第36話 ペアルック

 楽器屋さんを後にした僕たちは、普通のカップルのようにショッピングを楽しむことにした。この時期になると何処のショップも夏物が中心だ。夏コーデの試着イベントなんか発生したら、僕は理性を保てる自信がない。


「ねえ、これなんかどう?」


「いいと思います!」


「じゃぁこれは?」


「いいと思います!!」


「ちょっと意表をついてこれは?」


「いいと思います!」


 衣織が膨れっ面になった。その瞬間、僕は自分の犯したミスに気付いた。


「さっきから「いいと思います」ばっかり!」


 図星だった。こんな時の正解はなんだった?


 もっと予習しておくべきだった!


「いや、でも本当にどれも似合っていて、いい感じですよ」


「そうじゃなくて、好みとかあるじゃない」


 あ……そう言うことか……僕の好み……。


 何も着ていないのが好みです。とか言ったら人生終わるんだろうな。


「鳴! 変なこと考えてたよね」


「そそそそ、そんなことないです!」


 もうタジタジだ。


「僕の好みはこれです」


 僕が選んだのは「ちょっと意表をついて」と衣織が言っていたラベンダーのシャツワンピだ。


「あら、案外大人しいのが好きなのね」


「そうですかね……でも、衣織の雰囲気に絶対合いますよ! 可愛いです!」


「そっ……そうかな」


 ちょっと赤面する衣織。たまらない……これぞデートの醍醐味。


「じ、じゃこれにするね」


「僕がプレゼントしますよ!」


 何かプレゼントしたくて多少の軍資金は持ってきた。


「いいって、無理しなくても」


「僕にプレゼントさせてください!」


 無言で衣織が値札を見せてくれた。


 17600円……。


 僕は無駄な抵抗をやめた。


 ——「ねね、ついてきて」


 次に衣織に連れられて向かったショップでは多くのTシャツを取り揃えていた。


「ここで、お揃いのTシャツ買おうよ」


 も……もしかしてペアルックですか!?


 衣織の話によるとここのショップの衣類は、学生が授業で制作したもので、質の良い品物が安価で手に入るとのことだ。


 そして僕たちはいくつかのTシャツをチョイスした。


「どのデザインが1番好きか、せーので指差してね」


 何このワクワクイベント。幸せ過ぎるんだけど。


 僕たちがせーので指差したTシャツは白地に黒のワンポイントロゴが入ったシンプルなデザインのものだった。


「これプレゼントしてくれる? 私が鳴のプレゼントするから」


「もちろんです!」


 価格は生地の重さで違ってくるので、僕のTシャツの方が、ほんのすこしだけ高かった。


 僕が衣織に初めてプレゼントしたTシャツは1280円だった。


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