2-4 夢現、決着と思い出と

 もう一時間は進んだだろうが、終りは一向に見えなかった。ときどき道の壁が錆び落ちている様に見えるところがあるくらいで無機質な通路が続いている。

 ココノエが言っていた「特別な力」とはどうやら、箱を開けた時の様なものらしい。

 ここまで来るまでも、閉じられた障壁をその力でいくつか開けている。今まで体に異常はないけどこれから何かあるかも知れないと思うとなかなか力を使うのにためらいが出てしまう。


 演算質の様な部屋に来た時、カテラが不意に止まりました。


「待って、セリ私の後ろへ…何か来る。」


 肌にひしひしと感じるこの靄のような感覚。明らかに此方に敵意を持っている。

 セリも感じたようで、身がまえます。カテラは鉄を展開させて引鉄を握りました。

 前からやってくる気が濃くなってきます。足音が聞こえてきた。


 前から白い十字架を背負った男が現れました。その後ろに女性が居ます。

 隙がありません。カテラは男の目を見ながら武器を構えている。


「白い十字架…ロッハー!何の用だ、こんなところまで!まさか…」


 フィレネの言っていた未開遺跡とはここの事か?


「これは誰かと思えば、白兎の所の餓鬼か。相変わらず言葉遣いがなってないな。師匠は元気か?今はいないみたいだが」


 ロッハーは何の感情もこもってないような声で答えた。

 白兎は師匠の二つ名だ。

 コイツは昔から師匠に何度も会って戦っている、最悪な奴だ。師匠より大分弱いけど、その代わりしつこくて合うたびに連れている人殻を替えている変態だ。「不死身」のロッハー、賞金首の遺跡荒し。二つ名の通り、何度殺されかけても復活する化け物じみた再生能力を持つ厄介な奴だ。最近会わないと思ったらこんなとこにいたのか。


「俺の要件は、後ろの再生人殻ちゃんだよ。理由は言わなくても分かるだろう?」


 ガイノイドが前に出てきた。


「渡すと思うか?私が、お前みたいな悪人に。セリ、来た道を走って逃げろ!」


 カテラは大砲の砲口をロッハーに向けた。


「だよなぁ、期待しちゃぁいなかったぜ。女子供は殺したくないが。ま、仕方ないよな、ゆっくり楽しんでから殺してやる!」


 ロッハーは十字架を背から下ろして地面にたたきつける。


「シーラ、お前は起きたばかりの人殻ちゃんを追え。頭だけは残せよ」

「ショータイムですね!」


 シーラの両腕が分かれ、細い棒状の武器が姿を表した。


「いくぞぉぉ!白兎の!」


 ロッハーは叫びカテラに向けて走りだします。シーラは横に跳び、セリの方へ。


「通さないって言ったろうが!」


 カテラはシーラの前に出ます。


「お前の相手は俺だよぉ?ハッハハハァァ!!」


 ロッハーは十字架をカテラに振りつけました。

 カテラは咄嗟に鉄で防いだが、大きく飛ばされる。

 きつい一撃、内蔵が潰れる感じだ、だが、この程度、師匠の比ではない。

 シーラはその隙にセリの後を追って部屋を出て行きました。


「ぐくっ邪魔なんだよッお前はッ!」


 カテラは鉄を瞬時に掃射状態に切り替え前方を薙ぎ払うように撃ち払う。

 ロッハーは十字架を盾に弾を弾き返した。カテラは後ろに跳び鉄を砲撃状態に切り替える。


「甘ちゃんだなぁ、よぉ餓鬼、あの時と変わってねえぞオイ。また何もできないままで負けるのか!?」


 ロッハーの下卑た声が聞こえ、カテラの中で何かが切れた。


「…黙れ、ロッハー。もう加減無しだ」

 カテラは射撃に耐えるための姿勢を整え、低い声でつぶやいた。


「まぁ、楽しもうぜ、ハッハハハ」


 ロッハーは笑いながら十字架を担ぎあげ答えた。


 ▽


 セリは走っていた。カテラと分断されてからどれくらい走ったか分からないが、後ろからシーラと言う人殻が追ってきている事だけは分かる。カテラはすぐに助けに行くとは言っていたが、あの十字架の男は明らかにおかしい。カテラが負けるというのは十分に考えられた。それでもセリにはカテラを待つしかできなかった。今まで分かっている自分の力は扉を開けるだけのものでどう考えても勝てそうにない。それでも時間稼ぎにはなるかと思い、いくつかの障壁を閉めてはきたが、後ろから聞こえる扉をこじ開ける音が、これが、この行為が無力なのだという事を嫌と言うほど分からせてくれた。


 なんとか中央演算室まで戻ってきた。

 隠れる所はないかとセリが探しているところで、後ろから、足音と鼻歌の様なものが聞こえてきた。


「フーフンフーンフーン…追いかけっこはお終いですか?」


 シーラがもう追いついてきたのだ。いや追いついてきたのではない、彼女だって本気を出せばここに来る前にセリを仕留めることなどたやすいだろう。シーラは腕の棒状の武器を回しながら、ゆっくりと近づいてくる。


「残念ながら、貴方のパートナーは追いつけなかった様ですね。ではこれでおやすみなさいませ」


 シーラは淡々とした口調で答えると何かを投げつける。


「っ!?」


 セリの足に白いナイフが突き刺さり血がにじみ出てきた。セリはそれを引き抜き。構えて拳を握りしめた。シーラの武器が眼前まで迫った時、どこからか声が聞こえた。

 ≪管理権限により制約を解除します。≫

 セリの着込む黒いスーツは突如淡い青の光を放ち、体を覆うように展開した。意識が一時的に消えたような感触。セリは自分の意志ではなく、何者かの意思で、シーラの顔面を殴りつけていた。

 シーラが勢いよく吹っ飛び、演算のタワーを巻き込みながら壁に激突して停止した。


「これは…なんだ、これも力?」


 セリを青い光の鎧が覆っている。セリの網膜に文字が映った。


 ≪危険確率範囲突破 色付鬼起動 周囲に注意して戦闘を行ってください≫


 音を立て唸る煙幕の中から白い何かが飛び出しセリへ向かって行った。


 さっきは見えなかったが今なら見る事が出来る。腕が二つに割れ、中から細く鋭いナイフが飛び出した。セリはなんなく腕で弾いた。


「ァァァアァアァアア!!」


 絶叫、煙を振り切りひび割れた瓦礫の中からシーラが飛び出してきた。ゆらりと姿を現したシーラの顔、頬の部分が砕け、中から機械がはみ出している。口から赤い血を流しています。

 一気にセリの全面まで跳躍し腕を振りかぶりセリに殴りかかる。


「無力化すれば!」


 セリは身を低く落とし拳を回避すると、シーラの腹を殴りつけた。鉄の壁を殴っているような感触。手ごたえがない。しかし一瞬でも生まれた隙にセリは肩を掴むと身を翻し空中で回転して背中を地面に向かって蹴りつける。シーラは落下し地面に叩きつけられた。

 しかし何事もなかったかのように立ち上がると、呆然とするセリの頭を左手で掴み、地面に叩き押しつけます。倒れ込んだセリの胸に飛び乗り、両腕で首を締めあげてきた。

 セリは必至で腕をはがそうとしますがビクともしない。


「この程度で、人殻である私が、止まるとでも思いましたか?馬鹿なんですね!!」

 シーラは締める力を強めながらセリの顔に自分の顔を近づけながら言いました。

「がっ…」


 セリは息ができなくなり、手を放してしまった。


「力を使いこなせなければ意味もありませんね!それではこれで…」

「…さよならだ!」

「なっ?!」


 シーラが顔を上げるとカテラが立っていた。シーラの眼前には大砲の砲口が。

 超至近距離で大砲の一撃に耐えられるはずもなく、シーラの体は壁にたたきつけられ、煙が上がる。


「カ、カテラさん…」

「ごめん、遅くなって、ちょっとてこずった」


 カテラの姿はボロボロでしたが、赤いマフラーだけは傷一つなかった。

 カテラはセリに手をのばします。セリはその手を握りしめ立ち上がる。

 その時、シーラが飛ばされた場所から鉄の鎖が落ちるような音が聞こえた。

 上半身裸のロッハーが左脇に腕が砕け散ったシーラを抱え立っていた。

 カテラは鉄をロッハーに向ける。


「全く予想外だよ、昔のままの糞餓鬼と生まれたばかりの人殻にこうも押されるなんてよ。残念だがこっちの負けだ。悪いが今日は逃げさせてもらうぜ」


 右腕を掲げ指をならした。するとロッハーの姿が消えていく。


「それではさようなら」


 シーラとロッハーの姿が完全に消え声だけが空間に残っていった。


「隠蓑か…」

 カテラは鉄を下ろし、息を吐いた。ロッハーはもう此方には仕掛けて来ない。

 十字架型の武器はぶっ壊したしあいつは一度逃げたら絶対に一週間は姿を現さないからだ。師匠が言っていたし昔からそんな感じだった。

 セリは自分の体を眺めた。さっきまで出ていた色鬼とかいう鎧はすでに消えていた。

 ココノエが言っていた強い力とはたぶんこれの事だろうか。


「さっさと、帰り道、探さないとね。さすがに私も疲れちゃったからさ」

 カテラは笑顔でセリの方に振り向きながら言った。

「僕もだよ、カテ…ラ…さ…」

 セリは倒れてしまった。体が全然動かない。それどころか瞼が重すぎて上らない。

「セリ!」


 ▽

「ううん…ん?」


 セリが目を覚ますとそこは森の中、目の前で焚火が弾けている。

 近くにはカテラが持っていた大砲が無造作に置かれていた。焚火の中にトカゲの様な物がくしに刺さって焼かれていた。夜になっているようだったが、上空に輝く細い線の様なモノが星の光の様に辺りを照らしている。


「やっと目が覚めた?気分は大丈夫?」


 後ろから声が聞こえました。振り返るとカテラが水筒を持って立っていた。


「一応ハルア領域内だから、一応は安全だと思うよ。中央の兵もいるし。とりあえずトゲモドキでも食べたら?」


 カテラはセリの隣に腰を下ろすと、串に刺さったトカゲを差し出してきました。


「見た目は悪いけど案外いけるから!灰の村に帰れば食料もあるんだけどね」

 カテラは自分の分を口にしながら言いました。セリは受け取り、恐る恐る口にしてみる。

 なるほど、ザラついていますが、どことなく鶏肉に似ている味がしました。食べられない味ではなかった。


「何か聞きたい事ある?答えられる事なら答えられるよ」

「…何で助けてくれたんですか?」


 セリはうつむきながら言いました。自分の様な記憶喪失で何も分からない奴を。


「君が再生人殻だから、かな。助けないと色々と後が大変なの。あ、言っとくけど私がセリを助けたのは別に面倒が起るからじゃないよ」


 カテラは焚火の火を眺めながら答える。


「再生人殻?」

「そう、再生人殻。簡単に言うと、昔の人たち。この世界に成る前の旧世界の人たちだよ」

「じゃぁ僕も昔の人間なんですか?」


 セリはカテラの方に顔を向け聞きました。


「たぶんそうだと思うよ。こっちが持ってない謎の力も持ってたしね」


 カテラは答えます。謎の力っていうのは扉を開けるやつと鎧の奴の事だろう。とセリは思った。

「あの、これから、どこに行くんですか?」

「灰の村っていう私の住んでるとこに帰って、そこで傭兵教会っていう組織に君を引き渡す。別に悪いところじゃないから大丈夫だよ」


「そうですか…。あの、傭兵教会っていうのは?」


 セリはまた俯きがちになった。

 カテラは焚火の薪を弄りながら答える。


「傭兵教会っていうのは、いろんな危ない仕事を斡旋してくれる教会もどき。再生人殻達の保護とか、君がいたああいう遺跡とかの管理をしてる組織だね。いろんな場所に支部があって、1つの町に1セット必ずあるくらいの大きい組織だよ」

「私も先日調査の依頼を受けてここに来たんだよ。そしたら偶然君と出会ったってわけかな。そんなところだよ」


「悪いけど少し寝るね。君ももう一回寝たら?次起きたら灰の村に帰るからさ」

「分かりました、ありがとうございます。カテラさん」


 セリも横になり目をつむる。


「はいはい、それじゃおやすみ」

 カテラは横になりながら手をひらひらと振りました。

「おやすみなさい」


 目が覚めた時にすでにカテラは起きていて、灰の村に戻る準備を進めていた。


「おはよう、セリ。今日は地下道通って一気に灰の村まで行くからね。用意出来たら出発だよ」

「おはようございます、カテラさん。分かりました」

「あと、さんっていらないから。呼び捨とため口でいいから。調子狂うし。

 それじゃ行こうか!」


 カテラは鉄を担ぎあげると、道を歩いて行きました。

 長い梯子を下りて、地下道につきました。来た時と変わらず、黒い甲冑姿の中央省の衛兵が入り口を見張っていた。


「ここは、君がいたハルア領域っていう遺跡と私達が住む白い大陸を結ぶ道の一つ。半日歩けばすぐ付くよ」

「半日ですか…」

「そう半日。出来たら地上の道から行きたかったんだけどこの前魔獣がいっぱい出てきたせいで通行止めになっちゃったんだよね…。だから今回はこっちね」


 枯れ路の手前で黒い甲冑の男が近づいてきました。

「待て。通行所を提示しろ」

「つい最近見せたんですけど」

「悪く思うなよ、こっちも規則なんだ…?後ろの男は誰だ?」

「そちらさんの保護対象、これから灰の村の教会に引き渡すつもり」

「了解した。そうそう伝言だが、先日の鉄蜘蛛の件感謝する。無事巣を発見し駆除することに成功した。とのことだ」


 甲冑の男は頭を下げて礼を言った。相変わらず表情に変化はない。


「さ、いこっか」

「はい」


 二人は地下道を進み、枯れ路を越え灰の村に到着した。


 丸い輝赤石のアーチをくぐり、村の中へと進んでいく。広場の中央には底から水を上げるための収集管の井戸が場違いな風貌で地面に突き刺さっていた。遠くには比較的人間にも飼い慣らしやすいとされる魔獣「児牛」の牧場が見える。


「一回家に帰ろう。服ボロボロだし着替えたいからさすがにこのボロのまま、教会に行くわけにはいかないし私も恥ずかしいからさ」


 カテラは微笑み、セリの手を引いた。

 カテラの家は予想以上に広かった。二階建ての木造と鉄筋の家で、一回にリビングと浴室、部屋が二つ。二階にいくつかの客間と砲弾とか薬とかを調合、調整する部屋があるらしい。

 カテラはキッチンに向かいコウヒィを入れるためのお湯を沸かし始めた。

 木で作られた古風な棚から、コウヒィ粉を取り出しかわいいハートの絵が描かれたコップに入れた。


「お湯沸かしてる間に、シャワー浴びてきちゃって、私は後で入るから。タオルは洗面所にあるやつどれでも使っていいからね、着替えは…えっと…考えとく!」

「わかりました、ありがとうございます」


 リビングを出て、廊下を進む。洗面所に入って服を脱ぎ浴室の扉を開けると、暖かい

 湯気が体に当たった。蛇口をひねりシャワーを浴びる。程よく温かいお湯が心地いい。

 ふとセリは腕を見た。遺跡でシーラと戦ったときに刺された傷がいつの間にか消えていた。傷跡もない。これもココノエが言っていた力の一つなのだろうか。思ったより傷が浅かったのかもしれないけどこんなに早く治るわけがない。そう考えていると外から「お湯大丈夫?」と洗面所からカテラの呼ぶ声が聞こえてきた。


「着替え、あったからここに置いとくね」

「ありがとうございます」


 扉が閉まる音が聞こえる。浴室から出てみると綺麗なシャツとパンツ、なんともいえぬ柄物のズボンが置かれていた。タオルはハート模様だった。セリは急いで着替えると、リビングに向かった。


「お先に、失礼しました」

「上がった?はいはい、これコウヒィ、うちのやつは苦いからさ。砂糖は?ミルク入れる?」


 カテラは湯気の上がったコップ手渡した。


「いえ、大丈夫です」


 セリはコウヒィを受け取り一口飲んでみた。苦い。昔も飲んだ事がある気がするが、その記憶の中のよりはるかに苦い。


「あの、やっぱりミルク貰えませんか?」

「あはは、やっぱりね、じゃ私もシャワー浴びてくるから。ゆっくりしててね」


 カテラはそう言ってミルクの入った容器をセリの前に置き部屋を出て行った。

 セリはミルクをコウヒィに入れ辺りを見回した。

 部屋の中は殺風景で、二つの椅子とテーブル、小さな箪笥があるだけだ。

 ふとテーブルの上に写真立てがある事に気がついた。写真の中には、カテラと同じ赤いマフラーをした女性とロングコートの二人の男性と幼い少女が映っていた。

 カテラの家族だろうか?マフラーの女性は嫌々ながら写真に収まってる感じでコートの男性達は笑顔で、幼い少女は恥ずかしながら写ってる感じだ。

 セリはコウヒィをもう一口飲みイスに座りなおした。

 後でカテラに聞いてみる事にしても、セリはこれから自分はどうなるのだろうかと考えていた。カテラは教会と言う場所に引き渡すって言ってたけど、本当に安全なとこなのだろうか。セリは不安だったが、それでもあの状況に比べればマシだとも考えていた。

 あんな暗い部屋で独りでいるくらいなら、外に出た方がずっといいからだ。さすがに部屋の中に閉じ込められるということはないだろう。


「セリ、ごめんね待たせちゃって…」


 後ろからカテラの声が聞こえる。セリが振り返ると、そこにはシャツとパンツだけのカテラが立っていた。


「ブフッ!!」


 思わずコーヒーを噴き出す。カテラの体は割に細身だがそれでもしっかりと筋肉は付いているようだ。しかしこんな細身でよくあんなに重い大砲を持てるものだと思う。

 まじまじと女性の体を眺めてしまった事に気づきセリは顔をそらした。

 カテラはきょとんとした顔で此方を見ている。


「どうした?あぁ格好か?、いや自分の家だし別にかまわないでしょ」

「ソレはそうかもしれないですけど…」

 カテラはイスに座りなおし、熱いままのポッドからコップにお湯を注いだ。


 辺りにコウヒィの香りが広がる。


「おかわり、いる?」


 カテラがポッドを差し出す。


「いえ、もういいです」


 セリは首を振り答えた。別に苦いからじゃない。


「何か思い出した?自分の事以外にさ」

「…まだなにも、すみません」

「じゃあ、世界の話でもしよっか?」

「はい、お願いします」

「この世界は三つある。まず1番下が私達がいる「第一層」。大体ここから遺跡が湧く。湧くっていうのはそうとしか言えないからなんだけどね。それで真ん中にあるのが「第二層」。ここに傭兵教会の本部とか、中央省っていうでっかい組織がある。私もあんまり行った事はないんだけどね。一番上が、「第三層」。誰も行った事がない場所。入口は中央省が管理しているらしいけど本当かなんて誰も知らない。…そう誰も」


 カテラは遠くを見ながらコップに入った匙を回している。

「三つですか?」

「そう三つ。層みたいになって重なってるんだ。其処にいろんな人種と魔獣がいっしょくたで暮らしてるってわけ。旧世界と違って人間は大きく分けるとこれまた三つあって、獣人、機人っていうのがいる」カテラは続けた。

「人間は言わなくても分かるけど私達の事。獣人はどっちかっていうと魔獣寄りの人間だ。顔が狼みたいだったり尻尾が生えてたりってね。機人は体が機械で出来てるんだ。この人らはあんまり見ないね。」

「そして私達の人間の絶対の敵、魔獣。人間を襲うし時には食う化け物のことね。私は依頼されて魔獣を狩る、魔獣処理屋っていうお仕事についてるの」

「ここまではおーけー?」

「は、はい。あ、あのカテラさん。質問なんですが」

「カテラでいいよ。あと、ため口で良いから。で何?」

「そこの写真ってカテラさん、いやカテラの家族?」

 カテラは立ち上がると写真を持ってきた。懐かしむような顔をしている。

「いや、違うよ。こっちの赤いマフラーなのが私の師匠。隣のコートは師匠の同僚だった人達」

「私もさ、昔の記憶がないんだ。両親の記憶とか住んでたところとかさ、気づいたら師匠と一緒にいて、気づいたらこのコートの人もいて。それ以外の事はなんにも、ねー」


 けらけらと笑いながら写真をテーブルに置きコウヒィを飲み干した。


「忘れてても大丈夫だよ、案外人間って頑丈だからさ。なるようになるって。あれだったら私が思い出すまで一緒にいてあげようか?」

「いやそんな、申し訳ないですし…」

「案外冗談じゃないかもよ。フフ」


 カテラはコップをキッチンに持っていった。顔が意地悪ににやけている。

 セリはなんだか恥ずかしくなって顔を横にそらした。


「そろそろ寝るかい?今日は疲れたでしょ?明日も早いからゆっくり休めばいいよ。


 この部屋のすぐ隣の部屋のベット使っていいからね」

 洗った食器を棚に戻しながらカテラは言った。


「はい、そうします。ありがとうカテラ」


 セリは立ち上がり、カテラに礼を言うと部屋を出て行った。


「昔を思い出すなぁ、師匠もこんな感じだったのかな…」


 カテラはつぶやき窓から外を見上げた。


 セリは部屋に入りました。リビングと同じで殺風景だったが、服掛けにコートがいくつかかかっていた。ここは写真のコートの男性が使っていた部屋なのだろう。窓からは外の景色が見える。昼過ぎに見た辺りが静まり返って見えた。空からは線上の星の様なものが輝いている。セリはベッドに寝転がる。ベッドの布団はいい香りがした。とたんに瞼が重くなってきて、自分はこんなに疲れていたんだなぁと思うままに眠りに就いた。


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