第一層、出会い編

2-1 夢現、はじまりの依頼

 家のポストの中には教会からの依頼書が詰まっていた。

 嫌な感じがしながらもそれを開けてみるとどうやら遺跡調査をしてほしいという依頼だった。

 カテラが手紙を持ったまま家に入ろうとした時、後ろから呼び止められた。


「カテラさんお久しぶりですね」

「その声、シスターか?」


 振り返ると、そこには修道服を着た金髪の女性が立っていた。どこか凛とした印象を受ける彼女はまさしくまさかの傭兵教会の修道女「救い手のフィレネ・バスタール」だった。


「一体何の用です、貴女の様な修道女が来るなんて。まさかずっとここに張っていたのですか?」

「その通り。さすがランク級の処理屋ですね貴女にならば仕事を頼めそうです」

「その通りと言われても…。依頼を済ましたばかりなんだ少しだけ休ませてくれないか?」

「それは構いません。依頼を執行していただければ何時でも」

 フィレネはそういうとどこからともなく白い紙を取りだしカテラに手渡した。

「これは今回の依頼書です。貴女には未来遺跡に潜ったであろう荒しの討伐をしていただきたいのです」


 カテラの体が硬直する。


「シスター、それはつまるところ私に人殺しをやれというの?」


 二人は見つめあったままだ。


「いいえ、正確には荒しをいつも通り捕獲していただければいいのですが…相手が相手なので…」

「まさか…」

「貴女なら分かっていると思いますが、遺跡に侵入したのは『白い十字架』です」


 カテラの顔に影が落ちる。この国を荒しまわっている、開拓屋を名乗る旅団の一人、白い十字架。カテラ自身も幾度か師匠とともに交えた事のある相手だった。それどころか奴は…。


「だろうと思いましたよ。今回こそ奴を仕留めろっていう命令でも出ているのですか?」

「その通りです。中央省からの依頼、執行期間は彼がある未開遺跡を脱出するまでです」

「いま彼を抑えているのは我々の執行官たちです。ですから早くにでも発っていただきたいのですが」

「どういうわけか分からないけど断らせてもらう。確か師匠が遺した借りは残っていたはずだしね」

「どうしてもですか?」

「どうしてもだ。私は奴に関わりたくない。まして殺すならば執行官に頼めばいいでしょう。それとも自分の手を汚したくないのか?シスターフィレネ?」

「そういうわけではありませんよ、ただ」

 フィレネは表情を崩さず答えた。

「白兎を越える貴女にならお頼みできるかと思ったからです」

「悪いが帰ってもらいますよ。私は出来るだけ関わりたくないのでね」

「そうですか、それは残念です。ではこれで、失礼します」


 フィレネは瞬きする間には美しく香る痕跡だけを残しその場から消えていた。

 さすが、「名在り」の修道女だ。これぐらいは朝飯前ってことだろうか。


「それに、私は、師匠を越えてなんか、いないよ」


 カテラは俯き呟いた。



 それから数日たち幾つかの依頼をこなしている時だった。

 ある日、玄関を出たところで、目の前に立っている金髪の女性と目が合った。揺れ動く事もなく扉の一歩手前に。凛とした表情でこちらを見据えている。傭兵教会のアンネだ。

 なんでこんなところに居るのか分からない。支部からは相当遠いはずなのに。


「おはようございます、カテラ様」


 透き通った声、怒りをはらんでいる。目も笑ってない。


「先日御頼みしたの依頼の件、まだ、完了されていないようなのですが?」


 確かに二日前かそこらに教会から仕事を頼まれた気がする、いや頼まれた。

 だけど別に忘れてたわけじゃない、やることがあっただけだ。

 だって彼らはいつだって処理屋の用事を考えない。これは言い訳だってのはカテラだって理解していた。


「あー…、シスター。これは、ちょっとした手違いなんだ。連絡がいかなかったみたいだけど…」


 苦い笑みを作り答えかける。


「処理屋はいつでもそうですね。貴女にも用事はあるのでしょうが、我々にも都合があるのです。我々の依頼は中央の依頼と同等、最優先事項のはずで…」

「すみません、シスター。それで依頼は管の森の魔獣討伐でしたよね?」


 カテラはアンネ修道女の会話に割って入って答えた。


「その仕事はすでに別の方が遂行いたしました。不甲斐ない貴女の為に今日は別の依頼をお願いしに来たのです」

「別の依頼ぃ?」


 思わず顔をしかめた。傭兵教会の、特に彼女から依頼される仕事は碌な思い出がない。

 遺跡に巣食う守護者の破壊とか、人殻の回収依頼とか明らかに処理屋の許容を越えている。

 此方にもそれなりの拒否権はあるはずだが、アンネ修道女はそれを無視するために、カテラに持ってくる依頼の半数を特使という中央と繋がる役職から発行される特殊な印を押された物か強制契約書で依頼を捻じ込んでくるから、毎回困っていた。

 報酬はデカイがそれにしても、都合を完全無視し依頼を持ちこんでくるのはどうかしている思う。

 そうだ師匠がいたころからそんなだった気がする。


「貴女には西の旧市街、旧ハルア領域に出現した未知の遺跡の調査、いえ、そこにいるはずの再生人殻の回収、保護をやっていただきます!」


 アンネ修道女は懐から一枚の薄赤い紙を取り出しカテラに手渡した。

 教会の発行している契約書通称「強制労働紙」無理矢理に依頼を取りつけるばかばかしい代物。


「はぁ?」

「そういうのは同僚の暑苦しい男とか中央の聖騎士共にでも頼めばいいのに!なぜ、なぜ私なのか!」

「貴女が適任だからです。それと中央の報告によると、既に遺跡内には荒しがいる可能性が少なからずいるらしいのでお気をつけて」

「淡々と言ってくれるじゃないですか、シスター。お気をつけてってあのね…。荒しがいる時点で未開遺跡じゃないでしょ。まぁ…中央が探索してないからってことでしょうけど」

「その通り。現在中層の遺跡調査に忙しいので下で勝手に処理しろって事ですね。私も大変ですよ。魔獣の繁殖期に被りかけてる今の時期にこの手の依頼は。でも下には貴女が居ましたから問題ありませんけどね」


 カテラの口が半開きになり脳が現実を手放し体が理解を拒否した。


「私はなんでも屋じゃないんですよ…あぁぁ行きますよ…それで、今回のパートナーは?もちろん一人じゃないんでしょ?まさかハルアの遺跡に一人でなんてね」

「ええ、もちろん貴女一人です。今、我々教会の専属傭兵は全て出払っていますから」


 アンネ修道女は嘲り笑うような笑みを浮かべるとハッキリと答えた。

 カテラの脳が再び現実の直視を手放したが体は機敏かつ直感的に反応し書類にサインを書きこんだ。


「我々は貴女だからこそ、お頼みしているのです。」

「そういうお世辞は要らないよ」

「世辞ではありませんよ。本心ですからね」


 アンネ修道女はまるで太陽を連想する暖かい微笑みで言った。先ほどと大いに違う。

 いつもこんなんだったらいいのに、とカテラは思った。


「わかったよ行かせてもらいます。ただし余計な物はなしでね」

「ありがとうございますカテラさん。貴女のそういう所大好きですよ」


 カテラは一種の寒気を覚え家に入っていった。

 ハルア領域に行く前に準備をしなければ。携帯食料やら砲弾やらを背負いこみジャケットを寒冷地仕様の物に着替えた。ついでにブーツも変えなければ。




 カテラは大陸の隅々を通る地下道にいた。割れた床から染み出る白色の濁った水が床を濡らし、蛍光柱からの光を照らしている。曲がりくねり迷路のようになったその道は、昔、列車を動かしていたらしいが、今ではあちこちが崩落し、空洞になった場所にはけっこうな魔獣が住みかになっている。

 今から向かうハルア領域とは、幽輝霊峰を越えた先にある旧文明の都市がある侵入禁止地区だ。

 数年前に突如出現し、中央省直属の部隊と傭兵教会、労働組合が共同で調査に向かった場所でもある。

 既に調査は完了しおり、下層の科学力では不明なモノも多数あったため、そのまま侵入禁止地区になった、とは聞いていたが、まさか今の時期に調査済みの都市から遺跡が出現するとは思ってもみなかった。


 カテラは大分前に師匠に連れられて一度だけ行った事があった。

 その時の光景は今も忘れられないほどの衝撃を受けたものだ。高く巨大な空まで届くかのような建造物が立ち並び、整備された道路や、未知の技術が詰まった品々。素晴らしいものだった。気がする。


 地下道を進んでいくと旧都市へあと少しのところで道が崩落で崩れ瓦礫が詰まり使えなくなっていた。ので、出来るなら使いたくなかったが浄化水道の道を進むことにした。


(仕方ない、枯れ路を抜けていくしかないかぁ…)


 カテラは地下道の横にある錆びれた扉を蹴り飛ばし、中に入り込んだ。

 扉は低く、鉄が引っ掛かりそうになったが別に問題はない。


 枯れ路は地下道に付属する水道管が張り巡らされた狭く細い道の呼び名だ。

 数百年前まで現役だったであろう道にはその名残を示すように、枯れた草が生い茂り、乾き切ってはいるが、どことなくじめついた空気が漂っている。

 蛍光中の配線がむき出しになっており、そこから漏れだす緑電気の淡い光の影響で魔獣があまり寄り付かない、少しは安全な道だ。

 ただ好き好んでこんな道を通る馬鹿などそうそういないので、多少の不安はあった。


 カテラはあたりを見回す。思ったほど、痛んではいないようだ。わずかに残る水の筋の痕がこの場所の昔を思い出させる。通路の壁や水道管の風化具合に若干の不安はあるものの、唯通り抜ける程度ならそんなでもないだろう。


 錆びれた蛍光柱に照らされた道を進みながら、カテラは一つ考え事をしていた。

 枯れ路に入る前から思っていた事だが、今日はとことん奴らに会わない。

 普通ならこんなことはあり得ない。緑電気の発光が魔獣を寄せ付けなくともそれは限りある話で、獣骸系の魔獣が今日は地下道に入ってから影も形も見当たらない。まだ繁殖期には程遠いはずだが、群れの頭が地震や崩落如きでやられるとは考えにくい。ただ静かすぎるのだ。


(気配はする、だけど出て来ないなんて。ま、考えすぎか)


 枯れ路を中ほどまで進んだところで通路奥の陰に動くものを見つけた。

 正体は確実に魔獣だろう。姿は見えないがカサカサと石を蹴る音が通路に響いている。

 こちらにはまだ気づいていないようだ。

 カテラはバックを手繰り寄せ、めんどくさい奴でないことを祈りつつ影から覗いてみる。

 蛍光柱に徐々に照らされるソレの姿は、大人と同じくらいの大きさで、鈍い光を放ち丸く大きな複眼を持つ蜘蛛の様な化け物だった。


(鉄蜘蛛か、めんどくさいなぁもう…)

 鉄蜘蛛は機械と蜘蛛があべこべにくっ付いたような姿をしている。姿とは裏腹に草原地帯にも広く生息している雑食の甲虫系魔獣。群れは作らず単体で暮らす奴だ。

 脚は鋭く、名の通り鉄でできており並大抵の刃物では傷も付けられない。肉質も堅く、正面からの攻撃ではビクともしない。

 大砲を使えば余裕勝てる相手だが、この狭い枯れ路でコレを使えばどうなるか分からない。天井が崩落する危険性も考えられる。

 方法はないわけでもなく、脚の付け根の隙間から内面に攻撃さえできれば一撃で沈めることができるはずだ。

 めんどくさいところで嫌な魔獣に合ったものだ。

 しかし可笑しなことがある。通常、甲虫系の魔獣は、わずかでも水があった場所には絶対に近づかないはずで、元は浄水層から水を長年通していた枯れ路も例外ではない。

 地下道がいくらボロボロだとしても、奴らはそういう所を器用に避けて移動するはずだし必然的に迷い込むわけもない。


 今は悠長に考えている暇はない、あっちは少しずつ此方に近づいてきている。角まで来られたらそれこそまずい。追い込まれる前に決着をつけないと確実にやられるだろう。

 師匠の言葉が頭をよぎる


「まともに戦って勝てないのなら道具でもなんでも使えばいい。使ったもん勝ちだ」


 それなら、こちら側の手は一つ。あっちは狭すぎる通路のせいで足を完全に広げられない、腹部と床の隙間を狙ってドン!だ。


(数少ないけど、光玉とボルトをつかって…、一気にケリをつけるのみ)

 カテラは畳まれたままの爆縮ボルトを左手に構えて、バックからブヨブヨした丸く小さな玉を右手でつかみ掴み、角を飛び出した。


「…先手必勝。悪いけどこれでっ!」


 鉄蜘蛛がこちらを向き、口と思わしき場所からは鋭い牙が見える。金属を擦り合わせたような咆哮を上げた。

 その瞬間、間髪いれず光玉を鉄蜘蛛に投げつけて、左手で自分の目を覆い隠した。、

 鉄蜘蛛の顔に直撃した玉は形を硬質化させ、けたたましい音と共にはじけ飛んだ。

 目が眩むほどの光が辺りを照らし、突然の発光と騒音に鉄蜘蛛は怯み足を止め、縮こまる。

 その隙をつきカテラは鉄蜘蛛の足元に滑り込み、脚の隙間にボルトを叩き込んだ。

 爆縮ボルトの側面から細い糸の様なものが地面に発射さてれ打ち込まれ、支えの様な形になった。


「貫けッ!」


 カテラは叫び、ボルトの引鉄を引きしぼる。小さい爆発音と歯車が回る音と共に、ボルトから鉄の杭が射出され柔な肉を貫いた。

 肉を裂く感触と共に緑色をした血が飛び散り、瞬く間に霧散する。鉄蜘蛛は一瞬、痙攣したようだがすぐに動かなくなった。運よく一撃で動力器官を突きぬけたらしい。

 鉄蜘蛛はピクリとも動かず、複眼の輝きも失せている。完全に死んだようだ。

 カテラはボルトの引鉄をもう一度引きながら、ゆっくりと上へ擦り上がる。

 杭が粘度の高そうな音を立てて肉から引き抜かれる。


「この感触は何度やっても慣れないなぁ…」


 顔をしかめボルトのトリガーから指を放した。鉄の杭が支えを失い地面に落下する。

 爆縮ボルトは威力は高いが超近距離型で鉄の杭は使い捨て。費用がバカにならない。

 出来る事なら使いたくはなかったが、今回は仕方がないだろう。

 床にこびり付いた粘液に触れてみる。粘液の堅さから言ってコイツはメスだったのだろう。

 腹部の袋が膨れていないから、子は生していないようだ。

 出来るなら、高額で売れる部位を切り取りたいところだが、状況が分からない時に悠長に解体なできないと思った。まぁ師匠は関係なくやるだろうが、カテラは自分はそこまで無鉄砲馬鹿ではないと思っていた。

 それでも普通に考えて、一介のハンターは鉄蜘蛛に特攻しようなんて考えは起こさないだろう。リスクも高いし、なにより道はいくらでもあった。迂回もできる。

 それでも道の前に魔獣が来たから倒そうなどとは、思わない。うん、思わない。

 やはり、カテラも師匠と同じ様な考えを持つ無鉄砲馬鹿なのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る