第38話 胸熱のランチ 〜衣織視点〜

 ついにこの時がやって来た。


 ランチの時間。


 私は知っている。鳴がいつも私の目線を気にしながら、お昼を食べていることを……たまに食べ損ねてぽろっと落としている事を。


 鳴は食べることが極端に下手だ。小学生低学年レベルと言えば分かりやすいだろうか。


 彼氏としては大きなマイナスポイントなのだけれど、鳴の生い立ちを聞くと一概にはそう思えなかった。


 鳴のご両親は共働きでとても忙しく、幼少時より1人で食事をとることが多かったらしいのだ。


 その辺りの影響は、食事だけに限らず随所に見え隠れしている。


 鳴は愛に飢えている。


 鳴と一緒にいると強くそれを感じる。


 鳴は難しい顔でメニューを凝視している。きっと私に恥をかかせないように、上手く食べられる物をオーダーしようとしているのだろう。


 鳴の精一杯の背伸びと気遣いは彼女としては非常に心地いい。そしてとても可愛らしく思う。


 そんな鳴のために私にできることは、さりげなくアシストしてあげることだけだ。


「ねえ鳴、せっかくだから少しづつ頼んでシェアしない?」


 困った顔をしている。全く可愛いなあ。


「いいですね、そうしましょう」


 どうやら観念したようだ。でも違うのだよ鳴。これは助け舟なのだから。


「鳴は食べられないものある?」


「好き嫌いなく何でも食べます」


「じゃ私のおすすめでいいかな?」


「はい」


 私は小分けに取り分やすそうな物を中心にオーダーした。


 鳴は困った顔のままだ。気付かれていない。


 私は鳴がなるべく気を紛らわせるように、ギターの話題を中心に振った。話しに花を咲かせ食事はサブ的な役割としてこの場を楽しむことにした。


 ランチごときで精神をすり減らしてしまっては元も子もないのだ。


 食べるのが下手な鳴でも食べやすように小皿に取り分けてあげた。それでも鳴は、頬にご飯粒をつけるぐらい不器用だ。


 ラブコメでよくあるシーン。彼氏の頬についたご飯粒を取ってあげてそのまま口にする。


 まさか自分にそんな日が来るとは思っていなかった。


 鳴は頬を赤らめていた。


 鳴にとっては緊張のランチだったかもしれないが、私にとっては胸熱のランチになった。



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