4-4 悠久都市、沈殿
障壁を展開したままのカンガアラは自身の禁忌人殻に絶対の自信を持っていた。今まで執行官、処刑隊として戦ってきて、障壁が破られたことなど一度たりともなく、あり得ない事だった。
だがそれはいとも簡単に打ち破られた。目の前にいるたった一人の再生人殻風情の、ちっぽけな拳銃の弾丸が、障壁を貫通したからだ。貫通した弾丸はギリギリのところで避けた。だが、障壁を無い物の様にすり抜けた事が信じきれなかった。
フィーネもそうである。フィーネの禁忌人殻の爆弾を囲った絶対防御の筈の障壁を、あの男が、全て爆発させる前に貫き撃ち落としている。それが信じられない。
しかもあの男の身体能力自体も幽体の頃とは比べ物にならないほどに向上している。自分たちが弄び潰し殺した再生人殻は、ここまでの性能ではなかったはずだ。
そして何より、男の後ろに浮く、レーレラと呼ばれていた兵器の存在が、二人の執行官の思考を歪めていた。
「なんなのお前!いきなり強くなってさぁ!卑怯じゃない!?」
駄々をこねる子供の様にフィーネが叫ぶ。
「とうとう脳みその処理が追い付かなくなったか?これは殺し合いだ。何処が卑怯なんだ。お前らが散々やってきたことだろう」
出現する爆弾を撃ち落としながら平然とカンナギが答える。もはやフィーネの爆弾はカンナギにとって脅威でもなんでも無くなっていた。それより、デカブツの障壁の方が問題で、障壁は貫通はするが、すぐに修復されてしまう。このままでは埒が明かない。かといってレーレラの弾丸では障壁は貫通できない。
カンナギの使う拳銃はレーレラ由来の物ではなく、再生人殻に搭載されている『色付鬼』の機能を自身の肉体ではなく、拳銃に落としこんだ特別製で色付鬼の能力を付与しているモノである。
カンナギの色付鬼の色は黒。能力は『
そんなことを知るわけもない二人の執行官は押され気味だった。執行官側には攻め手が存在しないのだ。
カンナギとしては早々に決着をつけ、カテラの援護に向かいたかったが、デカブツの障壁が予想以上に硬く、レーレラでは押し切れない所が実に歯痒かった。
「そろそろ、やめにしないか?こんな不毛な争いは。大人しく死んでくれ」
カンナギの提案に、カンガアラは唾を吐いて答えた。
「ふざけろ、我々はまだ負けたわけではない!」
次の瞬間、フィーネが限界まで爆弾を同時生成した。カンガアラの姿が見えなくなるほどに。カンナギは爆弾を一つ撃ち、ほかの爆弾共々誘爆させた。煙の中で、何か動いた気がした。煙が晴れる前に右側からカンガアラが障壁を張ったまま体当たりをかまして来た。しかし、照準していたレーレラの微細な追尾の動きを見て、それを察知していたカンナギは、冷静に加速された弾丸を何発か発砲した。
加速された弾丸は障壁を貫通し、カンガアラの右足に当たった。それでも止まらぬ突進を続ける、カンガアラはそのまま、カンナギにぶつかった。が、カンナギはレーレラを二つ、円柱状から円盤の状態に戻し、それで突進を防いでいた。
「惜しかったな、もう少し早ければ、俺を殺せたかもしれない」
「フッハハ!惜しい?違うな!大当たりだ!障壁反転!」
カンガアラの障壁が防御に回していた二つのレーレラごと、カンナギを球状に包み込んだ。咄嗟に発砲したが、弾丸は、障壁に弾かれた。
「なっ…!」
「これで終わりだな!哀れ哀れよ、慢心は敗北につながるのだ!このまま、障壁を縮小していけば、貴様は圧縮されて無惨に潰されて死ぬ!」
「やるじゃんカンガアラ!」
遠くからフィーネの声が聞こえる。閉じ込められたカンナギは、窮地にもかかわらずひどく冷めた目をしていた。ため息を吐き、拳銃を降ろした。
「諦めたか?フハハハハ!所詮出来損ないの再生人殻などこんなも…」
頭を上げ大笑いしていたカンガアラは言葉を止めた。
レーレラが一機、遥か上空に滞空していた事と、カンナギの目を見たからだ。
「何をしても無駄なのだ!貴様には何もできん!」
「お前の敗因を教えてやろうか。慢心、慢心だ。俺をすぐに圧縮して殺していれば死なずに済んだものを…」
上空のレーレラが歪み、歪曲した空間から、巨大な建造物が姿を現した。それはゆっくりとだが確実に、カンガアラに向かって落ちてきている。
「貴様ぁ…貴様ぁ!!」
「俺に纏わせている障壁を元に戻さないと潰れて死ぬぞ。まあ、俺を殺してもそのすぐ後に潰れて死ぬが」
「仮想加速」
カンナギが言葉を唱えると、巨大な建造物の落下速度が、急激に上がった。もはや隕石と同等の速度になった建造物はカンガアラに考える暇を少しも与えなかった。
「反転解除、障壁、展開!!」
カンガアラはカンナギを捕えていた障壁を解き、大きく両手を掲げ、自身の真上に展開した。カンナギはレーレラを足場の様に使い、一瞬でその場から退避した。
巨大な建造物が、障壁に衝突する。衝突音と摩擦音が辺りに響き渡る。
「ハグネ銀の建造物と、お前の障壁、どっちが強いか勝負してみろ」
カンガアラは全ての障壁を真上に展開しているが、どちらが強いかは明白だった。徐々に障壁に罅が入り始める。カンガアラの顔面に汗が流れ始めた。逃げたいが、障壁を一枚でも外せば、その重量に耐え切れず、自身は圧死する。だが、このまま展開し続けても、いつかは障壁が割れて、潰されて死ぬ。そのヴィジョンがありありと見える。なぜ自分は、こんなバケモノを相手にしてしまったのか…。
「うおぁあああああああ!!!」
カンガアラは絶叫していた。その恐怖に、その痛みに、その後悔に。
「クソ、クソ、クソぉおお!」
「じゃあな」
カンナギが遥か遠くから手を振った。
「クソッたれの旧人類風情があああああああ!!!!」
遂に障壁が割れ、カンガアラは巨大な建造物に飲み込まれていった。
すぐに嫌な音がして地面と衝突した建造物は、強い衝撃波を生み出し、粉々に崩れ去った。
仮想加速の副作用みたいなもので、あり得ない速度まで加速された物体は、状態を維持できずすぐに崩壊する。
「残念、あと少しだったのに」
カンナギは既に拳銃を構えており、唯立ち尽くす、フィーネに狙いを定めていた。
「カンガアラの仇!この距離なら!私の方が早い!」
カンナギの横にはいつの間にか爆弾が一つ生成されていた。横目でソレを確認したカンナギは、呟く様に唱える。
「
拳銃がミシリと軋む音がした。フィーネがスイッチを押そうと力を込めた瞬間、放たれた弾丸は一瞬でフィーネの腕を吹き飛ばした。カランと音をたてて腕が地面に落ちる。
「ああああ!!」
痛みに絶叫し泣き叫ぶフィーネに再度狙いを定め、もう一度呟いた。
「仮想加速」
弾丸は首に命中して頭を吹き飛ばしフィーネは絶命した。
思ったより血は飛び散らず、立ったままの首なしの死体がゆっくりと地面に倒れた。
拳銃はバラバラになり、カンナギは拳銃だったものをそこらに放り投げる。
「死刑執行……こんなものか…復讐というのは…。なんだ、空しいだけじゃないか…」
祈る様に呟いたカンナギはしばしの間、虚空の空を眺めていた。
遠くで爆発音が聞こえ、カンナギは意識を現実へと引き戻した。
「カテラは…!クソッずいぶん離れてしまったな…!」
カンナギはカテラの元へ走り出した。
その少し前。
「アハハハハ、やっぱり赤い死神さんはすごいですねぇ!」
無尽蔵ともいえる湧き出るヨルヌの分身を、狙撃形態に変化させた鉄と白銀を使って、的確に頭を撃ち抜き続けているカテラの頭には疲弊の文字が微かに浮かんでいた。
このままでは埒が明かない。ヨルヌ本体は水銀のような流体を直立したまま地面に流し続けている。
分身の強度は、普通の人間と同じで狙撃形態の一撃で破壊可能だが、問題なのはその強さだ。生み出される前に破壊しなければ、禁忌人殻を持たないとはいえ、ヨルヌと同等の強さの分身が生み出されてしまう。現に、最初に二体撃ち漏らし、地獄を見ている。
「クソッ…」
白銀に搭載されている『
その時だった。遠くから何かが衝突する大音が聞こえた。一瞬、ヨルヌの意識がそちらに向いた。
今しかない。瞬きの間に、カテラは事象基臓の効果を変更し、毒弾を生み出した。
すぐさま装填し、ヨルヌ本体へ撃ち込んだ。もちろん揺蕩う泥に防がれたが、それも計算の内である。
「どうしちゃったんですかぁ?私に攻撃なんて……ん?」
流体の様子がすぐにおかしくなった。分身が崩壊しはじめ、唯の水のようになっていく。
「これは、これは。困りましたねぇ…」
こめかみを軽く指で叩き、困ったジェスチャーをするヨルヌは相変わらず笑顔のままであった。実際は困ったの、こ、の字も考えていないだろう。
「まさかまさか、分身が作れなくなってしまうとはぁー…負けてしまうぅー」
酷い棒読みでヨルヌが顔を伏せる。
「どうすれば—…赤い死神さんに勝てるんでしょうかぁー」
棒読みを続けるヨルヌを尻目に、深く呼吸をしていたカテラは鉄と白銀を通常形態に戻していた。
「こうなったらぁ…真の力を解放するときですよねぇ!!」
テンション爆上がりの声で満面の笑みで顔を上げたヨルヌは、流体を体に纏い始めた。流体は硬化し、まるで昔のヒーローのような姿になった。
「変身ヒーローってやつですよぉ!!!」
「あっそ」
ヨルヌを無視し、砲弾を放つ。砲弾は変身したヨルヌに直撃した。が、ヨルヌには傷一つない。
「無駄です。今の私に銃器の類は効きません。そういう能力ですのでぇ!!」
ヨルヌはカテラに全力疾走で近づいて来た。拳を振り上げカテラを殴りつける。咄嗟に鉄で防御しつつ体をひねり何とか避けたが、衝撃で数メートルは飛ばされてしまった。それに、衝撃だけでもダメージを貰ってしまった。腰のあたりが痛む。
何度か弾丸を変え銃撃してみるが、どれも効果は今一つだった。やはりヨルヌの言った通り、銃器の類は効かない様だ。
それならば。
「近づいて潰す!白銀、
白銀が音を立てて変形する。まるで白銀色の箱に大きな杭のついた形態に変形した白銀を深く抱え込み、鉄を前に突き出す。
「鉄、形態変化、モードシールド…!」
鉄は瞬く間に武骨な盾に変形した。
まるで騎士のような姿になったカテラは、鉄を前に出しながら、大きく息を吸い込み、深く吐いた。
「行くぞ!!」
「真正面から来ますかぁ…!それに乗るのもまた一興ですねぇ!!」
顔は見えないが恐らく笑っているであろうヨルヌも深く拳を握りを構える。
「吶喊!!!」
構えたまま動かないヨルヌに、カテラは一直線に突撃した。懐に入る寸前でヨルヌが拳を大きく振るった。
「うおおおおお!!」
ヨルヌの拳を盾で受け流しつつ、懐に入り込んだカテラは白銀の杭をヨルヌの胸辺りに叩き込んだ。
「貫け!!バンッカァァアア!!!」
引き金を引き絞ると白銀の杭が打ち出され、ヨルヌの装甲に突き刺さった。衝撃が背中から波動となって抜けた。装甲に罅が入っているのが確認できる。
「フフッ…グハッ…」
ヨルヌに突き刺さった杭のみを白銀から解除し、数歩後ろに下がったカテラは、杭を再装填し、突撃の態勢に移る。
「結構…痛いですねぇ…でも!これからですよ、まだまだぁ!」
刺さった杭を引き抜くと青い血が流れ出た。胸には穴が開いている。
「ヨルヌ、お前…人間じゃなかったのか…?」
「はい…フフ…私は人殻です。再生でも禁忌でもありません…ただの兵器です」
よろよろと動くヨルヌはすぐに立ち直った。拳を握り、構えをとる。
「さぁ、始めましょう!新たなる戦いを!」
ヨルヌの傷が流体でふさがれ再生する。骨格が変化し、腕にブレードのようなモノが付き、顔面に一つ目が開いた。人間の姿から異形へと変化したヨルヌは嬉しそうに叫ぶと、カテラに跳びかかった。カテラは怯むことなく、臆さずにヨルヌに突撃した。「ヨルヌ、お前は!、何がしたいんだ!!」
杭をブレードに打ち合わせ、左手の盾で防御しながら隙を探す。
「私は唯!面白いことがしたいだけですよぉ!!こんな体になって、楽しい事なんて戦うくらいしかありませんからねぇ!!」
ブレードの突き攻撃が速く、盾で防御するのが精一杯だ。
「今までで一番!楽しいですよ!カテラさぁん!!」
「勝手に、言ってろ!!お前はどうせここで死ぬ!」
「それでも構いませんよぉ!貴女に殺されるならば!本望です!!」
ズキンとカテラの心が痛む。こんな奴を殺して、本当に復讐になるのだろうか、と。
こいつにできる最大の復讐は…。
カテラは戦いの中一つの結論を出した。こいつは人殻。そうそう死ぬことはない。だから、自身でとどめは刺さない。ギリギリで生かしつつ、誰も来ない場所へ送り込むのだと。人殻とて再生は有限である。削るだけ削って、大瀑布の中に落とす。そうすればこいつは独り、永劫の時間を生きなければいけなくなる。人殻は基本自殺は出来ない様にプログラムされている。だからこそ、だ。
「最高に良い方法を思いついた!死ぬのはその後にしろ!ヨルヌ!!」
「構いませんよぉ!!楽しい、楽しいですねぇ!!」
隙をわざと見せ、カテラに自身を殺させようとしてくるヨルヌの魂胆を逆に利用して、じわじわとダメージを与えていく。
そして時は来た。ヨルヌの体はボロボロになっている。右足は砕け、両腕はもはや機能しない。顔面の装甲も割れ、本体が露出している。
「ああ!ついに来ました!復讐のされ時ですねぇ!さあ、殺しなさい!」
「そうだな、これで終わりにしよう…!」
カテラは白銀を地面に置き、盾となっている鉄だけを掴んだ。ヨルヌの表情が曇る。
戦いの最中に位置調整は行っている。あと十数メートル進めば大瀑布だ。
「まさか、貴女…まさか!やめろぉおおおおお!!!!」
ヨルヌはどうやらカテラがしようとしていることに感づいたようだ。素の喋り方に戻っている。しかしヨルヌにはこの状況を覆す方法がもう残っていない。
「行くぞ!ヨルヌ!!」
カテラは再度ヨルヌに突撃した。ヨルヌは必死に壊れた四肢を地面に喰らいつかせ、ブレーキを掛けている。だが、徐々に押されつつあり、あと数メートルで地獄行だ。
「ふざけるな!ふざけるなぁぁ!!こんなこと認められるかああ!!」
ヨルヌは最後の力を振り絞り、ふちに、自らの四肢を突き刺した。
「往生際が悪いんだよ!貴様は!!落ちろぉおお!!!」
「嫌だ、私は、殺されてこそ!!ここまで来た意味がっ…!」
あと数歩、あと数歩が、あまりに遠い。
「うあああああ!!!」
カテラが叫んだ時、後ろからカチャリという何かを持つ音と声が聞こえた。
「
バギンという独特の音と共に放たれた弾丸が、眉間に突き刺さり、ヨルヌの四肢は銃撃の衝撃で、引きちぎれた。
「落ちろおおおお!!!」
カテラは最後の力を込めてヨルヌを外側に押し込んだ。四肢を失ったヨルヌは簡単にふちから大瀑布へと落下していく。
「嘘だ、嘘だ!嘘だああああ!!!あああああああ!!!」
声だけが、辺りに木霊してヨルヌの姿は大瀑布の中へと消えて行った。
カテラは倒れそうになり、誰かに抱き留められた。
「大丈夫か?カテラ」
「誰?って、その声、クラウト?」
「ああ、クラウト改めカンナギだ」
「ああ、そう…。…皆…終わったよ…終わ…たよ…ううう…わああああああん」
カテラの目に涙が溢れる。今までせき止めていた感情が流れ出すように涙は止まらなかった。
子供のように泣きじゃくるカテラをカンナギは静かに見つめていた。
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