6-4 天上の国、夢想の終わり、再生の時

 カンナギとココノエは共に消滅した。これで、この世界に残っていた旧人類はすべて消滅したことになる。そして、道を阻んでいた障害も取り除かれた。

 セリは、自分の首に腕をかけているアクラを引っ張りながらカテラのそばへと歩いて行った。


「カンナギも、行っちゃったね。これで天上の層にいるのは私たち三人だけになった」


 どこか寂しそうにカテラはセリを見つめている。実際のところセリもだいぶ寂しいし辛い。


「そうだね、でもそれはちょっと違うよ。これからカテラは世界再生まで一人になる

 。僕たちは、これから再生塔に再起動をかけて、世界を正常化する。そのためにはアクラと融合する必要があるんだ。融合出来たら、再生塔の機関部に潜って、それを為す。それとカテラ、ニライもよろしく。四層目に入った瞬間に、たぶんノアによって僕から引きはがされてたんだと思う、今はしゃべらないけど、そのうち気が付くはず」

「そう、じゃあここでお別れだね」


 悲しそうな顔で、泣きそうな顔でカテラが言った。セリも泣きそうだし、カテラと別れたくなんてなかった。再生の中心となるセリは、この星で新たなる神と化す。だから、再生する世界にセリは新生できない。でも。だからこそ。


「今まで、ありがとうカテラ。再生した世界でも元気でね。僕の最後の活躍、見守っていてね!」

「うん。分かってる。セリこそ、元気で…ね」

「……カテラ…。正直に言うとね、寂しいし、辛いし、悲しいよ!会えなくなるなんて嫌だ…!いやだ…うわああああん!!」


 セリの涙腺は決壊した。カテラに抱き着き、ただ泣きじゃくる。

 そんなセリをカテラは優しく抱きしめ、囁いた。


「セリ、私の大切な家族。今までありがとう。あなたの強さのおかげで私もここまで来ることが出来た。楽園にはたどり着けなかったけど、とうをのぼるものとして、みんなと出会って、少なからずの良い思い出が出来た。私も辛いよ。だけどセリ、あなたはこのためにみんなの力を借りて、ここまで来た。これからは親離れじゃないけど、アクラと一緒に私たちの手から巣立つ時なんだよ、きっとね」

「……うん…!分かってるよ…!」

「辛いだろうけど、頑張って、立ち上がって、そして進んで、見守っていて。道は分かれるけど、私は私の道を進んで行くから。セリはセリの道を歩んでいって」


 涙でぐしゃぐしゃの顔を上に向けるてハッとする。カテラも少しだけ泣いていた。


「カテラ、ありがとう」


 心からの本当の気持ち。


「はい。セリ、ありがとう」

「さようなら、カテラ」

「さようなら、セリ」


 今一度ギュッと抱きしめて、カテラのもとから離れる。近くで離れ見ていたアクラが、セリの服のすそを掴む。


「いこう、セリ」

「うん!」


 最後のカテラの顔は、笑顔で、セリを送り出していた。セリはその顔をしっかりと心に焼き付けて、アクラの方を向く。セリはもう振り返らない。

 セリはカテラにサヨナラと告げ、アクラとともに世界再生を始める。これは決まっていることで、あとから捻じ曲げらられる話ではない。もう最後の別れは済んだ。

 セリは仲間たちのもとから巣立つ時なのだ。だからこそ、セリは振り返らない。

 アクラに手を引っ張られてポッドがあった場所近くまで来たセリは、ぎゅうと目をつむる。

 そしてまるで水中に落ちるように、ドプンと、アクラとともに世界へ溶けていった。


 本当に水中にいるような妙な浮遊感と寒いくらいの冷たさがある。だが呼吸は出来る。

 アクラはセリの目の前にいて、握った両の手を握り返しながら言った。


「これまでのたびを、おしえ…て?」

「いいよ。そうだなぁ…」


 ふっと世界を見上げるセリの脳裏にはこれまでの旅路が鮮明に思い出された。

 本当に沢山で色んな色の思い出がある。決断も敗北も無謀も、様々な色で溢れている。仲間たちとの出会いもこの世界に足掻く人も、残酷な結末が待ち受けてたとしても、それらはすべて、セリにとっては導であり輝きである。


「まずはカテラとの出会いから。僕は第一層の世界へ浮上した遺跡にいたらしいんだけど…。多分ココノエが転移させた場所が搭の最下層だったんだと思う。あの時は何もなくて何も覚えてなくて、ココノエの記録を見たとき、自分のことを救世主か何かだと思ってた」


 そう、なんとなくそう感じていたんだ。確証もまだないのに。


「それでカテラに助けてもらって…。カテラは最初、依頼で動いていたみたいだね。そのあと最初の壁だった、ロッハー…いや、世界につながった今なら分かる。本名はロックハート・ベルセント。旧人類の一人で、そうか…カテラの師匠の友人だった一人だ。ロックハートは傭兵教会に属してたみたいだけど、そこで改造を受けて、記憶を失って、カテラと師匠のことも忘れて僕らに襲い掛かってきたんだ」

「そしてカテラの拠点だった灰の村まで来て、ニライと出会った。彼女は簡易ターミナルと呼ばれる旧時代の遺物で、AIの少女だった。そして旧灰の村の残骸では、人造体に避難していたクラウトことカンナギに出会った。最初はものすごく胡散臭くて、信じられなかったから話半分で聞いていたなぁ…」

「管町ではカテラの同業者、ヴェンスとアーサーに出会った。ヴェンスの癖が強かったのは覚えてる。ふふ。それで、僕は町で待ってたんだけど、まだ正常だったころのノアからの交信で鎧竜っていう強大な魔物がいるところに行くんだったね。ボロボロで戦ってたカテラを助けようとして、一撃を受け即死した。そのあとはノアを経由して輪廻と再生が使われて、その時僕は再生のコードを継承したんだ。そして色付鬼もダウンロードされて初めて完全なる暴力の力を使った」


 そう、あの時空ではまだノアは正常だった。ココノエも永遠に囚われてはいなかったのだろう。下と上では時間の流れが違うのだ。


「そして水門の奥に隠されていた遺跡で同じく再生人殻のスズシロとナズナに出会った。二人は過去に起こった災害事象『天罰』によってもう再生もできないほどボロボロになっていた。そしてこの二人はカンナギと塔を下る旅をしていた。スズシロはマキの冷凍睡眠の解凍者だったみたい」


 そういえばあれだけ約束しておいて、セリはマキにありがとうを伝えていなかった。

 残念だがもう機会はない。カテラに話しておけば…いや、カテラはあの場にいたから、新生した世界でマキに出会ったときにきっと伝えてくれるだろう。


「そして僕たちは第二層へと上がった。これは世界につながったからこそ得られた記憶だけど、その間一層ではヴェンスとアーサーが教会の足止めを行ってくれていたみたいだね。そのあとロックハートが表れて、二人は倒されてしまった…そうか…そうだったのか…。ロックハートは二人から移動権限を奪ってまで、僕たちを殺そうとした。結果ロックハートはカテラによって死に、僕はシーラという人型の改造人形を暴力の力の暴走で破壊した。ロックハートの死体もシーラの機体も多分ノアが消したんじゃないかな?たぶん。この辺はなぜか曖昧なんだ」


 悲しい記憶、辛い出来事だった。二人が足止めをしてくれたおかげで僕たちはなんとかロックハートを倒せたのだ。


「第二層では最初は薬売りをしていた亜人のゼルに出会った。そのあと町での騒動に巻き込まれて、協力して魔物を排除して誤解を解いて、一緒の旅に加わることになった。列車路を進んで行ったらカテラの疲労がピークに達して、倒れちゃったんだ。そうしたら不思議な存在の旅人に出会った。彼は、あの時は何者か分からなかったけど今なら少しだけ分かる。彼は師匠の仲間の一人。カテラにとってはナナシという人物だったみたい。カテラが気づかなかった理由の一つは、熱のせいもあるけど、それ以前に歳も取らない若いころのまんまだったからスルーしたみたいだね。それで僕たちは中央都市に辿り着いた」


 中央都市は大きかったし初めてだったから余計にわくわくしてた。初めての大都市だったからなおさらだ。


「旅人に別れを告げたあと、中央都市ではなぜか第一層の認知が消えていて、焦ったよ。ギルドに赴いて依頼を受け軌道列車にのっている最中に獣人の女性ハイネルに出会った。隣に座ったんだけどすごくモフモフしてたことを覚えている。一緒に赤き竜を討伐して、中央都市に戻ったんだ。そのあと、第二層の守護人殻であるレダ、そしてその娘の再生人殻のスズナに会った。不法潜入していた別の守護人殻を倒すために、エゼルサーバーにアクセスすることになって、僕とニライとカンナギが、選ばれた」

「エゼルの中は平和だった時間でループしてて、そこで箱庭機関に属していたカノンと…アクラ、君の前身であるSASに会った。そのあとは守護人殻が強襲を仕掛けてきたから何とか戦って倒して、ニライが巻き込まれて死んだと思った。怖かった」


 この時セリは鎧竜の時と同様に、仲間が死ぬかもしれない場面に遭遇した。

 単純に怖くて悲しくて、許せなかった。


「目覚めたらニライはなぜか生きていて、抱き着いてきた。生きててホッとした。そしてカノンとSASの力でギリギリの中エゼルから脱出できた僕たちは現実世界へと帰還する。そして中央都市が僕を悪い意味で狙っていることも分かったから、僕たちは第三層へと進むことになった」

「第三層はカンナギの管轄だったらしくて、詳しかった。そこで旧人類の一人であるマキに出会った。僕よりほんの少し上の年齢だと思う。そこからは世界の成り立ちを聞いて、そこで初めてノアという存在がいることを知った。そして悠久都市エルネスで、僕たちを追ってきていた教会の執行官ヨルヌ、カンガアラ、フィーネと会敵した。三人をカテラとカンナギが倒した後、アイギスに向かうための橋の上で、カテラの元弟子でハイネルと同じく中央の騎士だった少女フレアと会った。ハイネルが一人で立ち向かって隙を作り時間稼ぎをして、トドメはカテラが刺したみたい」

「なんとか危険を退けたんだけど、代償もあって、ハイネルが傷で動けなくなって意識もなくなってしまって、結晶管理都市アイギスにある装置を使って結晶化させることになった。ハイネルとはここでお別れだ。マキはカンナギの手で記憶片フラグメントへと姿を変えて、僕たちを第四層へと送り出した」


 ハイネルが結晶化するしかないと聞いた時は正直なにも考えられなかった。セリはここで初めて、仲間を失った。


「第四層で僕は接続のコードを使用した後の隙を狙われて狂人と化したノアに乗っ取られていて僕の記憶はないから、世界の記憶を語ることにする。カテラ、カンナギ、ゼルたちは僕を探すために長い旅にでたみたいだね。そこで最初は転写意識の方のレーヴェ、いやレースノイエとその再生人殻スズシロの復元体に会った。レースノイエを何とか撃退して、旅を続け世界からの脱出と僕の捜索を続ける三人の前に、本来の記憶を有した、レーヴェが表れる。レーヴェから第五層への道を聞いた三人はとてつもなく長い時間を旅して、新たなる地マルカルナから脱出し、ついに目的地である幻影都市ハルギオンに辿り着いた。そのあとは仕掛けてくるであろうレースノイエを倒すため、ゼルにカンナギの再生人殻ゴギョウの力を少しだけ移植して、エレベーターを二段構えで打ち上げた。ゼルは一人でレースノイエに立ち向かった。ゼルは命を削りながら、レースノイエを倒し、そしてこと切れたみたいだね…」


 そんなことがあったのか。セリの胸を、悲しみが締め付ける。

 そして同時に感謝の気持ちもある。セリを助けるためにゼルは少ない命を何のためらいなく使った。だからこそセリは世界再生を完遂させなければならない。


「カテラとカンナギは二人で、ノアの器にされていた僕を助け出した。ノアは撤退してそれを追っていたら、神の庭で再生人殻仏の座に会う。仏の座はもうボロボロの幽体で、肉体はすでに失っていた。だけどそれでも最後の力で僕にノアの記憶の追体験をさせた。そして僕は楽園で、カテラの師匠であるココノエ・ウヅキに会った。彼女は観測者兼記録者を趣味でやってて僕に希望の力『天滅銃』を与えて、世界再生を促した。そして僕は現実世界に帰還して、またノアと戦うことになった。ノアは寸前のところで逃げて、僕たちはそれを追った。そしてついに最後の層でる第五層に向かうことになったんだ」

「そしてノアの生身の肉体を殺したんだけど、幽体になったノアは僕に第二ラウンドと告げて僕に戦いを挑んできた。結果はノアの魂に介入を使って侵入してノアの心に会うことが出来た。そこで驚愕の真実を知ることになったんだ。ノアの今までの狂人といった装いも性格も行動も、すべてノアの演技だったことが分かった。一種の二重人格のようなものだね。ノアは僕にこれからのすべてを託し、重症だったカテラを蘇生して消滅した。そしてアクラも見ていたと思うけど僕たちはようやく、君の前にやってきたわけだ。永遠という長い時間君の痛みを肩代わりしていたココノエの魂は死んでいたんだけど、カンナギの言葉で少しずつ記憶を思い出したココノエは僕にコードを渡した。そのあと君を再調律したカンナギとコードを渡したココノエは限界がきて消滅したんだ。二人とも、魂からの消滅だから僕たちがこれから為す世界再生で新生させることは出来ない。長い間聞いてくれてありがとうアクラ。これが僕たち『とうをのぼるもの』たちの旅路の記憶だよ」

「ううん、たのしかったよ、セリ。それがあなたがみたせかいのすべてなんだね」

「そう。これが僕の僕たちの記憶。今までの魂の記録」

「うん、わかった。セリはそれでもこのせかいをさいせいしたいんだね?」

「そのために、僕は今ここにいるんだよアクラ」

「わかったセリ。ならはじめましょう?せかいのさいせいを、せかいのしんせいを」


 アクラはそういうが早いか、光の粒子となりセリの体の周りを飛び始めた。そして、セリの体に吸い込まれるように消えていく。セリは感覚的に自身の精神が二つになった気がした。

 頭の奥から声が響く。


「セリ、私を助けてくれてありがとう、約束守ってくれてありがとう。今度は私がセリの意志を叶える番だね」


 アクラの声は今までと違いハッキリしている。おそらくセリと融合したからだろう。


「うん、じゃあ行こうか。世界再生をするために、この機関部から星の中心へと潜るんだ」

「ええ。私たちはずっと一緒だよ。絶対に一人にはさせないから」

「ありがとうアクラ」


 セリの姿はさらに変わっていた。蒼い髪は長髪になり身長も伸びて、青年に成長していた。

 セリはそのまま再生塔の内部を一気に降りていき、一息で星の中心へと辿り着いた。星の中心は暖かく、中心に神々しい光を放つ結晶があった。

 これに触れて接続すれば、世界はセリの思うがままだ。セリはそっと結晶に近づき、ゆっくりと手を掲げ、そして結晶に触れた。結晶は鼓動しており、まるで生きているようだ。

 セリはふっと笑って、自身の思い描いている世界を星のすべてへと、伝播させていった。


 世界は再生する。

 これは、一つの約束を守った者の人としての最後の記憶。

 これは、『とうをのぼるもの』の最後の記録。

 これは、兵器でも世界を救えるという証の話。


 そして、世界は新生しまだ続く。続いていく。

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