6-3 天上の国、夢想の終わり、永遠の時

 蒼い球体の真下まで辿り着いた。完全な闇ではないがほの暗い光景が広がっている。

 しかしどこか神秘的で、不思議な気分だ。世界は暗き蒼で染まっている。

 球体から、螺旋状の階段が地面まで続いている。

 三人は深呼吸してからゆっくりとその階段を上り始め球体の中へと吸い込まれるように入っていった。


 その空間はまるで何も描いていないキャンバスのようだ。真っ白だった。

 目線のちょうど真ん中に地面から生えた円柱状の物体が見える。中には小さな少女が膝を抱えて座るように液体に浸かっている。深海潜航の際に会ったことがある。あれはアクラだ。

 セリはアクラに駆け寄ろうとして、後ろにいたはずのカンナギが、自分の目の前に立っていることに気が付いた。


「カンナギ?」


 セリがカンナギを心配そうな目で見上げた。


「会いたかったよ、ココノエ」


 カンナギは一点を見ている。そして、空間がほんの少し歪み、赤い髪で赤目で白衣に身を包んだ女性。ココノエが姿を現した。

 ココノエの目には生気がなく、その表情はどこか儚げだ。


「久しぶりね。カンナギに…セリ。ようこそ、ここが途切れ、ここが永遠。そう、ここは世界の終着点。生きた命たちが最後に回帰し輪廻の流れに身を任せる場所」

「ココノエ、もういいんだ。ノアはセリにすべて託して消滅した。もう、お前は輪廻を再現しなくても、世界はセリとアクラによって再生する」

「……そう、ノアは死んだのね。カンナギ、セリと新人類の子に自己紹介してもいいかしら?」

「かまわない」

「……初めまして新人類の子。そしてよくここまでたどり着いたわねセリ。改めて、初めまして。私はココノエ・カエデ・ナユツキ。この世界の運営者にして『再生塔』の創造主」


 ココノエは静かに言った。その言葉には確かな重みがある。


「貴女は…どこかで見たことが…ある気がする」

「ええ。新人類の子よ。私はあなたが師匠と慕う者の妹だから。面影があるんでしょうね」

「師匠の妹…?!」


 カテラは一瞬驚いた表情を見せたが、何かを思い出したのかすぐに落ち着いた。


「そこは別にどうでもいいこと。それよりもセリによく尽くしてくれたわね…ありがとう。深い感謝を貴女に送らせてもらうわ」

「セリとはもうずっと一緒だから、尽くしているつもりなんて微塵もない。セリは家族みたいなものだからね」

「貴女のおかげでこの子はここまで育つことが出来た。これはとてもいいことなの。アクラとともに世界再生を為すためには必要なことだった。だから私は、そのように事が運ぶよう、世界の因果を操作した」

「どういう意味…?」

「貴女と、その師匠こと、『ココノエ・カエデ』が出会うように少しだけ手を加えた」

「それって…まさか…!」

「ええ。貴女の怨敵であるヨルヌを操作したのも天罰災害を引き起こしたのも私。貴女が真に恨むべき相手は私。それでもアレは必要な犠牲だった」


 カテラはギュッと拳を握り込み、深く息を吐き俯いた。体は明らかに同様で震えている。セリはそれを見て、不安になった。


「カテ…」

「…そう……………なら…………ここで死ね!!!」


 カテラは自分の目の前にいたセリを押しのけ、ココノエに向かっていく。太ももの方に装着していたナイフを抜いていた。


「カテラ!?だめだ!!ココノエを殺したら、世界再生は!!」


 セリの制止を無視しカテラはココノエに突っ込む。そしてナイフを振るった瞬間、斥力場のようなバリアに阻まれナイフは簡単に折れた。それでもカテラは止まらない。思いっきり腕を振り上げてココノエに一撃入れようとして、後ろから、いつの間にか実体化していたカンナギに取り押さえられ、地面にねじ伏せられた。


「どけ!!!カンナギ!!邪魔するなぁ!!!」

「落ち着け、カテラ!。よく考えろ!ココノエの言葉に騙されるな!」

「騙す?私を騙して何の得があるっていうんだ!!復讐を…果たさなければ!!」

「カテラ、ココノエの狙いは新人類であるお前に己を殺させることによって、仕組んだプログラムを発動させたいという狙いがある!だから!」

「プログラム…?なんの話だ!」

「人によって為される神殺しの再現だ。お前が今、唯一ココノエを殺せる存在で、ココノエを殺した瞬間、世界再生のための『輪廻』のコードを永遠に破棄しようとしているんだ。だから、落ち着いてくれ…」

「…分かったよカンナギ。そろそろ痛いから手を放してくれると助かるんだけど」

「ああ、すまない」


 カンナギがカテラの上からどいて、カテラは立ち上がって深呼吸し、少し伸びをして、静かになった。


「…バレていたのですか…なぜ邪魔をしたのですか、カンナギ。私がしていることは、すべてこの世界維持のためなのですが」

「世界維持だと?お前が永遠の時間に疲れ果て壊れかけだから、カテラという、お前にとっての道具を使い、自殺しようとしたんだろ?」

「…いい推理ですね」

「悪いが、俺だってお前に何度騙されたか分からないからな。これぐらいの警戒はするさ。それより、俺はお前と話に来たんだ。お前とアクラ、同調リンクしている苦しみを解きにな」

「私とアクラが?なんのためにです?」

「アクラの調整が失敗した後、ノアの暴走から俺を救って下層に転送し、アクラに流し込まれた『痛み』を分散しようと何とかしたんだろう?だから同調リンクして痛みの半分を肩代わりした。だから精神はノア以上にすり減って、今のお前が形成されたんだ。そしてお前は長い時間蘇生させたノアとともに何度も世界を輪廻させ、何とかアクラを救う手立てを見つけようとしたんだ。…それこそ、永遠に近いとてつもなく長い時間、痛みと魂の疲弊から己が身を何とか奮い立てながらな」

「あくまで憶測でしょう?」

「いーや、事実だ。現にお前は、あの後ノア用の再生人殻を今のセリの原点である無垢の魂を入れて最下層に転移させている。それは、セリという存在がアクラの痛みを消し去り、世界再生を為すための大切な欠片として見出したからだろう?」

「…確かにそんなこともした記憶だけはありますね」

「ほら見ろ。お前は長いことここに籠っていたせいで、いろいろと忘れているだけなんだよ。だから俺はお前に沢山の事を思い出してほしくて、今ここに来てここにいるんだ。よく考えろココノエ。お前がやることは一つ。セリに『輪廻』のコードを譲渡して、世界再生を為してもらうだ。ただそれだけで、お前もアクラも苦しみから解放される。それが今できる最善の策だと思うんだが」


 ココノエは少し考えるそぶりを見せ、カンナギを見つめる。

 カンナギはじっと、ココノエを見つめている。


「本当に、貴方はいつも来るのが遅いんですよ。私がこうなることも、貴方は分かっていたでしょう?私がセリという人殻にすべてを託し、自分の責務から逃げようとしたことも」

「逃げることは悪いことじゃない。お前は優秀すぎるんだ。だからすべてを独りで背負い込もうとする。それは愚策だぞココノエ。アクラを生み出すときに言ったよな、俺たちは仲間だ、だからいつでも頼っていい。ってな」

「…思い出してきましたよ。そんなことも言ってくれていたのね、カンナギは」

「当たり前だ。俺は世界一優しい男だぞ。それくらいの気遣い、出来るに決まっている」

「ふふ、懐かしいわね…ノアもレーヴェも、そして私も、人に頼ることを忘れてしまった愚かな人間よね。自分ひとりで生きているつもりなのかしら」

「今からでもいいんだ。ココノエ、お前の力をもう一度貸してくれないか?『輪廻』のコードをセリに渡すんだ」

「…分かったわ。セリ、来てくれるかしら」


 セリはココノエに駆け寄る。そしてココノエから差し出された手のひらに自分の手を重ねる。


「コード譲渡、対象者セリ…っと…」


 光の筋が、セリの体へと溶けていった。


「さて、ココノエ、これからの事だが…アクラの封印を解除してくれ。それとセリ、ココノエが封印を解除したら、今から俺がアクラの再調整を行うから、そうしたらお前の持てるすべてのコードを使ってアクラにアクセスするんだ」

「分かった。やってみるよ」

「ええ、分かったわ」

「さてと…」


 カンナギがアクラの入っている円柱状のポッドへ向かう。そしてポッドの外装に手を当てた。


「遅くなってすまないアクラ。俺の調整が悪かったんだな。何者かに妨害されたのが事実だとしても、それは言い訳にもならないことだったんだ、今になってよく分かったよ」


 カンナギが小さく何か呟くと、ポッドの周りに薄透明なコンソールが何個も姿を現した。カンナギはコンソールをまるで指揮者のように優雅に叩き出した。

 ポッドの液体が抜かれていきポッドは消えるように解体され、アクラはふわりと宙に浮いた。

 アクラは白い病衣のようなものを纏い、そして目を開いた。


「かんな…ぎ?ひ、さし…ぶり。げん…き?」

「ああ、俺は元気だよ、アクラ。ほら、セリも来ている」

「!!、ほんとうだ!」


 アクラは宙に浮いたままで、セリに近づき、抱きしめた。アクラの体はいい匂いがした。


「やくそく、わすれて…ない?」

「うん、忘れてないよ。ちゃんと覚えている。僕は約束通り、塔を上り、君に会いに来た」

「うん!」

「これから君と一緒に、この世界を再生するんだ。いいかい?」

「わかった、やって…みるね!」


 カンナギのそばにはいつの間にかココノエも来ていた。カテラは少し離れたところでこちらを見ている。

 ふいにカンナギの体が透けた気がした。いや気がしただけじゃない。透けている。

 そばにいるココノエの白衣が見える。よく見るとココノエの肉体も消えかけている。


「カンナギ!?ココノエも、体が!」

「ああ、俺たちもついに限界が来たらしいな。さすがに幽体の体で無理をしすぎたらしい」

「私は、私の持つすべてのコードをセリに譲渡した時点で、その中の『停滞』も消えたから、こうなる運命だったのは仕方ないことね」


 ココノエの顔にはほんのりと生気が戻り、すこし表情も柔らかくなっていた。

 カンナギはそっと、ココノエの手を握る。ココノエはそれに応えるように、手を握り返した。


「それじゃあ、俺たちはここまでだ。セリとアクラ、そしてカテラ。お前たちならきっと大丈夫さ」

「カテラ、先ほどはごめんなさい。申し訳ないのだけど最後に貴女にやって欲しいことがあるの。引き受けてくれるかしら?」

「いいよ。引き受ける」

「ありがとう。お願いっていうのは、貴女に新人類の、いえ『とうをのぼるもの』として、セリとアクラの世界再生を見届けてほしいの。いいかしら?」

「…いいよ。ちゃんと最後まで見ているから。安心して、安心して眠って」

「………ありがとう」


 ココノエの体は光の粒子となり、消えつつあった。そしてカンナギも同じく薄くなっている。

 ココノエはカンナギにもたれかかった。


「今度は、一人にはしない。俺もいっしょに行く。だから安心してくれ」

「ありがとう、カンナギ。最後に、会えたのが、セリを送り届けてくれたのが、貴方でよかったわ……」

「これも、約束…だからな」

「ふふ、貴方って本当に優しいのね…」


 そして、カンナギとココノエは、光の粒子に巻かれるように、消えていった。

 消滅したのだ。魂から。だから、二人はノアのように、世界再生後の世界に新生させることは出来ない。


 そしてセリは宙へと昇る光の粒子をいつまでも眺めていた。

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