第五層、天上世界、終わりと始まりの物語編

6-1 天上の国、虚ろの終わり、審判の時

 ノアを逃がした後、すべての準備を整えて、セリ、カテラ、カンナギは最後の階層に向かうべく移層エレベーターに向かっていた。

 黒の色付鬼の能力であるコードを譲渡されたセリは現在、『仮想加速』『介入』『創造』といった強大な力を手にしている。

 しかしセリは『天滅銃』の使用によって、自身の色付鬼と左腕を消却した状態にある。相変わらず、左腕は認識できない状態になっており、物も握れず、空間にも透過する。

 カテラは鉄七号や白銀交叉。そして、二つを合わせた『金斥神廻こんせきじんかい』をカンナギのレーレラの中に変形及び合体状態で保管している。これでカンナギが生きてレーレラを展開している時に限り、ノーモーションで一撃を見舞うことができる状態にある。

 カンナギは『仮想加速』を失ったため、コード接続が不可能となり、黒鈺や黒波といった技が使用不可になった。よって、現在の主力は黒い色付鬼の基礎能力底上げとレーレラ・メガロマニアクスに限定されている。


 作戦はこうだ。

 カンナギが囮となり、ノアの攻撃をセリとカテラから引きはがす。

 カテラの金斥の力で、コード『輪廻』に負荷をかけ続け、使用不可状態にする。これでノアは『輪廻』による再生が不可能になる。

 セリの『天滅銃』でノアの防御を突破し、ノアの肉体と魂を殺す。

 作戦中に誰か一人でも欠ければ実現できなくなる。そういう難しい戦いなのだ。

 今までのすべてを賭けて、セリたちはノアに挑む。

 失ってきたもの、奪われたもの、賭したもののため、ノアに挑戦状を叩きつけるのだ。覚悟はとうにできている。

 そうこうしているうちに、最後の移層エレベーターに到達した。ノアは何の障害も置かなかったらしく、移動は静かなものだった。移層エレベーターに乗り込み感慨にふける。

 この移動の間に、セリたちは今までの思い出を語り合っていた。

 セリの目覚めからカテラとの出会い。第二層での戦いや、第三層での世界の真実など。今まで秘めていた感情もすべて吐き出した。

 セリは世界再生をその胸に抱き、カテラは最後までセリを守ることを誓い、カンナギは二人を力の限りサポートすると言った。

 三人の、いや、『とうをのぼるものたち』の最後の戦いが幕を開けようとしていた。


 そしてついに最後の層へと辿り着いた。

 天上の世界は神々しいものだった。遥か下界に世界を臨み、頭上には本来の星々が搭全体、いや世界を照らしていた。

 地面はおそらくEFの本体で覆われている。半透明な薄緑の円盤のような、まるで緑に覆われた大地のように見えた。

 そこから少し進んだ先、塔の中心部に蒼い球体が浮かんでいる。おそらくあれがココノエがいる場所だろう。そして『アクラ』が眠る場所でもある。

 そして、その前に奴が立っていた。光輪を展開し、すでに色付鬼を装着している。

 白い色付鬼は、蒼き光に導かれるように球体の方を向いていた。


「来たか、とうをのぼるもの。割と早かったな」


 呟くように、消え入りそうな声でそれだけを言って白い色付鬼がこちらを向いた。

 光輪は輝きを増し、ノアは戦闘態勢に入っていた。


「これで本当に最後だノア。僕たちの戦いに決着をつけよう」


 セリたちも戦闘態勢をとる。作戦通りに動きノアを殺す。それだけだ。もう対話の必要はない。

 ノアは完全に変貌している。もう元に戻すことはできない、歪で虚ろの神だ。

 世界再生の妨げとしかならず、アクラの痛みの原因を断たなければならない。

 刹那の瞬間、カンナギが動いていた。レーレラはすでに顕現している。三本の筒がすべての銃身をノアに向け、駆動している。

 駆動し発射される弾丸、弾頭は『仮想加速』の効果のないただの塊だ。それでも時間稼ぎにはなる。そう、時間稼ぎをしなければならない。

 空間を薙ぐ様に掃射された弾丸が、ノアの全身を覆いつくした。


「無駄なんだよ、分かってるだろう?カンナギ!!」

「分かってるが、これならどうだ?銀銃シルバーガン、並列起動!」


 通常兵装が防がれるのならば、それを突破しうる武器を使うまで。三本の筒は弾丸を発射しつつ、中心から二つに分かれてそこから、白銀の銃身が姿を現す。

 これこそ、レーレラの必殺兵器『対天使用魂魄惨界兵器たいてんしようこんぱくざんかいへいき銀銃シルバーガン・アレクタ』である。


「銀銃、結界弾装填!撃て!!!」


 銀銃より放たれた弾丸は空間に小さな罅を入れつつ、目標ノアに向かって進む。

 瞬間、ノアの光弾がカンナギの半身に当たった。コードの防御もない今、カンナギの防御空間は紙切れに等しい意味をなさないハリボテでしかなく、あっけなく、ノアの光弾にカンナギの半身は削られる。だがカンナギはそれでもレーレラを停止させなかった。

 もちろんノアも銀銃のことは聞いたことはある。だが、光輪の正体である『輪廻』のコードを起動している今、すべての攻撃は無意味であると、そう考えていた。

 ノアは銀銃から弾丸が放たれる瞬間、確かに見た。あの忌々しい新人類の両腕を覆うように、見たこともない大砲のような武器の砲身がこちらを向いていることに。


「消しとべ、虚ろの神!」


 カテラは金斥をレーレラより召喚し、発射体制に入っていた。網膜に移るカウントダウンはすさまじい速度で零に向けて下降している。

 そしてカンナギが銀銃の弾丸を発射すると同時に大出力の一撃をノアに向け放った。

 放たれた強大なエネルギーはまっすぐに世界を突き進む。

 ノアは一瞬判断に迷った。銀銃を防げば、エネルギーが直撃し、これを防げば、銀銃の力をもろにくらい、一時的にコードを失うことになる。

 ノアはエネルギーの出力がわからないことを承知の上で、銀銃を防ぐことに決めた。輪廻のコードがあるとはいえ、二つの攻撃を同時に受けることは死に直結しかねない。たとえ、自身が最強の人間として君臨し、それに与えられた色付鬼が最終決戦用に調整されていたとしても、だ。


「不愉快な真似を…だが無駄だ!」


 ノアはコードの力をほぼすべて銀銃の防御へと回した。銀銃の弾丸が着弾した瞬間、コードを全回転させて、時間を巻き戻し、着弾した事実を消失させていく。

 と、同時に、大出力のエネルギーがコードの防御空間へと直撃した。防御空間との摩擦音があたりに響き渡る。

 ノアはこれほどのエネルギーが持続する可能性などないと考えていたし、通常ではありえない事実だった。

 だが、だが、カテラの精神を削り放たれる金斥の一撃は、カテラの精神が削り切れ擦り切れる瞬間まで、その奔流が途切れることはない。つまり、ノアの目論見は外れていた。

 コードの防御空間は今だ健在だが、徐々にその力を失いつつあった。ノアは気づいていないが金斥の威力は旧時代の対神衛星砲に匹敵する。だがもちろん伴い負荷も強く、使用者の魂を、精神を蝕んでいく。カテラは、自らの存在を引き換えにノアのコードを抑え込んでいた。

 ノアはコードの防御空間を信じ切っており、新人類如きの羽虫のような一撃と高をくくっていた。銀銃の弾丸が消滅した瞬間に自らの勝利を確信し、慢心の海で笑っていた。


「セリ、あなたに全部託すからね!!」


 カテラは光の奔流の中で、大声で叫ぶ。

 既にカテラの意識、精神はほとんど消えかかっておりセリのことしか覚えていない状態だった。現時点で金斥を解除し通常駆動の二対の大砲に戻せば、精神も回復する可能性があるが、それではノアのコードを無効化できない。だからここで止まることは許されない。それはカテラも、そしてセリやカンナギも承知のことだった。承知の上での決断なのだ。


「う、く…うわあああああああああ!!!」


 渾身の力で大砲を制御しながら、カテラは自身の後ろに控えるセリを見た。

 あの頼りない顔ではない。あの弱かった頃の顔ではない。

 セリの表情は覚悟が出来ている者の表情だった。

 セリはまだ認識できている右腕を前に突き出し、カテラの後ろに隠れている。そして、小さく呟いた。


「『天滅銃』起動…!」


 顕現した天滅銃はセリの小さくも大きな手に収まった。そして引鉄に指をかける。

 この一撃のためにカンナギもカテラも身を削り魂を燃やし、セリを守っている。


「はっ…あの忌々しい再生人殻はどこだ?こいつらはなぜ、攻撃をやめない…?」


 ノアはようやく、セリの姿が見えないことに気が付いた。カンナギは半身を失っているし、新人類もの魂反応も虫の息だ。なのに。なぜ?


 そして、ノアは顔を少し右に向けた。その目線の先に、新人類の光に隠れるように、セリがいた。あの恐ろしい銃を自分に向けていることも気付く。


「しまっ…」


 遅かった。すべてが。ノアは光弾を撃ち出そうとし、カンナギの決死の掃射に阻まれる。しかもカテラの金斥の一撃が、ノアの視界を奪っている。ノアには何も見えなかった。


「終わりだ、ノア」


 セリは引鉄を引いた。発射された弾丸が歪に歪曲した空間をものともせず突き進む。


「くそっ、コード発動!……なぜ発動しない!!!う…うああ!!」


 コードを発動しようとしたしかし不発に終わる。ノアの思考が恐れに染まる。

 ノアのコードも色付鬼もそして輪廻も限界を迎えていた。防御空間も色付鬼すらも維持できなくなり、弾丸がノアに迫る。

 カンナギの銀銃もカテラの金斥も無駄ではなかった。

 そしてついに弾丸はノアの頭に命中した。ノアは断末魔を上げることなく衝撃でのけぞる。

 弾丸は、瞬時に結界を形成し、ノアの肉体を覆う。そのまま一気に縮小し、ノアの肉体は魂ごと圧壊した。そして残滓に重なるように、カテラの金斥の最後の力が、それを計測できないほど消し炭にした。

 その瞬間、金斥の光は解けるように消え、倒れ込むカテラをセリが支える。

 セリは意識をなくし精神を消失したカテラを寝かせてカンナギの方を向いた。

 カンナギの体もセリの左腕と同じようにほとんど認識できない状態に変わっていた。

 勝利の余韻に浸る暇もなく、カンナギの体は消滅しかかっている。


「終わった。か…。セリ、無事か?」

「カンナギ…カテラは、死んだの?」

「いいや、無事、とは言えないが。生きてはいる。魂が少しでも残っていればいい方だが…そうすれば…仮想加速の反転で再生できるかもしれん」

「…カンナギは、消えるの?」

「ああ、そうらしい。色付鬼の起動限界が来たら、消滅するだろうが、なに幽体に戻るだけだ。そう心配しなくていい」

「でも、それじゃあ、世界再生の負荷に耐えられないんじゃ…」

「ツケが来たってことだ。大丈夫、一か八かに賭けてみるさ。それより、早くカテラを再生してやれ。俺のことは気にするな」

「わかった」


 セリはそっと、カテラの胸の上に手をやった。そのまま小さく唱えるように仮想加速のコードを展開し反転状態に切り替える。どうやら魂は少しだけ残っていたようだ。

 抜け殻のようになったカテラの肉体に徐々に生気が戻っていく。


「よかった。これでカテラは……」

「!?」


 その時、圧壊させさらに消し炭にしたはずのノアの魂が、再生していく気配がした。

 セリはとっさに構えようとするが、天滅銃の反動か、右腕も認識できない状態になっていた。


「効いたぞ、セリ。痛かったなぁ…」

「ノア?!どうやって…」


 幽体化のような状態になったノアがそこに立っていた。正確には幽体というより、ホログラムに近い。

 セリの両腕は認識できず、カテラは昏睡状態、カンナギも消え欠けで万が一にも対抗手段はない。


「今度こそ、未来を賭けた戦いだな。生き汚い死にぞこないの虚飾な存在セリ、第二ラウンドだ!見せてみろ!とうをのぼるもの!」


 セリは認識できない拳を握り込み、ノアを睨みつけた。

 対抗手段がないわけではない。勝機が消えたわけではない。仲間の犠牲を無駄にすることはできないし、今のセリに負けるという選択肢はない。

 静かに立ち上がり、構える。


「来い、ノア。一対一のやりあいだ…!」

「そうでなくっちゃあ、面白くないよなぁ!行くぞ!死にぞこない!!」


 ノアは不敵に笑い、拳を構えた。

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