2-2 夢現、悪意の影

 ようやく枯れ路を抜ける手前までやってきた。

 其処には、黒い甲冑を着こんだ男たちが立っている。

 手には中央しか使わない、発掘品の機関銃「ポリト80」を持っている。

 もしかしなくても中央の見張りだ。見張りの一人がカテラに気付き、銃を構え近づいてきた。


「そこで止まれ。この先は禁止領域だ。関係者なら証明証を提示しろ」

「ん」


 カテラはポケットから一枚のカードを指しだすと見張りの前にかざす。

 見張りはそれを一瞥し、銃を下ろした。


「教会所属の処理屋か、職務御苦労、通行を許可する」


 淡々とした口調、相変わらず意識が籠ってない事で。これだから改造者は嫌いなんだ。


「ありがと。そういえば鉄蜘蛛が出たから気をつけなよ」

「了解。報告感謝する」


 見張りはこちらを見る事なく答えた。

 カテラは扉をくぐり長い梯子を登り、地上に出てきた。


 周りには青々とした森が広がり、すぐ横にハルア領域を覆う巨大な城壁が見える。

 ここはメティアの森という場所で、ハルア領域の内部に資源を送っていた収集管の密集地帯だ。どういうわけだか、収集管から木が生えていて、折れた配管や打ち捨てられた重機で溢れている、廃管はまるで大樹のように巨大でツタのように壁を伝っている。一言でたとえるなら大森林だ。この森を人間が越えるのは不可能に近く、誰も通らない。

 まあ、だから地下道を通ってきたのだが。

 この先に新しく出現した遺跡があるらしい。


(少し休憩しよう)

 傭兵教会が提示した制限時間はなし。少しでも分かったら帰ってこいという話だった。

 だから別に時間なんて関係ない。

 カテラは、大砲を木に立てかけてその場に座り込み、バックから小型の水筒を取り出し、二口ほど飲んだ。

 ゆっくりと乾ききった唇と喉を濡らしていった水は、前報酬とぬかしてアンネ修道女が置いていったものだ。妙な苦みがあったので、どうせみょうちくりんな薬品でも混ぜ込まれているのだろうが、それでも飲めるだけマシかもしれない。苦みで思い出したのだが師匠はいつもコウヒィしか飲まなかった。

 食べ物を食べているところを思い出せない。煙草ばかり吸っていたからかもしれないが。

 師匠のお決まりの文句は「大人は煙草とコウヒィと本があれば生きていける」子供ながらに絶対に嘘だと分かってはいたが、師匠には妙な説得力があった。今は、本のところだけは同意できると思う。

 そういえば師匠の置いていった旅の書籍は読みつくしてしまった。

 何度も読み直した結果、今ではページさえ分かれば文面を朗読できるほどに記憶している。


 カテラは遺跡に侵入した。ハルア領域とあまり変わりはなく、ただ遺跡の様な世界が広がっていた。

 大砲をいつでも使える状態にするためにカテラは徹甲弾を装填し、鉄をわきに抱えた。

 巨大な筒状の大砲、撃つだけじゃなくて鈍器としても使うことができる。

 弾丸は大きく分けて三種類、細かく分ければもっとある。


 ロビーの様な部屋の先、人がいたころとそう変わっていない、綺麗なままだ。

 照明がついたままだ。もちろん人間の気配はないが魔獣の気配もない。


 受付が居たであろう場所のシステムターミナルにアクセスする。

 殆どが破損しているものの、どうやらここは結晶骸の保存施設らしい。

 どう考えても高ランクの遺跡だ。私なんかが立ち入っていい場所じゃない。

 ここは一度帰還すべきか?

 いやハンターとしての私自身の興味もある。調査を続行することにした。

 ノイズだらけの施設図をダウンロードして先へ進む。どうやら地下もあるらしいが、下辺の勤務データでは表示できないし侵入もできないらしい。

 とりあえず二階へ、進んでみる事にする。

 エレベータは動かない。カードキーが必要らしい。電子侵入すれば動かせない事もないが

 防衛装置が起動したら厄介だから、近くにあった非常階段から上へ目指す。

 角から辺りを見回す。微かに匂うオゾン臭、先の通路から聞こえる駆動音。

 なんてこったガードメカだ。距離から言って百メートルかそこらか。

 音から判断すると数は1、おそらく履帯装甲の近接型。人型でないだけでも幾分かは楽だろうが。探索の邪魔なので片付けることにする。

 カテラは大砲を連続射出に切り替え、通路に飛び出し、身をかがめて鉄を床に置き反動を軽減させる。

 やはり相手は履帯型、見覚えのある機体、バッフェル社の「Cecilia091」。比較的新しいやつじゃないか。

 此方を視認し敵と判断され突撃してくる。警告もなしに突っ込んでくるところをみると、何者かが「置いていったもの」だろう。もうすでに他の奴が入り込んでいると考えてもいい。

 これはめんどくさい事になりそうだ。カテラは思いながら引き金を引く。

 弾丸を撃ちだすリングが回転し、仄かな熱を発しながら釘状の細かい弾が発射される

「Cecilia」の装甲をいともたやすく貫き、履帯をくい止め火の粉を上げながら横転し小さな爆発を上げ停止した。


「…」


 濃い殺気。眼前に何かが居る。姿を隠してはいるが匂いまでは消せてはいない。

 顔面の手前を視えない何かが通り抜ける。目の前を薄い光を放つ刃が振られる。カテラは咄嗟に身を引き紙一重でそれを回避した。


「なめるな!」


 大砲の持ち手を両手でつかみ思いっきり前方に振りぬいた。

 赤いマフラーがなびく。確かな感触、なにかの腹に直撃したような。


「グッ」


 自分のものではない声と共に、空中にノイズが走り、人間の形を姿を現して壁を伝い床に滑り落ちた。ソレは電影変換装置、通称「隠蓑」を着こんだ男だった。

 男は立ち上がると懐から剣を取りだした。


「邪魔だ、死ねぇ!!」


 男はカテラに接近し剣を振り下ろした。カテラは素早く大砲を掲げ防御する。

 一、二、三歩と互いの武器を打ち合わせながらの攻防が続く。


「遅すぎるんだよ!」


 カテラは剣の一撃をするりと受け流して剣を叩き落とすと、男のわき腹に蹴りを喰らわせる。男は大きく揺れ、倒れ込んだ。


「ぐうあぁ…」


 情けない声で男はその場に叩きつけられる。カテラは素早くバックからロープを取りだし男の手足を縛りつけた。


「貴様、どこの所属だ?」

「そんなこと言って何になる?言うわけないだろうが…」

「そうかいっ!」


 そう言ってカテラは男の腹を思い切り蹴り上げた。鈍い感触が足に伝わる。


「がふっ…げほっげぁぁ」


 男は血を吐いた。それでも容赦なくカテラは蹴り続けている。


「言わないとどうなるかぐらい分かってるだろう。とっとと吐け」

「知るか…俺は知らんぞ…ん?」

「赤マフラー?、ま、まさか処刑人のカテラか!?」


 男が不意に此方を見て驚いたように言った。

 私の名前だ。知らぬ間に遺跡荒し風情にも名前が知れるようになったか。

 確実に教会と組合のせいだろうな


「ちっめんどくさいな。もういいそのままそこで朽ちていけ」


 カテラはそう吐き捨てると大砲を背負いなおしその場を後にした。



「赤いマフラー?白い髪だったか?」


 浅黒い黒髪の男が、縛れらた弱者に問う。

 ロングコートを羽織った男は背に白く巨大な十字架を背負っている。

 その隣に水色の髪の毛の女性が立っている。精巧にできてはいるが、明らかに旧文明の人殻だ。これもまた十字架の模型を首から下げていた。


「白い髪じゃなかった、でも赤いマフラーは付けてたよ。あと、巨大な大砲も持ってた!答えただろ早く縄をほどいてくれ!」


 縛られた男は情けなく答えた。十字架の男は一瞥し少し考えてから答えた。


「シーラ、足を潰せ」

「ハイ、マスター」

 シーラと呼ばれた人殻は、縛られた男の足を勢いよく踏みつけた。骨の砕けた音が辺りに響き渡る。


「ぎゃぁぁあぁ!」

 男は絶叫しバタバタともがき苦しんでいる。

 十字架の男はそれを見下ろしながら煙草を吸いだした。潰れた足から青い血、いや循環オイルが流れだしている。


「なんだ、改造者か。ならこの程度じゃ死なないんだからいちいち泣くな。お前みたいな弱者は殺す価値もないよ…」


 十字架の男はひどく落胆したようで、白い煙を吐き出しながら答える。


「なんなんだ!ロッハー、約束が違うじゃないか!畜生!」


 縛られた男はひどく潰れた声で叫んだ。足からはオイルが流れ続けている。


「黙れ」


 ロッハー、十字架の男は改造者の顔を踏みつけ、声を荒げる。


「お前の様な役に立たんゴミに探索を任せた俺の責任だ。残念だがお別れだよ。」

 ロッハーは腰のホルダーから銃を抜き、改造者の両腕に弾丸を撃ちつけると、身を翻し歩き出した。しかしシーラは動かない。

「マスターはお優しい人ですが、私はそこまで甘くありません」

 ガジェットバックから爆縮ボルトの替えの部品を取り出し男の眼前に置き、長い銅線をひもを括りつけ火をつける。

「知っているとは思いますが爆弾と言うやつです。それではさようなら」


 シーラは淡々とした口調で言い、男を置き去りにしてロッハーの背を目指し走りだした。

 男は叫んでいたが、シーラには何も聞こえなかった。聞こえたとしても知らないふりをしただろうが。


「どうした、シーラ。お別れのキッスでもしてたのか?」


 ロッハーがからかうような口調で言った。


「いいえマスター。プレゼントです」


 少し進んだところで後ろから爆発音が聞こえた。何かが飛び散り壁にたたきつけられる音も。


「ハッ!まぁほどほどにしろよ、あれだって、ただ、じゃねぇからな!」


 ロッハーはガシガシとシーラの頭をなでた。


「了解です、マスター」


 シーラは仄かに笑みを浮かべ、ロッハーの隣を歩きだした。

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