4-3 悠久都市、追手

「賢者ノア。唯一無二の友人だった。一人の狂人だ」

「ノア、って確か、人類を増やしたっていう」

「そう。人類を研究しこの濁り切った世界に適合できるように創り上げた男。人類を数多なる実験の末に切り捨て、最後では人殻の研究に没頭していたが」

「でも、クラウトはノアの死んだところを見たって言ってたじゃない?」

「正確には少し違う。始まりと終わりの日、奴は自殺したんだ。塔から身を投げて。それがすべてのトリガーとなった」

「そう、あの日、『アクラ』を稼働し、世界を再生するはずだった。けれど、稼働中、ノアは急に錯乱し、まずレーヴェを射殺してその部下だった俺を殺そうとした。俺はノアの再生人殻を強制的に下層に転移させ、ココノエに隔離された。その直後、ノアは世界へ呪いを吐き投身自殺した。そして、ココノエはその光景を目の当たりにして、狂い、世界を壊した」

「どうしてそんな事になったんだ?ノアの様子は初めからおかしかったのか?」

「どうだろうな。確かに奴はいつもよりソワソワしていたが、俺はてっきり、新世界の誕生を目の前に緊張していたものばかりだと思っていた」

「人殻に意識転写を行わなかった理由も分からないな。自分が死んだくらいでココノエが狂って暴走を引き起こす可能性だって低かったはずだ。だから何か初めから企みが合ったんじゃないか?ココノエが狂う確信めいたものが…」

ゼルの言葉を遮るようにカテラが顔を上げる。

「ていうか、どうするの。これから。ここで話しててもしゃーなしでしょ。先に進まなきゃ」

「それも、そうだ。アイギスに早いとこ向かわないと…クラウト?」

大門の向こう、橋の方を眺めるクラウトは固い表情をしている。

「皆、最悪のお知らせだ。追手が来た。数は今のところは三だが…」

「追手?防人の群れを超えて来たというの?!」

「そうだな…レダが捕らえられたか死んだ可能性が高い。奴らも転移装置を使用している。それも正規の手続きを踏んでだ」

「じゃあ、余計急がなきゃ!」

「駄目だ、セリ、もう遅い…見てみろ」

橋の向こう側から悠々とこちらに向かってくる三人の人間の姿が目に映った。皆修道服のようなモノを着ている。

「ヨルヌ…執行官たちだ…」

「知り合いか、カテラ」

「あんな珍妙な知り合い居ないわよ!一人は知ってるけど、もう二人は知らない」

「クラウト、レーレラで狙撃できない?」

レーレラを顕現させたクラウトは苦い顔をした。

「駄目だ、一番前のは市民登録されている。レーレラの引き金が引けない…」

「…私とクラウトで足止めするから、皆は先にアイギスに向かって」

「カテラ?!」

「一番最善の方法よ。ハイネルは傷を負ってるし、セリじゃあ勝てない。ゼルはマキを守らなきゃいけないし、それなら少しでも勝算がある人間が残ったほうがいいでしょ」

「…セリ、マキを頼む」

「クラウト、また会えるよね?」

「当り前だ。またすぐ会えるさ」

マキの問いに笑顔で即答したクラウトはカテラの横に立つ。

「皆、走れ!」

セリたちが駆け出した後、ゆっくりと橋を渡ってくる三人を見ながら、カテラは深い溜息を吐いた。スイッチを切り替え、鉄、大砲を構える。

三人と対峙した二人は、徐々に距離を開ける。

「お久しぶりですねぇ、カテラさん。まさか中央を裏切るとはぁ…」

相変わらずねっとりとした喋り方のヨルヌの後ろには二人の執行官が、静かに立っていた。一人は身長が高く、ガタイのいい男。もう一人は小さい少女のように見える。

「セリを渡した瞬間に始末するつもりだったくせによく言うよ…」

カテラはヨルヌだけを見ていた。

「クラウト、後ろの二人は任せる。おそらくヨルヌよりは弱い」

「分かった。…死ぬなよ」

クラウトはレーレラから小銃を一本引き抜き、構える。

「フィーネ、カンガアラ、お前たちは、幽体を始末しなさい。赤い死神は私がやります」

『了解』

後ろの二人が同時に答え、小剣のような武器を構えた。

「行け」

ヨルヌの命令に従い、二人がクラウトに向かって突撃する。クラウトの牽制射撃を小剣で弾きながら踊るように近づく二人をカテラの近くから剥がしつつ、クラウトが移動する。

二人とクラウトが見えなくなった後、ヨルヌはにこやかな笑顔に変わる。はたから見れば狂気的な笑顔にも見える。

「ようやく二人きりになりましたね、カテラさぁん」

「名前を呼ぶな。今回は本気で行かせてもらう。お前らにセリはやらない」

「セリ…あの再生人殻ですか?命令ではありますが、個人的には要らないんですよねぇ。私としては本気の貴女と戦ってみたいだけですしぃ…」

ヨルヌの周りを、銀色をした流体が流れ出す。

「これが私の禁忌人殻、『揺蕩う泥』です。泥というよりは形を得た水銀に近いんですがねぇ…」

「私も本気だと言っただろ」

カテラは静かに左腕を出す。空間が歪み、銀色をした大砲が姿を現した。

「それは…」

「白銀交叉…師匠の置き土産の一つ。鉄七号と対を為す兵器だ」

「面白い…どこまでやれるか、楽しみですぅ!」

瞬間、カテラの前方の空間に切れ込みが走り空中を見えない斬撃が飛ぶ。斬撃はカテラの前で何かに弾かれるように止まった。白銀から展開された斥力場の障壁によって弾かれたのだ。

「流石はあの『白兎』の形見…そうそうやられてはくれませんねぇ…!」

刃のように変化した揺蕩う泥がなおも斬撃を繰り出している。だが、斬撃はカテラには到達することはない。

カテラは冷静に鉄の多重制限を解除していた。

「砕けろ!」

多重制限を解除した鉄の連射された弾丸がヨルヌを襲う。ヨルヌは揺蕩う泥を防御状態に変化させる。水銀は刃から流体へと変化し弾丸を防ぎ切った。

「良いですねぇ…実に良い。素晴らしい性能ですよ貴女は」

うっとりと物思いに耽るヨルヌを見て、カテラは心底気持ち悪いと思った。

「人を機械みたいに言うな」

「白兎の弟子だってだけで、殺戮の機械みたいなものでしょう?だってあの、災厄事象『天罰』を返り討ちにした人外なんですよぉ、白兎は」

「お前たちは天罰の何を知っている…!」

怒りを見せたカテラに、フフっと微かに笑ったヨルヌは流体を球状にしながら答えた。

「天罰とは、中央の人間たちが一層の人間を間引くための作戦の名称です」

「な…!?」

「守護人殻の力を借りて、邪魔な人間を殺戮するためだけの簡単な任務でした。ああ、勿論、私も幼いながらに天罰には参加していましたよぉ。守護人殻が作り出した大型の魔獣を連れて、無力な人間相手に…楽しかったですねぇ…」

「ですが、突如として現れた白兎によって、作戦は破綻してしまいましたが…」

「十分殺せたので良かったと思っています。貴女の両親も…ねぇ」

カテラの目の光が消える。手の震えが抑えきれない。怒りの感情より先に無の感情が上回った。

「……覚えていますよ、貴女を守ろうと、必死に向かってきた両親の姿。哀れで滑稽で面白かったですぅ…フフ」

「貴様が…」

「はい?」

「貴様が…!!元凶か!!」

腹の奥底から怒りが、憎悪が湧く。今までにないほどの、怨恨がカテラの全身を支配していた。

「ええ、ええ。その通り。ちなみに、魔獣、まだ生きてます。今の貴女とどっちが強いですかねぇ!保管球、解放!」

巨大な球体と化した流体から、巨大な魔獣が、流体を食い破る様に現れた。黒い巨躯には幾つもの傷と、何本もの剣が刺さっている。

「名前、今なら名づけられます。これこそ『天罰』ですぅ!」

「ふざけるなぁああああ!!」

恍惚とした表情で見つめるヨルヌにカテラの怒りが爆発した。

砲弾を天罰に撃ち放つ。天罰は砲弾を物ともせず、巨躯を震わせ、カテラに向かっていく。

「封印解除、荷電粒子砲、オーバーチャージ!」

大砲に透明な薄緑色の円形の膜が浮き出て回転を始める。塔を動かすEFと同等のエネルギーを生成し始めた二対の大砲は徐々に、形態を変えていき混ざりあい、一つの大砲に変化した。カテラはソレを天罰に向け、引き金を引いた。

「消し飛べぇええ!!!」

砲口から、巨大なエネルギーの奔流が光の柱となり放たれる。光の柱は天罰を飲み込み、その後方に居た、ヨルヌをも巻き込み、空間を穿つ。放たれたエネルギーの余波が、都市の建物を融解させていく。光の柱は、都市外の大瀑布まで届き、大瀑布の質量を超え大きく穴を空けた。

光の柱が、薄くなっていき消えた時、天罰の体は、完全に消え失せており、周りにチリチリとエネルギーの残滓だけが残っている状態だった。

『危険域突破。融合を強制解除します』

一つになった大砲は弾かれるように分かれ、元の姿に戻り、大量の蒸気を噴射した。

重く息をするカテラは、二つの大砲を地面に傾けながら置き、前を見据えていた。

「終わっ…」

「終わったと思いましたぁ?ざぁーんねん、これからですよぉ!」

カテラは驚愕した。光の柱に巻き込まれたはずのヨルヌが無傷で目の前に立っていたからだ。

「私が普通の人間だったら、死んでいたでしょうねぇ。残念ながら、これでも執行官なんですよねぇ。この程度では死ねないのですよ」

「どうやって…」

「どうって、貴女が消し飛ばしたのは私の揺蕩う泥で作り出した分身です。私は初めから遠くで観察してただけですよぉ」

そう言い、流体を愛おしくなでたヨルヌは流体を地面に流し始めた。流れ出た流体からヨルヌと全く変わりのない、ヨルヌたちが生成されていく。

「さあ、どうします?コアを破壊しない限り、撃たれても再生しますよぉ!でも大丈夫、優しい私はコアの場所を頭と決めています。さあ戦いを始めましょぉう!」

狂気的に叫ぶヨルヌに変わり、冷めた目線のカテラは答える。

「良かったよ」

「?」

「お前が簡単に死んだら復讐にならないからな…!」

そう言って二対の大砲を構えるカテラ。

「それでこそ、赤い死神ですよ、カテラさん…!」

ヨルヌは本体も分身も笑顔に変わり、数十のヨルヌたちはカテラへと向かっていった。


その頃、レーレラから小銃を取り出したクラウトはカテラから遠く離れた広場で、フィーネとカンガアラと戦闘を繰り広げていた。小銃の弾丸が無くなれば、レーレラから小銃ごと補充し、撃つ。二人の執行官の禁忌人殻も少しずつ分かってきていた。

フィーネという少女はスイッチを持っており、ソレを押すことで、任意の場所に小さな爆弾を出現させる。爆弾はもう一度スイッチを押すと起爆するモノ。対してカンガアラというデカブツは、攻撃を防ぐ障壁を発生させるモノ。障壁は外側からの攻撃を防御でき、内側からの反撃はすり抜けるようだった。どちらも禁忌人殻のランクはそこまで高くは無い様だが、爆弾と障壁のコンビネーションが厄介で、爆弾を障壁で包む攻撃がとてつもなく鬱陶しい。それに加え、二人の身体能力も厄介で、さすが教会の執行官である。クラウトが放つ弾丸は全て回避されてしまっていた。

唯一つ、クラウトはこの執行官にレーレラの攻撃が通じていることに違和感を覚えていた。

通常、市民登録されている人間にはレーレラの弾丸は透過し当たらない。だが、この二人には弾丸が当たっているのである。それこそ、障壁で防御されてはいるが。

「お前ら、まさかとは思ったが…市民登録してないのか…」

「ええ。我々は執行官ですので、不必要なのです。ヨルヌ様は、特別執行官ですので、登録されていらっしゃいますが」

「執行官とはいえ、中央の市民であることには変わりはないだろ」

「我々は本来は正規の執行官ではありません。本来なら処刑隊と呼ばれる部隊に属しています。意味はお分かりですか?」

その言葉にハッとする。

「ああ、分かったよ。なんでお前らが市民登録してないか。…わざと人を殺すためか!」

「ええ。その通りです。市民登録していると、殺人犯として強制的に追われる身になってしまいますから。処刑隊の人間は基本、外部の人間扱いなのですよ」

「一つ聞く、レダという管理者とスズナという娘はどうした…!?」

「ああ、管理者の方は殺害しました。スズナとかいう再生人殻は捕らえました。記憶がないとはいえ再生人殻ですからね。貴重な実験材料になると思いましたので…」

クラウトは指を天に向かって指し、宙にレーレラを顕現させた。

「お前らに慈悲は必要ないってのが分かってスッキリした。躊躇なく殺してやる!」

「出来るものなら!」「やってみろ!」

迫りくる二人の執行官を前にクラウトはレーレラに指示を出す。

「レーレラ、掃射!」

放たれる弾丸の雨をカンガアラの障壁が防ぐ。クラウトの目の前まで障壁が近づき、障壁の中には無数の爆弾が出現していた。

「はい、おしまい」

フィーネはスイッチを押した。数多の爆発が辺り一面を襲う。爆発が収まったころには、広場は焼け野原と化し、クラウトの姿も消えていた。

「なんだ。案外弱かったね」

スイッチを回しながら残念そうに呟くフィーネとは対照的にカンガアラは訝し気に辺りを見回していた。

「この程度でラルヴを殺した男が死ぬとは思わない。何かまだあるぞ」

「だってもういないじゃん。粉々になっちゃったんでしょ?」

「油断するな。奴はまだ生きている」

「えー。じゃあ、何処にいるのさ」

スイッチからフィーネが指を放した瞬間、空間の右斜め上から鋭い一撃が放たれた。

カンガアラは咄嗟に障壁を張るが間に合わず、一撃はフィーネの肩に命中した。赤い血が零れ落ちる。

「うわあぁ!」

肩を抑えるフィーネと障壁を全面に張ったカンガアラの前の空間が歪み、一人の男が現れた。二十代後半の姿の男は、両手に拳銃を持ち、その背後には三つのレーレラが顕現している。

「何者だ、貴様!」

カンガアラの声に男はフッと笑う。ゆっくりと腕を持ち上げ、銃口をカンガアラに合わせる。

「俺は俺だ。とっておきをここで使わされるとは思ってもみなかった」

「その声、貴様…!まさか!」

カンガアラは目を見開く。当たり前だ。幽体だった者が肉体を手に入れているのだから。それもあの爆発を耐えたことすら不可解だ。

「改めて、名乗ろう。俺はカンナギ=クラウト、再生人殻の名はゴギョウ」

「再生人殻だと!?、どうやって隠していたのだ!」

「異聞喰い、レーレラ・メガロマニアクスの本質はその能力にある。レーレラの能力は『歪曲』。幾万の銃器を保管できるのは伊達じゃないんだよ。俺の人殻を空きスペースに保管するくらい、大した手間じゃなかったんだ。本来ならノアとの決戦で使う予定だったが…」

「ふざけるな!なぜ唯の幽体如きが、再生人殻などを所持できる!あり得ない…!」

「言ってるだろ、俺はカンナギだってな。クラウトってのは偽名なんだ。職名まで名乗らないと分からんか?外部記憶装置に検索をかけてみろ」

「…カンナギ…箱庭機関の調整者…あの『アクラ』の!」

「ご名答」

クラウト、改め、カンナギは引き金に指をかける。

「いたた…やってくれたな!」

うずくまるフィーネが肩を回しながら叫んだ。傷が完治している。

「まさか、基臓再生…?ちっ、何処までも命を馬鹿にしてるな…!」

「貴様には言われたくないなカンナギ!」

「もう、油断なんてしないから、すぐに爆殺してあげる!」

立ちはだかる二人の執行官に銃口を向けたままのカンナギは静かに口を開いた。

「これから起こるのは、お前ら流に言うところの『処刑』だ。潔く地獄に落ちろ」

そう言ってカンナギは躊躇なく引き金を引いた。

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