第三層、人類の墓所編

4-1 悠久都市、命の価値

第三層へと上がってきて、管理棟を目指す一行だったが、代わり映えのない景色に、皆、うんざりしていた。まっさらな平原ともつかぬ、草もない唯の薄暗い空間がただ広がっているだけだからだ。

セリすら、思っていた場所と違うことに驚いていた。クラウトによる事前の説明には確かに、都市もギルドもない場所、ということではあったが、こんなにも無機質な場所だとは思ってもみなかった。

「クラウト、本当に管理棟なんてあるの?」

端末に呼びかける。クラウトが目の前に映し出される。

「あるさ、もう少しだ。そこに行けば自由に話が出来る。それまで辛抱してくれ」

「少し休憩をとってもいい?」

「管理棟まで待ってくれ。ここは休憩には適さない。あまり長く滞在するとよくないことが起こる」

「よくない事ってなにさ?」

「防人が出る」

「さきもり?」

「一種のガードメカだ。そこらの人殻より強いぞ。っと、ほら見えてきた。あの箱状の建物が、管理棟だ」

クラウトの指さす先に、無機質で何の飾り気もない箱とも言えなくもない建物が見えた。

近寄ってみると、少しだけ地下に沈み込んでいるようで、箱状の建物の周りは円形の空間に削り取られたようになっていることが分かった。円形の空間からは細い線状の溝が方々に散っていた。

一見すると唯のデザインのように見えなくもないが、よく見れば規則性があり、かつてはどこかに繋がっていたようにも見える。これまた入り口がない。

「さあ、入ろう。精一杯のもてなしを期待してくれ」

セリが端末を差し出しクラウトが近づくと、ブウンという音と共に壁が横にずれ込み、道が開く。一行は足早に管理棟へと入っていった。

しばらく、道なりに進み、突如として広々とした部屋に出た。

一行は驚愕した。部屋がファンシーなグッズで覆われていたからだ。真っピンクとはいえないが、それに近い壁に、周りには様々なぬいぐるみで埋め尽くされている。

「クラウト、ずいぶんと良い趣味してるわね」

「これには訳があるんだ。すぐわかる」

カテラの呆れたような言葉にクラウトは即座に反応した。

その時、部屋のさらに奥から何か車輪が回るような音が聞こえ、車椅子に乗った一人の少女が現れた。ポニーテールのまだ幼さの残る顔立ちをした少女は幽体のままのクラウトを見ている。

「クラウト、帰っていたのね!おかえりなさい!」

屈託のない笑顔を向ける少女にクラウトはただいまと静かに穏やかに返し、皆の前に向きなおった。

「紹介しよう。旧人類の生き残り、名前はマキだ。先天的な障害で足が動かないんだ。だから車椅子に乗っているんだが」

「後ろにいる人たちはクラウトのお友達?」

そうだ、と答えるクラウトにまたもマキは笑顔に変わる。

「なら私のお友達でもあるね!初めまして。マキ・トカセです。よろしくお願いします!」

それぞれの簡易的な自己紹介の後、マキはゼルとハイネルを気に入ったようで、二人に外の世界の話をせがんでいた。クラウトに部屋に戻る様に言われたマキは、いつの間にかハイネル達に約束を取り付けたようで、笑顔のまま奥の部屋に戻っていった。


「さて、聞きたいことはあるかな?」

クラウトが指を鳴らすと床から人数分の椅子と大きなテーブルが生成された。皆、椅子に座り、セリは端末を外しテーブルの真ん中に置いた。

「正直聞きたいことだらけよ。貴方は何者なの?」

「俺は再生塔、第三層旧人類保護居住エリアの管理者。そして、箱庭機関の開発者の一人だ」

「そもそも再生塔、とはなんなのだ?アンハナでも話は出てきたが…」

「皆は、この世界が全てだと思うか?一層目の様に遺跡が現れ、二層目の様に中央省という管理者がいる世界が。実際は違う。元は箱庭機関が存在した時代に造られた、星を再生するために造られた実験塔だ」

「星?何を言っている?」

「外の世界の事さ。一層目からは見える場所もあっただろうが、赤い海を見たことはあるか?」

「私の家が海の近くにあったからよく見てたわ」

カテラが答える。

「この世界から見える赤い海は過去に発生した二度の戦争による異常気象によって引き起こされた災害、通称、死海と呼ばれている。死海は再生塔を除く大陸をほぼ全て飲み込み、旧人類を壊滅まで追い込んだ」

「再生塔は星全体のリセットを行うために、ある財閥主導の元、実験施設として造られた。戦争以前に存在した、人間の魂を結晶に移し替え保管する技術と、戦争で生み出された兵器、人殻の再利用をするためにな」

「こんな巨大な物をか?」

「建造当初はこんなに巨大でもなければ、人類種もここまで存在していなかった。旧人類の魂を保管した結晶と、『基臓機関アクラ』と呼ばれる意志を持つ機械があっただけだった。計画は順調に進んでいるように見えたが…」

「何か問題が発生した」

「そうだ。再生塔の神、いや、ある科学者の裏切りによって、この世界は終焉を迎えることになる。その科学者は裏でアクラを操作し、暴走を引き起こさせた。結果として再生塔は巨大な新たなる世界へと変貌したんだ」

「クラウトの目的は何なの?」

「アクラを利用した世界再生。そして神を名乗る科学者の特定」

「世界が再生したとして、この再生塔はどうなるの?再生塔に暮らす人類種は?」

「…分からない。次代に新たな命として引き継がれるか、それか異物として消去されるかもしれん」

一同が固まる。当たり前だ、事を為して終了というわけでもなくなったのだから。自分たちの存在が消えるかもしれない可能性に臆してしまったのかもしれない。

「我々獣人は初めは何だったのだ?」

震える声でハイネルがクラウトに問う。

「人殻の代わり。ただ、精製に時間がかかりすぎる観点から、人殻の方がコスパが良かったのさ。だから、放っておかれた存在だった。機人も亜人もそうだ」

「だが、ある科学者の一人が、人類種の多様性を信じ、可能性を見出した。新たな人類種の仲間として生きられるのではないかとね」

クラウトが腕を組みなおす。

「第三層の上には何があるの?」

「何もなくて何かある。俺も第三層より上には行ったことがないんだ、変貌してからはな。変貌する前は、研究施設と実験場があったはずだ」

「神を名乗る科学者の名前は?ナナシとか言わないでよ」

カテラの問いにクラウトは少し間を置いて話し出しす。

「箱庭機関が存在した時代。三狂の賢者と呼ばれる科学者がいた。魂を結晶化させる技術を開発した、レーヴェ。人類種を増やそうとした、ノア。そして世界再生をするためにアクラを開発した、ココノエ。神を名乗るものはココノエだ」

「ココノエ…」

セリが呟く。ふっと、記憶の奥底から顔のない女性が浮かび上がる。女性がココノエだと、自身の奥底が叫んでいるような感覚にセリは戸惑っていたがパズルのピースがはまっていくように感じられた。

「最上層に陣取っているのはココノエ。彼女しか考えられない。彼女はアクラの傍に居る筈だ」

「なぜ言い切れる?お前は幽体だから年齢の概念はないだろうが、どの話も箱庭機関というモノがあった時代の話だろう」

押し黙っていたゼルが口を開いた。

「生きているのが、彼女しかいないからだ。俺はレーヴェやノアが死んだ現場を見ている」

「そうだとしてもそのココノエという女はなぜ生きていられる。再生人殻なのか?」

「いいや、彼女は人間。純粋なる旧人類。人殻ではない。生きていられるのは『停滞』のコードを使っているからだ。彼女は再生塔と疑似的に一体化していると言ってもいい」

「なぜお前はそこまで知っている。こんなことになる前に止められなかったのか?」

「止めようとした、だが失敗した。俺の命は、この姿は幾人もの仲間の犠牲の上にある。あの始まりと終わりの日、俺は魂だけを囚われ、肉体は焼却された。俺の魂を逃がすために、何人もの仲間が死んでいる。俺を下層に飛ばすため、何人も殺されている。俺を守り続けた再生人殻だったナズナも天罰に巻き込まれて機能停止した。俺には何も残らなかった」

「お前は第三層の管理者だったのだろう?マキという少女とはどこで出会った?」

「彼女を蘇らせたのはつい最近だ。リモート操作していた管理用の人殻と友人の力を借りて、彼女のコールドスリープを解除した。そのすぐ後に友人はある目的のために下層へと降りていき、俺もそれに同行した」

「神にはバレなかったのか?」

「その時は新しい玩具を見つけてはしゃいでいたのだろう。だから見逃された。だが、友人は旅の途中で死に、俺も魔獣に人殻を破壊され彷徨っていた。そこでセリたちに出会ったんだ」

「そこで身分を偽って技術者なんて言ってまんまとニライの端末に侵入したの?」

カテラがため息交じりに口を開く。

「悪かったとは思っている」

「もうどうでもいいよ。こんなこと聞かされた後だしね。それよりこの後はどうするの?上層を目指すわけ?行く方法も分からないままでこんなだだっ広い空間から階段を探すなんて無謀過ぎない?」

「無いわけではない。上層に至るためには旧人類の遺伝子コードが必要だ。俺たちはソレを幸運にも持っている」

「まさか…!マキって女の子を連れて行くわけ?!」

「流石、察しがいいなカテラ。マキの遺伝子コードを使って、上層に侵入する」

「あんな幼い何の罪もない子を連れて行けっていうの?」

「マキはもう長くない身だ。あの子も上層に興味があると言っていたし丁度良いんじゃないか」

突然、カテラはクラウトを殴りつけた。しかし拳は幽体のクラウトをすり抜けていった。

「なにが丁度良いだ!ふざけるのも大概にしろ!勝手に目覚めさせておいて、道具みたいに扱うというの!それこそあの守護人殻どもと変わらないじゃない!」

カテラは大声でまくし立てる。その目には確かに怒りがあった。

「……すまない。俺はまた、間違える所だったのか…」


「ううん、そんなことないよ」

キィと音が鳴り、扉が開いた。そこにはマキがクラウトだけを見て車椅子に座っていた。両の手で端末を操作し、マキはクラウトの傍に寄ってきた。

「クラウトは死にかけの私を起こしてくれて、いろんなお話を聞かせてくれたもの。ぬいぐるみだって沢山くれて、寂しくない様にしてくれた。一人じゃ寂しいだろうって、忙しいはずなのにスズシロやナズナに会わせてくれた。だから何も間違ってない。間違ってないよ」

マキは幽体であるクラウトを抱きしめる様に手を伸ばす。

「私はとっても嬉しいの。どんな姿になっても帰ってきてくれたのが。約束したもんね、必ず帰るって。約束、守ってくれてありがとう」

「マキ…俺は…」

「クラウトのためだったら、この命を使ってもいいよ。それが私にできる唯一の恩返しだから。だからカテラさん、クラウトを責めないであげて」

マキは真っすぐにカテラの目を見つめた。カテラは少し俯いてから握り拳を解き、悲しさの感情を抑えきれないままマキを見つめ返した。

「本当に、それでいいの?」

「自分の事は、自分がよく分かっているから…」

クラウトから離れたマキはそう言ってぽつりぽつりと話し始めた。

「私は足の他にも体全体が弱いの。『くぉーだりあ』とかいう命を繋ぐ機械も体が拒絶してしまって私には合わなかった。体が弱すぎるせいで、結晶化手術にも耐えきれない。そんな私をクラウトは必要な人間だと言ってくれた。それがたとえどんな形だったとしても、私は嬉しかった。だから、それだけで、私はいいの」

「分かった、もうクラウトを責めたりしない」

決意を秘めた目をしたマキに、カテラは静かに答えた。

「…部屋をいくつか用意した。今日はここで休んで、明日の朝に出発しよう。第三層の古き都市跡、悠久都市エルネスへ。そこに上層へ向かうための施設がある」

クラウトはそれだけ言うとマキを少しだけ見つめ、端末の中に戻っていった。


各々が用意された部屋に向かっていく中、セリだけは最初の部屋で窓の外を見つめていた。窓の外は何もない無機質な虚空であり、一層や二層の様に景色に見ごたえは何もない。

「静かでしょう?ここが私の世界なの」

不意に呼びかけられ振り向くと、いつの間にかマキが車椅子に座り、セリと外の景色を眺めていた。

「端末は部屋に置いて来たからクラウトは…」

「分かってる。私は貴方だけに用事があったの。ちょうどよかった」

そう言ってセリの隣に車椅子を進めたマキは、外を見つめたままでいた。

「あなたは再生人殻なんでしょう」

「よく分かったね、でもどうして?」

「スズシロやナズナによく似ているから。多分そうかもって思ったの。あなたが目覚めた時は、どんなことを考えてたの?」

「目覚めた時は、意識がはっきりしてなくて、まだ眠りたいと思っていた」

「ふふ、おかしいことを言うのね。私は嬉しかったわ。だって、眠った時より、ずっと優しい人に出会えたから。…私はね、半分死んでいたの」

「どういうこと?」

「体が弱すぎた私は親に捨てられてある組織に実験台としてコールドスリープ措置を受けたの。だから私は心を殺して、何も考えない様に眠りについた。眠るまでに随分と大人に悪口を言われたわ。役立たずとか、出来損ないと言われて。最初は何の事か分からなかったわ。でも眠りが近づいた時気付いたの。私は人殻の実験を受けていたことに」

「人殻の?」

「そう。昔は『意識転写』の技術が確立されていなかったから、人体改造しか人殻になれる手段がなかった。でも私は、改造をされても足が動かなかったの。それどころか、ほかの部位が急激に悪くなっていった。だから大人たちは私に『未来へ託す』なんて大それた言葉を使って、昔ではとっくに遅れた技術だったコールドスリープを施した」

「それからとてつもなく長い年月が経って、私はクラウトに解凍されたの。初めて会った時の、おはよう、は今でも鮮明に覚えているわ」

マキは嬉しそうに笑う。その笑顔には偽りの文字は無い。

「あなたは特別な再生人殻なんでしょう?それならきっと生まれた意味があるはず。だから、諦めないで。あなたはいろんな人に愛されているのだから」

「…」

「今は実感できなくても必ず分かるときが来るわ。だから信じていて。自分の可能性を。仲間たちの想いを。…私が言いたかったのはそれだけ。長く話しちゃってごめんなさい」

「いえ…」

「それじゃあおやすみなさい。良い夢を」

そう言ってマキは去っていった。

独り残されたクラウトは、相変わらず虚空な外の世界を眺めながら、自分の価値を確かめる様に、拳を握りしめた。

「僕自身の、可能性…分かるときが、いつかは来るんだろうか…」

呟く様に言葉にする。セリは少し考えてから部屋へと向かっていった。



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