは人に教えてもらうもんじゃない』って普段から言ってるでしょ」


「うんうん、言ってるね」


「だから皆んなには内緒でって約束してたんだよ」


 なんだよ……そのつまらない約束……。


 でも、そんなつまらない約束でも律儀に守る鳴……可愛い!


「そんな、理由だったのね……」


「本当にゴメンね」


「ううん、私こそゴメン。結衣に聞けばすぐに解決する話だったのに」


 本当に意地張って損した。


「違うよ衣織。これは皆んなにいい顔しようとしていた、僕が招いたことなんだ。これからは衣織を第一に考えるよ。もう僕は間違えない」


 ヤバ……今キュンってきた。そんな歯の浮くようなセリフを真顔でいわれるなんて想像してなかった。


「『僕はもう間違えない』って……ラブソングの歌詞に使えそうね」


「確かにそうだね」


 ヤバい、嬉しい……震えが止まらない。


「衣織、今日は家まで送っていくよ一緒に帰ろ」


「え、いいよ、鳴ん家反対方向だし」


「反対って言ってもひと駅だけだし、僕がそうしたいんだよ」


 なんなのこの男らしさは……これがさっきまで顔も見たくなかった私の彼氏なの。


「じゃ、お言葉にあまえようかな」


「うん」


 私は鳴と手を繋いで駅に向かった。


 今日の始まりは最悪だったけど、最高の終わり方になりそうだ。




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