第29話 結衣さんのお願い

 ルナ騒ぎがひと段落しても愛夏は何も言ってこなかった。本当になんのつもりだったんだろう。少し不安な僕だった。


「結衣さん、こんにちは」


「よう、鳴」


 部室には結衣さんしかいなかった。


「他のみんなはまだです?」


「そうみたいだね。衣織は当番で職員室だよ」


「ありがとうございます」


 いつものように、チューニングを終えウォーミンングアップを始めると結衣さんが神妙な面持ちで近寄って来た。


 つか、距離! そのいい匂いいが、無駄にドキドキするのでやめてください。


「鳴! お願い」


 両手を合わせくしゃっと目を閉じる結衣さん。破壊力の強い可愛さだ。


「な……なんでしょう?」


「ウチにギター教えて!」


 意外なお願いだった。なぜなら結衣さんは『ロックは人に教えてもらうものじゃない』ってのが持論だからだ。


 厳密には結衣さんのジャンルはメロコアだけど、広義ではロックだ。


「別にいいですよ」


「ありがとう!」


 結衣さんに両手を取られた。無駄に緊張するのでやめてください。


「で、分かってると思うけど……皆んなには内緒ね」


 ちょっともじもじする結衣さん。新たな可愛さ発見です。


「でも、それじゃいつ教えれば?」


「登下校、昼休みは衣織とべったりだもんね……」


「はい……」


「いいね! 熱くて!」


「結衣さんのおかげです」


「お役に立てて幸いだよ! それよりさ、教えてもらう件なんだけど」


「はい」


「週に1回でも2回でもいいからウチん家来てくれない?」


 な……なんだって。


「ウチは両親田舎で、姉貴と二人暮らしだから問題ないし」


 いや、問題あると思うんだけど。


「お姉さん、いらっしゃるんですね」


「いるんだよ、めっちゃ巨乳で可愛いよ?」


 そんなアピール。無駄に期待しちゃうのでやめてください。


「ダメ……かな?」


 上目遣いの結衣さん。可愛すぎる。


 つか、やっぱり衣織にも内緒だろうな……でも結衣さんにもお世話になってるから、無下に断れない。


 悩ましい……。


「分かりました。どこかのタイミングで衣織にだけは話しといてもらますか?」


「うぅーやっぱ、言わないとダメ?」


「後ろめたいことなくても、やっぱりちょっと気がひけます」


「分かった! 衣織にはウチから話しとく!」


「オッケーです」


 僕は結衣さんにギターを教えることになった。

 人に教えるなんて初めてだ。


 うまく教えることができるか不安な僕だった。


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