第四層、神と名乗る虚ろ編
5-1 神々の領域、胎動
「馬鹿な…どうなっている!なぜ上層に魔獣が…!」
「言っても始まらない、セリを探すためにもこいつらを倒さない事には…!」
「まだ来るぞ!二人とも、構えろ!」
山のような魔獣に囲まれた三人は、碧い世界の中で困難に立ち向かっていた。
転送時、セリとはぐれた上に、なぜかいる魔獣に四方を固められ、身動きが取れなくなっている。
魔獣たちは倒しても、死体は消滅後、すぐに新しい個体へと再生していた。
「カンナギ!レーレラを最大で展開出来ないのか?!」
カテラの問いに、カンナギの表情が曇る。
「レーレラの歪曲機関が起動しない!今俺が使えるのは色付鬼だけだ…。カテラ、俺が色付鬼で魔獣を吹き飛ばすからゼルとそこを突っ切れ!」
「カンナギはどうするのさ!」
「俺はお前たちの撤退を確認後、離脱するから問題ない」
「そういう意味じゃない!どうやって!?」
「何のための色付鬼だと思っている。この程度の数など計算の内にも入らない」
「カテラ、帯電銃を貸してくれ。というか、くれ」
カンナギが放り投げられた帯電銃を受け取り、右斜め二時の方向に銃口を向ける。
『
帯電銃に雷撃が纏わりつき、バリバリと雷のような音が鳴り響く。
「喰らえ!」
引き金を引くと、銃口からは通常ではあり得ないほどの極太の雷撃が、発射された。
雷撃は魔獣どもを閃光の中、消し炭にしていき一直線の道を作り出した。
「走れ!」
叫ぶカンナギの声を背に、カテラとゼルが、魔獣の囲いを脱出した。
粉々に砕け散った帯電銃を捨て、腕を前に出すカンナギは呟く様に唱える。
『
地面に移る影から、黒い線がカンナギの体を一瞬で覆いつくす。そして弾けるように黒い線が消えた。
そこから現れたのは悪魔の様だがそれでいてヒロイックな黒き鎧だった。背中から棘のような排熱機関が三本ほど生えていて風になびいている。
『
左手を宙にかざすと、そこから黒い線が伸び、剣の形に変化する。
カンナギはそれを力の限り、振り抜いた。辺り一面に居た魔獣たちが一瞬で断ち切られ消滅する。
だが、消滅した端から再生し新たな魔獣としてその場にとどまり続ける。
ソレを一瞥したカンナギは右手を上に掲げ、コードを唱えた。
『
右掌より、黒い泥のようなモノが溢れ出し、魔獣を覆っていく。魔獣はカンナギに喰ってかかろうとしていたが、泥に足を取られ動けない様だった。
「消えろ!魔獣ども!」
右掌を握り込むと黒い泥が一瞬にして魔獣を飲み込み辺りは静かになった。魔獣は跡形もなくなり、再生することもない。
カンナギは手を降ろし、ふぅと息を吐いた。その瞬間には黒き鎧は氷解するかのように消え去っていた。
「そんなもの使えるなら、最初から使ってよ!」
近くで隠れ見ていたカテラ達が戻ってきた。
「これは見境が無くてな。あの状況下で使えばお前たちも消滅していた。許せ」
「許せじゃないっての…。大体あんた口調変わりすぎじゃない?幽体の時よりさ」
「魂が肉体、つまり再生人殻に引っ張られているんだ。俺でもどうにも出来ん」
「ゼルとキャラが被んのよ!」
「…二人とも。セリは探さなくていいのか?」
カテラとカンナギはほぼ同時に静止した。
「だいたい…ここは何処なの?上層であることは間違いないんでしょ?」
「そのはずだ。ただ、この景色。どう見ても再生塔が完成する前の景色だ。青い海が何よりの証拠。しかし、この塔は一体何なんだ?結晶保管庫でも無い様だし…」
「俺には天を支えているようにしか見えんのだが…カンナギはどう思う」
「天を支える塔か…確かにそう見えなくもない。海以外からも生えているようだし、もう少し近づいてみよう」
「ちょっと、セリはどうするの?」
「先ほど通信を使ったが、ニライ共々ロストしている。この空間が異様に広すぎるせいかもしれない。最大広域が不明なんだ。検索をかけてもシステムが応答しない。我々のいる場所は限りなく外の世界に近いということでもあるな」
「外?上層じゃないってこと?でもだったら、なんで私たちは生きていられるの?。外は汚染がひどくて人間は住めないはずでしょ?」
「…よくそんなこと知っているな。何処で聞いた?」
「師匠がよく言ってたよ。楽園以外は汚染されてるってさ。この世界ですら、って」
カンナギは考える仕草のあと、一つ結論を出した。
「この世界は新世界だ。楽園などではない」
「いいや、この世界は楽園さ。この世界の守護人殻様が言うんだから間違いないはずだろう?なあ、カンナギ」
いつの間にか崖の上に、人間が立っていた。長身で赤い髪をした優男風の男は、颯爽と崖下へ飛び降りた。通常の人間なら死んでしまうような高さから飛び降りたのにもかかわらず、男は無傷だった。
よく見ると薄い緑色の膜のようなモノが体全体を覆っている。じきにそれは色濃く変化し、鎧へと変わる。
「再生人殻…スズシロ…なぜ…ここにいる…お前はナズナと共に、死んだはずだ…」
「ソレは側だろ?俺は中身だぜ。そろそろ現実を受け入れろよ、カンナギ」
「中身…レーヴェか?いや、お前は、俺の目の前で、撃たれて…」
驚愕の表情を浮かべるカンナギに追い打ちをかける様に話し続ける。
「死んだのは本体だが、意識転写は完璧だったってことだ。俺は本物のレーヴェだ」
「
完全に鎧の姿になったレーヴェと名乗る男は、人差し指を三人へ向ける。
「今から一人ずつ殺して、アイツへの手土産にする」
「安心しろよ、俺は優しいからな。やっぱり一人ずつじゃなくて、全員相手にしてやる」
「『
「匂いが違う、アイツはスズシロじゃない!しっかりしろカンナギ!!」
「つっ…散れ!!巻き込まれるぞ!」
ゼルの声にハッと自らを引き戻したカンナギは叫ぶ。分身とは言えないような速度で、緑の鎧が増える。
三人はそれぞれ、別の位置に移動した。それぞれ武器を構え、増え続ける緑の鎧を片っ端から叩き潰し始める。
分身たちはそれほどの強度もなく軽い一撃で消えるのだが、何よりも量が凄まじい。
「『
黒き鎧を纏ったカンナギは高く跳びあがり増殖し続ける本体に攻撃を仕掛けた。
「おおおおおお!!!」
渾身の力で、緑の鎧を殴りつける。しかし、緑の鎧は片腕で、ソレを止めた。
「はっずれー!!はい、一人目!」
緑の鎧はゼルの方に分身を差し向け始めた。ゼルは必死に対応しているが、やられるのは時間の問題だろう。
「ッく…仮想加速!接続!!強化!!」
強化した拳で顔を殴りつけ、緑の鎧の手を無理やり振りほどく。カンナギはそのままゼルの方へ跳躍した。
「間に合え!!接続、風薙!!」
黒き剣で分身たちを一掃し、ゼルを脇に抱え、高台に跳ぶ。
「すまない、カンナギ」
「礼は後だ!ゼル、俺とカテラで隙を作る。その隙に、本体を潰してくれ、お前なら、出来る」
「分かった。任せろ」
ゼルが構えに入る。気を右腕に回し、凄まじい闘気が辺りを包む。
「まさか、獣人の初期型か?」
それを見ていた緑の鎧は小さく言った。
緑の鎧の波が、ゼルを囲もうと迫りくる。それをカテラは冷静に鉄と白銀を掃射し、片付ける。カンナギも、黒き剣で、分身たちを切り裂いていく。
「
カンナギが言葉を紡ぎ唱え両腕を地面に叩き付けると、そこから黒い波が、分身たちを飲み込んだ。波はほぼ全ての分身の動きを止めた。
「今だ!ゼル!」
「はああ!!!」
高台の岩場を蹴る割るほどの衝撃で、緑の鎧に突撃したゼルは、気を充填した拳を緑の鎧の本体にぶち当てた。緑の鎧は両腕を交差させ防御した。衝撃が辺りの岩盤を破壊し、隕石の衝突の如く地面が波打つ。
「流石、ノア、強めに調整しすぎだろ!!」
緑の鎧は、ゼルの一撃を弾き、空いている左に蹴りを喰らわせた。ゼルは咄嗟に防御したが、弾き飛ばされ、崖にめり込む。
「っく…」
「今度こそ一人目かな…っと…アブねッ…!」
カテラが狙撃した弾丸が緑の鎧を掠める。緑の鎧はカテラの方を向いて、怒りをあらわにした。
「邪魔なんだよ、新人類の癖に!俺は手早く済ませたいってのに!」
地団駄を踏む緑の鎧に迫りくるものがあった。
「はあああ!!」
黒き剣を振りかぶるカンナギは緑の鎧が地面を足で小突いたのを確認し防御姿勢をとった。
『
ぼそりと唱えた緑の鎧の地面から、巨大な樹が高速で生えてカンナギに直撃した。
カンナギは黒き剣を振るい、樹を細切れにしていく。
「レーヴェ!!」
「いい加減うざいな、
樹々が緑の鎧を覆う様にすさまじい速度で増殖する。カンナギは樹に押し飛ばされた。ゼルは樹々の隙間を縫って回避している。カテラは砲口を上に向け、二対の大砲を変化させていた。
「鉄、白銀、
発射台の様に変化した大砲から、細いミサイルが発射された。
上空に天高く上がったミサイルは、太陽の光の中に一度消え、すぐに緑の鎧の真上に落ちてきた。
「無駄なんだよ!防御しろ!樹々よ!」
緑の鎧を包むように育った樹に阻まれたが、ミサイルは着弾前に爆破した。爆炎が緑の鎧を包む。
「この程度の目くらましで!」
「視界は悪いが、匂いを辿れば…今度はどうだ?!」
爆炎の煙に紛れていたゼルの左拳が、緑の鎧の胴に直撃した。緑の鎧は体勢を崩し、樹の庭が解除された瞬間、カンナギの振るう黒い剣が緑の鎧の腕を切り裂く。
「チィ…油断しすぎた…ここまでか…!」
腕を斬られたというのに冷静な緑の鎧の両肩が開き、放射版のような機構が姿を現した。
「退けぇ!」
突如として放射版から衝撃波が辺りを砕く。カンナギは黒き鎧の腕を盾のように変え、ゼルの前に飛び出し、衝撃波を防いだ。しかし、黒き鎧はそこで溶け落ちる様に消え、荒く息をするカンナギの本体が姿を現した。展開限界はとっくに過ぎていた。しかし、緑の鎧は展開したままである。黒き鎧より前に展開したはずなのに、だ。
「なぁんだ…とっくに限界だったのか。カンナギ!!」
腕を振るった緑の鎧の攻撃にゼルはカンナギを抱えスライディングして躱す。
「ちょこまかと、もういいよ初期型。お前の力はもう見た、カンナギと一緒に死ね」
「樹の…!?」
唱えようとした、緑の鎧の頭に、弾丸が命中した。カテラが放った狙撃弾が命中したのだ。カテラは連続で撃ち込み、緑の鎧は少しだけ後退した。その隙にゼルがカンナギを抱えたまま、カテラの元に移動した。
カンナギは荒い息をしたまま、ゼルから離れる。
それを見た緑の鎧は呆れたような仕草を見せた。
「…飽きた。帰る」
そう言うと緑の鎧は斬り落とされていない左腕を掲げ、叫ぶ。
『
緑の鎧は剥がれ、中から赤毛の男が現れ下の方から徐々に消えつつある。
「次会うときはもっと楽しませろよ、カンナギ」
「お前は、誰だ?レーヴェじゃない。お前は!」
満身創痍のカンナギの問いに、赤毛の男は答えた。
「正解。意識転写は完璧。でも俺はレーヴェじゃない。俺はレースノイエ。この楽園の守護人殻。次は本気で遊ぼうね、お互いさ」
「セリは何処だ!?」
カテラが叫ぶ。消えかけのレースノイエは一言だけ言った。
「アレはセリなんて側じゃない。ノアだよ」
レースノイエはそのまま光になって消えて行った。
「くそっ…レーヴェ、スズシロ…すまない」
カンナギは呟き、うつぶせに倒れ込み、ゼルが地面に着く前に受け止めた。
「とりあえず、休める場所を探そう。この世界は謎が多すぎるしカンナギの消耗も大きい」
「分かってる。でも、アイツは一体なんなんだ?」
ゼルがカンナギを背負い、三人は戦場となった草原を後にした。
…
「ここまでやるなんて予想外だったよ」
暗い空間で、レースノイエが斬られた腕の再生をしながら言った。
「油断が過ぎたわ。自分が守護人殻だということを忘れないで欲しいわね相手は再生人殻にさらに強化を加えた特殊な人殻なのよ」
暗い空間の奥から女性の声が聞こえる。その会話の真ん中に笑顔の少年が座っていた。
「まあ、過ぎたことだしいいんじゃないかな?どうせあの三人ではこの空間にはたどり着けない。ましてやカンナギのコードでは尚更さ」
「レーヴェの本体はどうするの?アレを見つけられれば危険かもしれないわよ」
「大丈夫、もう彼は死んでる。会ったところでフラグメントの回収は出来ない。それよりもいつまで僕をここに縛るつもりだいココノエ?」
「貴方の意識が完全に転写出来さえすれば解放するわ」
ソレを聞いていっそう笑顔になる少年は、上を見上げて呟く。
「もうすぐだよ、アクラ。ようやく君に会える。君を完全に導けるのは僕しかいない。そう、ノアである僕しか…!」
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