5-7 神々の領域、神と名乗る虚ろ②

 凄まじい閃光が空間を埋め尽くすように飛び交っている。

 ノアの使っているものは再生人殻ではない。彼は生身で此方と戦っているのだ。

「さぁ、始めようじゃないか!地獄を!」

 白い鎧に姿を変えたノアは大きく叫ぶ。オーケストラの指揮者のような動きで、空間を、世界を変貌させてゆく。世界がズレて、大地だったモノがかき消されていく。

「思ったようには動かんものだな…この色付鬼は…」

 変貌した空間でぼそりと呟くノアは、空間を見回して三人を見つけると嬉しそうに笑ったように見えた。

 ノアの背後の光輪が回転しだし、光玉の輝きが増していく。

「そこにいたか!」

 片腕をこちらに伸ばし、小さく呟く。

「発射…!」

 撃ち出された光のビームが、三人に迫る。咄嗟にカンナギが前に出て、黒い線で防御シールドを構築した。一撃を真正面で受け、残りは薙ぐように防いだ。たった三発の攻撃で、シールドは砕け散り、三人は後方へ下がる。

「仮想加速…!」

 カンナギが、自身を加速させてノアに突撃した。後方ではセリが、『創造』を使用して小さな黒い球を生成していた。

「喰らえッ!」

 カンナギの一撃が、ノアの障壁にぶつかる。渾身の一撃をこともなしに弾いたノアは

 光玉を真横に発射した。空中を飛ぶように回避するカンナギを追尾して、ビームが閃光を刻む。

「硬すぎる、強化してもここまで…?!」

「どうした、カンナギ、この程度で終わりじゃあないよなぁ!」

「黒鈺!」

「それはもう見ている!」

 ノアの背後に展開している光の線が、黒鈺を覆う様に包み込み、消滅させた。

 カンナギはもう次の行動に移っていた。

「『仮想加速、接続、黒刃』今なら、いけるはずだ。近づいて潰す!」

 トンファーの様に展開構築された黒い刃、ノアに近づいて一気に叩き切ろうとする。

「甘いんだよ!カンナギィ!!」

 突如、光の線がカンナギの真横から発射され、カンナギは吹き飛ばされる。

 何とか、態勢を立て直したカンナギの目の前に、何本もの光の線が迫る。カンナギは冷静にアレの名を呼ぶ。

「来い、レーレラ・メガロマニアクス!」

 カンナギの背後に三つのレーレラが展開される。既に開かれており、銃口が空間の歪みから覗いていた。

「全兵装、掃射!」

 撃ち出された弾丸は、光の線とぶつかり誘爆し、辺り一面が爆炎に包まれる。

「行ける!カンナギ!」

 遥か後方で、セリの声が聞こえた。カンナギは一息で跳び、セリの隣に立つ。そのままセリの肩に手を置き、唱える。


『仮想加速、接続、超強化』


 ありったけの強化をセリの創り出した小さな黒い球体に注ぐ。球体はカンナギの強化を受けて、更に小さく圧縮されていった。


『創造、解放、黒吸の炎獄』


 光だけを飲み込むブラックホールと化した黒い球体は、ノアの光を吸い込み始めた。

「この程度で、僕の力が消えるとでも?まるで分かってないなぁ!光は無限なんだ!暗黒如きに負けるはずがない!それに僕は世界と繋がっている…世界全ての光と繋がっているんだ!…だからこの程度で、死ぬわけないだろう!」

 叫ぶノアの後ろの光輪が眩い光を発し、空間を包みこんだ瞬間、セリが創り出した黒い球体に罅が入り、粉々に砕け散った。光はなおも増えていき、空間に隙間なく浸透した。次の瞬間には、世界は光で覆われていた。


『世界接続、光の杭』


 ノアの周りから、いや周囲の空間ほぼ全てから、細い針のようなモノが突出した。

「くそっ…やらせるか!『仮想加速』!」

 カンナギがセリとカテラの手を掴み、遥か後方へと離脱する。少しでもノアから離れなければ、光の杭で此方の動きを止められてしまう。そうすれば今度こそ死ぬ。


「ここまでの力…再生人殻を完全に上回っている。規格外の力だ」

「だからって、このままにしてはおけない」

「分かっている。だが奴の防壁に全てが防がれてしまう今、対抗する手段がないのも事実だ」

「防壁を破れればいいんだね?じゃあ、その役目は僕がする」


「簡易装甲形態。来い、天滅銃」

 セリが左手を前に出し、小さく唱える。左腕だけが色付鬼の鎧を纏い、銃のような形の認識できない何かが姿を現す。強く握り込むと、ソレは今度こそこの空間に顕現した。シンプルな構造の拳銃だった。

「まさか、銀銃のオリジナルか!?」

 カンナギが驚いて大声を出す。銀銃とはレーレラに搭載されている、非常用の必殺兵器である。相手の障壁等を貫き、発生する多重結界で魂を押しつぶす対天使用の銃。

「カンナギ、とどめは任せた!」

 照準をノアに合わせ、セリが引き金に指をかける。

「…分かった。一気に行く」

「こんな攻撃で…どうにかなるとでも?」

 たった一発の弾丸が、ノアの障壁を貫いた。障壁は罅を作り粉々に砕け散る。

「届いた!?」

 驚愕の表情を見せるノアの動きがほんの数秒止まる。その直線状に両手を合わせたカンナギが立つ。

『仮想加速、黒鈺!』

 射出された黒い線状の攻撃が、ノアに迫る。

「何度も見た技を!しつこいんだよ!『接続、光の壁!』」

 掌を前に突き出し、コードを唱える。だが、能力は発動しなかった。静寂が辺りを包む。

「コードが機能しない!?マジか…!あっ…」

 黒鈺の一撃が、ノアの左胸を貫いた。鮮血が飛び散り、ノアがのけぞる。

「があああああ!!!」

 絶叫とも咆哮ともいえる言葉が響いた。

 対人間なら勝っていたであろうが、カンナギは次の行動に移っていた。

『仮想加速、接続、黒刃。接続、強化!』

 右腕部に形成された剣を振るい、のたうち回るノアの目の前に跳躍した。

「ノア!これで、終わりだ!」

 剣が首に届く瞬間、目を見開いたノアは一言だけ呟いた。


強制接続アンダーコネクト、輪廻開天…!』


 強制的にビデオのテープを巻き戻すように、ノアに起こった全ての事象が、高速で戻っていく。届きかけた剣は何かに弾かれるように防がれ、巻き戻っていく。

 カンナギが両手を合わせたところまで時間が巻き戻る。

 次の瞬間には発射されていた黒鈺の一撃をノアは回避していた。

 そののち、セリやカンナギ達にも巻き戻る前の記憶が戻る。

「巻き戻された!?それよりも…」

「ノアが逃げる…!!」

 ノアは立て続けにコードを唱える。

『接続、転移、世界接続、強制終了システムダウン!』

 世界が震え、光の世界に罅が入っていく。世界が狂気的な悲鳴をあげ、崩れ壊れていく。

「ならばもう一発!天滅銃!」

 セリが銃口を再びノアに向けるが、天滅銃はまたも存在を認識できない状態に戻っていた。

「銃が、呼びかけに答えない!?」

 認識が出来ないだけではない。セリの左腕にもその状態が感染しているようだった。

「体が侵食されているのか!?」

 瞬間、銃が消え、色付鬼の簡易装甲形態が解除される。衝撃で、倒れかけるセリをカンナギが支える。

「残念だったな!!今度は上で決着をつけよう!」

 その隙にノアの転移が完了しようとしていた。消える瞬間にカテラが砲弾を撃ち込んだが、当たる前にノアの姿は消え、砲弾は宙へと消えて行った。


「クソッ…まさか、輪廻のコードすら持っていたとは…。だが、ソレだけじゃない、問題はセリ、お前の状態だ」


 セリ自身にも、他人にも、セリの左腕は認識できないようになってしまった。

 負荷のせいか色付鬼すら起動できない。

「僕はまだ大丈夫。それよりもノアは?どこへ行った?」

「おそらく最終階層だろう。傷は巻き戻せても、痛みまでは戻せない。アレはそういう物だ」

 カンナギは装甲形態を解除し、セリを座らせると、灰色庭園の壁に背中を預け深く息を吐いた。

「ノアが持つ輪廻のコードは恐らくだが、ココノエからの借り物だ。本来はあんなに簡易的な使い方は出来ない。使ったが最後、総てを零へと収束させるものだ」

「コードは壊せないの?」

「…永続的に負荷をかけ続ければいずれは…だが、手段がない」

「手段ならある」

 黙っていたカテラが口を開く。

「私の大砲の融合形態なら奴の動きも、コードも止められる」

「鉄と白銀の融合形態、金斥を使う気か?。アレは精神に途轍もない重荷になる。ヨルヌとの戦いで分かっているはずだ」

「私の命はセリのために使う。もう足手まといにはなりたくない」

「カテラ…分かったよ。僕の力は世界再生のためにある。でも、今ある力は仲間達のために使いたい。カンナギ、カンナギの力も貸して」

「分かった。俺の力は復讐のためにあるが、今だけならお前達に貸し与えよう。セリ、手を貸せ」

 セリが右掌を差し出す。そこに自分の掌を重ねたカンナギが、陣地を展開する。

「コード譲渡『仮想加速』」

 光の筋が、カンナギの手からセリの体に刻まれた。

「これって、カンナギの主力じゃないの?」

「これから俺は、囮に徹する。どんなことがあったとしても、お前たちを守る楯となろう。だから仮想加速ソレはお前が使うべき場所で使え」


 恐らく今度こそ次が最後の戦いである。静かに頷いたセリは掌を宙に掲げ、ある筈もない虚空の星を掴むように握りしめた。

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