4-6 悠久都市、別れ、そして始まり
カテラ達がアイギスの前に着いた時、セリたちは中に入っておらず、外で三人の仲間たちの帰還を待っていた。カテラたちが近づくとセリが一番に気付き、走り寄ってきてカテラに抱き着いた。
「皆、無事だった?良かった」
「残念ながら皆無事なわけじゃない。ハイネルの傷が深い」
「誰!?」
「元クラウト、現カンナギだ、ヨロシクな」
「クラウ…いやカンナギ…ハイネルの容態は?」
「いいとは言えないな。特殊な方法を使って傷は塞いでいるが、それももう限界だろう。君たちの方はどうだ?怪我してないか?」
「皆のおかげで僕たちは無事。何処も怪我してないしゼルもマキも無傷だよ」
「それならいい。急いでアイギスに入るんだ。追手がわんさかくるぞ。マキ、頼めるか?アイギスの扉に手を当ててくれ」
「こう?」
マキが扉に掌を当てる。光の線がマキの掌から溢れ、扉が動き出す。ゆっくりと扉が開き、長い通路が見える。
「急ごう。結晶保管庫まで直通の通路、開通だ」
全員がアイギスに入ると、扉はまたゆっくりと閉まった。
アイギスの中は真っ白で、規則性のある造りになっている。通路の壁には幾つもの読めない文字が浮かんでおり、保管施設というよりは実験場のようなイメージを受けた。さらに奥に進むと筒状の大きな広間のような場所に出た。
カンナギが端末を操作すると、これは広間ではなく、エレベーターだということが分かった。エレベーターの窓からは徐々に紫色の結晶があちこちから生えている空間が見えた。数が分からないほどのカプセルの中に結晶が入っている。中には割れているものもあり、そこから結晶が生えているように見える。
「まさか、これが…全部…」
「そう、これは全て旧人類の魂の結晶だ。賢者レーヴェが創り出した神に等しい技術の一つ。まあここにあるものは、全て選ばれた者たちの結晶だがね。他の一般人の魂は、本来ならば死海が飲み込んだ場所に点在していた施設に保管されていた」
「選ばれた者?」
「箱庭機関や政府のお偉いさんの魂、他には技術者や、ソレらを守るための兵士の物もあったはずだ。計画では最初にここの連中が目覚めるはずだった」
音もなく静かに保管施設に着いたエレベーターは幾重もの鍵付きの扉が開いていく。
保管所に降り立ったカンナギ以外の皆は、辺りを見回している。
「ここからどうやって上に上がるのさ、カンナギ」
「まずはハイネルの処置が先だ」
カンナギが空間に文字を入力すると保管所の真ん中にカプセルが地面から生え出てきた。他のカプセルとは違い、色は黒い。
「ゼル、この中にハイネルを寝かせてやってくれ」
「まて、カンナギ。ハイネルをどうするつもりだ?一瞬で傷が癒える機械なのか、それは?」
ゼルがハイネルを抱えたまま問う。
「いいや、そんな都合のいい物は存在しない。ましてやハイネルは獣人だ。このアイギスにある施設は全て人間用なんだ。思うように機能するかも、怪しい」
「彼女も人間だろう」
「言い方が悪かったな、唯の旧人類用なんだ。創り出された命である獣人や機人といった生体にはどういう作用を及ぼすか分からない。だが我々はソレをしなくてはならない。ハイネルを助けるにはそれしか方法がないからだ」
「どういうことだ?」
「まだ分からないのか?彼女は死にかけている。傷を癒す装置はない。だから彼女には結晶化してもらう」
「「!?」」
「肉体は一旦捨ててもらうことにはなるが、それでも再生時の生存率は格段に上がる」
「ハイネルを人間じゃ無くしようってことか!?魂だけにするってか?馬鹿らしい考えだ!」
「カテラ、彼女は獣人だ。人間ではあるが、人類ではない。いわば亜人類種だ。こうして俺たちが喋っている間にも、彼女の死は近づいている。時間がないんだ」
「ハイネルがそれを望んだのか?」
ゼルが静かに言った。
「いいや、俺の我儘だ」
「それなら俺は、助かる方に賭ける。いつか彼女が目覚め、世界が平和であるならそれでいい」
「ゼル!」
「元々俺たち獣人や亜人は存在してはいけなかった種なんだろう。もしアクラで世界再生を成し遂げたとしても、消えるかもしれない。それでも、この装置に入り、魂だけになれば、次生まれるときは、人類になっているかもしれない。俺はソレに賭けたい」
「でも!!でも…もう会えなくなるってことだよね、ハイネルには…」
セリが下を向いて言った。
「その通りだ。ゼルの言う通りになるかもしれないし、セリの言う通り、もう彼女には会えない。希望のある道を選ぶか、絶望しかない後ろに戻るか、それだけの差だ」
「さあ選べ、新たなる人間たち。彼女を救うか救わないか!」
…
カプセルに寝かされたハイネルは目を覚ますことなく小さく息をしている。
反対したのは誰一人として居なかった。皆が、ハイネルの命の延命と再生を望んだ。
特殊な薬液がカプセルに注入され、ハイネルを包み込んでいく。ハイネルの肉体が徐々に光の粒に変わっていき、最後には小さな球体に変わった。
「これであとは結晶化を待つだけになった。カプセルを保管庫に戻すぞ」
球体の入ったカプセルは地面に吸い込まれるように消えていく。
「さようなら、ハイネル」
セリが沈みゆくカプセルに言った。もう彼女には会うことは出来ない。
それでもセリたちは先に進まなければならない。魂だけになったハイネルの再生のためにもここで止まるわけにはいかないのだから。
セリたちは結晶の保存所からカンナギの案内に従い、転送装置へと歩みを進めていた。皆が無言で、何処か遠くを見ている。
「あの。お話があります」
マキが急に口を開いた。前を歩くカンナギ以外が、マキの方を向いた。カンナギの足が止まる。
「私、管理棟でハイネルさんと遅くまでお話してたんですが…ハイネルさんから皆さんへって、預かり物があるんです」
マキはそう言うと、車椅子の後ろのポケットから、何か袋を取り出した。
「一人に一つずつ、お守りのようなモノらしいです」
袋から出されたソレは透き通った緑色の星型の石だった。
「ハイネルさんの故郷のお守りって聞きました。自分に何かあったら、渡してほしいと、頼まれていたので…だから…ぐす…」
マキの目から涙が零れ落ちた。
「約束、って言ってました。もし、自分に何があっても前を向いていてほしいって。これはその為のお駄賃だって言ってました…だから…だから…」
カテラがそっとマキを抱きしめた。カテラの胸の中で、マキは静かに泣いていた。
「約束…か」
お守りを握りしめセリが呟く。思えば、ハイネルには守られっぱなしだった。
騎士だからと言っていて、こっちの話は聞かないように思えていたが、ソレは勘違いだった。
たしかにセリは獣人だったハイネルを受け入れた。だが、ソレだけのために、ハイネルは自分たちを命を賭して守ってくれた。
「約束、守るよ、ハイネル…。僕はもう、振り返らない。後ろは向かない。前を向き続ける。約束だよ…」
皆が静かに俯いている時、カンナギだけは前を見続けていた。
通路をいくつか抜け、転送装置の部屋にようやく辿り着いた。転送装置の部屋は折れたアイギスの最上階にあって、周りは木の根のようなモノに覆われていて、虚空の空が見えた。
「カンナギ、派手に壊れてるけど、これで本当に上層に上がれるの?」
「前にも言ったが、折れているように見えるだけだ。ちゃんと機能するから安心してくれ。…マキ、君の出番だ」
促すように言われたマキは車椅子で器用にカンナギの傍に寄った。そしてカンナギの手を握る。
「クラウトってこんな手してたんだね。最期に触れて良かった」
「俺はもうクラウトじゃ…いや、君の前ではずっとクラウトだったな」
優しく微笑むカンナギの顔をしっかりと見つめたマキは、カンナギに抱きかかえられ、中央の椅子に座らせられた。その間もずっと手を握っていた。
「痛みはない。装置が起動したら、すぐに眠くなる。それで眠るだけでいい。それ以外は何も考えなくていい」
「ねえ、クラウト一つだけ約束して?」
「なんだ?」
「ずっと、私の事、忘れないで居てくれる?」
握った手に力が入る。
「忘れない。ずっと、ずっと覚えているさ。マキという、光があった事は」
「光だなんて、照れちゃうね」
「君は俺にとっての光だった。希望だった。それだけは確かだ」
「ふふっ…ありがとう、クラウト。今まで本当にありがとう」
グッと引っ張られ屈みこんだカンナギの頬にキスをしたマキは笑顔のまま眠りについた。
装置が完全に起動しマキの体が透けていく。小さな鍵のような形になったマキは、カンナギの手に収まった。
「まさか、旧人類の体を記憶片フラグメントに変換したのか?!」
「そうだ…。俺の再生人殻には泣く機能が無いのがつらいところだな…」
ポツリと本音をこぼしたカンナギは、涙を拭うような動作をして、皆を見た。
「さあ、これからが本番だ。この先は上層。誰も行ったことのない未知なる世界。どうなっているか分からない。それでも、君たちは前に進むか?」
「当り前だ。僕らは独りじゃない。みんなで行くんだ。そして僕は世界再生を為す」
「私は最後までセリについていくよ。この物語の結末が気になるし、私も楽園を見てみたいしね」
「俺はハイネルの分まで二人を守らねばならない。約束した以上、必ず完遂する」
「いいんだな、進むという決断で」
皆が頷いた。
「分かった。ではこれから上層への転送を開始する。力を貸してくれ、マキ…!」
カンナギは何もない空間に記憶片フラグメントの鍵を刺しこんだ。
カチャリという音と共に回った鍵は空間全体を大きく震わせ、光の奔流が四人を包んだ。
「セリ、ゼル、カンナギも!手を!」
カテラの言葉に皆が手をつないだ。眩い閃光が辺りを包む。その閃光に、セリは思わず目をつぶった。
…
そして次に目を開いた時、世界は緑に覆われていた。機械の破片もなく。
ただ、緑の大地と碧い世界が広がっていた。
そして碧い世界には天を支える様に、何本もの塔が立っていた。
「これが、上層?」
ハッとしてセリは辺りを見回す。手を握っていた皆の姿がない。
「どうして…」
後ろに気配を感じ振り返る。そこには二人の人物が立っていた。見たことはない。でも、誰かは分かる。
一人は赤い髪の青年。名前は『レーヴェ』
そして、もう一人。
白髪の赤目の女性。名前は、『ココノエ』
「お帰りなさい、ノア」
そう呼ばれ咄嗟に訂正しようとしたセリの意志関係なく、口角が上がるのが分かる。
「ただいま」
そう答えた声は、目覚めた時と同じ声だった。
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