4-5 悠久都市、二人の騎士

 カテラとクラウトを生贄に何とか逃げ出したセリたちは、エルネスの中央通りを走っていた。

 アイギスがだんだん近く見えてきて、改めてその雄大さに感動、もしくは絶望した。塔のようなモノが、地面に刺さっている。入り口までもう少しというところで、ゼルとハイネルが突然止まる。目線の先には一人の少女が立っている。クリーム色の髪の毛に青い瞳。ガンマンのようなコートを着ているが手には剣を持っている。

「セリ、マキとゼルを連れてアイギスへ行け」

 ハイネルがセリに耳打ちした。

「そんな事、出来ない!」

「あいつは強い。私はよく分かっている。彼女は私と同じ『騎士』だ」

「中央の狩人か…?!」

「ゼル…セリとマキを頼む」

「…分かった」

 ゼルはマキを左腕で抱え、セリの腕を引っ張った。遠巻きに少女の横を通ったが、少女はこちらに見向きもしなかった。

「駄目だ!ハイネル!一緒だって言ったじゃないか!!ゼル!離せ!!」

「それこそ駄目だ。お前はハイネルの覚悟を無駄にするのか?」

「つっ…」

 セリの表情が歪む。分かっている。そんなことは分かっているが、ただでさえ防人との戦闘で傷ついている彼女を、一人残していくのはあってはならない事だ。

「さようなら、セリ。君との旅は短かったが楽しかったよ」

 最後に笑顔のハイネルが見え、セリは慟哭した。


 ハイネルはコートの少女に向きなおる。ゼルが作ったそこら辺の看板を使った簡易的な槍のようなモノで、戦うのはいささか不安ではあった。

「君の目的は私なのだろう?剣戟のフレア!」

「貴女が裏切るなんて考えてもみませんでした。残念です灼眼の…」

 フレアと呼ばれた少女は、くるくると剣を回し、構える。

「駆動剣、起動。聖剣『偽断刀ガラティーン』」

 剣の絡繰りが回り始め、薄いエネルギーの刃が形成される。

「中央省の規定により、貴女を殺します。最期の言葉は必要ですか?」

「そうだな…また会いましょう、だ」

「ボロボロな状態で粗末な武器を扱う貴女が、私に勝てるとでも思って?」

 ハイネルはニヤリと笑い、掌を宙に向け言葉を紡ぐ。

不可視の箱イーネルベのはこ

 線だけの透明な箱が出現した。フレアの表情が変わる。

「量産型の禁忌人殻…そんなものを持ち出していたとは…」

『灼槍、ゼロカク』

 箱が少し明滅したかと思うといつの間にか、そこには赤い色の長槍が姿を現していた。ハイネルは右手にそれを掴み、左手に槍のようなモノを掴むと、フレアにゼロカクと呼ばれた赤色の長槍を向ける。

「悪いが、こんな所で死ぬわけにはいかないんだ。私は、私の守りたいもののために戦う。それが今回はあの少年を守りたいと思っただけでな」

「分かりかねますね…。そこまでして何の得が?それに私の標的は貴女のみ。あの少年は殺しませんよ」

「相変わらず嘘ばかりつく。セリの破壊命令も出ているのだろう。傭兵教会まで動かして中央省はそこまで固執する理由はなんだ」

「今から死ぬ人間に何を教えて徳になるというのですか」

「やってみなければ、分からんだろう!」

 そう言って、左手の槍を思い切り投げつける。槍は剛速で飛んでいき、フレアの目の前に突き刺さった。フレアは動かない。

「何の真似です?最初から刺す気なんて…」

 ハイネルは赤い長槍、ゼロカクを深く構えると、静かに答える。

「避雷針さ」

「ッッ…!」

 突如として、フレアの真上から、赤い落雷が、突き刺さった槍に落ちてきた。後ろにいるフレアを、衝撃波と雷撃が襲う。

「ぐあッ…」

 二つをもろに喰らったフレアは構えを解く。

「行くぞ!」

 ハイネルが地面を強く蹴り、大きく跳躍する。

「不可視の箱!!」

 空間、自分の足元に箱を出現させ、ソレをさらに蹴り、ふら付くフレアの元に突っ込む。

 フレアはすぐに構え直し、ハイネルの一撃を刀身で受け止めた。ハイネルはソレを弾くと、素早い突き攻撃を繰り出す。フレアは突き攻撃を全てこともなげに回避し、滑る様に下段から上段へ駆動剣を振るう。咄嗟に防いだハイネルであったが、刃先が左目を直撃した。

「ぐっうっ…まだまだぁ!」

 左目ぐらいくれてやる。それほどの気力をもってしなければ、この少女には勝てない。幾ら自分が灼槍を使っているとはいえ、相手はあの『剣戟』なのだ。それに自分は万全の状態ではない。防人にやられた傷が痛む。それに判断ミスで左目も失った。だが、この程度で負けを認めるわけにはいかない。負けだと、諦めるわけにはいかないのだ。

 激しい攻防が続く。実のところフレアも少し平常心を失っていた。それは予想以上にこの獣人風情が、タフだったからだ。『灼眼の羅狼』という二つ名のついた相手で、しかも見たこともない武器を使っているこの獣人は今まで戦ってきた獣人の中でも三本の指に入る強さを誇っている。自身の繰り出されす攻撃全てを、受け流され、弾かれて、出だしの段階で潰されている。

「腐っても、騎士の称号を得ただけはあるようですね!それがなぜ、裏切り者なぞに変わってしまったのか…残念でなりませんよ!」

 フレアの駆動剣の起動限界が近づきつつあった。駆動剣は万能の兵器ではない。装着されている、マナ石の中にあるエネルギーが尽きれば、唯の鋼の剣に戻るからだ。

 フレアが事前に用意していたマナ石のエネルギーは最大起動で持って十数分。あと数分で、エネルギーが尽きようとしていた。

 ハイネルはそれに気づいており、自身の決め手を残しつつも攻撃せず、フレアの攻撃を潰すことだけに神経を集中させていた。ハイネルとて、伊達で騎士になったわけではない。見えていないはずの左からくる攻撃に対応できているのは、今までの経験による予測と技量によるものだ。

「流石に、不味いですね…!」

 フレアの焦りが見えた瞬間、ハイネルは攻めの一手を繰り出す。

 雷撃を纏った神速の一撃が、フレアの腹を貫いた。フレアの動きが止まる。

 勝った。そう思った時、フレアの姿がぶれた。槍の若干横に、もう一人のフレアが現れ、雷撃を纏った灼槍を掴みながら、柄に刃を滑らして、ハイネルの右胴を薙ぎ払う様に斬り付けた。刃はハイネルの体を簡単に切り裂き、後ろに抜けて行った。

「ガ…」

 大量に吐血するハイネルはゆっくりとフレアの左側に倒れる。フレアは刃の血を払い、駆動剣を鞘に納めた。

「禁忌人殻を持っているのが自分だけだと思ったのですか?とても馬鹿な考えですね。お笑いですよ」

 虫の息のハイネルに足を叩き付ける。

「ガハッ…」

「この長槍は頂いておきますね、死に体の貴女には勿体ない代物ですし」

 そう言ってハイネルの灼槍を拾ったフレアは灼槍を掲げ見る。

「太陽の色…美しい槍ですね。何処でこんなものを…」

 言いかけてフレアの笑みが止まる。自身の周りの異変に気が付いたからだ。パキパキと枝を折るような音が聞こえ、フレアを覆う様に赤い線が、空間を飛び交っている。

「これは…」

「馬鹿だな…お前も…」

 呟くハイネルの声に灼槍を離そうとするが、掌にくっついた槍は離れない。

「貴様、何を!」

「言ったろう、避雷針だと…」

 次の瞬間、極大な雷撃の塊が、フレアと横たわるハイネルに降り注いだ。


 辺り一面が煙に覆われている。大きく陥没した道路の真ん中に、焦げたフレアの姿があった。咄嗟に起動した駆動剣で雷撃を少しだけ逸らしたのだ。だが、代償に駆動剣は壊れ折れてしまっている。横に居たはずのハイネルと、持っていた槍の姿はない。

「ちッ…何処に行った…?」

 何とか立ち上がり辺りを見回す。煙が晴れていき、アイギスに行くための道路に仁王立ちする影が見える。

「そこかッ!」

 フレアが、予備用のナイフを投げる。ナイフは弾かれ地に落ちた。

「ここから先は、通すわけにはいかんのでな…」

 脇腹に布を巻いただけの荒治療を行ったハイネルが灼槍を手にそこに居た。

「来い、剣戟の!貴様は貴様の守りたいもののために戦え!」

「この!死にぞこないがぁ!!」

 フレアが大きく叫び、折れた駆動剣を手にハイネルに向かっていく。フレアは確信していた。こんな襤褸雑巾のようになった獣人風情に自分が負けることなどないと。

 ハイネルは独りしかいない。たとえ駆動剣が折れていようが、勝つのは自分だと。

 ハイネルは仁王立ちしたまま、ニヤリと笑った。

 フレアはその瞬間、自分の遥か後方から何か音がしたのを聞いた。足を止め、振り返る。フレアの騎士としての肉体が、自動的に動き、高速で飛来した何かを弾く。

 それは、弾丸だった。フレアはこの弾丸に見覚えがあった。

 あの時、あの、初心者に偽装して力を試した時に見た、特殊な弾丸。

 目線を目の前に戻す。遥か後方に二人の人物が立っていた。一人は見知らぬ男。もう一人は、あの時の、魔獣処理屋。名前は『カテラ』。

「っぅく……カテラぁあああ!!!」

 フレアは一瞬で自らが放った刺客である教会の執行官の死を悟る。どいつもこいつも役立たずばかり。たった二人の足止めも出来ない。と。

 後ろでドサッっとハイネルが倒れた音が聞こえた。フレアの標的は既にカテラとその隣の男に向いている。ハイネルはもう興味の対象ではない。

『不可視の箱!!』

 量産型の禁忌人殻。ハイネルだけが持っていたわけではない。勿論、騎士であった人間なら、誰もが与えられるべき、兵器の一つ。

「来い!『夕闇のヴェルヴェルグ』!!!」

 不可視の箱は消え、漆黒の大刀に姿を変えた。

 これこそが、『剣戟のフレア』の持つ、本来の切り札。一度、振れば、斬った事が確定するという、人外じみた兵器。

「消えろおお!!」

 標的を二人に絞り、大刀を振ろうとした一瞬の間。男がカテラの肩に手を置いているのが見えた。何か嫌な予感がした。


仮想加速アクセル超強化ハイブースト


 微かに聞こえた声に、フレアは大刀を振り下ろすのを少しだけ躊躇ってしまった。

 次、瞬きをした瞬間には、フレアの両腕は超速で発射され、威力が強化された弾丸によって、消し飛ばされていた。大刀と、ソレを握る拳のみが地面に落ちる。

 驚愕し、先にいるカテラの顔を見た。カテラは、笑っても怒ってもおらず、唯、悲しそうな表情をしてフレアを見ていた。

「ハハッ…カテラさん…それじゃあ、駄目ですよ…」

 フレアは少しだけ笑って、前のめりに倒れる。

 自らの両腕から流れ出る血と、こちらに走ってくる音だけをフレアは知覚していた。そしてフレアは自ら目を閉じた。


 次にフレアが目覚めた時、地面に寝かされていて、消し飛ばされた両腕には包帯が巻かれていた。包帯如きではどうにもならないほどの傷だったはずなのに血は止まっていた。

 隣を向くと同じく包帯を巻かれたハイネルが寝かされていた。小さいがしっかりと息をしている。

 フレアの体は動かなかった。

「目、覚めたみたいだな。治療は専門外の上、お前は敵だ。生きていただけでも感謝しろ」

 カテラの隣に居た男が、フレアの顔を覗き込んでいた。

「どうやって…治療したんです?…どうして、生かしたんです…?」

「企業秘密ってやつだ。生かしたのはカテラがそれを望んだから」

「カテラさんが…?」

 それを聞いて首を動かしてカテラを探す。遠巻きに大砲を背負ったカテラが一人立っていた。

「カテラ、目、覚ましたぞ」

 男の声にカテラが近寄ってくる。表情は暗い。寝かされたフレアの隣まで来て、屈んだカテラは深くため息をしてフレアの顔を見た。

「だから言ったでしょ。戦う才能があんたにはないって。私を見た時、躊躇ったでしょう?」

「いつから、気付いていたんです…私が騎士だったこと…」

「最初から。ありえないでしょ、禁忌人殻級の駆動剣を持ってる初心者なんか」

「ハハッ…流石、カテラさんだ…見抜かれてましたか…ぐ…」

「悪いけど、あんたはもうすぐ死ぬ。少しだけ話がしたいから延命させてもらったの」

 だろうな、とフレアは思っていた。どうせこの傷では中央省に帰ったところで処理される。

「聞きたいこと…ってなんです?」

「追手の数」

「ハハハ…それだけですか…。私の心臓が止まった時点で、すぐに次が送り込まれるでしょう…ですからそれまでに、上層に上がったほうがいいでしょうね…。中央省に、旧人類の遺伝子コードを持つものは居ませんから…」

「ありがとう、フレア。それと、あんたがハイネルに負けた理由、聞く?」

「…なんです?」

「守るもの、守りたいものの有無。あんたには何もなかったでしょ。だから負けた」

「そんな…くだらないもので、私は負けたんですか…悔しいなぁ…」

「そう、そんなくだらないもんに負けたんだよ。じゃあ、私たちはそろそろ行くから…そこで一人寂しく死んでいきな」

 …

「カテラさん…最後に一つだけ…」

「何?」

「本当に楽しかったですよ…あの時は…」

「最後まで馬鹿だねあんたは…。私も、少しだけは楽しかったよ」

「ハハ…それは…良かった…よかった…」

 それだけ言うと、フレアは目を閉じた。その顔は何処か笑っているようにも見えた。

「本当に…馬鹿だね…フレア…」

 カテラは小さく呟き、ハイネルを背負うカンナギと共に、アイギスへと歩き出した。

 その背の先に元弟子の亡骸を置いて。

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