第11話 事情聴取

 昨日まで存在感ゼロだった僕が、衣織さんと一緒に登校して、一気に存在感が出てしまった。


 学園のアイドルといっても、極々ローカルな存在だ。僕は正直タカをくくっていた。


 でも、僕が青春の大半を過ごすのは、その極々ローカルなエリアなのだ。衣織さんと別れてからも容赦無く男子たちの視線が、僕を突き刺す。


「ちっす鳴」


「おはよう、ユッキー」


 僕が教室に入ると、男子たちがザワついた。


「見たぞ、鳴、お前なんでイチャコラ窪田先輩と、名前で呼びあってたんだよ! 羨ましいな!」


「違うよユッキー、ほら、僕、昨日から軽音はじめたろ? それで衣織さんとユニット組むことになって」


「はぁ——っ窪田先輩とユニットだと?」


「う……うん」


 もしかしてユッキーも衣織さん推しなのか。


「でもよ、だからってよ、ちょっと仲良過ぎじゃないか?」


「いやー、他の先輩も名前で呼びあってたから……きっと軽音はそういう感じなんだよ!」


「マジかよ……俺も軽音入ろうかな……」


「鳴……またギター、はじめたの?」


 高校に入学してから、いや、あの日別れて以来、ひと言も話していなかった愛夏が、何の脈絡もなく話しかけてきた。


 急に話しかけられたせいなのか、たったひと言だったのに、ドキドキが止まらない、顔が紅潮してくるのも分かる。


 僕はまだ……。


 愛夏を忘れられない。


「う……うん、昨日から」


「そう、よかった……また、鳴のギター聴かせてね」


「あ、ああ……」


「約束よ」


「うん、いつか、必ず……」


 なんて事のない、言葉を交わしただけなのに、僕は目頭が熱くなってしまった。

 でも、流石に教室では泣けない。

 なんとか涙をこらえた。


「鳴……お前」


「大丈夫だよ、それより衣織さんの話しだろ」


「そうだった! 多分他にも聞きたいヤツは大勢いるぜ……なあ皆んな」


『『聞かせろ音無!』』


 昨日まで、ユッキー以外と話す事なんてなかった僕の周りに人だかりができた。

 僕は、こういうの、苦手だけど、正直助かった。


 結果、衣織さんのおかげで平静でいられた。


 なんだか感慨深い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る