5-4 神々の領域、果てへの一歩

「レースノイエの反応が消失した。ゼルが倒したんだろう」

「…そう。ゼルも死んだのかな」

「多分な」

 淡白な会話を後続のエレベーターに乗り込んだ二人は話す。先行したゼルは役目を果たし死んだ。

 その事実はカテラにとって、重い物だった。出来るならば、共に行きたいと思っていたからだ。ゼルとはずいぶんと長い付き合いだったから、胸は悲しさでいっぱいだった。それでも自分たちは進まねばならない。今まで散っていった仲間たちのためにも、セリを救い、世界再生を行わなければならない。

「本当に、セリは居るのかな」

「レーヴェの情報が正しければ。必ずいる」

「敵に乗っ取られているんじゃないの?時間も随分過ぎたし」

「お前から泣き言が出るとは思ってもみなかった」

 カンナギは白い空間の中で上を見上げつつ言った。

「な、泣き言じゃない!事実私たちは!」

「乗っ取られたからなんだというんだ。俺たちは誓ったはずだ。セリを助けると。ゼルだけじゃない、ハイネルやマキの犠牲を無駄にする気か?」

「そういうつもりじゃ…ないけど、でももし全部無駄だったら…」

「しっかりしろカテラ!らしくないぞ。いつものお前なら、軽く笑い飛ばしている」

「度合いが違うんだよ!セリは攫われて、ゼルは囮で死んだ。ハイネルは眠りについて、マキは電子データと化した。私たちがしてきたことは何物でもない。この長い旅だって、ミリの隙間を探すくらい難しいんだ!あるかどうかわからない、生きてるかどうかも怪しい、そんな存在を探す?馬鹿げてるんだよ!」

「カテラはどうしたい?約束を破るのか?」

「えっ…?」

「一緒に『とうをのぼる』んだろ。そのためにセリを助けるんだろう。忘れたか?」

「…いいや。忘れるもんか。しっかり覚えてる」

「ならいい。人生なんてものは間違いの連続なんだ。正解かどうかは最後に分かるものなんだよ」

「セリフがおじさん臭いよ、カンナギ」

「実際おじいちゃんだからな」

「フフッ…」

「ようやく笑ったか。お前はそれでいい。セリの前でも笑っていられるようにな」

 そう答え微かに笑ったようなカンナギは再び前を向いた。軌道エレベーターはまだ第五層には着かない。長い時間が二人を包んでいる。だがたかがこの程度今までの旅に比べれば短いものだ。

「この先に、セリは居る。お前なら会えるさ、必ずな」

「それってどういう…」

「俺にはやるべきことがある。最後まで君についていけないことは申し訳なく思うが…」

 カンナギは少し間を置いて喋り出した。

「セリは恐らくノアの器にされている可能性が高い。出会った時に意識が違うのはそのせいだ。だが、諦めてはいけない。ノアは正規の人殻ではない、そのようにセリの肉体にプログラムしてある。だからノアはセリの体に間借りしているだけなんだ」

「どうやって助け出す?」

「そこはセリの精神力次第だな。弾き出すのさ、奴の意識を。セリの色付鬼の力でな。セリの色付鬼には『反転』の能力が付与されている。使えるのは一度だが」

「反転?」

「そう。自身に付与された外的要因の機能を全て弾き出すもの。自らの人殻を正すものだ」

「ゼロの状態にセリ自身を戻すってこと?記憶とかはどうなるの?」

「あくまで肉体における異常を消し去る機能だからな。記憶は問題ないと思う。後はノアと戦う。あいつを消し去らない限り、またセリを侵す可能性は低くない」

「ノアはココノエと一緒にいるんじゃないの?」

「ココノエは自分からは戦わない。あいつは待ってるんだ。後継者を」

「後継者?」

 カンナギはカテラの目を真っ直ぐに見つめた。

「そう、この再生塔の運営者を。彼女はこの世界を運営している。とてつもなく長い時間をな」

「そのためにセリが必要だってこと?ノアじゃなく?」

「ノアは自分の事しか考えてないからな。運営者には向かないと思ってる可能性が高い。それにノアの力ではアクラは起動できない。起動にはセリ、そして封じられている色付鬼の力を使用しなければならないんだ」

 そうカンナギが言った瞬間、エレベーターの景色が変わった。白い壁が消え、四角い建造物が並ぶ下層の遺跡群のようなモノになった。

「ここは…」

「名づけるならば『灰色庭園』ってところか。旧時代の再現とは、ノアは何を考えているんだろうな」

 人の姿は全く見られない。生命が生きている気配がない。まるで墓場のようだ。

 その奥に何か光るものがあった。目を凝らし、バックから双眼鏡を取り出して光を見る。

「…セリ…!」

 それは紛れもなくセリの姿をしている。後ろには円形の装置があり、それが煌々とした光を放っている。

「いまは、ノア、だな…!来るぞ、カテラ手を!」

「どうする?!」

「エレベーターの壁を破って外に出る…!『装甲形態』!!」

 一瞬で黒い鎧を身にまとったカンナギは渾身の一撃をエレベーターの窓に向かって振り下ろした。エレベーターは赤い警告マークを表示し、音もなく振動もなく止まった。

 カンナギがカテラを背負い、跳躍した。そのまま灰色庭園のビルに着地する。

「カテラ!武器を召喚しろ、俺は準備が整うまで、ノアの気を引く!」

「ッ…了解!」

 ノアは既に戦闘態勢に入っていた。円形の装置が回転し、周りに光玉が浮かぶ。

「お前たちの存在は邪魔なんだ。ここで死んでくれ」

 光玉が一筋の光の線となり、カンナギとカテラの上方から雨の様に降り注ぐ。

仮想加速アクセル接続コネクト黒風ブラックウィンド!』

 カンナギは能力を使い、巨大な渦巻く風を頭上に出現させた。降り注ぐ光の雨を防ぎつつ、レーレラを顕現させていた。

「全弾発射!」

 レーレラは円柱状に変形し、無数の銃口から弾丸を、ノアに向けて発射した。

 ノアはその弾丸の雨を避けることなく、真正面から受け切り平気な顔で、こちらを眺めている。

「効かないのは想定済みだ…だから…」

仮想加速アクセル接続コネクト超強化ハイブースト仮想弾全発射フルパレード・バースト!!』

 強化された弾丸が粒子砲と同等の威力になり、ノアを襲う。

 ノアはすまし顔のまま、左手を前に突き出し、小さく唱えた。

創造クリエイション…!』

 ノアの左手を軸に、光の壁が形成され、強化された弾丸を無傷で防いだ。右手には既に新たな光玉が生み出されていた。

「発射」

 先ほどとは比べ物にならない量の光の雨が、カンナギを包み込もうとしていた。

「クソッ…ここまで差があるのか…!」

 次の瞬間、横から掃射された弾丸に光の雨が誘爆し、かき消される。

 遠方に二本の大砲を持ったカテラの姿が見えた。

「カテラか…邪魔をしてくれる…!」

 ノアが少しだけ嬉しそうに言う。一瞬だけ光玉の生成が止まった。

 その少しだけの隙をカンナギは見逃すことなく、仮想加速で自身を加速させ、跳躍し、黒い線を纏った右腕をノアの光の壁に叩きつける。光の壁はわずかだがひびが入り、少しの衝撃がノアの体を揺らす。

「いつも邪魔なんだよ!お前は!カンナギィ!!」

 光の壁を瞬時に消し、光玉から、光線を発射する。カンナギは光線を空中で舞う様に回避しながら、掌を合わせて言葉を紡ぐ。

仮想加速アクセル接続コネクト黒鈺ブラックドロウ!!』

 合わせた掌から真っ直ぐに撃ち出される黒い線が、瞬時に形成された光の壁を貫通しノアの右肩を貫いた。

「やるじゃないか。少しだけは…!『再生リバイバル』」

 ノアが再生と唱えた瞬間、世界が一瞬だけズレたように動き、右肩の傷は完治していた。

「再生…セリの色付鬼か…!だが、まだ!『秘匿セブンス起動…那由他ナユタ』!!」

 カンナギが両腕を大きく離して、大声で叫ぶ。

 世界が歪み、ノアの動きが止まる。

「カンナギ、貴様!秘匿セブンスだと!なぜそんなものが、貴様如きの人殻に!」

「セリの体、返してもらう『強制接続リ・コネクト強制起動システムハック反転ターン』!!」

 雷のような音と共に、ノアはセリの体から弾き出されるように、幽体として飛び出した。

「カテラ!いまだ!」

「狙撃は得意なんだ!消えろ!ノア!」

 幽体の頭に、カテラの電磁弾が直撃した。ノアの幽体は少しだけ散ったが、すぐに再生してしまった。

「電磁弾の直撃を受けて再生した!?意地汚いやつだな…」

 ノアの幽体は怒りで震えているようだったが、すぐに収まると静かに転移と唱え、この灰色庭園から逃げた。


 倒れ込む、セリの再生人殻をカンナギがやさしく受け止めた。息はある。

「セリ!」

 大砲を空間にしまったカテラが駆け寄る。

「…うぁ…ここは…?ぼくはセリ……。カテラ?カンナギ?」

「良かった、何とか意識はあるようだな」

「セリ!生きててよかったよ!」

 カテラがセリを抱きしめる。セリの頬が少しだけ赤くなった。

「ノアは?ココノエは?」

 カンナギが装甲形態を解除して静かに話し始めた。

「ノアは撃退した。ココノエは恐らく最上層に居る。アクラと共にな」

「撃退ってことは…まだ生きてるってこと?」

「そうだ。いずれは決着をつけなければいけないだろうな」

「そういえばゼルは…?姿が見えないけど…」

「ゼルは、死んだ。守護人殻と相打ちになって」

 見回すセリにカテラが静かに言った。セリは俯き、泣きそうな声で呟く。

「僕のせいで、死んだ?そんな…僕は…最悪だ…こんなの」

「お前のせいではない。ゼルはお前を守るために、救うために立ち向かったんだ。だからそんな言い方はやめろ」

「でも…」

「今まで消えて行った者たちは皆、セリを助けようとして自分の命を懸けてきた。だからセリ、お前はソレを背負わなければならない。希望も絶望も、想いの全てを」

「持てない分は私たちも背負うから。一緒に生きていくの」

 カンナギが静かに言い、カテラは優しく言った。セリは涙を拭き、前を向き、立ち上がる。その顔に悲嘆の感情は無い。

「分かった。僕は、皆と一緒に行くんだ。ノアを倒し、ココノエに会って、世界再生を行う。もう誰も、失いたくないから」

 決意の表情でセリが答えた。その瞬間、セリの右腕のリングが光って、ニライが姿を現した。ニライの姿がいつもと違う。

「マスター、いえ、セリ、ついにその考えへ至ったのですね。貴方にここまで付いて来たことは間違いではなかったようです」

「ニライ?今までどこに…」

「私はニライではありません。正確に言えば遠隔操作していた端末の名がニライだったのです。私の本当の名は『仏の座』再生人殻の一人。貴方と同じ、空の再生人殻です」

「仏の座だと!?未完成だったはずだ、それがなぜ起動している…?」

 カンナギが驚きの声を上げる。再生人殻の中で未完成ながら最強の名を冠していた人殻だったからだ。

「私はココノエ様によって起動され、再生人殻で唯一『神』にあったものでもあります。今は最果ての地であなた方の到来を待っています。私にはもう動くことが出来ない、だからニライを通してあなた方を見ていました。時には介入したこともありますが」

「ニライ、いや、仏の座。君は最果ての地に居ると言ったけど、ソレは何処にあるの?」

「この階層の遥か果てです。第四層の中間にあるこの世界の果てに私は居ます。そこに、神に会うための鍵を持ってあなた方を待っているのです。どうか急いでください。ノアがセリという枷から解放された今、彼は何処へでも行ける存在に変わっています。彼は真っ先に私を潰しに来るでしょう」

「分かった。君を信じて、君を助けに行くよ。カテラ、カンナギ、力を貸してくれる?」

「当り前だろう/当たり前でしょ」

 二人は同時に答えた。

「どこまでだって、ついて行くさ。お前がセリである限りな」

「私はセリと一緒に『とうをのぼる』ためにここまで来た。それは何時だって変わらない」

「ありがとう。それじゃあ行こう!」


 セリは大きく一歩を踏み出した。その一歩に迷いはない。

 全ては、世界再生のため、自分を信じ、救ってくれた人たちのため、セリたちは最果ての地へと向かう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る