5-3 神々の領域、果ての景色
どれだけの時間が過ぎたか、分からない。景色は変わっていったが、第五層への道はまだ先の様だ。休む時、カンナギが何か鉄と白銀に細工をしているところをカテラは目撃しているが、黙認している。ゼルは相変わらず有事に備えて薬を調合している。
使われたことは今のところないが。
ある一定の途方もない距離を超えた時、三人はループしている世界を抜け、新たなる地へと進出できた。
新たる地、通称『マルカルナ』。旧時代の言葉で「抜け出す事」を意味している。
景色は草原から、雪が積もる雪原に変わった。黒雪と同じものなのかは不明だが、唯の雪ではなく、見せかけであり、冷たくないし、寒くもない。
塩と化したレーヴェから受け取ったデータをもとに、マルカルナを進む三人は長い旅路の中で驚異的な成長をしていた。特にカテラとゼルはそれが顕著に表れていた。
マルカルナは魔獣が出現しない代わりに、第四層に居た防人のような防衛兵器が出現する。大体数体が列をなして、何かの警備を行っているようで、こちらから仕掛けない限りは襲ってこない。強さとしては、相手をしたことがあるが、防人より脆い代わりに、機動性と攻撃能力に特化しているようだった。こちらをターゲットに指定すると、どこかの鎧の如く増えるため、最終的には、カンナギがコードを使用し処理した。
相変わらず、生物のいない世界で旅を続けている。雪原には塔がない代わりに見慣れぬ装置が点在している。先ほどの防衛兵器が守る、謎の建造物だ。カンナギの予想は、この雪原を維持するための装置だということだった。カンナギによればこの雪原の真ん中あたりにある遺跡があるという。
その名は『幻影都市ハルギオン』。旧世界に存在した大都市の模造だそうだ。
そこまで辿り着いて、あと少しだと笑うカンナギをカテラは何も考えず見ていた。
そしてついに、三人はハルギオンに辿り着いた。中央省やエルネスとは違う様式の巨大な都市だった。
正確には都市群ドームと呼ばれる、汚染された世界から隔離された、楽園。カテラの師匠が言う楽園とは別である。
内部は相変わらず、人間の気配すらないが機械が生きているらしく、綺麗なままだった。
旅の最中、三人は言葉を忘れない様に出来る限りのことを喋ってきたが、ハルギオンに辿り着く数日間は皆、無口になっていた。
「ようやくここまで…」
初めに喋ったのはカテラだった。幾度となく魔獣や防衛兵器と戦ってきたのは伊達ではなく、三人の中では最も成長したと言えるだろう。動きは以前よりはるかに洗礼され、もはやそこらの人殻に引けは取らない。鉄と白銀のサポートすら必要が無くなったと言っていい。
「ここが旅の果て、か」
ゼルの体術は比較的にカテラに比べそこまで伸びず、代わりに鼻が利くようになった。空気の感覚を捕らえ、魔獣や防衛兵器の場所すら特定できるように成長した。
「問題はここからだ。気を抜くなよ」
カンナギは相変わらずであった。黒き鎧こと色付鬼の性能の向上は見込めないため、細かな調整をしてきた。過度なパーツを外し、こっそりとカテラの大砲に組み込んでいる。結果として、鎧はさらにヒロイックになり、以前より体形が少し細くなったように思える。
「ハルギオンってなんていう所にあったの?」
「ヴェーラ大陸の首都だった都市だ。元々ヴェーラも雪国だったが、ここまで何も見えないような場所ではなかった。夏になれば快晴が見えた記憶がある」
「ここまで来たし聞くんだけどカンナギは何歳になるの?」
「レーヴェの言葉通り、千を超えている」
「その間、ずっと起きてたわけじゃないんでしょう?」
「そうだな。何百年かは隔離されて眠っていた。この時代、セリが起動された時代には既に起きてはいたがな。偶然とは時にいい物を運ぶ」
久しぶりにカンナギの笑った顔を見たカテラは少しだけホッとした。自分たちが人形のようになっていないことを思い出したからだ。
この途方もなく長い時間、随分と自分たちは物言わぬ人形側に寄っていた気がしていたから、そこも不安だった。
「元々ハルギオンにはエルネスと同じ建造物が存在していた。名前は『星の軌跡』。軌道エレベーターだ。星の外に出るためのな。だが戦争に巻き込まれ、終戦直前で折れてしまい、そのまま再生計画が始まったからな。本来なら折れているはずなんだ。だが…ここから見るにどうやらこの世界では戦争前の様だ。損傷が見られない。恐らくレーヴェの記録にあった第五層への入り口はこれの事だ」
「ようやく、俺たちの旅も終わりが近づいて来た。セリは無事だろうか…」
そうだ、この長い旅は全てセリという少年を助けるためにあった。カテラは忘れた事など一度たりともない。
「第五層に行けたとして、あの鎧が待ち伏せしている可能性は無いの?」
「その可能性は否定できない。だが、ここでは止まれない。それにその問題は今まで何度も話し合ってきただろう」
「レースノイエと名乗った鎧が襲ってきたときは迷わず俺を切ってくれ」
「ゼル、それは出来ないって何度も!」
「俺は覚悟の上だ。初期型である俺の命はどうせあと少ししかない。今までの旅で分かっていた事だろう。時間が動き出せば、俺の命はすぐに消えて無くなるだろう、とな」
「…だけど」
「俺の願いはセリの奪還と無事であることだけだ。それを為すにはカテラとカンナギの力がいる。俺は足止めくらいにしかならないけれど…それでも約束は果たせる」
「レースノイエの鎧の能力は増殖と樹々の生成だ。だが、一度でも本体に攻撃出来れば、増殖は一時的に止めることが出来る。俺の色付鬼のパーツをゼルの武装に混ぜ込んである。力を使用すれば一時的にだが、鎧と同じ力を得ることが出来るだろう。寿命と引き換えにだが…」
「これは、もしもの話でしょ!ゼルが居なかったらきっとセリは悲しむ」
「もしもじゃない。ほぼ確実な話だったはずだ。奴は必ず、俺たちを始末しに来る」
「第五層に至る前。可能性としては軌道エレベーター内でだ。奴はこの世界の守護人殻。軌道エレベーターを起動すれば飛んでくるだろう」
「だから俺が残り、奴の足止めを行う。カンナギ、カテラ、セリを頼む」
「お前の体は初期型で改造に強い。だから俺は出来る限りのことをお前にした。レースノイエの始末は任せる。セリは必ず取り戻す。だから安心してくれ」
カンナギは真っすぐにゼルを見て言った。
「任せた。俺は俺の出来ることを全力でやるつもりだ。カテラ、セリに言っておいてくれ。お前たちと出会えたことは、俺にとって最良の奇跡だった。とな」
「必ず伝える。私からも、ゼルに。ゼルは、いいやつだ。出来損ないじゃないよ」
「感謝する、ではここでサヨナラだ。お前たちの旅路に、幸運があらんことを!」
ゼルは笑顔で、二人の後ろ姿を見送った。
…
二段階に分けて打ち出されたエレベーター。
レースノイエが来るであろう白い空間の中にゼルは独り、唯、座して待っていた。
ゼルにとってこの旅は自らの有用性を証明するものになっただろう。出来損ないと蔑まれていた自分を、ここまで引き上げてくれた仲間たちのため、今、ゼルは独り、守護人殻レースノイエを待つ。
中層付近で空間に歪みが発生し、一人の人殻が現れた。レーヴェ、そしてスズシロと同じ顔をした優男はつまらなそうに此方を見ている。
ゼルは何も語らず、立ち上がった。そして無言のまま構えをとる。
「なんだよ、外れか…やっぱり熱源はダミーかよ…」
シュルシュルと緑の膜がレースノイエの体を覆っていく。あの時、遥か過去に出会った緑の鎧は再度、ゼルの目の前に出現した。
「さっさと殺して、本命を片付けに行きますかねぇ…」
『
本当につまらなそうに言葉を唱えたレースノイエの周りに、緑の鎧が地面から生えてきている。
「じゃあな、初期型。せいぜい、あの世で後悔しろよ」
迫りくる緑の鎧の軍団にゼルは臆せず、突撃した。右腕を振り上げ、殴りつける体制のまま。
「ッ!」
「はぁ?」
一瞬だった、ほんの一瞬。空気が揺れて、ゼルは増殖した鎧をタックルの一撃で一直線に粉砕していた。そしてそのままレースノイエを殴りつけた。
「…速い!?」
レースノイエは一瞬の思考の後、片腕で防御の姿勢を取ろうとしたが、それより早く、ゼルの拳が、顔面に直撃した。兜に罅が入り、レースノイエは白い空間の壁面に叩き付けられる。
「何が起きた!?、なんだこの速さは…!初期型とはいえこの速度は…!」
起き上がろうとしているレースノイエの胴体に、数発の攻撃が入る。そのまま体勢を崩されたレースノイエは、ゼルの猛攻に反撃すら出来ずにいた。
殴られ続けるままに、状況を理解しようとした。
「図に乗るなぁ!」
左腕を払う様に動かし、地面からゼルの方へと樹を生やしたが、その樹すら、一撃で粉々になった。少しだけ距離をとったゼルの体からは、黒い線のようなモノが生えて風になびいている。
「こいつ、まさか…色付鬼の力を移植されているのか?…そうでもなきゃこんな動き、出来るわけがない…!」
『
樹々を生成し、尖らせ、ゼルを串刺しにしようとしたが、たった数秒も持たなかった。ゼルは生成速度より速く動き、レースノイエの顔面に蹴りを喰らわせた。
ぐらりと揺れ、片膝をついたレースノイエは、自らが能力に過信しすぎていたことをいやというほど理解していた。
レースノイエ、第四層の守護人殻はレーヴェという男の色付鬼を与えられた、最強の人殻だと自負していたし、自分が負けることなど、これっぽっちも考えていなかった。だが、ソレは間違いだと気づいた。目の前にいる初期型は、自分の力を軽く凌駕している。
軌道エレベーターの特性上、あまり大きな質量を生成できない自分は、自分こそが初めから詰んでいたということに、このたった数分の間に気付かされていた。
「貴様、黒の色付鬼を移植しているのか!?命がいくつあっても足りない所業だぞ!」
ソレにあの初期型の武装にも色付鬼の欠片が装着されている。そうでなければ、たかだか拳一つ、自らの色付鬼『緑』の防御がそうそう簡単に破られるはずがない。
「俺の命はあと少ししかない。軌道エレベーターに乗った時点で時間は進んでいる。このまま第五層に着く前に燃え尽きるだろう。だが、その少しの煌めきの間に貴様が倒せれば、問題は一つもない!」
「初期型ぁ!貴様は何なんだ!なぜそこまでたった一人のために戦える!?」
「俺の名前はゼル。セリたちの友人の一人であり、仲間の一人だ。仲間の窮地を救うのは、友人の特権だろう」
「ふざけるなぁ!!初期型風情が、この守護人殻様に勝とうなんて百億年早いんだよッ!?」
「お喋りが過ぎるなレースノイエ、決着の時だ!」
「く、くそがぁ!!」
レースノイエの展開可能時間は幾度の連撃で完全におかしくなっていた。網膜に映る、表示は文字化けしており、能力は完全に使えない。色付鬼、鎧自体の力で、目の前に立つこの初期型に立ち向かわなければいけない。レースノイエはそれが恐ろしかった。
初期型の寿命が尽きるまで耐え抜けば勝利は確定するが、その前に鎧が解除される可能性の方がずっと高い。
ゼルの猛攻は止まらない。鎧にはあちこちが壊れ削れていた。
「図に乗るな!」
(質量による圧殺が使えないならば、範囲だけに絞ればいい!)
レースノイエが掌を合わせる。
「
合わせた掌から、細かい樹の散弾が、ゼルを襲う。咄嗟にゼルは両腕を合わせ、防御の態勢をとった。黒い線が、小さな盾の形となり展開される。
盾は少し削られながらも、樹の散弾を防ぎ切った。
「これも防ぐか…!だが視界は塞いだろう?」
「
レースノイエは既に次の手を構築していた。レースノイエの横に鋭い槍状になった樹が形成されている。
「
樹の槍が、ゼルに向かって射出され展開されたままの盾に突き刺さった。ゼルの盾は所詮は付け焼刃であり、完全なものではない。防ぎきれず、砕け散る。
「…!」
ゼルは盾が砕け散る前に、左腕を犠牲に、上へと跳んでいた。
「まだまだぁ!
伸びきった樹の槍の上を滑る様に移動したゼルは、呟く様にトリガーと唱えていた。
「
加速されたゼルの肉体は、凄まじい速度となって、レースノイエの無防備な肉体を捉えていた。
ゼルの渾身の一撃が、レースノイエの顔面を捉えた時、ゼルに異変が起きた。
命を削る色付鬼の力が、ゼルの寿命を大幅に縮めていた。吐血し、目の前が暗くなる。
「今だ!死ねぇええ!」
レースノイエの攻撃が迫る。あと一歩で当たる瞬間、鎧が氷解するように解除された。
「は!?」
「なんで、まだ、時間はあった…は…!?」
『…
ゼルが呟く様に唱えた、黒の力。ゼルは加速を自分ではなく、レースノイエの鎧に使用していた。一度しか使えない、最後のリミッターを外したゼルは拳を振り上げる。
「カンナギ…カンナギィィ!!」
どうしようもなく叫んだレースノイエの胸にゼルの拳が突き刺さる。人殻特有の青い血が、周りに散る。
「ガハッ…こんなところで、俺は死ぬのか…?いやだ…いや…」
その言葉を最後にレースノイエはあおむけに倒れ、動かなくなった。
ゼルは白い壁にもたれかかるように座り込んで、前を向いた。
いい人生だったと言えるかと言えば、違うかもしれないが、刺激的な人生であっことは変わりない。擦り傷だらけの体を見て、深く息を吐いた。
徐々に衰弱しているのは理解できる。二人は無事に第五層に辿り着いただろうか。
心配事はそれだけだ。セリはきっと…、彼は思ったよりもずっと強い子だ。きっと無事だろう。
「湖の町で死ぬよりは、ずっと有意義な人生だった…」
目の前が徐々に暗くなっていく。ふと、目の前にセリやカテラの幻影が映った。
「俺の果ての景色は、これだったか…。ふっ…思ったより悪くないじゃないか…」
「さようなら、皆…楽しかったよ…俺は先に行く…」
ゼルは静かに目を閉じ、眠る様に息を引き取った。
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