4-2 悠久都市、嘘と真実
アラームが鳴り響き、セリは名残惜しそうに布団から出た。瞬間、セリは寝坊したことを悟った。
時計は朝の七時を指していたが、外の景色、第三層の薄暗い世界はそのままだった。
多分、第三層に太陽が存在していないからだと思われる。
急いで集合場所に向かうと、セリ以外の皆は既に揃っている上に、準備も済んでいるようだ。
「遅いぞ、セリ。寝坊とはいい度胸じゃないか」
カテラがセリの頭にコツンと拳を当てる。
「ごめん!眠るのが遅かったんだ!言い訳にしかならないけど!」
その様子を見て、マキがくつくつと笑って、ハイネルはため息をついた。
「用意は良いか?では出発しよう」
クラウトの言葉に皆頷く。ぞろぞろと管理棟から出て、エルネスを目指し歩き出した。
しばらく歩いたところで小休憩をとることにして円形に座った。
「本当に魔獣が居ないんだな」
ハイネルが辺りを見回している。確かに、この層は虚空しかない。
「人間が住んでいるところに魔獣が出たら大変だろう?前にも言ったがこの層には防人と呼ばれる騎兵(ラムダ)がいる」
「人格のないロボットか…」
「そうだ。プログラムされたことしか出来ないし、しない。だから厄介でもある。なんたって話が通じないからな。カテラ、くれぐれも大砲や、拳銃を使うなよ。防人どもが出てく…」
クラウトが西の方を向いて固まった。よく聞くとカタカタと地面を蹴る音が聞こえる気がする。真っ白い球体人形のような人型の化け物が、こちらに向かって走ってきた。
「なんで、こんな場所で出てくるんだ!ヤバい、走れ!」
「一体だけなら吹き飛ばせばいいんでしょ!」
カテラが大砲を構えようとしてクラウトが前に立ちはだかる。
「馬鹿か!さっき言ったことをもう忘れたか!銃器を使ったら、ますます出てくるだろうが!囲まれたら待っているのは死だぞ!」
「じゃあ、どうするの!?」
「走ってエルネスまで行くんだよ!中に入れば追ってこない!俺たちを住人として認識するからな!」
「お喋りはそこまでだ!マキは俺が抱えて行こう!行くぞ!」
ゼルはマキをお姫様抱っこし、ハイネルが車椅子を抱えている。一同は急いで駆け出した。
駆け出したはいいが、どう見ても防人の方が足が速い。加えて数が増えている。
全員必死に走って、ギリギリのところで都市が見えてきた。見た目は中央都市と大差ないが、都市を囲う様に水が流れ出している。巨大な大瀑布の中に都市があるのだ。
入り口まで続く一本の橋が見える。
「あれ!?クラウト!」
「そうだ!あれが悠久都市エルネスだ。まあその入り口までが遠いんだがな!」
橋に駆け込んだ時、ハイネルが突如として止まる。カテラに車椅子を預け、背負う長槍を抜いた。
「どう見ても時間が足りない!私が時間を稼ぐ!その隙に行くんだ!」
「無茶だ!戦闘用の人殻すら凌駕する性能なんだぞ、防人は!」
「私を誰だと思っている?中央の最高ランクの騎士だぞ!たかが機械の化け物なんぞに遅れは取らんさ」
ニヤリと笑ったハイネルは防人の群れに突っ込んでいく。
「急げ!皆!ハイネルの時間稼ぎを無駄にするな!」
ゼルの声にハッとしたセリたちは、急いで都市の大門へ向かっていった。
ハイネルは長槍を構え、踊る様に防人の頭部を穿っていた。どうやら普通の騎兵と変わりなく、防人と言えど頭部は弱点らしい。頭を潰せば機能停止するようだ。
だが、クラウトの言葉通り、防人は強い。中途半端な薙ぎや払いは全て防がれてしまうか、はじき返されてしまう。幾つもの死闘を超えてきたハイネルですら、既に傷を負ってしまっていた。致命傷ではないが、じわじわとした痛みが感覚を途切れさせている。扉に向かった仲間を気にする余裕すらないほどに防人の攻撃は苛烈だった。
「ッつ。うおおおおお!!」
雄たけびを上げ長槍を叩き込む。今、この時ほど、獣人に生まれて良かったと思ったことはない。頑丈な体に感謝している。皆は無事、都市にたどり着けただろうか?誰一人欠けることなく全員で。今体を突き動かしているのは仲間を護るという意志、それだけだ。
そんなことを想った瞬間、防人の攻撃を受けた。鋼以上の硬さの鉱石で出来たはずの長槍はいとも簡単に折れ曲がり、防人の攻撃が直撃したハイネルは橋の端側に吹き飛ばされた。防人はまだ溢れかえるほどいる。だが、得物を失った状態ではどうすることも出来ない。一体の防人が倒れ込んだハイネルにとどめを刺そうとした次の瞬間であった。
「待たせたな」
高速で跳んできたナイフが、防人の頭に突き刺さり、防人はそのまま、大瀑布に落下していった。
ハイネルの方を向いていた防人の群れが、一斉に橋の中央を見る。そこにはたった一人、獣人になり切れなかった、出来損ないの男がいた。
「ゼル…どうして…」
ハイネルの目には分厚い手甲と足甲を付け、尻尾を出した亜人の男が映っている。
「待たせたと言った。エルネスには皆で行く。そう決めたはずだが…忘れたか?」
そう言うとゼルは迫る防人の攻撃を搔い潜り、頭部を殴りつけ破壊していく。
「お前も仲間の一人なんだ!それを忘れるな!行くぞ!」
ゼルは横たわるハイネルを抱きかかえると、大門に向かって走り出した。
大門の奥には既にセリたちが待っているのが見える。その前に、クラウトの幽体が仁王立ちしているのが見えた。その後ろには、円柱状の巨大な機械が見える。
「レーレラ・メガロマニアクス…!掃射!!」
ゼルが少しだけ地面にしゃがみ込んだ。
次の瞬間、レーレラの無数の銃口から発射された弾丸が、二人の頭上を通過し、防人の群れを薙ぎ払い、破壊していき、防人の群れは一瞬で動かぬ人形と化した。
無事に大門までやってきたゼルとハイネルをセリが静かに抱きしめる。
「二人とも生きててよかった…本当に…」
「セリ、すまない…心配をかけた。ありがとう、皆」
ハイネルの目に涙が浮かぶ。ゼルはせっせとハイネルの傷の手当を行っている。
「大体、クラウトもなんで最初からソレ出さなかったのよ。思いっきり銃器じゃない?」
「こいつは市民が危険に瀕したときしか使えないんだよ。だから一度でもエルネスに入る必要があった。一度でも足を踏み入れれば勝手に市民登録されるからな。そうすればあとは防人を敵として認識するようになって外に出ても使えるようになるって寸法だ」
「手当が終わったぞ。立てるか?ハイネル」
「ああ、すまないな…」
クラウトが手を鳴らす動作の後、皆の顔を見て口を開く。
「よし、何はともあれ無事だったんだ。これから上層に向かうための転移装置のある、結晶管理施設『アイギス』を目指すぞ」
「そのアイギスは何処にあるのよ」
「お前たちには見えないか?都市の中心に鎮座してるだろう」
「はあ?そんなもの何処にも…どこに…あっ!」
カテラが目を凝らし都市の中心を見ると、透明に見える建物が、確かに立っているのが見える。だが、ソレは途中で折れているようだった。
「折れてるじゃない!」
「そこは問題じゃない。初めからアイギスはあんな感じだったしそう言うデザインなんだよ」
「どういうデザインなのよ…!旧人類はなんであんなものを?」
「正確に言えば樹が生えていたんだ。大樹がな。再生塔が変貌したときに折れたんだろ。あの中に旧人類の遺伝子がないと進めない場所があるんだ」
「っていうかこの都市、全然人が住んでた形跡がないわね」
確かにカテラの言う通り、綺麗過ぎるのだ。このエルネスは。エゼルサーバーの旧世界の方が、まだ全然生活感みたいなものがあった。
「この都市は再生した旧人類を住まわせるための物だったからだ。旧人類は再生する前に一部を除き、全滅しているからな。だから、ここは時間が止まってるんだろう」
「クラウトはここの管理者だったんだよね」
「そうだな」
「なんでそんなに他人事なの?」
「俺が管理者だったのは最初期だけ。ココノエに囚われる前の数日間だけだ。だからそこまで思い入れはないな。セリ、この理由じゃ納得できないか?」
じっとセリの目を見つめクラウトが答えた。
「うん。クラウトはずっと旧人類の話になると他人事みたいになるよね、どうして?」
「ここらで、本当の理由を明かしておこうか」
そう言って皆の前に立ったクラウトの体は、幽体の筈なのにいつもより、しっかりと見えた。
「俺は旧人類なんてものはどうでもいいと思っている。神が世界をうまく運営していれば、このままでもいいとすら思っている」
「じゃあ、なんで…!」
話そうとしたカテラをセリが止めた。
「俺の目的は唯一つ。ココノエを殺すことだ」
「なぜ?」
「奴が神を名乗っているからでも、多くの仲間を殺されたからでもない。理由は奴が俺の大切なものを苦しめているからだ。ココノエさえ居なくなれば、大切なものは正しい機能を取り戻し、正常に戻る。そうすれば自ずとこの世界も元に戻るだろう」
「そのために、お前たちを利用してきた。今も、これからもな」
「セリのためじゃ、無かったのか!世界のためじゃ…!」
カテラが声を張り上げる。
「そうだ、所詮記憶のない再生人殻など、重荷以外の何物でもない。不安定なコードの力なんてデメリットでしかなかった。」
「一時期は期待していたが、第二層で鎧竜を倒したあの力も『色付鬼』と呼ばれる再生人殻に搭載されている標準的な機能の一つだが、それすら満足に使いこなせない時点で神を殺すなど夢のまた夢だ」
クラウトは淡々と話し続ける。
「クソ野郎が…!ずっと騙していたのか」
カテラが吐き捨てるように呟いた。
「残念ながら君たちは、第三層に来た時点でお尋ね者だ。しかも下に戻る手段はなく、ここで暮らすことも出来ない。俺が居なければ、上層に上がることも出来ないし、セリのために動くことも出来ない」
「…セリ、端末からクラウトを追い出せ。幽体になる前に私が殺してやるよ」
カテラが拳銃に手をかける。
「話を聞いていたか?俺が居なければ君たちには道がないんだぞ」
「クソッ…!」
「…分かったか?俺が何処までクソ野郎なのか。では旅を続けよう」
…
「嘘ばっかり…嘘ばっかりついて、辛くないの?」
「…何?」
「誰かのための嘘なんて、心が痛いだけだよ、クラウト」
「本当は助けたいんでしょ、ココノエを」
「お前は何を聞いてきた、セリ。俺はココノエを殺すためだけに…!」
セリは胸に手をやり、静かに言った。
「『アクラ』の『再再生』を使ってでもココノエの罪を無かったことにしたいんでしょ?」
「なぜ、お前が……。セリ、お前、記憶が戻ったのか…?」
「ううん。全部じゃないけど。このエルネスに入った時に少しだけ、思い出したんだ。あの始まりと終わりの日のこと。ココノエはあの日、貴方を逃がしたんだね。悪意の塊から」
「…」
「一瞬の出来事だった。レーヴェが死んで、ノアも死んで、矛先がクラウトに向いた時、ココノエは裏切るように見せかけて、クラウトを隔離させた。そうでしょ?」
「…いい」
「その後は、もう分かるよ。ココノエは悪意の干渉を受けて本当に悪魔みたいになったんだ。それで、アクラを使って再生塔を変貌させた…」
「…もういい」
「クラウトはその様子をずっと見てたんだね、隔離、いや繋がっている部屋から」
「…その戯言をやめろ!セリ!」
「僕は居た。その時に、居たんだ。ずっと、僕は誰かの再生人殻だと思っていた。ノアの意識転写を受けたと思っていた。けど実際は違ったんだ」
「僕は殻だったんだ。意識転写なんて受けてなくて、約束なんて初めから無かった。でも側だけは確かに存在していた」
「…そうだ…お前は、ノアの再生人殻になる、予定だった…だが…」
「お前は、何者にもならぬまま、誰かの再生人殻として下層へ送られた。無垢なる人形として」
「それじゃあ、なんで記憶があるんだ?意識転写は受けてないんだろう?」
「側としての記憶だよカテラ。予め用意されていた皿の上の葉っぱのような」
「誰が、何のために?」
「元凶だよ。このザマをみて笑っている奴さ」
「誰の事なんだ?」
「賢者ノア。唯一無二の友人だった。一人の狂人だ」
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