第35話 鳴の本気試奏

 楽器屋は謎にテンションが上がる。衣織も僕と同じだったようで、その後もメインテナンスグッズなどを一緒に選んだ。もしかしたら衣織となら楽器屋で1日中過ごせるまである。


「私もエレキやってみようかな」


「なんでまた?」


「鳴を見たからよ。私エレキであんなにエモい伴奏ができるって知らなかったもん」


「まあ、確かにエレキはリードに目が行きがちですもんね」


「鳴も歌えるじゃない?」


 歌えますが女装は嫌です。


「ま、まあ」


「鳴がメインヴォーカルをとる曲で、私もあんなエモいギターを弾いてみたい。私、ギター好きだし」


 少し意外だった。衣織は手軽な伴奏用としてアコギをチョイスしているものだとばかり思っていた。


「エレキ初心者にもおすすめのギター教えてよ「ストラトです!」」


「食い気味に来たわね……ってことはかなりおすすめなの?」


「はい、ストラトは多彩な音が出せますし、比較的軽くて演奏性も悪くないですから、最初の1本としては間違いないと思いますよ」


「これなんか、めっちゃいいと思いますよ。価格も手頃ですし僕も同じの1本持ってます」


「可愛い色ね」


「カラバリも豊富ですよ。試奏させてもらいましょうか?」


「私恥ずかしいから鳴が弾いてくれる?」


「別に構いませんが、弾き心地わからないですよ?」


「それは重要じゃないわ。やっぱり音よ」


 随分と男前な意見だ。


 店員さんにお願いして、このギターを試奏させてもらうことにした。何の因果か、例の嫌な顔をする店員さんが担当してくれた。


 店員さんはチューニングを合わせ終わると、これでもかってぐらいの爆テクを披露し、ちょっとした人だかりができた。ドヤ顔で明らか上から目線で僕にギターを手渡した。


 衣織が僕に耳打ちする。


「ねえ、楽器屋さんの店員ってあんなに感じ悪いものなの?」


「いやーほら、僕らこの間お騒がせしちゃったし」


「それでも嫌な感じだわ。鳴の爆テクでギャフンと言わせてよ」


 テクニックをひけらかすのはあまり好きじゃないけど、可愛い彼女のお願いとあっては仕方ない。


 速弾きからのタッピング、スラップ、フラメンコのテクニックを応用した6連カッティング。現在主流のギターテクを織り交ぜた即興演奏を披露した。


 やっぱりストラトはいい。


 僕の出したい音をストレートに表現してくれる。僕は試奏だということを忘れて熱演してしまった。


 演奏が終わるとギャラリーから拍手が巻き起こった。動画を撮っている人もいた。


 気がつくと有名ギタリストのギタークリニック並みに人が集まってしまった。


「すみません、ありがとうございました」


 僕たちは店員さんにギターを手渡しこの場を後にした。


 店員さんのあんぐりした顔が忘れられない。


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