第二層、再生の世界編

3-1 稼働世界、騒動

白い壁が完全に消えた時の景色をセリは一生忘れないだろう。

一層目とは明らかに違う、新鮮とでも言ってもいい風が頬を撫でた。

パイプや管で出来ていた木とは違う、本物の樹木が目の前にある。

「あちゃー、また変なところに出たね…町の近くなのが幸いみたいだけど」

カテラがめんどくさそうに呟く。

「もしかして、このエレベーターって言うのは、着く場所がランダムなの?」

「たまーにね。本来なら中央区画に出るはずなんだけどさ。とりあえず近くの町を目指そう。セリ、ここから人類種が増えるから、あんまりジロジロ見ないようにね」

カテラの後を付いていくセリは少しだけワクワクしていた。


少し歩いて森を抜け、先に見えていた町に着いた。人類種の意味が、セリにもようやく理解できた。

町の人間の中に、顔が動物の人間が混じっている。よく見ると尻尾も生えていて、みんな、モフモフしている。

「あの人らは獣人。主に二層にしかいない。人との違いは力が強かったり鼻がきいたりするところ。それ以外は人間と変わらないよ」

「はー…」

「はい、見すぎない。とりあえず宿に入ろう。傷の手当てもしたいし、市場に出て薬品類の補充がしたい」

そのまま宿屋に引っ張られていったセリは、ようやく自分も怪我をしていることに気が付いて、傷が痛みだした。

「二層はずいぶん穏やかに見えるけど…」

「まあね、中央省が管理してるから、一層よりずっとマシだよ。だから一層の人間はあんまり好かれてない。二層の獣人たちの間では、一層の人類種が魔獣を連れてくるとされていたりすることもあるからね」

「一層は二層目に比べて遺跡が何回も出現すること、夜に現れる黒の壁が魔獣の発生源だと思われているからだよ。魔獣なんてどこにだって現れるのにね」

「とりあえず市場に出よう。これからの買い物がしたい。」

カテラは大砲を下ろし、ジャケットをベッドの上に置いた。。

「大砲置いてくの?」セリは不安そうに聞く。

「だって町を歩くのにこんな重い物いらないでしょ。一応電磁砲は持っていくけどさ」

カテラはくるくると銃を回して袋に無造作に投げ入れた。


宿屋の主人に鍵を預け外に出た。第一層とは違う丸い太陽が路を照らしている。

広場の方に出るとたくさんの出店が所狭しと広がっていた。あちらこちらから客の興味を引こうと商人が声をかけ続けているのが聞こえる。人の波がざぁざぁと波打っている。

セリは迷わないようにカテラの服の裾を掴みぴったりとくっつきながら歩いていた。

カテラはと言うとチラリと品々を見回っているようだがどの店にもとまらず溜息をつきながら歩いている。

「なにかいいのあった?」

「んん…微妙かな」

進んでいくと遠巻きの人だかりから離れた場所に小さな出店が出ていた、周りに人の気配はなく明らかに避けられている感じだった。

カテラは臆することもなく其処に向かっていった。店にはフードを深々と被った男が一人椅子に座って薬瓶を眺めていた。並べられた小さな薬瓶はどれも透き通った緑色の液体が詰められているようだった。

「これは回復薬?シュペ草の?」

「そうだ。趣味で調合した。だから値は安くていい」

フードの男は此方を見ようともせず静かな声で言った。

「本当?ずいぶん良いものだと思うんだけどな。ちょっと失礼」

カテラは瓶を取り眺める。混じりっけなしの回復薬だ。第一層でもない様な質のいいものだった。

「シュペ草は重水との合わせが難しいのに。あなた相当なもんだね」

「近くの森で取ってきた物を適当にやってるだけだ」

「良い物だと思うんだけどね。とりあえず三つ頂戴。500フィーカでいいかな」

「…そんなに受け取れん。半分でいい」

そう言ってフードの男は薬瓶を器用に紐でまとめるとカテラに渡そうとした。

その時、後ろから獣人の男が囁く様に言った。

「そいつの所で買い物しない方がいいよ!そんな半端モノの所でさぁ」

明らかな悪意のある言葉。カテラは男を睨みつけるように見てから言った。

「言ってる意味が分からないね。こんな良い品を売ってる所で買い物しないわけないじゃないか」

獣人の男は少し離れてからまた言った。

「そいつは成体にもなれない半端モノなんだ、この町じゃ鼻つまみものだよ。それより家の店に来ないかい?こんな悪い物より良い物があるよ?」

「貴方の方が悪いやつに見えますけど!」

セリが強く言うと、獣人の男は少し驚いたそぶりを見せて去っていった。

「申し訳ない、俺のせいで嫌な思いをさせた。これは謝罪の気持ちだ」

薬瓶をまとめて渡された。カテラがソレを受け取るわけもなく、最初に買った薬瓶を三つだけ袋にしまった。

「なんか、こっちこそ申し訳ないから、何か手伝うことはない?」

セリとカテラはお互いに相槌を打つとフードの男に言った。

「手伝うことなど何も……どうしても、というなら」

「薬草が生える場所に誰かが機械の残骸を置いていったんだ。それを片付けるのを手伝ってくれるとありがたい」セリの熱い眼差しにフードの男は折れたらしく、済まなそうに答えた。

フードの男の家に案内された。家は広場、町から少し離れた所の森の中の小屋だった。

家の中はどことなく森の匂いがして、暖炉の上に糸が貼られ干された草の様な物がゆらゆらと揺れていた。テーブルの上に荷物を置くように促され、それに従う。

「もし、俺の姿を見て気持ち悪いと思うなら、すぐ帰ってくれて構わない」そういうとゆっくりフードを脱いだ。雄々しい顔立ちの青年だった。が、髪の毛の合間からからふさふさの犬の耳がひょこりと出ていた。

「亜人…か」

カテラが呟いた。

「俺の名はゼル・バルディア。成体になることができなかった半端モノだ」

ゼルはフードを顔に掛けなおして言った。

「すまない。こんな物を見せてしまって」

「そんなこと欠片も思わないよ、私達は」

「別に何ともないです。それぐらい人間って色々いますしね」

「そうか…」

ゼルは少しだけ嬉しそうに耳を動かした。

「一層で生活していたお前たちに聞きたいことがある。少し時間をくれ」

「別に構わないけど…聞きたいことって?」

「見ればわかる。俺は説明が下手なんだ」


森の中の少し開けた広場に、黄色い草がいくつも生えている所に出た。

その奥に何かの機械の残骸が散らばっている。ところどころ抉れたようになっていた。

「数日前まではなかったんだ、いつのまにかあった」

ゼルが言うと、カテラが何か考えるように手を当てた。そして一つの箱の様な残骸を手に取り拾い上げた。

「これはガードメカの部品だ。CeciliaO4っていう旧式の履帯型。ここにキャタピラみたいのが散ってるし、誰かがここで何かと戦ったんじゃないかな」

「何かって何だ」

「鋭く抉れたような跡があるから人間じゃなくて魔獣だと思うけど、何の奴までかは分からないかな。見てみない事にはね」

カテラは振り返り森の奥をじっと見ている。ゼルは鼻をスンと鳴らしカテラと同じ方向を見た。何かが居て何かがこっちを見ている。セリにもそれだけは分かった。

森の間の暗闇からゆっくりと姿を現したのは、美しい白い毛を持ち吸い込まれる様な瞳を持つ鋭い牙を生やした獣だった。セリ達をじっと見つめながら、ゆっくりと歩き、木と広場の境目で止まった。何かを探る様に見つめている。

「白狼か…生息地が違いすぎるぞ…誰かが逃がしたのか」

カテラが恨めしそうに呟く。

狼系魔獣の殆どは高い場所にある岩場に生息している。今自分たちが居る様な盆地の様な地形の場所には何があっても絶対降りて来ない様な魔獣だ。誰かがペットにでもしていたのが逃がされたか、逃げ出したと見るのが妥当だろう。

既にカテラは銃を抜いていた。だが仕掛けるつもりはなかった。白狼はそこまで激しい気性は持たず、ましてやペットであったなら多少は人間にも慣れているはずだと。

だがそれは思い込みの様なものだったのだろう、白狼は獲物を見定めた様に低く唸り、カテラに飛びかかった。

「やっぱりか…」

カテラは素早く銃を構え狙いをつけた。

その時、カテラが銃を撃つより早くゼルが飛び出し、白狼の頭を拳で掴み、口を押さえ地面にねじ伏せた。白狼はゼルの手から逃れようと暴れていたが、どうにもならない事を悟り大人しくなった。

あまりの早業にセリは驚いた、カテラも唖然としている。

「殺してはダメだ、彼らだって好きでこの場所に来たのではない、送り返そう」

「送り返すって、どうやって?」

「この先にアバル岩山に通じる道がある、そこまでいければ彼らも自力で帰っていくだろう」

そう言いながら、腰の袋から干し肉を取りだすと、白狼に少しずつ与えだした。

白狼はどういうわけかしおらしくなり、ゼルを上目で見ながらゆっくりと肉をかじっている。

「動物の魔獣は大体、鼻筋を軽くなでてやると大人しくなるんだ。俺はいつもそうしている」

白狼は肉を食いきるとゼルの足に絡みついて座り込んだ。

「悪いがお前を飼ってやることはできないんだ」

ゼルは白狼の頭を優しくなでた。

アバル岩山に続く抜け道は森を抜けた断層のがけ下にあった。岩が突出しているところを見ると、菅町の天蓋遺跡を思い出す。岩と石ころだらけの道を歩いていた時、カテラとゼルは器用に進んでいたが、セリはそうもいかなかった。何度も滑り落ちそうになり、なんとかここまで来たのだ。白狼はその間、ゼルの足元にいたが、落ちそうになるセリを引っ張り上げたりしていた。どういうわけだか走らないが、白狼なりの謝罪だったのかもしれない。

岩の細い道が延びる穴の様な所にたどり着き、ゼルは白狼の目線に来るようにしゃがみこんだ。

「悪かったな人間の都合なんかで、達者で暮らせよ」

白狼はゼルの手をペロリと舐め、穴の中に姿を消した。

「長々と済まなかった。家に帰ろう」

立ち上がった時、遠方から微かに鐘の音が聞こえ始めた。

「町の方からだ…微かに火薬のにおいがする」

ゼルは両耳を動かして町の方角を眺めている。

「まさか魔獣か?」

「わからん。町で何かあったんだ。急いで戻ろう」


町に着くと、町民たちが農具をもって広場に集まっている。

あわただしい雰囲気の中、衛兵が人ごみの中から現れセリ達を見ると近寄ってきた。

「貴様らか!よくもこんな事を!」

町民の視線が突き刺さる。

「おい、何の事か分からんぞ。俺たちは今まで薬草を採りに行っていたんだぞ」

「どちらでも構わん!貴様らは重要参考人だ拘束させてもらうぞ!」

「お前たちは下から来たらしいな。半端モノと一緒にいるところを見るとお前らが犯人だな」

どうやら村の水源に毒の様な物が入れられていたらしい。

武器を取られ、後ろで腕に石の拘束具を装着されて、じめついた地下の石牢に連れて来られ、押し込まれてしまった。真っ暗で何も見えない。

「すまない、俺のせいで妙な事に巻き込んでしまったな」

「いやーまさかこんなことになるとはね、私も思わなかったけど。別にあんたが気にする事じゃないよ。あんなでっかい武器持ってきたら少しは怪しまれるかもしれないしね」

「そういうものか?」

「そういうものだよ…うん、ねぇセリもそう思うでしょ」

「ふぇ!?」

いきなり話題を振られ動揺した。

「でもこっからどうやって出ようかなー、電磁砲じゃ壁に傷も付けられないよ。非殺傷兵器だしねこれ…」

「どうしましょうか、これから」

セリが鉄の牢を触りながら言った。

その時、牢の奥の壁が突然動き、奥からフードを被った男が現れた。

「待たせてすまない俺はゼルの友達みたいなもんだ。」

「キードか!よくこんなところまで来たな」

ゼルは耳をピコピコとふるわせている。

「詳しい話は後だ、まず一旦外に出よう。どうせみな周りの奴は酒でも飲んでてこっちには来ない」

セリたちはキードが通ってきた穴に入った。じめじめしてて何となく嫌な感じはする。

セリはカラフルなミミズを触ってヒっと小さく悲鳴を上げた。

穴は徐々に上に向かっていくようで続いていたが、途中で穴が途切れなにかの旧道の様な所に来た。

岩ではない機械のプラグの様な物が伸びている。セリは何所かその光景に懐かしさを覚えていた。

「ここはノド旧道か。しかしよくもまぁこんなに掘ったもんだなキード」

ゼルの言葉道理、町とは相当離れた距離にあるらしい事が今までの事で分かってはいた。

「何言ってやがる、昔俺とお前で掘ったんじゃないか。ま、結局途中になっちまったが」

「それで、だ」

キードはこちらに向き直るとカテラに袋を渡した。

「これしか持って来れなかった。さすがにあのでかい獲物は無理だ。済まない。それと、そこの坊やにも」

キードは駆動剣をセリに渡した。

「俺は知っている。犯人はお前らじゃない。本当はある魔獣が犯人だ。そいつを討伐して、町に持ってけば必ず無実が証明できる。長は君たちの事を心配しているがもう一人意地の悪い奴が居てそいつが邪魔してるんだ」

「OK。色々ムカつくしやってやろうじゃないか」

「悪いが俺はここまでだ」

「すまんな、ありがとう」

「良いってことよ。それじゃあな!」

キードに見送られ、三人はノド旧道の出口まで進んでいった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る