1-7 始まりの時、別れ

 自動昇降機の近くを抜け、さらに下へ向けて下る。景色はどんどん暗くなっていくので、さっきカテラは電気ランタンに火を入れ腰に括りつけた。

 景色は暗くはなってはいるものの、どういうわけか下から風が吹いている。

 魔獣にも警備ドローンにも遭遇したが、ソレのいくつかを倒し、いくつかをかわして大分下まで降りてきた。


「カテラさん、この扉って」

 フレアに呼び止められ、歩みを止める。フレアの目の前にはいかにも厳重に封印されている様な扉があった。


「これは、なんだろうね、あんまり開けたくないなぁ」

「この先に何かあるのは間違いありませんよね」

「そうだね、でも四ケタのパスコードが必要みたいだ」

「こういうのは適当にしちゃダメって教科書に書いてありました」

「大丈夫だよ、たぶん」


 カテラは適当に四ケタ入力すると、見事にエラーになった。


「フレアも入力してみれば?」

「えぇーでも」

「大丈夫だよ後三回入力できるし」

「じゃあ一回だけ…」


 フレアが適当に入力すると、なんと扉が開いてしまった。重そうな扉がゆっくりと開き、中から風が吹きすさぶ。


「ビンゴ!奇跡だね」

「まさかこんなことがあるとは…」


【マルタマーケットへヨウコソ。私達はあなたを歓迎します!】


 流暢な合成音声と共に辺りの景色がパッと明るくなった。

 過去に大勢の人を向かいいれたと思われる建物は今は古の昔。さまざまな造形の遺物であふれかえっていた。何年も人を迎え入れなかったにもかかわらず風化の欠片も見せないソレらは旧人類の技術の高さを示している。


「ここって…」

「ここからが本当のマーケットか…。今までは従業員通路か何かだったってことだ。」

「それじゃあ、このエリアには私達が初めて到達したってことですか?」

「そうなるね。陣形を変更するよフレア。ここからは私が前に出る。」


 スッとカテラは前に出た。明らかに今までの場所と様子が違うこの空間はどうなっているのか分からないからだ。フレアもソレは感じ取ったらしく、先ほどより低く姿勢を取っていた。


「行くよフレア。気は抜かない様に」

「はい、行けます」


 二人は巨大なフロアをゆっくりと進んで行く。考えてみると今地下何階だろうか。

 とても深く潜った気がするが、カテラがあたりを見回すと先ほど起動したであろう電光掲示板に2階フロアと言う表記がされていることから、どういうわけかこの遺跡は埋まってしまったと推測ができる。しかし埋まっていたのにもかかわらずこの内装の綺麗さが不気味さをいっそうと引き出していた。

 両脇に広がる店の窓を眺めてみると、幾分も高く売れそうな製品が並べられている。


「これ、持って行ったらいくらくらいしますかね?」

「結構高いと思うけど、持ってかない方がいいかもね。私達は遺跡荒しじゃないし、たぶん普通に防護機能が働いてるから、盗み扱いで警備ロボが出てくるかもよ」

「残念です…」


 道を下っていると大きく開けた場所に出た。下から風が吹いているから、空調が機能しているのかもしれない。

 下に降りる階段を見つけ下っていく。大量の遺物が残されているのを見るとここには誰も侵入していない様だ。


「フレア、構えて」


 突然の事だった。周囲の気配がいっそう高まり、悪魔の様な気配に変わる。

 生物じゃない、無機物の感触。どうやら、カテラ達が入った場所にセンサーが仕掛けられていたらしい。辺りの景色が赤い発光に照らされていく。

 カテラは既に砲弾を装填し終え、敵の到着を今かと待ち続けている。フレアの方は一歩遅れたものの、剣を抜き構えた。


「来る!」


 一瞬、目の前が暗くなったかと思えば、そこに機動兵器が姿を現していた。あちこちにコードが飛び出し明らかにおかしい。マーケットには不釣り合いなその姿は、違法に改造された兵器にも見えた。


「こいつは、カテラさん!一体何なんですか?!」

「知るかっ。長い年月をかけてどこかの防御システムがくっ付いたものだろう。形状からして遠距離武器はないはずだ!たぶん」


 マーケットの防衛システムなら恐らくは、の話だが。

 カテラはフレアから距離を取り、防衛兵器に砲弾を撃ち込んだ。防衛兵器はその砲弾を難なくはじき、カテラを標的に変えた。


「リシュターさんから貰ったコレに…」


 フレアは駆動剣を構えマナ石にマグナ素をチャージする。体に現れる高揚感が現れる。


「一気にけりをつけよう!フレアは駆動剣の準備、時間は私が稼ぐ!」

「はい!カテラさん」

「こっちだ、こっちに来い!」


 鉄を掃射形態に瞬時に変えて撃ち払う。此方の目的は時間稼ぎだ。利かなくても関係はない。防衛兵器は此方に四脚をガシャガシャと伸ばして不気味に移動してきた。

 煙幕弾を装填し、足元に打ち込む。キラレ粒子のEMPが敵を覆った。これで少しは奴の勘の良さが途切れるだろう。すぐにジャケットから砲弾を取りだす。鎧級の魔獣の皮膚を余裕で貫通する、鉄鋼弾を大砲に装填した。

 四脚が煙をかいくぐりカテラに迫るが、カテラはそれを簡単にかわし、四脚の足元に飛び込むと、砲口を胸にたたきつけ引き金を引いた。

 轟音と共に発射された鉄鋼弾は四脚の胸部装甲を貫き、天井へと火柱となって貫いた。四脚の脳部意識が一時的に途切れたのか、一瞬動きが止まった。

 その時、


「行けますカテラさん!」


 駆動剣のレバーを倒す。すると剣先が分かれ、中から発光する剣状のオーラが現れた。


「ぶった切れ!フレア!」


 電撃をした駆動剣を構えフレアが高く跳んだ。


「くらえぇぇ!」


 四脚の上から一刀で下まで切り裂いた。電撃が迸り、宙を切り裂く。四脚の分厚い装甲は雷撃の熱で溶け切断された。四脚は姿勢を閉ざしふらつきながら転倒し煙を噴き上げ完全に停止した。


「や、やった!」

「まだだ!」


 カテラは四脚の目の前に居るフレアを後ろへと引っ張りやった。直前で四脚が腕を振り下ろした。カテラはもう一度砲弾を装填すると今度こそ指揮系等の部分、頭の位置に撃ち込んだ。

 頭は一撃でひしゃげ、今度こそ、四脚は停止した。


「す、すみませんカテラさん…」

「いや、よくやったよフレア。いい一撃だった。ただ踏み込みと詰めが甘かったね」

「戦いではどんな事でも命取りになるから気をつけて」

「はい…」

「そんなに落ち込まないで。生きてただけでも物種なんだから」


 そういってフレアの頭をくしゃっとなでた。


「カテラさん、気恥かしいですよ」


「でも、駆動剣っていうのはこんなに強いもんなんですね」

「まぁね、強い代わりにコストがバカ高いし、チャージに時間がかかるしマナ石の種類によっては起動もしないし」

「まさに一撃必殺ってところですね」


 カテラは鉄をぐるりと一回転させ地面に置く。排熱され白い煙が辺りを舞った。


「さて、コイツの後ろにあるのが一階への道なわけだけど行ってみる?」

「もちろんです」


 フレアは剣を鞘に収めながら言った。

 先ほど防衛システムと戦ったところから階段をさらに下りさらに下へとやってきた。

 ずいぶんと地下に来たはずだが風はいっそう強くなっているし周りも明るくなってきていた。人工の灯ではない様に見えて不思議な感じがしている。

 二人はホールの様な場所に出てきた。明らかに何かありそうな雰囲気ではあるものの、それ以上に凄い物が別段眠っている雰囲気でもなかった。


「カテラさん下見てください!」


 グラスホールの真ん中に来た時、突然フレアが叫んだ。


「ん…うわっ!」


 下に空が見えるのだ。

 ガラス張りで、中央には花の形をしたガラスの様なオブジェが輝き浮いている。


「どうなってるんだ。一体」

「雲海みたいなのが見えますね。どうなってるんでしょうかこれって」

 よく見ると映像の様でノイズが走っていた。

「分かったこれは映像だ。でも何のためにこんな大掛かりな物を?」

「昔の人はきっとこれが良い物だと思っていたのでしょうかね」

「なるほどね、それよりもこれが見たかったやつ?花のオブジェが可愛らしいじゃないか」

「たぶんそうですね。それよりカテラさんも女の子らしいところあるんですね」

「当たり前だ、私も一応女の子だからな」


 カテラは笑って言った。


「お目当ての物も見れました、ありがとうございましたカテラさん。」

「もう少し近づいてみよう」


 近くの階段を下りて、オブジェに近づいた。近くで見れば見るほどまるで本物の様だ。

 透き通った花が此方側を向く様に鎮座している。


「これは、まさか…」

「どうしたんですかカテラさん」

「ビンゴ!記憶片用の端末だ。ここからコードの回収ができる」


 そういってカテラはバックから束になった電子部品を引き出すとオブジェに近づけた。

 すると、オブジェの形が崩れ中から四角い起動端末が現れた。

 カテラはそれに白いカード状の物体を差し込んだ。


「これが…記憶片フラグメント?」

「それの解除キーだな。よし、コード収集完了」

 カードを取りだした。先ほどとは違い何か細かく書かれているようだった。

「どうするフレア?私のやることは終わったけどもう少しここに居るかい?」

「いえ。もう帰ります」

「分かった。帰りも気を付けていこう」



 それからカテラ達は何事もなく遺跡から脱出した。


「これから灰の村に戻るけど何かやり忘れない?」

「コードをリシュターさんに渡さないといけませんね」


 遺物屋があった場所にってみるとリシュターの姿は無くなっていた。

 近くに居た商人に聞いてみるとつい先ほどにどこかへ行ってしまったらしい。


「どうしますか?カテラさん」

「あいつは何時もこんなんなんだ。報酬を分けようとした時も依頼品を持って来た時もどこかにすぐ行ってしまうのさ」

「しかたないからこれはフレアにあげるよ。もし記憶片にアクセスできる機会があったら使えば良いから。いらなかったら売っても良いしね」

「いいんですか?」

「ああ、リシュの言った通り未来がある冒険者さんにプレゼントだ」

「ありがとうございます」


 フレアは受け取ってそれを太陽に透かして見た。

 そこには何か文字が刻まれているようでフレアの胸をひどく高鳴らせた。


 灰の村に戻った後、カテラはフレアとともにイリシャワークへ行った。

 建物の中は相変わらず忙しそうにめまぐるしく動いている。


「おかえりカテラそれにフレアちゃんも怪我もなくてよかったよ」


 受付の組合員が笑顔で言った。


「すいませんでした…」

「過ぎた事はもう良いんだ。今後気をつけてくれればこちらはそれで良い」


 組合員は笑顔のまま言った。


「それで報酬の事なんだが」

「既存の依頼と追加分だ。受け取ってくれカテラ」

 そういうと組合員は幾らかのフィーカ(お金)をカテラに手渡した。

「難癖をつけるわけじゃないが少し少なくはないか?」

「悪いな、君たちが行っている間に教会の使いが来て依頼の値をすべて下げていったんだ」

「そいつは一体どういう量見?」

「わからんこのところ教会はおかしいからな…」

「まあいいよ」

「と、言うわけで、だ」

 フレアの方に向き直る。

「フレア、ここでお別れなわけだけど。ツアーはどうだった?」

「楽しかったです、カテラさん。ありがとうございました」

「そうかそれは良かった。それで、これからどうするの?」

「一回、自分の村に帰ろうと思います。それでこれからの事決めようかと」

「それもありだね。気を付けて帰るんだよ」

「はい、それじゃあカテラさん。さようなら、またどこかで!」

「うん、またね」


 たがいに手を振って別れた。カテラはフレアが見えなくなるまで手を振り続けていた。



 不意に通信が入る。リシュターにこっそり渡された、過去の遺物の一つ。


「行ったか」

「見てたのか、お前」

「ああ、それより。あいつの駆動剣修理してて分かった事がある。駆動に必要な部品数パーツが、意図的に抜かれていた。どういう意味かは分かるか?」

「知ってるよ…。彼女。初心者冒険者なんかじゃないもの。上手く隠してはいたけど、恐らく中央か教会の人間でしょ?」

「分かってたならいい。体のいいおままごとに、付き合わされた気分はどうだ?」

「少しだけ、ほんの少しだけ。昔を思い出せて良かった」

「そりゃよかった。気をつけろよカテラ。これから何かでかい事が起こる」

「分かってる。ありがとね、リシュ」


 通信を切り、空を見上げる。


「さて、どうなることやら…」

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