3-7 稼働世界、二度目の発現
クラウトが、高台へと向かった後、セリとニライは森へと退避していた。森の入り口に、カノンが居て、二人を森の中へと呼びこんだからだ。
箱庭機関の黒い施設まで逃げ込んだ二人は、カノンの部屋に居た。
「緊急事態だからコーヒーは出せないけど、我慢して頂戴」
「何が起きたんです?守護人殻が都市を襲うっていうのは…」
「曲がりなりにも守護、と呼ばれている人殻が人を襲うなんて通常はあり得ないわね
。初期に造られたタイプは絶対そんなことはしないわ。だからきっと、神に新しく造られたのかもしれないわ」
「気になっていたんです。神?そんなものが存在するのですか?」
「正確には違う。神になろうとしている人間ね。元はカンナギ、いや、貴方たちにとってはクラウトの、そして私の同僚。残念ながら名前は言えないけどこのくらいなら許してくれるでしょう」
「一人の人間が、この惨状を引き起こしているってことですか?」
「いいえ。あの子はそんなこと望まない。造ってしまった守護人殻が勝手をやってる可能性が高いわ」
「そもそも守護人殻とは何なのですか?」
「この終わった世界を外敵から護るため、箱庭機関が最初期に造り上げた人殻の一つ」
「終わった世界?エゼルの事ですか?それとも…」
「貴方たちが暮らす、現実世界の事よ。どうしようもなく積んでいる、哀れで美しかった世界の事」
カノンは悲しそうに目を伏せた。
「セリ、結晶塔は知っているかしら?いや、覚えているかしら?」
「…いいえ。僕が覚えているのは、顔の消えた女性だけです」
「意図的に消されたか、それとも最初から…いいえ何でもないわ。結晶塔は外の世界の人間の魂を繋ぎ留めておくための楔。外の世界にも本来であるならばもっと大量に存在したモノ。旧人類がこの星に生きていたという証」
「セリ、貴方はソレを解放できる力を持つ人殻なのよ。しいて言うなら解放者。中央省の人間たちが欲しがる理由も分かるわ」
「意味が分かりません。僕が解放者?そんな大それた者のはずが…」
「貴方が居れば、旧人類たちは目覚めることが出来る貴方はソレの鍵なのよ。だから…」
カノンが言いかけて施設が大きく揺れた。アラート音が鳴り響く。
「侵入者!?アンハナを経由しないで、来たというの?!」
壁に扉が現れる。歪んだ扉が。扉がギィと開き、プラグが付いたローブを着た優男が姿を現した。男は部屋の中を見回しセリを見た途端笑顔になった。
「権限を越えてこの部屋に入れるなんて…アナタも神の守護人殻なのね…!」
「ご名答です、さすがは箱庭機関の研究者だ。でも少し黙っていて貰えませんか?話の邪魔になる」
そう言って男はカノンに向けて指を軽く指した。カノンの体に光の鎖のようなモノが纏わりついた。口も同じく塞がれてしまう。
「私とは初めましてですね、セリ。急にお邪魔して申し訳ありません。今日は訳があってここに参上いたしました。私の名はクォーディア。しいて言うなら神の使いです」
「都市を焼いたのはお前の仲間か!」
「あぁ…ラルヴの事なら残念ながらそうですね。あれと一緒にされるのは少々イラつきますが」
クォーディアの笑顔が消え真顔になった。何の感情も感じられない。不気味な目でセリを見つめている。
「僕をどうしたい?殺すのか?」
「いいえ、いいえ。そんなことはしませんよ。私は唯の足止めですからね」
「足止め…?」
クォーディアの掌から一本の剣が生えてきた。クォーディアはソレを掴みセリに刃先を向けた。
「ラルヴが都市を焼ききり、あの幽体を殺すまでの足止めです」
「クラウト…!クソッ…僕の仲間は殺させない!誰もやらせるもんか!」
体が熱く感じる。熱が体中にいきわたり、目の前、恐らく網膜に文字が浮かび上がる。
『敵対生命体確認、色付鬼『青』起動準備完了…』
「色付鬼!起動!」『色付鬼、展開』
体を透明な青い線が覆っていく。線は徐々に鎧の形に変化し青く染まる。
『展開可能時間残り999, 9秒』
セリは一息でクォーディアの目の前まで跳び、鎧で覆われた右腕を叩き付けた。クォーディアは剣で防御したが、少し後ろに押されたようだった。
「面白い力ですね、これは楽しめそうだ…!」
また笑顔に戻り剣を振るう。だがセリの青い鎧はクォーディアの一撃を簡単にはじき返した。
「おっと。なかなかに面白い力だ。でもこれならどうです?」
クォーディアの腕から何本も剣が生えドリルの様に回転し始めた。
「斬れないのならば穿てばいい!耐えられますか!」
ドリルをセリの胸に突き放つ。ドリルはセリの鎧を少しずつ削り始めた。
『胸部損傷、危険危険危険…』
網膜に文字が表示され、耳にアラート音が聞こえる。
「うるさい!来い!駆動剣!」
左掌が熱くなり、掌に青い光が集まり、駆動剣が姿を現した。
「うおおおお!」
セリが駆動剣を掴みドリルを渾身の一撃で弾いた。衝撃で揺れたクォーディアの右腕をそのままの態勢で斬り飛ばした。
飛ばされた腕を呆けたように見ていたクォーディアは、急に気色の悪い笑顔を見せ、左腕に剣を出現させる。
「腕一本では、私は止まらない!貴方の力はこの程度ではないのでしょう!、全力で私を殺しに来なさい。そうでなければつまらない!ようやく得た機会をこの程度で終わらせる気はありませんよ、私には!」
大声で喜々として叫ぶクォーディアの力が、先ほどより上がっていることにセリは気付いていた。明らかに人殻としての性能が向上している。
剣を振るう速度、力、こちらの攻撃を躱すスピードすらも先ほどとは全く違っていた。
「つッ…」
焦るセリは致命的な判断ミスを起こしてしまった。躱されてしまうと理解していた筈なのに、大振りの攻撃を放ったのだ。
大きく空いた隙にクォーディアの強烈な一撃が入る。
「ガハッ…」
鎧を展開しているにもかかわらず、強い衝撃と痛みがセリを襲った。意識が飛びかける。
『強制覚醒剤投与』
色付鬼の補助機能が機能し、意識が強制的に現実へと呼び戻される。時間にして0.3秒ほどのごく短い時間であったが、セリにとっては数分もの時間に感じられた。
瞬時に後退し駆動剣を持ち直して、態勢を整える。
「へえ、アレを喰らってまだ動けるとは」
クォーディアは少し驚いたようだ。
「お前の攻撃が大したことないってことだ。バーカ…!」
「安い煽りですね」
「うるさい…」
セリは攻めきれないでいた。というより、決め手に欠けていた。相手は片腕がない敵の筈なのに、こちらにはソレを超える武器も技量もない。色付鬼は確かに強力だが、今のセリには使いこなせる力がない。このまま待っていれば、クラウトもやられるかもしれないし、何より色付鬼が解除されてしまう。そうなれば、もう奴に勝つ手段も失ってしまう。
「私を殺せると本気で考えているんですか?そうだとしたらお笑いです。正直に言えば興がそがれました」
明らかに先ほどよりテンションが下がっている。剣を腕の中に戻し、呆れたようなジェスチャーをして見せた。明らかにこちらをなめている。
「誰か近くにいる人間でも殺してみましょうか?そうしたら少しくらいやる気でます?」
そう言って無言のままクォーディアを眺めるニライを指さす。
「やめろ!」
「嫌だったら止めればいいじゃないですか。止められるものなら、ですが」
次の瞬間、クォーディアの指先から細いビームのようなモノが発射され、ニライの胸を貫通した。ニライは音もなく倒れ、動かなくなった。床に赤い液体が流れ出る。
「ッああ!ああああ!!」
セリは倒れたニライに近づく。鼓動が聞こえない。無慈悲に空いた穴を抑えるが、液体は絶えず流れ続けている。
「嘘だ、嘘だ!ニライ!」
呼び掛けても何の反応も帰ってこない。もうあの笑顔を見ることは出来ない。
途轍もない絶望がセリを襲う。体が小刻みに震え、頬を涙が伝う。
また誰も守れなかった
突如としてセリの頭の中に一文が浮かび上がる。おぞましい憎悪の濁流が、心の底から湧き上がってくるのが分かった。
ゆらりと立ち上がる。自身の心臓の鼓動がよく聞こえた。ドクリと、脈打った瞬間、セリは駆動剣をクォーディアに向けて投げつけた。
「はぁ…心外で…!?」
駆動剣を左腕で叩き落とし、喋りかけたクォーディアの顔面を殴りつけた。
「ようやく、その気になってぇ…!」
ニヤリと笑った顔面にもう一発喰らわせる。クォーディアは吹き飛び、壁に叩き付けられた。
「簡単に死ねるとは思うな…必ず殺す!」
「フフフ、アハハハハハ!!いいですねぇその殺意。心地よい。さあ!来なさ…!」
笑いかけるクォーディアに数発拳を叩き込んだ。ぐらりと揺れ、状況が理解できない様なクォーディアは笑うことをやめていた。
「は…?」
脇腹を思い切り蹴りつける。メキメキと何かが折れる音と嫌な感触がセリを不快にさせる。それでも攻撃の手を、セリは止めなかった。
クォーディアは反撃することもなく剣を体から出す暇もない様で、ボコボコに殴られている。
「うぉああああああ!!」
声を上げ、顔面を殴りつける。白い壁に赤い血がへばりつき、クォーディアは座り込み動かなくなった。
「ハハ…やるじゃぁ…ないですか…。慢心…私の方だったみたい、ですね…」
セリは答えることなく、右腕に力を込めて、殴る態勢をとった。右腕には青い光が集まっており、凄まじい出力に空間が歪んでいる。
「分かって…いましたよ…所詮私は紛いモノ…オリジナルには及ばない…だから私を送ったのですか…神よ…」
「消し飛べ…!」
光の集まった拳を渾身の力で叩き付けた。光は座り込むクォーディアとその周辺の空間を巻き込み、大きく球状に消し飛ばした。さらに光は施設とその周りの森をも呑み込み、空間を消失させた。
『敵生体の消滅を確認。色付鬼の展開を解除します』
崩れ落ちる様に鎧が消えていく。
セリは何の感情もなく、ただ、クォーディアが座り込んでいた場所を眺めていた。
その時、消え去った森の外から、見覚えのある姿が見えた。
「クラウト…良かった…」
全身の力が抜けて仰向けに倒れる。自分を呼ぶ声が遠くから聞こえたが、セリはソレに返すことなく、意識を手放した。
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