3-6 稼働世界、罪科
クラウトが掌を天にかざすと、白いホールの中に光の柱が現れた。光の柱はちょうど三人くらいが入れるくらいのサイズで、よく見れば、とても小さい文字列で構成されているように見える。
「塔の下層の廃棄場所に繋がるゲートだ。これで塔に侵入できる」
「一気に上層まで上がれないの?」
「可能だが、守護人殻に感づかれる可能性が高い」
「まさか、歩いて上まで上がるの!?」
「まさか、まさかだ。影人に紛れて最上層まで上がるのさ。影人は一定の作業をループして行う。それに紛れて最上層まで運んでもらう」
「気になってたんだけど、影人って何?さっきのカノンっていう人も影人なの?」
「影人はエゼルに記憶された人間の模写だ。それとカノンは影人じゃない。人間だ。お前と同じく、元、だがな。先天的な障害で人殻に意識転写出来なかったカノンは肉体を捨て、エゼルの一部として加工され今に至る」
「よく分からない…」
「まだわからなくていい。守護人殻をぶっ飛ばしたら聞きたいこと全部答えるさ」
「それ、約束だよ」
「ああ、もちろんな」
光の柱に足を踏み入れる。エゼルに来た時とは違う感覚。妙な浮遊感が全身を駆け抜けた次の瞬間には、別の場所に転移していた。
箱庭機関の内部とは違い、ずっと広い。濁った色の巨大なプールのようなモノが目の前に幾つも見えた。独特な薬品の匂いと、人間の血の匂いが混ざったような悪臭が花を刺激する。
「ここが、廃棄場所?」
「そうだ。実験に失敗した被験体を処分する場所だ。まあ、あまりいい場所とは言えないな。早く上に上がろう」
「……」
先ほどから一言もしゃべらないニライの手をしっかりと握っていたセリは、不意に横を向いた。プールの中に人間のようなモノが浮いている。驚いて、後ずさりした。
「クラウト、アレは何!?」
「意識転写に失敗した人殻だ。セリ、残念な話だが、これから嫌というほど見ることになるぞ」
降りてきたエレベーターに乗り込み、上の階を目指す。エレベーターの中では誰も口を出さず恐ろしく静かだった。セリの頭の中では先ほどの光景が目に焼き付いてしまい、憂鬱な気分だった。
ほどなくしてエレベーターは、百五十階に着いた。影人がそこで降りたから仕方なくだが、三人も影人の後ろをついていくように歩いていく。
如何に研究所のような雰囲気に包まれた廊下の向こう側には、人殻と思わしき、人形がカプセルの中に入っていたり、科学的な鉢植えのようなモノから紫色の結晶が生えていたりした。
廊下の奥に変わった形の昇降機と思わしきモノが目に入った。
「今どこら辺にいるの?」
「真ん中くらいだな。ここより上は特区って呼ばれいて特殊なアクセス権を持つ人物しか上がれない。カノンからアクセス権を譲渡してもらっているから問題はないが…」
「が?」
「この先は地獄だ。お前たちを連れて行くのが億劫なんだよ」
「地獄ってどういう…」
「行けば分かる。意識を飛ばしてるニライは大丈夫だとしても、セリ、お前のことが一番心配なんだ」
「僕は大丈夫。早く行こう」
「…分かった」
影人に紛れ、クラウトが昇降機らしきモノに触れると、扉が開いた。
「行くぞ…」
昇降機は下に降りていく。外が見える。とてつもなく高い場所に自分たちはいるようだ。
「クラウト、下に降りてるよこれ!」
「いいんだ。一回下の階層に降りてから、専用の転送装置で上に上がらなきゃならんからな」
昇降機が静かに止まり、扉が開く。降り立った先は、長方形の部屋で、丸い装置がいくつも忘れられうち捨てられたようにそこにあった。
「誰も使ってないみたいだ…」
「ここは特区、禁域領域のポータルステーション。守護人殻も知らない秘密の場所だ。箱庭機関の所属者も知っている者は限られている。これは塔の何処へでも繋がっていて、何処にでも繋がってない場所なんだ。最上層は…こっちだったな」
三人でポータルの上に乗った。
「管理者権限…特区、禁域領域の最上層へ転移開始」
クラウトが呟く。
「管理者権限を承認…システムを開放。転移、開始します」
アナウンスが流れ、三人の体は幻霊子へと変換され、虚空に飛ばされた。
目を開けると、三人は空の青を映した水面のような場所に立っていた。何処を向いても青い水面が映っているだけで、あとは何もない。
「ここが最上層?ここが、地獄?」
「…そうだ。映像カーテンを消せ『
「管理者権限を認識。お久しぶりです、カンナギ様」
機会音声のような女性の声が聞こえ、青空と水面が一瞬で消え去り何百というカプセルが姿を現した。カプセルの中には半身が無かったり欠損している人殻ではない、恐らく人間が入っていた。よく見ると頭部の無い物や、まるで獣人になりかけているようなモノも入っている。その中心に完全な体をした裸の女性が十字のカプセルに入っていた。その周りには先ほども見た紫入りの結晶が絡みついている。
「うぐっ…」
セリは吐きそうになった。あまりの光景に耐えられなくなったからだ。
「SAS!異層の守護人殻はどこだ!」
クラウトが大声で怒鳴るように言った。SASと呼ばれた機械は少し間を置いて言葉を発した。
「異層の守護人殻は現在、中央都市部に降りて、影人を虐殺しています」
「なっ…!」
「森には侵入できないようですが、いずれ時間の問題です。防壁が破られれば森にも侵入し影人を殺し始めるでしょう。それは、カノン様も例外ではありません」
「挑発しているのか…。SAS!俺たちを森の前に転送しろ」
「98%の確率でこれは罠です。我々はカンナギ様、貴方という人材を失うわけにはいきません。よって審議の結果、転送は不可能という結論に至りました」
何の感情も抑揚もない声で声が響く。
「ふざけるな!俺はお前たちの玩具じゃない!それに俺の肉体は既に処理されている。ここに残る気はないし、お前たちの面倒を見る暇もない!」
「俺は俺の目的のためにここに来た。お前とお喋りする気はない。もう一度言う。俺たちを森の前に転送しろ!」
「…管理者権限を確認。森の前にあなた方を転送します……」
「ですが、あなたの探しものである彼女はここには存在しません。情報も提示することは出来ません。我々は我々の平和のためにここに存在するのです。よって貴方に我々は加担しません」
「それでいい、お前たちはずっとここで研究でも続けていろ。世界が壊れる、その瞬間までな」
吐き捨てるようにクラウトはSASに向け言い放つ。
「…転送開始します」
三人の体は光になって、塔を下っていった。
森の前に転送された三人は地獄を見た。
影人たちが、無慈悲にも惨殺されていたからだ。燃える都市部は赤く染まり、まるで戦争が起きたような光景が広がっている。
最初に自分たちが降り立った高台に一人の少年と思わしき影があるのが見える。
「クソッ…何が守護人殻だ…全て狂わせやがって…全て…!」
拳を握りしめ影を睨みつけるクラウトは、そう呟くと、駆け出していた。セリたちはその後を何とか追う。
「クラウト!武器もないのにどうやって戦うの!」
「アイツは俺が殺す。もう手段は選ばない。お前たちは、森の中まで下がってろ!」
クラウトは振り向かぬまま答え、高台に向かって走っていった。
セリたちは足を止め、無力な自分を呪っていた。
クラウトが高台に着いた時、地面は血で真っ赤になっていた。どの影人も心臓を抉り出されたようで、胸に大きく穴が開いている。影人達は山の様に重なり、その上に無邪気そうに少年が座っていた。クラウトを見た少年はびしゃりと持っていた心臓を地面に落とし、死体の山から飛び降りた。
「おじさん、独りで来ちゃったの?僕は再生人殻に会いたかったのに…」
「…お前は…お前は一体何なんだ!なぜ守護人殻がこんな真似を、虐殺を行う!」
「だって、あまりにも長い時間退屈だったからさ。どうせこの世界はリセットされれば元に戻るんだから、いくら殺しても関係ないよね?分かる?理解できた?」
クラウトの目の光が消え、血が滴るほど握りしめた拳を開き、息を深く吐いた。
「お前はここで必ず殺す。逃げることは許されない。管理者権限によって『隔離』コードを使用する…!」
『管理者権限を確認。この区域を幻霊子世界より隔離します』
機械的な声が聞こえ、空間が歪み、真四角の箱上に空間が切り取られるように浮かび上がった。
少年の顔が少し歪んだ。そして不快な笑みを浮かべる。
「へぇ…おじさん管理者だったんだ。でも見たことない恰好だね。何処の階層にいたの?最下層かな?アハハ」
「俺はおじさんじゃねぇ……。俺は再生塔、第三層旧人類保護居住エリア、管理者カンナギ。ID検索をかけてみろ」
笑っていた少年の顔が驚愕の表情に変わる。
「僕より高位のID?…そんな馬鹿な…!?なんでそんなのがここにいるんだよぉ!」
少年の周りに幾本もの鋼の槍が浮かぶ。
「串刺しになって死ねぇ!」
槍がクラウトに迫る。その時、クラウトは小さく呟いた。
「レーレラ・メガロマニアクス、起動」
その瞬間、槍はクラウトの前に現れた巨大な円状の平たい何かに阻まれて、空間に刺さり溶けるように消えた。
「
「禁忌人殻なんかじゃない、それの原典だ。開け!レーレラ!」
クラウトが叫ぶと平たい何かは回転し二つに分かれ円柱状の物体に姿を変えた。円柱状の物体、レーレラから少しずつゆがみが発生し、中から銃身が覗き、狼狽える守護人殻に銃口が向いた。
「さあ、死ぬ覚悟はできたか…?」
クラウトの問いにまたも不快な笑みを浮かべた守護人殻は空中に一本の槍を生成した。先ほどの鋼とは違う、何らかのデータの塊の様に所々が文字化けしている。
「いーじゃん、いーじゃん楽しいねぇ!こういうのを待ってたんだよ!」
「自己紹介がまだだったね。僕は守護人殻、ラルヴ!さあ、始めようよ、君と僕の殺し合いを!」
ラルヴは槍を掴み、楽しそうに言った。
「粉々にして、二度と再生が効かないようにしてやるよ、クソ野郎」
クラウトは今までからは想像もつかない様な言葉を吐いた。
「やってみてよ、管理者のお兄さん!」
嬉しそうに槍を振るうラルヴはクラウトに槍を突き刺そうとした。だが、槍は空間を滑る様に別の場所に刺さった。刺さった場所に文字化けが移り、地面が歪む。
「『改竄』のコードか…当たれば死ぬ。だが、当たらなければ問題ない!」
クラウトが指を鳴らすと、レーレラから除く何本もの銃口から、一斉に弾丸が発射される。ラルヴはゆうゆうとそれを躱し、何歩か後ろに下がった。
「危ないなぁ。でも唯の銃弾じゃ僕は殺せないよ?」
「良い事を教えてやろうか。レーレラは『
「嘘だぁ。異聞喰いなんて聞いたことないよ?」
「そのように、貴様ら守護人殻が暴走したときのために造られたのが、コレだ」
「いいね、そういうの好きだったよ!人間だったころから!」
「やはり貴様、あとから作られた守護人殻だな?道理で記憶に無いわけだ」
槍をくるくると回すラルヴは嬉しそうに微笑んだ。
「よく分かってるね。僕の正体を感づいたのはお兄さんともう一人だけだよ!」
「お話はもういいだろう。…とっとと死ね!」
機関銃のように弾丸が連射され、ラルヴに迫る。
ラルヴは文字化けした槍で弾丸を防ぎつつ、一歩ずつクラウトに迫りつつあった。
「この距離なら障壁は張れないよね!さよならお兄さん!」
槍を振り上げた瞬間、ターンッという銃声が当たりに響いた。
ラルヴが後ろを見る。槍を持っていた筈の腕が、地面に落ちていた。赤い血のようなモノが辺りにピタピタと散っている。
「は?」
「どうして、レーレラが一つだと思っていた?俺は言ったぞ、『兵器群』だとな」
ラルヴが恐る恐る、上を見上げると、太陽の中に二つ目のレーレラが展開していた。
細く長い銃身、狙撃銃型のパーツが見える。
「クソッ!」
ラルヴは一瞬でかぎ爪のように変形させた左腕でクラウトを掴もうとしたが、その瞬間に、左腕はまるで粉になったかのように粉砕された。
「うがぁああああ!!」
痛みで叫ぶラルヴは膝を突く。首を垂れ、虫の息の頭をクラウトは躊躇なく掴んだ。
「殺すのか…!?僕をッ…この選ばれた僕を!」
「お前を殺すのに理由が必要か?」
クラウトは冷徹に言い放つ。銃口が、ラルヴの全身を捉えていた。
「死にたくない!こんなところで僕は!」
「殺す前に一つだけ聞く。彼女は何処だ?」
「……お前が、一番、知ってるくせに、ソレを聞くのかッ!」
ラルヴは必死に逃げる算段を考えていたが、それは無理だということを自身でもよく分かっていた。
「お前の言う彼女が、どちらのことを言っているか分からないが、彼女なら、あの場所に…!」
そう言いかけたのを聞いたクラウトは咄嗟にラルヴを突き飛ばし、後ろに跳んだ。
バシュンという音と共に、ラルヴと周りの空間が抉れるように消滅する。
「『削除』のコード…クソッ…!見ていたのか…!」
ラルヴはあっけなく死んだ。神の手で。
「唯一の手掛かりを、俺は…」
クラウトは、うなだれて、呟いた。
その瞬間、遥か後方、森の方で爆発が起きた。木々が燃えている。
「なにっ!?まさか…。セリ!ニライ!」
クラウトは、森へと駆け出していた。
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