第32話 ひざまくらが安らぐなんて誰が言った

 僕の通学路はちょっと回り道をすると、青春ドラマで出てくるような河川敷がある。


 そして今、僕はその河川敷で……


 衣織に膝枕をしてもらっている。


 とても落ち着かない気分だ。


 膝枕が安らぐなんて言ったのはどこのどいつだ。


 意中の女子の太ももの感触は確かに至福だ。


 だが、こんな密接した状態が長く続くと心停止してしまう恐れがある。


 緊張のあまり、鼓動が爆速になるからだ。


 それだけではない。


 季節にもよるかも知れないが密接状態はかなり暑い。


 爽やかな風が吹く、5月でもだ。


 つまり僕が何が言いたいかというと『汗』だ。


 もし汗でもかいて衣織のスカートを濡らしてしまったら嫌われるんじゃなかろうか?


 そんな思いが僕を萎縮させる。


 他にもまだある。


 それは口臭だ。


 僕の口は臭くないだろうか。


 この距離でお話しして口が臭かったらシャレにならない。そんな風に考えるとせっかくのシチュエーションでも会話が弾まない。


 口に手を当てて話すのもワザとらしいし、いさぎよさにもかける。


 その結果、言葉数が減ってしまうのだ。


 こんなことなら、帰る前に歯を磨いておけばよかった。


 せめてタブレットなど、なにかしらの口臭対策は用意しておくべきだった。


 不足の事態に対する備えは常に必要なのだ。勉強になります。


「どうしたの? 黙りこくっちゃって」


 普段見ることのないアングルから見る衣織。これはこれでなんとも言えない。


「いや……やっぱ緊張しちゃって」


 口が裂けても口臭が気になってとは言えない。


「じ……自分がして欲しいって言ったくせに……私まで緊張するじゃない」


「ごめんなさい……」


 とてもいい感触だ。そしてとてもいい匂いだ。なんだかホワっとした気分にさせてくれる。


「衣織……今日は本当にごめん……貴重な練習時間だったのに」


「いいよ……私のこと考えてくれてのことだし」


 この後も僕たちは言葉少なめで、ただまったりとした時間を過ごして家路についた。


 控えめに言って『ひざまくら最高』だ。


 僕のような初心者の場合、ひざまくらは最高だが安らぎはしない。


 この緊張感、安らげるようになるまでは、まだまだ時間が掛かりそうだ。



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