5-5 神々の領域、神の庭

 世界再生を掲げ、旅をして、ついにここまで来た。

 この空間こそが、世界再生の一歩となる場所。

『仏の座』が言っていた果ての地。通称、『神の庭』

 まるで他の層を無理やりちぎった様な雰囲気がある。

 今まで灰の色しかなかった、灰色庭園をすっぱりと切り飛ばし、無造作に繋げた世界だ。突然、セリたちの前にその世界は現れた。遠巻きに見た時には無かった世界がいきなり出現したのだ。

「ここが、神の庭…」

 いつか見た、青空に挟まれた空間。蒼天の光があたりを照らしている。奥に光の柱が見えた。セリたちはそこに向かって歩みを進める。

 光の柱は天高くに伸びており、果ては見えない。近寄ると、柱の中に人影が見えた。人影は今にも崩れそうな姿をしていた。ところどころが薄い。

「ようこそ、果ての世界に」

 人影はこちらに気づくと立ち上がり、手を伸ばしてきた。しかしその手は柱に遮られ、こちらには来なかった。

「やはり、幽体のままでは干渉はできないか…」

「君は?」

「自己紹介がまだでしたね。私は『仏の座』始まりの神に会った者」

「じゃあ君が、ニライの遠隔操作元?」

「そうなりますね」

 微かに微笑みを見せたボロボロの幽体はセリのほうに向きなおった。

「この世界は君の眼にどう映っている?『とうをのぼるもの』」

「…とても不安定で、脆くて、今にも壊れそうだけど、それでも美しいものはある。でも僕は、この世界を壊して新たな世界を創り直す必要があると思う」

「そうですか。それが君の答えなんですね。よくこの世界を見て君が決めたこと」

「そうだ。僕は塔を登って世界再生を行う。何が起こってもそれは変わらない」

「いいでしょう。私は君の旅路を肯定します。ではこれから、君にはこれからある試練を乗り越えてもらいます。大丈夫、時間軸が違いますから、こちらではたった数秒です」

「試練?」

「そうです、なぜこの世界、再生塔が変貌してしまったか。追体験をしてもらいます。君が視るのはある研究者の最初と最後です」

「どうやって?」

「こうやって、ですよ。『深海潜行リーンダイヴ』」

「えっ…」


 一瞬世界が歪み、セリは一人、病室のような場所にいた。

 真っ白い部屋だ。窓もなく扉もない。辺りを見回して、現状の確認をする。

 セリは仏の座から深海潜行を受け、謎の部屋にいた。部屋なのかどうかも怪しいが、今わかるのはこれだけだ。

 次の瞬間、目の前の壁にスクリーンが映し出された。

 そこには黒髪の青年が映っている。

「あーあー、聞こえてるかい?ようやく目が覚めたみたいだね。一時は心配したよ」

 静かな微笑を見せ喋りかけてくる。

「ここは何処?」

「ここは再生塔、第二層。通称、再生の地。地って言っても周りは研究所ばかりだけど…。あ、ここは僕の研究室」

「皆は?カテラやカンナギは?」

「申し訳ないがよく分からないんだ。君は魔物の発生の多いギシ領域で見つかった。君の周りに他の人物の気配はなかった。助けられたのは君だけだ」

「…」

「あ、自己紹介、まだだったね。僕はノア。ノア・マルドル」

「ッ…ノア?」

「しがない研究者の一人さ。よろしく頼むよ、ノーネームくん」

「僕はセリだ。ノーネームじゃない」

「すまない、つい癖でね。でも不思議だな。僕が作っている人殻と呼ばれる新人類に似た名前だ」

「新人類?」

「そう、僕の仕事さ。この、いつ壊れてもおかしくない世界を支え育む新しい人類種、それが人殻。新しい世界の人類種さ」

「貴方は三狂科学者の一人ですか?」

「…よく知っているね。そう、その呼ばれ方もする。僕はまぁ…あんまり好きじゃないし気に入ってない。でもそれでも僕は世界再生のためならこの命だって捧げる覚悟なんだ。神とつながることが出来れば、世界の再生は夢じゃない」

「貴方は、何のために世界再生を…しようと?」

「そうだなぁ…一人の女性のためかな。なーんて、僕の力でも誰かを救うことが出来れば、それだけで僕は救われる」

(色付鬼は反応しない…ここは何処なんだ?。広域レーダーも起動できない…)

「さっきから険しい顔をしているけど大丈夫かい?今、隔離室の扉を開ける」

 コンソールを叩く音が聞こえて、白い空間に人の背丈ほどの穴が開いた。セリはおずおずとそこに進む。

 穴の先はモニターでいっぱいの部屋だった。真ん中の椅子にノアと名乗った青年が座っていた。

「隔離室に入れていた理由は、君を魔物だと疑う者が居てね、もし人型の魔物だったら、大変だからね。すまない」

「いえ…大丈夫です」

 これが、あのノアなのか、セリの頭にはそれだけが浮かんでいた。

 セリの知るノアはもっと残虐であり、もっと冷徹だった。だが、ここにいるノアはそれとは正反対な、のほほんとした雰囲気がある。人を気遣える、心がある。

「君は処理屋ではないのかい?」

「いえ、僕は…旅人です」

「旅人…まさかこの小さい世界が僕の知らぬ間にそこまで成長しているとは。少し感動する」

「えっ…」

「いや、いいんだ。それならそれでも。後でレーヴェたちにも報告しないと…っと、話がずれたね。君は旅人なのか。それでもどうやって第一層モルネイトのエレベーターを超えて来たんだい?あそこは今の人類では到達できない様に作って…ああ、分かった。廃棄区画を無理に進んできたんだね。実に興味深い…」

 一人で喋っているノアにセリは追いつけないでいた。

「ユウにも報告したら喜ぶだろうな。あいつはなんだかんだ、君たち人類を想っているから…。あっ…すまない、少し興奮しすぎた。悪い癖だ、許してほしい」

 平謝りするノアにもはや、疑いを向けなくなったセリは少し吹き出してしまった。

「いや、もういいですよ」

「本当にすまない。ついこうなってしまうんだ。君が旅人であれ本当は何であれ。君の存在は僕に希望をくれた」

「?」

「君という新しい人類がこれからを支えていくと思うと、とても嬉しい。誰が作ったか知らないが、君、人殻だろう?」

「!、分かってたんですか…」

「そりゃあね。ギシ領域は普通の人類には適さない毒も多い。それで無傷なのだから、疑わない方が変だろう。それに眠っている間に君を調べさせてもらった。君の体は極限まで人間に近くしているが、極限まで人間離れしている。そんな存在だ。恐らく相当の技師が君を作り上げたんだろう。ココノエのような、ね」

「ココノエ、三狂科学者の一人…」

「よく知っているね。僕と同じさ。彼女はすごいんだ。神を創ろうとしている」

 ノアは椅子を回転させくるくると回りながら話す。

「神話を再現しようとしているんだ。創世を為そうとしている。この壊れ切った世界を蘇生させようとしている。僕は、僕たちはその手助けしかできない。無力だよ」

「神とは?」

「神…正式名称は『星級事象基臓・アクラ』だよ」

「アクラ…」

 何度も聞いたことがある、名前だった。不思議と頭によくなじむ。

「アクラは単一では動かない。数名の調整者が必要なんだ。その一人は僕の親友でね。名前は、ユウ・カンナギというんだが、知ってるかい?」

「カンナギが、調整者…!?」

「やはり君は特別な人殻の様だね。ユウを知っているんだ」

「あ、これはその…」

「大丈夫、深くは聞かないから。せっかくだ、アクラに会ってみるかい?」

「えっ…」

「君ならきっと平気だと、僕の勘が告げている。アクラにもいい刺激になるかもしれないし。そうと決まれば善は急げだ。付いて来たまえ」

 椅子から立ち上がったノアはセリの手を引き、研究室を出た。

 研究室の外は不思議な匂いがして、セリはなぜだか懐かしい気持ちになった。

 そのまま廊下を進み、明らかに一般人は入れない様な感じの扉の前まで来た。ノアがコンソールを操作し扉を開ける。

 そこには様々な管に繋がれた少女が、カプセルの中に入っていた。少女は不思議そうな顔をしてセリを見ている。

「アクラ、おはよう!今日も一日いい日であると良いね!」

 少女は口をパクパクさせて何か喋ろうとしているようだった。

「彼は君の親戚にあたる存在だ。さあ、セリくん。カプセルに耳を当ててみて」

 促されるままにカプセルに耳を当てる。

「はじめまして、わたしは、あくら」

「初めまして、僕はセリ。君に会いに来た」

「わたし、に、あいに?」

「そう、君を探していた」

 口が勝手に動く。体が動かない。

「僕は君をついに見つけた。必ずまたいつか会いに行く。君の苦しみを君だけの物にはさせない。約束しよう。僕は必ず『とうをのぼる』そして『きみをみつける』」

「じゃあ、やくそく、わたしは、あなたをまっている」

 体が動く様になって後ろを振り返ると、ノアの姿は消えていた。アクラの方を向くと、セリは急に暗い空間に降り立っていた。

 暗闇の奥底から声が聞こえる。ノアの声とココノエ、そしてレーヴェ、カンナギの声だ。

「なぜ失敗した!調整は完璧じゃなかったのか!ユウ!」

「落ち着け、ノア。接続コードが誰かに意図的に操作されていたんだ!調整の問題ではない!」

「彼女は、彼女は!深い苦しみに囚われたんだぞ!どういうつもりだ!どうするんだ!世界は終わりだ。彼女が居ない世界など、壊れてしまえ!」

 パン、と乾いた音がした。その後、誰かが倒れる音が続く。

「レーヴェ!?。ノア!何をしたか分かっているのか!」

「お前たちのせいだ、お前たちが、もっと彼女をいたわっていれば、彼女は苦しまず、神に成れたんだ!」

「銃を降ろせ、ノア!こんなこと無意味だ!」

「黙れ!ユウ!」

 発砲音がして、誰かが膝をついた。血が、辺り一面を覆っている。

「ノア…もうやめろ…今ならまだ…アクラを救える…」

 カンナギの必死の説得にも応じず、ノアは引き金を引いた。

 その瞬間、バチンと何か切り替わる音がした。

「ココノエ?何をしている!」

「カンナギは私が殺したわ、もう、貴方には殺せない。私と貴方でアクラを再構成しましょう。そして今度こそ、世界を再生させるの。分かった?ノア」

「くっ…うう、ああああ!!」

「ノア!やめなさい!」

 またも発砲音がして、ガラスが割れるような音がした。

「彼女のいない世界に、僕の居場所はない!さよならだ、ココノエ!」

「ノア!!」

 暗闇が一瞬晴れて、世界が映る。倒れる血まみれのレーヴェ、箱状に削れた地面。

 そして、窓に身を乗り出すノアの姿。一瞬の瞬きのあと、ノアは塔から飛び降りた。

 膝をつくココノエの背後から一部始終を見たセリはその次の光景に驚愕した。

 そこには落ちたはずのノアが平然と立っており、隣にココノエの姿が見える。

「今日も失敗したか。やはり昔の僕の心は弱すぎる」

「いつまでこんなことを繰り返すの、ノア」

「黙れココノエ、君はこの世界を運営していればいい。いずれ僕が彼女を完璧にして見せる」

「…」

「さぁもう一度だ、世界を回せ、ココノエ」

「…『輪廻リ・ライフ』」

 そう言った瞬間、世界は暗転した。

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