2-6 夢現、発現

 朝起きた時には快調だったので特にいうこともない。

 ニライはなんだかんだでクラウトと仲良くやっているようだった。

 旧灰の村を過ぎて、管町近くの螺旋街道までやってきた。

 山を削るように作られた管町は、揺りかごに眠る赤ん坊の様に、木々に囲まれている。

 上るためには、山を螺旋になった石の階段を上っていくしかない。物を下ろす為のエレベータはあるらしいが、古くから人は乗れない事になっていたらしく、セリたちは徒歩で管町を目指す事となった。

 階段は昇りやすいようになだらかな坂だが、故に長々と山を囲っている。ところどころに休憩所と書かれた屋台が出ていて、そこで人々が足をさすっているところを見た。

 カテラは布に包まれた大砲とリュック二つを背負っているにもかかわらず、汗はかいていたが疲れた様子は一つもなかった。セリはと言うと、ところどころで止まり、肩で息をしている。「この、みち…いつ、はぁはぁ…」そのたびにカテラが止まり、戻ってきてはセリの背中をさすっていた。

 頂上、管町の入り口に着いた時には日が頂点にまで上がっていて、セリもカテラも汗びっしょりだった。管町は灰の村より建物が多くて何というか縦に長かった。

 上の方に見える建物が、空の彼方までのびている様に見える。あれも天蓋遺跡の一部なのだろう。屋台もたくさん出ていてなんと言うか活気があるようだった。

 とりあえず、宿屋に行こうか、という話になったところで、町の中心部が騒がしいのに気がついた。近寄ってみるとそれなりの人だかりができていて何かあったらしい事は分かっる。

 周りの人の話を聞くに、どうやら町の近くの森の中にある壊れた水路に魔獣が居たという話らしかった。それを討伐するために傭兵教会から呼んだ傭兵が有名な人だったらしくソレを見るために集まった人たちの様だ。その時、人だかりの中の剣を背負った一人が此方を見たと思うと、大声でしゃべりながら近寄ってきた。

「あー!誰かと思えばカテラじゃねーか、久しぶりだなぁオイ!そっちの子供はお前の弟子か?遂にそういう時が来たんだなぁ!」

 暑苦しい顔をした男がべたべたと触ってくる。汗まみれなのにやめてほしかった。

「やぁヴェンス。相変わらず最悪だな。セリから手を放せ」

 カテラはうんざりしたように男の手を掴むとひねりあげた。

「痛たたた、冗談だよカテラ分かってるって。保護してるのがその子だろ」

 手を振り払い、セリの方を向いて大きな声を出した。

「俺はカテラと同じ魔獣処理屋で、教会所属の一匹狼ヴェンスマンだ。気軽にヴェンスとでも呼んでくれ!向こうで囲まれてるのがアーサー。俺のパートナーだ!」

 ニカッと笑ったその顔からは歯がキラリと見えている。一匹狼と言いながらパートナーがいる矛盾と騒がしさにセリはこの人とは仲良くできないだろうなと考えていた。

「なんでここにいるの?アンタらの担当は灰の村付近でしょ?」

「ハッハッハ。いやカテラも聞いたからここに来たのかと思ったぜ」

「何?」

「出たんだよ」

「何が?魔獣?、それで、ここに呼ばれたってこと?」

「出たんだよ、ここの森の水路に赤の魔獣が」

「はぁ!?」

 カテラが大声を出した。周りの人に見られているのに気が付いて顔を真っ赤にしてうなだれた。

「なんで中央が回収した魔獣がここにいる?あれは私達が必死で捕獲してそのまま持ってかれたはずだろう?」

「どういうわけだか突破されたんだろう。だから俺たちが派遣されたんだ。お前もなカテラ、今回は討伐だってよ、よかったな」ヴェンスは笑顔でカテラの肩を叩いた。

 カテラは叩かれた肩を見た後、顔をしかめた。

「あの、カテラ赤の魔獣ってなに?」セリはカテラの裾を掴み尋ねる。

「赤の魔獣っていうのはね、魔獣の中でも強い四元種っていう種類の一つなの。一匹討伐するのに大体五人くらいの処理屋が必要なくらいで…まぁ目安としてだけど」

「要するにすっごく強いってことだな!」ヴェンスが割って入ってきた。


 カテラとヴェンスとアーサーは西の森の水路に来ていた。壊れて動かなくなってしまった水門を直す為に、来た町民が、赤の魔獣を発見したらしい。

「今回は、そこまで気張らなくていいのなら大分に楽だな」アーサーはライフル銃のようなものを装備している。

 木々がなぎ倒されているところを見るに、やはりどこかに魔獣が潜伏していることは間違いがなかった。水門の付近に来たところでヴェンスが剣を構えた。

「構えろ、来るぞ。」

 次の瞬間、上方から方向が聞こえたと思うと、ヴェンスに向かって大きな影が覆いかぶさってきた。

「遅いんだ、よっ!!」ヴェンスは剣を掴むと、上方に切り込んだ。影の一部が切れた様に見えたが、ソレは黒々とした毛だけだった。魔獣は身を翻し、三人の前方に着地した。

 その姿は、黒々とした毛と鋼の様な鱗を持ち、口からは鋭い牙が何本も生えている。

「やっぱり鎧竜か。俺達と会うのは二度目だな赤の魔獣!」アーサーが叫ぶ。

 それに呼応するように鎧竜が咆哮を返した。足がすくむような重厚さがある。

「一気にケリをつけるぞ!」ヴェンスが腰を低く落とし、鎧竜に突撃した。

 剣を立て、突く体勢で腕をかがめ、鎧竜の足の鱗の隙間に突き刺した。

 鎧竜は叫ぶと、尻尾を振りかぶりヴェンスを吹き飛ばそうとした。突如、自身の顔面に発した小さな爆発がいくつも炸裂し、鎧竜はたじろいだ。

 その次の瞬間、カテラの砲撃で胸の鋼の様な鱗が、はじけ飛んだ。

 ヴェンスは、鎧竜の足の腱に深々と突き刺さった剣を抜くと、鱗のはがれた胸の心臓をめがけて突き刺し右方に離脱した。

 アーサーは足を大きく振りかぶり、胸に刺さる剣めがけて蹴り飛ばした。ゴムにめり込んだような感触がして、大剣は今度こそ鎧竜の心臓に深々と突き刺さった。が、鎧竜は動きを止めず、アーサーは吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。

 鎧竜は倒れる弱者の方へゆっくりと向かって行く。赤い眼は爛々と輝き、肉を取って食わんという顔をしている。

「くっ…」アーサーは動こうとしたが、吹き飛ばされたときに腰を強く打ちつけたからか、足が動かない。

 鎧竜は今にも自分に飛びかからんとしている。

 鎧竜が首を伸ばした瞬間、大きな音がして鎧竜の首が消え去った。鎧竜の顔面だけがボトリと地面に転がって壊れた水道の様に血が噴き出した。

 カテラの大砲から放たれた一撃で、一瞬で消し飛ばされたのだ。

 カテラが引き金を二回押すと、大砲のギミックが展開して高温の煙を吐き出した。

 ヴェンスは深々と突き刺さった剣を抜くと、アーサーのそばに駆け寄っていった。

「アーサー、大丈夫か?まだ一匹目だぞ?」

「あぁ、問題ない。すまん」

 アーサーは差し出された手を握って立ち上がった。

「次が来た」カテラの大砲の冷却が終了し上を見上げた。上空から、声を上げ二匹の鎧竜は姿を現した。先ほど倒した鎧竜より二回りほど大きい。

「ほーらやっぱりつがいで脱走されてるじゃない。後ろのがメスかな」

「どっちにしろ変わらん、この調子だとまだいるかも知れんぞ」ヴェントはこびり付いた血を振り払った。

 二匹の竜は地面に降りるや否やこっちに突っ込んできた。どちらの竜も怒りで何も考えてないかのようだ。

「オスは俺と、アーサーが引き受けた。だからメスは頼むぞ」

「ナチュラルにきつい方を押しつけないでよ!」

「さぁこっちだ、俺はこっちだよ化け物」アーサーは瘴気弾を前を走る鎧竜の鼻に数発当てた。すると鎧竜は方向を転換しアーサーの方に向かって駆け出し始めた。

「そうだ良い子だ、こっちに来い。後は任せたぞっ、カテラ!」アーサー達は森の奥深くへと消えていった。


 カテラは、大砲に掛けられた黒い布をはがし取り、憤る一匹の化け物の前に立ちふさがる。

 砲弾を素早く装填し低く腰を構えた。ジャッキを上げ鉄に手を通す。

 気分が高揚している。これが私達、処理屋だ。良くも悪くも戦いを楽しんでいる。

 師匠だってそうだった。だからおかしくなんてない、これが私なんだ。


「さぁてゆっくり遊びましょう、竜さん!」カテラは楽しそうに叫んだ

 鎧竜はカテラを一瞥すると、悔しそうに恨めしそうに怒りを込めて吼えた。


 ▽

 宿屋で待っているとき、セリは妙な感覚にとらわれていた。誰かから呼ばれているような、誰かと約束をしているような感覚に。胸の奥に引っ掛かっているみたいだった。

 セリは意識しないまま、扉の前に立っていた。

「何所へ行く気だ?待っていろと言われたはずだが」

 クラウトとニライが腕輪から姿を現し、セリの前に姿を形作った。その間もどんどん気持ちが強くなっていく。

「どいてください、僕は行く場所があるんだ」

「セリ?どうし…わ…干…渉!?」

 セリがクラウトの姿を払うと、二人の姿が一瞬で消えた。

「いかなきゃ…が居る場所に」足が勝手に進む。いや、考えも徐々に変わっている気がする。行かなければ、手遅れになる前に。

 ぼくは、いかなくちゃ。こんどこそあうために


 ▽

 カテラと解散して、鎧竜を少し幅のある広場に誘導した。鎧竜は先ほどからゴウゴウと唸っている。ほどよく瘴気弾が聞いているらしい。酸化粉末の影響でしばらくは目も鼻も効かないはずだ。あちこちに歩いているところを見ると意識が朦朧としているのかもしれない。

「ヴェンス、俺は消えさせてもらう。どうにか鱗を剥いでくれ」そういうと、手を胸に当て何かを唱えだした。

「任せろアーサー。いつも通りの戦法だな。ま、妥当か」

「任せる。…変更完了。迷彩装置起動」

 アーサーの体が景色に溶け込み完全に消え去った。

「行くぜ鎧竜、頑張って耐えてくれ!」

 ヴェンスは剣を振りかぶり鎧竜の左方から横振りに剣をふるった。剣は鱗を滑るように通過し首に克ちあい跳ね返った。

「やっぱり硬いねぇ、この程度じゃ傷もつかんかい」

 鎧竜はヴェンスの位置を把握し鋭い爪をふるった。ギリギリで右に跳びかわし、そのままの体勢で慣性を利用し鱗の隙間に合わせ肩から下段に切り込んだ。赤い鮮血が吹き出し、ヴェンスの鼻先を濡らす。

 鎧竜がたじろいだところに、傷口に剣を差し込み剣の方から蹴飛ばした。胸にあるか会い鱗の一部がはがれ、ピンクの傷口があらわになる。鎧竜は悲鳴を上げ、翼をはためかせ後方に跳んだ。

「逃がさんよ」

 瞬間、片翼が千切れ飛び、鎧竜は地面にあっけなく落下した。

 二回ほどの発砲音が聞こえ、鎧竜の胸に弾丸が撃ち込まれる。鎧竜はのたうちまわり、口から泡を吹いて動かなくなった。

 今撃ち込んだのは魔獣専用の銀の弾丸だ。希少価値の高い毒を配合した即効性の毒死弾。

「終わったな」

 ヴェンスが言うと、空間が揺らぎ、アーサーが姿を現した。持っていたライフル銃は禍々し機械だらけの銃に姿を変えていた。銀の弾丸を撃ちだす為に可変変化させたのだ。変化に時間がかかるから、いつも隠蓑で姿を隠している。瘴気弾を撃ったのもこのためだ。

 ヴェンスが、剣先でぺちぺちと鎧竜の鼻先を触っている。

「そんなに強くなかったな、コイツ」

 その時微かに指が動いた。アーサーは銃を構え叫ぶ。

「まだだ!ヴェンス、離れろ!!」

「なっ?」

 鎧竜は白目をむきながら口を大きく開き、ヴェンスの胸に食いかかった。

 アーサーは銃を構え、鎧竜に弾丸を撃ち込んだが動きは止まらなかった。

 ヴェンスは咄嗟に剣を自分の方に引き戻し、鎧竜の開かれた顎をすっぱりと切り裂いた。それでも脇を牙が掠め、じわじわと血が服を濡らす。

「ぐぐっ…大人しく、くたばれっ!」

 ヴェンスは口を掴み牙を引き抜くと鎧竜の首めがけて剣を叩き下ろした。二回目の斬激で首が千切れ、三回目で完全に地に落ちた。

 大きな音を立て鎧竜の体は地面に崩れ落ちた。

「今度こそ終わったな」

 ヴェンスは剣を地面に突き立て、首を回している。

「無事でよかったよヴェンス。カテラはどうだろうか?」

 鎧竜の体に腰かけた。アーサーの銃はすでにライフルの形に戻っていた。赤の魔獣にしては雑魚だったが、それでも、銀の弾丸を二発も叩きこんでも死ななかったのは、さすがは赤の魔獣だろうか。

「カテラの応援でも行くか?」

「いや、やめておこう。こっちも巻き込まれかねん…ん?」アーサーの視界の端に

 見覚えのある姿が映った。宿屋で待っていたはずのセリだ。

「どうした?アーサー?」

「今、カテラと一緒にいた少年の姿が…」辺りを見回すが何所にもいない。

「気のせいじゃないのか?」

「万が一ということもある。探すぞ」

「わかった。もし本当なら急がないとまずいな。まだカテラが戦っていたらそれこそ…」

「急ごう」

 二人は消えた少年の後追って行った。


 ▽

 森の奥から怒号がこだましている。いくつもの穴があき、木々はなぎ倒され、硝煙のにおいが漂っていた。木々の合間にちらりと赤い線が見えたかと思うと、一瞬で木は倒され岩が砕かれていく。鎧竜はもうボロボロだった。翼は折れ曲がり、尻尾は千切れ落ち、体のあちこちが削れている。それでも鎧竜は止まらず、自分の子の敵を追い続けていた。

 カテラも左腕に傷をもらっていた。服を破り縛ってはいたがもう真っ赤になって血が滴ってる。先ほどから何発も砲弾を当てているはずなのに鎧竜は止まる気配も見せず、自分を追いかけてくる。

 それでもカテラは、この状況を楽しんでいた。記憶にはないがうっすらと残る血の光景の記憶をなぞる様に、今度は自分が奴らの子を奪ったからだ。

 自分の大切だったものを奪われた様に今は自分がそれを為したという現実にどこか清々しさすら感じていた。

「まだだ、もっとだ。これで終わるものか…」一人呟いた。

 この永遠にも感じる長い戦いの時間を、確かにカテラは楽しんでいた。

 普段、カテラではこのような事は絶対にあり得ないが、奇しくも自分の家族を奪ったものと、同種の魔獣だった事が、このような事態を引き起こしているのだろうか。

 カテラは拡散弾と焼夷弾の最後の一発を装填し、迫りくる狂気の前に躍り出た。

 長く長くこの戦いを、この復讐を楽しむために。

 ▽


「あ、れ?」

 限界はすぐに訪れた。今まで狂気の一撃をかわしていた足がかくんと力を失い倒れかけた。今まさに狂気の殺意がカテラに振り落とされようとしている状況で。

 血を失いすぎたのだ。足が、腕が、体が、動かない。

 不意に眼球の端に、見知った顔が映った。セリだ。宿屋にいるはずの自分が保護している旧人類。守るべき者。大切な。たいせつな。

 徐々に殺意が近づいているにもかかわらずなぜ、このばしょにいる?

 ソレは近づいてきて、カテラを外へと押し出した。


「カテラ!危ないっ!」

 体がなぜこの場所に来たかは分からないだけど、自分に今できる事をするんだ。セリはカテラを押していた。なぜかは分かっている。自分を「独り」から助けてくれたから、何もできないなんていやだから。

 目が閉じられた時、殺意が降り下ろされ、セリの体は地面に叩きつけられていた。

 一撃が、セリの胴体を抉り取った。時間が止まる。「セ、リ…」カテラが手を伸ばす。セリの体は動かない。

 鎧竜は声を唸っている。セリは顔を掴まれ近くの岩に放り投げられた。鈍い音がして血が飛び散る。

「そんな…私は…」

 カテラは正気に戻る。動けない。鎧竜がセリに向かって行く。

 鎧竜が喰らいつこうとした瞬間、セリの腕が動き、鎧竜の牙を掴み横に投げ飛ばした。

 鎧竜はまるで坂を転がるリンゴの様にゴロゴロと転がり段壁に叩きつけられた。

 セリの体に青白い光が、鎧が現れ、傷を覆い修復していく。空中に文字が浮かぶ


 ≪危険範囲突破 色付鬼起動します 抑制システム確認制限解除≫

 完全に体も顔を覆う、騎士鎧の様な甲冑の様な姿に変わった。青く発光している。

 腹に受けた傷は消え去っていた。鎧竜が体勢を直しセリに向かって行く。

 セリは渾身の一撃を難なくいなし、その腕を一刀のもと切り裂いた。血が噴き出し足元に腕が散らり落ちる。鎧竜は目を白黒させ、後退した。

 セリは一気に懐まで踏み込み、消えたかと思うと、鎧竜の後ろに跳んだ。

 鎧竜の体は声を上げる間もなくバラバラになり、黒い血が雨の様に降り注いだ。


 血の雨が終わり辺りは静寂に包まれている。青の鎧を纏ったセリは静止しピクリとも動かなかった。

「セリ…?」カテラが呼びかける。その呼びかけに呼応するようにこちらを振り向いた

「カテ…ラ…、ぼ、くは…?」

 鎧が糸がほどけるように梳かれる。セリは倒れ込んだ。

「セリっ!」カテラは大砲を放り出して駆け出しセリを抱きかかえた。鎧竜に受けたはずの傷は何所にも見当たらなかった。

「カテラ?よかった、無事だったんだね」

「どうして、君がここにいるんだ!私は、君を…」

「分からない、気づいたらここにいたんだ。カテラが危なくて僕は…でも」

「あの後何が起こったんですか?あの大きい竜は?」

「まさか、何も覚えていないの?」

 カテラは目を見張った。困惑の表情を浮かべてセリは、カテラのそばにいるだけだ。

「これは、何が起こったんだ?」

 ふいに空中にノイズが走り、クラウトが姿を現した。

 隣にニライが驚いた表情で浮かんでいる。

「端末の電源が強制的に落とされていたんだ。しかし、周りの状況を見るに…これは」

「セリの体から鎧の様なものが浮かび上がったんだ。それで、鎧竜を倒したんだ」

 クラウトは一時考え込み、結論を出したかのように顔を上げた。

「君達は管理者についてどこまで知っている?」

「管理者、この世界を統括する者たちだと聞いていけど?」

「そうだ、統治する者たち。永遠を生き、この世界を管理する人外の存在」

「おそらく彼は、管理者か、その力を継承した旧人類だ」

 辺りが凍った。そんなことがあり得るのだろうか。

「彼の力は、管理者のそれと酷似している。扉を開く力、討払う鎧、人殻の精神世界に介入する力。どれも一介の人殻には搭載されているはずもない機能ばかりだ」クラウトは続ける「それらから推測すると、やはりセリ君はソレに近い者だろう。一度どこかで調べる必要があるかもしれないね」

「僕が…」「僕が何なのかは、何者なのかは自分の足で探します。だからカテラにも手伝ってほしんです」

 セリは立ち上がり、カテラの手を握り目を見ながら言った。

 カテラはセリの手を握りしめて言った。いつの間にか頬が濡れている。

「私は、君を必ず守るよ。もうこんなことには、絶対にならないように必ず」

 自分が守るべき者に守られるなんて、それも私は自分の目的を忘れていたなんて。

 なんて情けないのだろうか。許されるべきではない。私は…

「ありがとう」


「なんか良い空気になってる所悪いけど、俺たちの事を忘れていないか?」

 ヴェンスが口を尖らせて言っている。

「これからどうする。俺たちはとりあえず討伐の報告に行くが、まぁお前たちはゆっくり二人で来るといい。安心しろ、周りの魔獣共は片付けておいた」

 アーサーはライフルを回し肩に担いだ。

「行くぞヴェンス」

 そう言って二人はその場から立ち去って行った。


「あの、マスター言いづらいんですけど…水門の方にマスターが感じていた物と同じ周波数が確認されます」

「水門の中に?」

「はい!、スキャンの結果、奥に遺跡があるようです」

 調査に向かいました。

 壊れ枯れた水門の扉が半開きになっていてその先に建物の様なものが見える。

「水門にアクセスしてこじ開けます!制御盤に手を当ててください!」

 セリが手を当てると、腕輪からジャックの様な物が伸び突き刺さった。

「ふむふむ、これは?システムが改竄されています!後からやったみたいですね」

 扉が開く、歯車が壊れたらしい。軋む音がした。

 中に入る、魔獣の反応はなし。研究施設みたいな感じ、でどうやら水があったころからも謎の力場で水をはじいていたらしい。薬品のかすかな香りが鼻に着く。

 先に生体反応。進むと、誰かが倒れていて、その隣に座っている人が居る。

 カテラゆっくりと近づく。どちらも黒髪で、セリと同じ薄いラインが顔に走っている

 倒れている方は、腹に穴が開いており、片腕がなかった。座っている方も、足が膝からすっぱりと消えている。

「来てくれたか、ありがたい」座ってる方が言葉を発した。

「俺はスズシロ、隣にいるのがナズナ。君を待っていた」

「セリ君と同じ再生人殻か……すまない」クラウトはうつむき呟いた。

「セリという名前を貰ったのか。良い名前だ。君は事の本末を何か覚えているかい?」

「なにも覚えていないんです」

「そうか、それならそれでもいい。彼女がそうしたのだろうから、僕達には手が出せない。それでも手助けならできる。さぁ手を重ねて」

 そう言ってスズシロはセリの手を取った。

「俺達の力と記憶の一部をキミに引き継がせる。これが俺に出来る唯一の…」重ねた手から光が輝き溢れだし、セリの体に流れ込むように吸い込まれていった。

「これで少しは楽になるだろう。そうだもし、第二層でマキと言う少女に会ったらありがとうと、伝えてくれないか?」

「分かりました」

 スズシロは上を見上げ消え入るような声で呟く

「すまないマキ、最後まで君に…」頭を垂れ動かなくなった。

「スズシロさん?スズシロさん!」

「マスター…対象の生体反応、両人とも消失しています。」

「・・・・」


 ▽

 カテラはアーサーと話している。

 宿屋に帰ってくると、セリは、ヴェンスに呼び止められた。

「俺たちは今日のうちに管町を出る。アーサーもカテラに伝えているとは思うがお前たちは、今日の夜の便で菅町から第二層に行け。」

「どうしてですか?」

「嫌な奴らが灰の町に来てる。明日の朝には来てしまうだろう」

「嫌な奴らってなんです?」

「教会のくそったれどもだ。俺たちの教会も一枚岩じゃない、全員が全員、旧人類の目覚めを祝福してるわけじゃないのさ」窓の外を見ながらヴェンスが言った。

「せっかく知り合ったんだ。安心しろ、俺たちが足止めしてやる。第二層に行けば、あいつらも手が出せなくなるからな」


「それとな、守りたいものがあるならこれをやる。何にも力は必要だからな」

 刀身の短い剣だった。皮で出来たさやに収められている。

「出雲カンパニーの特注品の改造駆動剣だ。甲殻系の魔獣でもスッパリ切れるぞ」

「どうしてこんなに良くしてくれるんですか?」

「別になんでもない、ただ出会ったからだ。出会わなければ何もできないからな」

「カテラが呼んでるぞ。」

「あの、また会えますよね。」「当たり前だろ。ほら、行きな」

「あの、ありがとうございました」「おうっまたな!」

 ▽

 ヴェンとたちと別れてから、セリたちは菅町の上方に向かっていた。

 斜面に建つ家がまばらになっていき、やがて姿を消した。

 岩が天へとのびるように生えている。斜面が遺跡から溢れるまばゆい光に照らされてきらきらと輝いていた。上るにつれ、空だと思っていた物が、家の天井の様なものだと気付いたころには遺跡はまじかに迫っていた。

 ふとカテラの方を向く。カテラは何か考えてるような難しい表情で前を見ていた。

 後ろを見ると菅町の町の光と、その下に広がる世界の光が目に入ってきた。

 遠くの空が夜の闇ではない暗黒に包まれているのが見えた。目を細めると、ソレは世界を遮る巨大な壁の様に大陸を飲みこんでいるようだった。

「ねぇカテラ?あれは何なの?あの黒いやつ」

 カテラは振り返る

「あぁ、あの先がハルア領域だよ。あの空間は夜にしか出ないんだ。灰の村と菅町を真ん中に周りを囲むよう出現する。中についてはよくわかってない。誰も入れないからね」

「入れないって、通れないとか?」

「いや管理者が禁止しているんだ。まあ、好き好んであんなところに誰も入ろうとは思わないだろうけどね」

「さぁ着いた、ここが天蓋遺跡、世界の境目。上を見てみな」

 見上げると、長い筒の様な形状の建物が空の天井の彼方までのびている。

 その先に何か、蓋の様なものが見える。穴の様な物の上に覆いかぶさるかのように。

「それが第二層だよ。あの先に世界があるんだ、綺麗な場所だよ」

「第二層…」「あくまで便宜上の名前だ、本当はもっと長くてややこしい。」

「さ、行くぞセリ。アンネから既に通行許可は解除してもらってるからこのまま何もしないで入れる」

 遺跡の方を見た。入口の様な物がなく、薄い質感の白い壁が通路の様な場所に建っているだけだった。

「入口がないみたいだけど?」

「あるよ、そこに」「どこ?」

「その白い壁。じゃぁ先に行くから、ちゃんと付いてきてね」

 そういうとカテラは白い壁に向かって歩き出した。白い壁を溶けるように吸い込まれていった。セリは勇気を出して一気に走り抜けることにした。ぶつかる直前で目を閉じると、泥の様な者に沈むような感覚がした。それが消えたので目を開けると、周りの景色が一変していた。白、白、白く大きな円形の空間で体に妙な浮遊感がある場所に出た。

 前には椅子が四つだけあり、そのひとつにカテラが座っていた。

「ちゃんとこれたね。早くおいで」カテラは微笑みながら自分の隣の椅子をポンポン叩いた。セリはその隣に座りカテラを見上げた。

「この椅子って今乗る人の分だけあるんですか?」

「正解だよ。今の時間に許可されてる人の数だけ席が現れる。あと十分くらいで出発だよ」

「まだ来てないみたいですけど。来なかったら?」

「置いていかれるよ。許可も取り消しになるし。だからめんどくさいんだよこれ」

 カテラは思い出すように言った。

「カテラは遅れたことがあるの?」

「私じゃなくてうちの師匠が。酒場でお酒飲んで遅れた事があって、私だけ上に行っちゃって、大変だった事が何度かね」

 カテラは大きなため息をついた。

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