5-2 神々の領域、長い旅

 草原を進み、幾つもの塔を見送り、三人はちょうどいい大きさの洞窟に居た。

 外はいつの間にか曇り、雨が降っていた。

 地面にカンナギを寝かせ、ゼルが火をおこし、バックパックから固形の食料を取り出し、カテラに渡した。カテラは、ソレを折ってカンナギに食べさせている。

 カンナギは長時間、色付鬼を展開したせいか、消耗が激しく荒い息のままだ。

「これからどうする?」

「カンナギもこの調子だし、塔を調査するのはもう少し先になりそうだね。それよりも、ゼル、貴方って何なの?あの緑色が言ってたように、初期型って言うのは」

「…俺は正確に言えば亜人ではない。獣人でもないがな。最初期に調整を受けた新人類の一人だ。出身も第二層の湖の村ではない。気付いたらあそこに居たんだ」

「ずっと黙ってたの?」

「ここまで来て言わない方が悪いと思っていた。ちょうどいい機会が向こうから来たわけだからな」

「新人類っていうのは…」

「…再生塔で調整を受け生み出された人間の事だ。ちょうどカテラやゼル、ハイネルがそれにあたる」

 少しだけ落ち着いたのか、カンナギが半身を起こしていた。

「もう少し寝てた方がいいんじゃないの?」

「大丈夫、もうすぐよくなる。それよりも新人類の説明だったな」

 起き上がったカンナギは火の傍に近づいて座った。

「まず、本来の世界には人類種と呼ばれる存在は一種しか存在していなかった。それがヒト、だ。このヒトからノアによって派生し、創り出された存在が人間になる。旧人類とはヒトの事を指す。ココノエや本物のレーヴェなどはヒトだ」

「新人類はこの再生塔でしか生きていけない。意図的に極度の汚染に耐えられない様に創り出されている。恐らくだがカテラの師匠が言っていた楽園とは再生された世界の事だ。再生された世界ならば旧人類も新人類も分け隔てなく生活が出来るはずだ」

「楽園はこの再生塔にはないの?」

「君の師匠が何をもって楽園と呼んだのかは不明だが、レースノイエの言った通り、この空間は楽園とやらに近い。だが、確実に楽園ではない。この空間、この新世界には生物がいない。魔獣は居たがな。」

「魔獣は生物のくくりに入らない、と?」

「そうだ。魔獣はこの塔とは別の場所で生み出された、汚染に耐えうる生物の残滓だ。塔が変貌する際にココノエかノアによって、転送されたのが増えたのだろう」

「なぜ第一層の遺跡は現れては消えるの?そこも分からない」

「恐らく役割さ。第一層は赤い海の底に残る遺跡、つまりは旧世界の残り物を漉しとる。それが世界に浮上し、人々の活力に変わる」

「意味が分かんないけど、塔が人間を生かそうとしてるってこと?」

「そうだ。塔は塔の意識がある。『アクラ』と呼ばれる神のな」

「『アクラ』が神ならば、なぜ神はこの世界を修正しないんだ?」

「調整が失敗したか、し直されたからだ。最後にアクラに会ったのは俺だ。その時は、普通の女の子だったよ」

「アクラは機械じゃなかったの?」

「正確に言えば、人型の事象基臓。エンジンと操縦するとろが合わさっているモノだ」

「事象基臓!?魔法を使ってるってこと?」

「そういえばカテラの白銀交叉という大砲にも搭載されていたな」

 平然と言うカンナギにカテラは多少驚きを見せる。

「なんで知ってるのさ…、まさか…」

「事象基臓はレーヴェが創り出したようなものだ。魂を現世に固定する基盤を作った際に偶然に生み出された、それこそ奇跡、いや魔法だな。しかし白銀がこんな所で見られるとは思わなかったが…。アレを調整したのは俺だ。これでようやく分かった。カテラの師匠の正体が」

「師匠を知ってるの…?」

「ああ。昔に何度も会っていた。彼女に白銀と鉄を渡したのは俺の友人。最後に会ったのは戦争前だがね」

「それって…師匠も人殻ってこと?何歳なの?」

「彼女は楽園で君を待っているはずだ。俺から言えるのはここまでだな」

「えぇー…」

「ところで、これからどうする?」

 ゼルが大きく脱線した話を元に戻した。セリを見つけ旅を再開する必要がある。

「一つ気付いたことがある。この世界は天候は変わるが時間が停滞している。だがセリは恐らくこの空間にはいない。隠されていると言ってもいい。どうやら長い旅になりそうだ」

「時間が止まっているのをいいことにしらみつぶしに探すってことでOK?」

「そうだ、カテラ。この手の依頼は君の得意分野じゃないか?」

 手を組んだカテラは深呼吸してから二人を見つめる。

「分かった、やってやるわ。ランク級処理屋の力、見せてあげる」

「頼もしい様で何よりだ。では始めよう、ちょうど雨も上がったことだしな。拠点はこの洞窟でいいだろう」

「この世界がどれだけ広くっても必ずセリを見つけ出すわ。私の誇りに賭けて」

 カテラ達は互いの手を握り合い、誓い合った。


 …


 あれから現実時間にして三年の月日が流れた。時が止まっているおかげで歳はとっていない。生物は相変わらずおらず、魔獣は殺すと消滅するため、素材にはならない。生物はいないが植物はあるので、専ら食事は果実と水だ。栄養の偏りが半端ないように思えるが、どうやらこの新世界の果実はある種のカロリーバーに近いらしく、それとゼルが何処からかとってくる薬草でどうにかなっている。

 収穫は塔が、ゼルが言ったように本当に天を支えているモノだということと、この世界には終わりがなくループしているということだ。セリについての情報は無いに等しい。この上にあると思われるもう一つの世界に行くための移動手段は、何処にもなかった。カンナギの色付鬼やコードを試したが、どれも世界に拒絶され道を開くには足りない様であった。しかし、色付鬼を使用した際に出るエネルギーのようなモノを溜めて置けることが判明したため、現在は専ら、色付鬼の使っては解除しての繰り返しで、最後の頼みの綱であるレーレラを起動させようと躍起になっている。

 カンナギによればレーレラの歪曲能力を使用すれば、この永遠に固定された新世界からの脱出が可能ということらしかった。

 緑の鎧は、あの時以来出てこない。どうせ私たちがこの世界から逃げ出せないと高をくくっているのだろう。だが残念ながらその思惑は今日、打ち破られる。

 今日、ついにレーレラを顕現起動できる日が来たからだ。

 拠点としては役に立ったあの洞窟からおさらばできると、少なくとも私は喜んでいる。


 …


「レーレラ、起動。歪曲空間顕現…!」

 カンナギが呟き唱える。

 久方ぶりに見たレーレラはこんなに円形だったかと思った。レーレラは思惑通りに顕現し、円柱状に開いた。武器を召喚できるほどの力はないらしく、空間が歪んでいることだけが確認できるだけだ。

「エネルギーが消える前に入ってくれ。何処に出るかは分からないが。少なくとも今よりはいい場所の筈だ」

「そうなると良いがな。とりあえず、食料は持っている」

 相変わらずのゼルは背に草の茎で編みこんだ袋の中に大量の果実を詰め込んでいた。

 カテラは真っ先に歪曲空間に飛び込んだ。その後にゼルが入り、最後にカンナギが入る。歪曲空間の中は思いのほか悪い場所でもなかった。正直、新世界の景色に見飽きていたというのもあるが、神秘的な場所ではあった。さぞかし寂しい景色かと思っていたが、久しぶりに箱型の空間を見た。カンナギがレーレラの顕現を解き、入り口が閉じた。

「ここが、レーレラの内部か…」

「あちこち触るなよ、何処に飛ばされるか分からないからな。とりあえずこのまま真っすぐ進んでみよう」

 三人は白く正四角形の通路を進んでいった。その先に、一つだけ穴のようなモノが見える。穴の外側はモニターのようなモノが映し出されていた。

「もしかして出口?」

「馬鹿な早すぎる。しかし、ここは…どこかで、見たことがあるような…」

「外の様子からして、どこかの部屋であることは間違いないな。コンソールが見える」

「思い出した。ここは塔のモニタールームだ!ここに行けば、またレーレラを通常通り駆動させることが出来るかもしれない!」

「なら決まりだね、出てみよう」

 三人はレーレラの歪曲空間から穴の外側へと出て行った。

 モニタールームは巨大なモニターと小さいモニターが大量に表示されている。久しぶりに見た近代的な装置にカテラのテンションが上がる。

 そのコンソールの真ん中に、白い塊が見えた。カテラが臆せず近づく。ソレは人型であり、入力盤を背に座り込んでいるように思える。

「塩の塊だ…」

 カンナギがソレを見て、固まった。そして小さく呟く様に声を発した。

「レーヴェ…」

 そういった瞬間、全てのモニターに男の顔が表示された。赤い髪の優男風の若者だった。

『ここに誰か来たということは、再生が失敗したということだな。この目で再生を最後まで見れなかったことを心苦しく思う。この設備では声と顔の判別が出来ないんだ。すまないが、名前を教えてくれるかい?』

 スピーカーから声が聞こえる。

「カンナギ、カンナギだ。久しぶりだなレーヴェ」

 カンナギがマイクに向けて答えた。

『カンナギ…!?どれだけぶりだろうか!まさかこんな場所で友人に会えるとは、神に感謝しないとな』

 モニターに映された顔が笑顔に変わる。

「レーヴェ、再生の時から何年たったんだ?それと、お前は本物か?」

『俺は本物が死ぬ間際に意識転写を行った複製だ。残念ながら本体は遥か昔に死んでいる。再生の時からの時間だったな。ここの観測装置では千と十三年だ』

「では、お前は何をしていたんだ?」

『ひたすら塔の観測を続けている。そうプログラムされたからな。お前、いやお前たちは何をしているんだ?』

「ノアとココノエによって、変貌した世界に閉じ込められていたんだ。仲間を探している。検索できるか?」

『やってみよう。探したいものの名前は?』

「セリ。再生人殻だ」

『セリ?ノアの再生人殻か?まあいい。ちょっと待て』

 モニターに数列と謎の風景が表示される。少しの間の後、モニターはまたレーヴェの顔に戻った。

『検索結果が出た。彼はある筈のない階層にいる』

「どこだ?」

『第五層。ある筈のない空間だ。だが今ならわかる。とんでもないことが、起きたんだな』

「そうだ。レーヴェ、お前の再生人殻だが、レースノイエとかいう意識に乗っ取られていたぞ」

『レースノイエか。ノアが作っていた守護人殻の一つだ。それよりカンナギ、お前は何処へ向かう気でいるんだ?』

「第五層へ、だ。世界再生にはセリの力が必要なんだ」

『ノアではなく、か?。分かった。それ以上は聞かない。しかしここからだと、長い時間がかかる。どうやって行く気だ。再生人殻のお前は平気だろうが、後ろの二人は確実に死ぬぞ』

「第四層に確実に道がある筈だ。それを教えてくれ」

『…とてつもなく遠いぞ。今検索してみたがあの空間は複雑な形状になっていて、通常の方法ではたどり着けない。時間が停止しているとはいえ…』

「それでもいい」

『分かった…カンナギ、これだけは約束してくれ。死んだ俺の代わりに、必ず神と名乗る者を止めてくれ。この地獄を終わらせてくれ。頼む』

「分かっている。そのためにここまで来たんだ」

『ありがとう。今、データをお前の再生人殻に転送した。それと後ろの転移装置に第四層への道を形成した。長くは持たない。行くなら急ぐんだ』

「レーヴェ…お前たちの仇は必ず取る。信じてもう少しだけ待っていてくれ」

『カンナギ、お前の命の残量は増えない。いずれ色付鬼を使い続ければ、死ぬ。悪いことは言わないが、使いすぎるなよ』

「最後までお節介な奴だな。レーレラの歪曲空間をここに繋げていたのはお前だろう。レーヴェ」

『…サヨナラだ、カンナギ。この空間は記憶の空間。目的を果たした今、俺の記録は抹消されるだろう。最後に会えたのがお前で良かったよ』

 そう言うと、モニターは徐々に霞み、消えていく。

「さよなら、レーヴェ。お前と過ごした時間は忘れんよ」

『俺もだ、カンナギ。ココノエをよろしく頼む』

 最後にそれだけ言うと、モニターは完全に消えた。

「急ごう。もう一度、四層に向かうんだ。今度こそセリを取り戻しに行く」

 転送装置に乗り込む。光が体を覆い、三人はあの草原、新世界の真ん中に立っていた。


「旅の始まりだ。今度は前のようには行かない。セリを助け、神気取りを殴りに行くぞ」

 そう言って、カンナギは歩み出した。後ろをカテラとゼルがついて行く。


 旅人は遥か旅路をゆく。友のため、願いのため、救済のため。

 そして一つの約束のために。

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