5-6 神々の領域、神と名乗る虚ろ
「起きろ、セリ」
「はっ!」
誰かの呼び掛けで、セリは目を覚ました。暗転した世界から色鮮やかな世界へと帰還した。しかし、周りにノアやココノエの姿はない。先ほどの場所とは別の場所に転送されているようだった。
奇妙なまでの青空と、ふさふさの草が体を覆っている。
「ここは…」
「名前はない。私が作った、緊急避難用の空間だ」
声に体を起こすと、ココノエのような白髪で赤目、そしてカテラのマフラーと同じものを身に着けた老齢の女性が立っていた。
「弟子が世話になっている」
「弟子…まさか!カテラの師匠?!」
「アイツとは違って、あんまり混乱しないんだな」
「いえ、十分に驚いています…」
「自己紹介がまだだったな。私はココノエ・ウヅキ。アイツにとっての師匠であり、『神を名乗る虚ろ』たるもの、三狂科学者の一人、カエデ・ココノエの姉だ」
表情を全く変えず、淡々と話すウヅキにセリは何も言えずにいた。頭は混乱している。
「お前を呼んだのは、君が我が妹、ココノエが使った『輪廻』のコードに巻き込まれかけたからだ。仏の座の力も、あのコードには追い付かない。だから介入させてもらった」
「介入…って、貴女は何者なんですか?」
「私は観測者兼記録者。この世界を観測し、記録をつけ続ける者だ。ま、あくまで個人的にだがな。正規の資格は持っていない」
「何のために?」
「まあ、しいて言えば、趣味。だな」
「貴女は旧人類なんですか?」
「そうだな、旧人類であり、旧人類の中で唯一生身でもある」
「なんで生きて居られるんですか?普通だったら寿命を迎えているはずですよね」
「私が特別だからだ」
ニヤリと笑ったウヅキは、くしゃくしゃとセリの頭の撫でた。セリはなぜか気恥ずかしくなり、下を向いた。
「この再生塔と呼ばれる世界は極短い周期で時間がループしている。が、この世界の住人はそれに気づかない。なぜだか分かるか?ココノエが『輪廻』のコード使用時に対象を世界ではなく、人間自体に設定しているからだ。つまりは人間のみ初期化され続けているといってもいい。だからこの再生塔の人間は歳をとらない。ある一定層を除いてな」
「それは、再生人殻の周辺にいる者たちだ。彼らは歳をとり、寿命で死ぬ。再生人殻とは旧人類の器であり、彼らに気付かれないようにするためだな」
「じゃあ、カテラ達も…」
「そうだな、お前に出会ったことで時間が動き出したんだ。ゼルなどはその例になる」
「皆の事知っているんですね…」
「だが、『輪廻』とて無限ではない。本来の神の命を少しずつ削り、使われている。ノアはそのことに気付いていない。自分の都合のいいように解釈しているんだ」
「ノアはなぜ、こんなことを…」
「神の再構築のためだ。自分の都合の良いように神を創り直したいのさ。だが、本来のノアはそこまで狂気的ではなかった。君が記憶の世界で最初に見たのが本来のノアだ長い年月と繰り返しの結果、あそこまでねじ曲がったんだろう」
「ウヅキさん、貴女は、貴女の力があれば、ノアを倒せるのでは?なぜそれをしないんです?」
「私が介入できる範囲は限られ過ぎている。今回もかなり稀有な事例だ。私の本来の肉体はここにはない。『楽園』という話を聞いたことがあるか?」
「ええ、カテラから少しだけですが」
「私の本体はそこにある。神が遊びで作り出した小さな箱庭だ。神の向こう側にある」
「そこから、こちら側に介入していると?」
「そうだ。こっちから出来るのは空間生成と転移くらいだ。輪廻に巻き込まれかけていたお前を転移させ、今は狭間に作った空間に押し込めている。じきここも崩壊する。その前にお前に託したいものがある。空虚なるお前しか使えない、虚ろの防壁を無効化できる唯一の武器」
「武器?」
「その名を『
そう言われ渡されたのは小さな拳銃の形をした何かだった。何かとしか言いようがないのはなぜか、そこにあるのは分かるが、正しく認識できないからだった。
認識できないというのは、形は分かるがそれ以外の何かが全く分からないからだ。
「なんかこれ、見えないんですけど…」
「その時が来たら分かるようになる」
「…ちなみにウヅキさんっていったい何歳なんです?」
「これでも天滅戦争を生き抜いているからな。数千歳くらいだな」
「…ありがとうございます」
「勘違いはするなよ、私は世界を救ってほしいわけじゃない。世界の最期をこの目で見届けたいだけだ。そのためには、カテラが持つ二対の調整用の銃と、お前の力が必要だから手を貸しただけだ。今回だけな」
パキパキと空間に罅が入り始めた。
「この空間はまもなく砕け散るだろう。最後にお前に言っておきたいことがある」
「なんです?」
「カテラを頼む。アイツはお前よりずっと繊細だからな」
「大丈夫、知ってます」
「…ふっ。じゃあな、空虚なる器セリ、『とうをのぼるもの』、お前の選択は全てを変える力がある。それだけは忘れるな。転移をさせるぞ」
「…ここでのことはカテラには秘密にしといたほうがいいですか?」
「…当たり前だ!。今度こそサヨナラだ。世界再生、成し遂げろ!」
体が妙な浮遊感に包まれ、光の奔流の中に飛ばされた。
次、目を開けた時には、目の前にはカテラが居て、隣にはカンナギが居た。
二人とも心配そうな目でセリを見つめていた。
「まさかこんなに掛かるとは…。セリ、向こうで何かあったのですか?私の観測域外に転移されるとは…」
仏の座が深くため息をついた。どうやらセリは数秒ではなく三十秒近く眠っていたようだ。
セリはあくびをして起き上がった。
「何もなかった。ノアの始まりと、終わりを見た。それだけ」
「本当?」
「本当だよカテラ」
約束通り、ウヅキの事は言わなかった。
「では、予定通り、セリに世界の真実を見せたところで、時間のようです」
「時間?」
「私の寿命が来たようですね」
「なぜ?再生人殻の筈だろう君は。なぜ寿命が…そうか…」
カンナギが目を伏せる。
「君は長い間、ここにいたから、限界が近づいていたんだな」
「はい。私の力は全て、ニライの遠隔操作の時点でほとんど尽きていました。それに今はこの空間の維持で死にかけです。ですから最後に私から出来る最後の…。ニライ!」
光が溢れ出し、セリの腕に巻いたリングから、ニライが構成されていく。
「私の持っている本物の
「そうこれでいいのです。私の役目は終わりました…だからどうか、『後悔のない選択を』」
そう言って仏の座は崩れ去った。仏の座を包んでいた光の柱が消え去り、仏の座は塩に変わった。
「彼女は、何を僕たちに見たんだろうか…希望とか未来とか、そんなんじゃない気がする」
「そうだな。仏の座は、後悔してしまったんだ。神に辿り着いた時。だから俺たちには後悔のない選択を選ぶように言ったんだ。きっとな」
カンナギが、仏の座だったモノに触れた瞬間、空間が揺れ、空に大きく穴が開いた。
「お久しぶりだなぁ!僕の体だったもの!セリィィ!!」
「ノアか!!」
ノアは記憶の世界で見た姿。あの青年の姿だった。だが、一つ違うところがあるとすれば、後ろに光輪が輝いていた。光輪に不気味に光玉が浮かぶ。
「僕はついに神になった!お前達じゃぁもう止められないんだよぉ!」
「お前は神じゃない、虚ろだ!ここで決着をつけてやる。もう逃がすもんか!」
セリが叫び、ノアは大きく笑っている。
「虚ろ?僕が?それは君だろうセリ。何者でもない空虚で醜い存在。それ以外の言葉は見つからない!」
「セリが虚ろ?笑わせないで。セリはセリ。個なの。逃げ回って盗んだ玉座に座ってるあんたの方が、よっぽど醜いわ」
「黙れ、新人類風情が!お前たちには分かるまい、僕がどれだけ偉大な存在か!」
「僕は創り上げたんだ、貴様ら新人類を!その僕が何で、こんなに不幸にならなくちゃぁいけないんだよ!」
「ノア、もうやめろ!これ以上の戦いなんて無意味だ!」
「カンナギ、貴様がそれを言えた事か?元凶の一人であるお前が、お前たちがぁ!」
ノアの背後の光輪が回転しだして光玉の発光が増してゆく。
「クソッ…来るぞ、構えろ!」
『
セリとカンナギが色付鬼を纏う。セリは騎士のような姿に、カンナギはヒロイックな姿になった。
「素体はレプリカ!本物には勝てない。お前たちじゃあ!『
ノアが色付鬼を纏う。本来再生人殻にしか組み込まれていないはずの力。生身の人間が使うなどありえない。
ノアが纏った色付鬼は白い色の鎧だった。カンナギが使う黒と対になる色。
「馬鹿な、なんでお前が…ゴギョウの半身を…!」
「言ったろレプリカ!本物は僕だけなんだよ!『
空間が弛み、ノアを中心に、世界が形成されていく。
「この力こそ神の力!
「さあ!地獄の始まりだ!楽しんでくれ!」
世界をノアの言葉が包み込んだ。壁が無くなり虚無の世界となった空間は、ノアを中心として、収束しているようにも見える。
その虚無の世界に浮くように立つ三人は、じっと、ノアを見つめていた。
「行こう、二人とも。ここで決着をつける。これ以上、ノアに世界をいじくりまわさせはしない」
「もちろん!」
「いつでもいい、お前に合わせる、セリ!」
こんな所で止まれない。これ以上ノアにループは使わせない。
全ては世界再生、アクラのために。一つの約束のために。
セリは往く。
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