3-2 稼働世界、旅人
ノド旧道から外に出ると、そこは湖のはずれだった。草がぼうぼうに生えていて目線の高さまで来ている。三人はゆっくりと周りを確かめながら外に出た。
「これから魔獣を倒しに行くわけだが、問題はないね?」
「はい、いつでも行けます」
「俺も大丈夫だ」
「キードによると魔獣は水源の上の方に現れたらしい。まずはそこまでいかないとな」
ゼルが耳をゆすらせて鉄甲をはめながら言った。
湖をぐるりと回り込み水源の上流をたどると、微かに刺激臭がしてきた。
それは上に上がるたびに徐々に強くなっていく。
「この匂い、触手魔獣か?」
カテラが銃を構える。
「辺りの木が腐っているね。どうなんだろう?」
「あそこだ!」
魔獣が三匹、水の畔で蠢いている。殻が着いたその形状はカタツムリの様だ。
「いくよっ!」
カテラが銃を撃って牽制しセリ、ゼルは突撃した。
「ふんっ」
驚いて跳ね上がる魔獣にゼルの拳の一撃で一匹の魔獣の甲殻を突き破った。魔獣は動かなくなり沈黙した。セリは駆動剣を回転させ魔獣に切りかかった。剣は魔獣の体をいともたやすく切断し、魔獣を死に至らしめた。
横ではカテラの銃撃で最後の魔獣が死んだところだった。
「これで終わり?案外あっけなかったね」
「まだだ!」
ゼルはセリの襟首を掴むと後ろに跳んだ。
突然セリの居た場所から触手の様な物が地面から突き出してきた。うねうねと動くそれと同時に森の奥から地を這うような音とともに巨大な魔獣が現れた。
いかにも先ほどの魔獣の親玉と言う風貌だ。
「なんだ!?」
「こいつが本物の元凶だ、くるぞ、構えろ!」
ゼルが叫ぶ。
「鉄が無いのが痛いね、電磁銃じゃ倒せなさそうだ。だけども…本当は使いたくなかったけどここで…」
カテラは電磁銃のスイッチを切り替えた。
「ゼル、セリ!どうにかして時間を稼いで!一撃で仕留めるためにマナ石を使う!」
「了解した、まかせろ」
「分かったよカテラ!」
ゼルは息を深く吸い込みゆっくりと吐くと拳を構えた。
「行くぞ、セリ」
ゼルは魔獣に向かって走りだした。魔獣は触手を伸ばしゼルを掴もうとするがゼルはそれをひょいひょいと避けていく。
「喰らえ!」魔獣の顔部分に蹴りをかました。魔獣は少し怯んだ様で、少し後退した。
ゼルの猛ラッシュが続き、殻や触手などに打撃を加える。魔獣は触手を低くしならせゼルを吹き飛ばした。ゼルは咄嗟に防御して引きずられるように地面を走った。
「む。硬いな、だがコレでは!」
ゼルは深く息を吸いなおすと拳を振りかぶり、延ばされた触手に渾身の一撃を加えた。
触手は無残に潰れ魔獣は低く咆哮した。その次の瞬間触手を一斉にゼルに伸ばしてきた。
「これはまずい…か?」
「いえ、まだです!」
セリが瞬時に触手を切り落とし道を開く。
「すまんなセリ。これでどうだ!」
ゼルは器用に斬られた触手をバネにして魔獣に近づくと甲羅にを思い切り殴りつけた。
甲羅にひびが入る。
「チェストォォ!」
ゼルがひびに蹴りを入れると、甲羅は粉々に砕け散り内面の柔い部分があらわになった。
「ナイス!ゼル、セリ、下がって!」
カテラが叫び、銃を構える。
『周辺に注意し使用してください』
「周辺もなにもないっての!」
カチリ、引き金を引いた。
鋭く太い雷撃が魔獣に向かって飛び魔獣を直線に貫いた。それはすさまじいエネルギーで魔獣を一瞬に焼き尽くした。奇妙な匂いが辺りを包む。
瞬間、銃が負荷に耐えきれず砕け散った。
「あーあ、高かったのになぁこれ…」
「やった!」
「これで無実が証明できるな」
魔獣のかけらをもって、村へと帰ってきた。広場でおどおどしている村長の前に行き、かけらを叩きつけた。
平謝りの村長は放っておいて、宿屋に急ぐ。宿屋の主人から武器や、旅道具を回収した。
「ああんマスター寂しかったですよー!」
「ごめんねニライ。クラウトさんも」
「いいや俺は慣れっこだからな」
「とりあえずこれで解決だな」
「そうだね。もうこんなことはないといいんだけど」
宿屋の前に村長が立っていた。手には小袋を持っている。
「皆すまなかった私達の早とちりだった…どうか許してくれ」
村長が言った。
「もうどうでもいいですよ」
呆れたようにカテラが答える。
「これらは詫びの品ですどうかこれで…」
「いらない、それよりちゃんとゼルに謝って」
村長はゼルの方に向きなおると、深くお辞儀をした。
「すまなかったゼル。許してくれとは言わん。どうしてくれてもかまわない。私たちは人の心まで失っていたようだ」
「顔を上げてください。俺をここまで育ててくれたのは村長です。その恩義を忘れることはありません。ですが、俺は旅に出ようと思います。今までありがとうございました」
軽くお辞儀をしたゼルは、カテラの方に向きなおる。
「そういうわけだ、お前たちの旅に同行させてくれ」
「勿論だよ。ちょうど中央に行くところだったし、このあたりの道に詳しい人が欲しかったしね」
カテラは何の迷いもなく答えた。セリも同意見だった。
「ありがとう、カテラ、セリ」
「これからよろしくねゼル」
新たに仲間になったゼルを入れて、仲間の数は五人になった。
「中央省に行くための道、列車路がある場所まで移動する」
町を出てすぐのところで、カテラやセリたちが持っていた荷物を全て背負いこんでいるゼルが言った。
長い長い線路のあとの様な物が続いている。
「この線路みたいなのってなんなの?」
セリが聞いた。
「これは列車路だ。昔はこれで中央都市まで荷を運んでいたらしい。カテラはここに来た事はあるのか?」
ゼルが答える。
「私は何度かあるよ、本当に数えるくらいしかないけどね。こっち側からは初めてかな、いつもは都跡を経由する方からだからね」
「そうか、セリは初めてなんだな」
「僕はずっと寝てたから、どこの世界もみた事ないよ」
「ではこれからゆっくりと世界を眺め見ていけばいい」
ゼルはゆっくりとセリの頭を撫でた。
「クラウトはどこら辺に住んでたの?」
「俺は中央都市の中だ。家に着いたらちゃんと報酬は払うから」
「そんなことは心配してないよ」
「いや、約束は約束だからな、ちゃんと報酬を渡す」
「別にいいって」
「それに俺のイケメン姿も見てほしいからな」
「胡散臭いセリフですね…」
クラウトのホログラムの横にいたニライが怪しげに言う。
クラウトは何か考える素振りをして閃いたように指を突き出した。
「俺の家に行けば、ニライのアップデートもできるし、セリの正体も分かるかもしれれないぞ」
「なんでそんなことまで出来るの?」
「これでも元開発者だからな」
クラウトは鼻高々に言ったが、カテラとゼルはほとんど反応せず、セリが少し苦笑いしただけに収まった。
列車路を歩き続けて、一時間はたっただろうか。
列車路の先には相変わらず、天から降ってくるかのような、巨大な建造物が見える。カテラとゼルによると、あれは中央省ではなく、何かの施設らしい。あれの真下に見える巨大な建物群が中央都市だそうだ。一層と二層を管理する中央省は、都市の真ん中にあるらしい。
不意にカテラが歩みを止めた。ほんのり、顔が赤い気がする。
「カテラ!」
カテラは前のめりに倒れそうになった。ゼルがとっさに支える。
「どうした?…まさか、この熱…魔獣の毒か?いやこれは…」
「こんなの、大丈夫だよ…」
ふらふらと立ち上がろうとするカテラをゼルが静かに静止させた。
「セリ、すまないが荷物を持ってくれるか?カテラは俺が背負おう。今日は近くの宿泊局に泊まって、休んだ方がいい」
少し歩いた先にあった、古い宿泊局に入り、ベッドにカテラを寝かせる。
カテラは荒い息をしていた。
「まずは薬草を探しに行かねばな」
「カテラはそんなに大変なの?」
「見たことのない症状だ。今ある手持ちの薬草では効きそうにない」
「分かった僕も行くよ。ニライとクラウトさんは留守番してて」
「分かりましたマスター」
セリとゼルは宿泊局の後ろに広がる森の中に入っていった。森の中は不気味なほど静かで、魔物の気配すらない。
中央都市から漏れ出る光が、こちらまで届いていて、思ったよりもずっと明るかった。
中央都市の中心部にでかい塔のようなモノが見える。
「ゼル、アレは?」
「おそらくだがあれが中央省だろう…なんて巨大な建物なんだ」
その時、後ろからがさがさと音がして外套姿の男が姿を現した。
「ご名答。アレは中央省。この世界を護るための組織さ」
「貴方は?」
「しがない旅人さ。ところで君たちは何をしてるんだい?」
掻い摘んで事態の説明をして、薬草を探しているというと、旅人は、自身のリュックから、薬瓶を取り出した。
「薬ならここにある。君たちに譲ろう」
「なんでそこまでしてくれるんです?」
「なぁに、困ったときはお互い様さ」
旅人を連れて宿泊局に戻ってきた。カテラは荒く息をしている。
「マスター、その方は?」
「さっき会った。薬を分けてくれるって」
「さて、お嬢さん。これを飲みなさい。ゆっくりと少しずつだ」
旅人が白い液体の入った薬瓶をカテラに飲ませると、呼吸が少しずつ落ち着いてきた。
「これで大丈夫だろう。ところで君たちはどこまで向かうつもりなんだい?」
「僕たちは中央省を目指しているんです」
「中央省か、奇遇だな。俺もそうなんだ。せっかくだから一緒に行ってもいいかい?」
「別に構いませんが…」
「ありがとう。お礼に宿代は俺が出そう」
「えっ…そんな、そんなことまでは…」
「気にするな。旅の仲間のためならなんとやら、だ」
セリたちは押され気味に承諾し、宿泊局に泊まることになった。
朝の陽ざしで目を覚ましたセリは、直感的に寝坊したことを悟った。
隣のベッドに寝ていた筈のカテラが居なかったからだ。
急いで身支度をして、外に飛び出した。
外では、ゼルがカテラを背負っていて、その他の荷物は旅人が持っていた。
「すみません!遅れました!」
「別に構わん。今日中に中央都市まで行くぞ」
「よろしくねセリくん」
「はい!」
セリたちは列車路を進んでいく。列車路は所々錆びたり、草が生い茂っており、使われなくなってからかなりの年数がたっているようだ。
「旅人さん。ここが列車路なんですよね?」
「そうさ、過去の遺物さ。昔はこの線路を様々な列車が走っていたらしいね」
「旅人さんはどこの出身なんですか?」
「んー。秘密。言っても分からないだろうし、何よりもう存在しない」
「あ、ごめんなさい…」
「大丈夫、謝らなくたっていい。遠い昔の話だからね」
「逆に聞くけど、セリくんはどこの出身なんだい?」
セリは言葉が詰まってしまった。記憶が中途半端にしかない自分に故郷と呼べる場所はあったのだろうか。
「……」
「もしかして、記憶喪失ってやつか?君も難儀だねぇ。ま、いつかは思い出すさ。初めから無い限りはそうも言えないがね」
旅人は遠くを見ながら答えた。
その時、ゼルに背負われていたカテラの目が開いた。
「ここは…ゼルの背中?」
「カテラ、調子はどうだ?動けるか?」
「うん、もう大丈夫。ありがとう、みんな」
ゼルの背中から降りたカテラは大きく伸びをして、旅人に近寄っていった。
「ありがとう、見知らぬ旅人さん。貴方のおかげで死なずに済んだ」
「無事で良かったよ。エーテルを飲ませて良かった」
「…エーテル…!?」
カテラの目の色が変わった。
「そんな貴重品を見知らぬ私に飲ませたの!?助けてもらってなんだけど、正気?」
「飲ませた量は少しだし、まだ薬瓶はいくつかある。問題はないよ」
ケラケラと笑って答える旅人を尻目にカテラは頭を抱えていた。
「ゼル、エーテルってなに?」
セリが小さな声でゼルに尋ねると、ゼルは遠くを見たまま口を開いた。
「エーテル、過去の遺物で、どんな病気も瞬時に治すことから、万能薬とも呼ばれる超貴重品だ」
「ほら、無駄話なんて後々。もう少しで中央都市だ。さあ、行こう」
「なんか…納得いかない!」
子供のように騒ぐカテラをにやにやしながら眺める旅人が皆を急かす。
ここから眺めてみても、巨大な大門が道の先にあることは分かる。あれが中央都市の入り口なのだろう。ざわざわと動いて見えるのは大勢の人だ。
セリは少し興奮してきて、歩き出した。
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