1-6 始まりの時、いざ進め

 フレアは黒パンは重ね重ね美味であったがトカ豆のスープはハズレだと思っていた。美味ではあったのだが、妙に腹にたまる粘っこさがあった。

 カテラから分けてもらったクレシャの串焼きもフレアが食べたことのないほどの美味しさだった。

 そんなこんなで店を出て、すぐ反対側に鎮座した、遺物屋にやってきたわけだが。

 でかい押し車に大量の積み荷を積んだその横に遺物と思わしき鋼の棒を持った謎の外套の男が立っていた。フレアは胡散臭いと思っていたし、まさかこの人が、カテラの友人だとは思ってもみなかった。


「いらっしゃい、っと。誰かと思えばカテラか。どうしたんだ、こんな低級の遺跡へ」


 嫌味を言うように男が喋った。


「よーう、リシュ。相変わらずで安心したよ。菅町はどうだった?」

「相変わらずもあるか。売れなかったよ。それより、鉄の部品は足りてるか?今なら安くしといてやる」

「その大荷物ほとんどがアレだろう。もう解体したほうが儲けになるぞ」

「馬鹿が、ロマンがあるから良いんだろうが。使えるか使えないかは問題じゃない。それより本題を話せ」

「後ろの子のお守。マナ石と駆動剣の修理手探し。あんたがいて良かったよ」

「後ろの子…あー、初めましてだな。俺はリシュター。部品さえあれば、乳母車からロケット砲まで何でも作れるぞ。ヨロシクな」


 外套の男はフードを外し手を伸ばした。黒髪の優男だった。歳はおそらくカテラとそう変わらないだろう。

 フレアは伸ばされた掌を軽く握り、小さくお辞儀した。


「フレア、駆動剣」

「さっそくよろしくおねがいします、これなんですけど」


 リシュターに駆動剣を差し出す。リシュターは駆動剣を受け取りじっと見つめた。


「これは、結構古いタイプのやつだな。だが問題ない、一日くれれば直してやるよ」

「それとマナ石もサービスしてよ」カテラが商品を見ながら言った。

「やだ、マナ石高いんだもん。どうしてもだったら条件に見合う交換品でも持ってきてくれ」


 リシュターは駆動剣を見たまま答えた。


「後払いでどう?」


 カテラが嫌な笑みを浮かべながら言った。


「後払いぃ…?お前がそれで払ったことあったか?」

「私達はこれから遺跡に潜って石碑を探しに行く、それのコードを条件で」

「…コードか、仕方ない。やるよ」


 リシュターは荷台の奥底から、薄黄色い透明な小さな石の塊を取りだした。


「菅町より上の層からとれた貴重品だ。未来があるお嬢さんにプレゼントしてやる」

「いいんですか、ありがとうございます!」


 フレアは深々とお辞儀をした。


「ありがとう、リシュ」


 カテラはリシュターも見ずに部品をあさりながら言った。


「お前に言ったんじゃないよ。とりあえず駆動剣は預かっておくから、また明日来てくれ」

「りょーかい。それと防具もくれ」

「・・・しかたないな。それじゃ銀防具でも持って行けよ」

「さっすがリシュは話が分かる!」

 カテラはガッツポーズをした。ただで貰えるならありがたい限りである。

「コードの件、忘れるなよ」

「もっちろん。愛してるよリシュ」

「やめろ、気色悪い。フレアちゃんも気をつけろコイツはとんでもない奴だからな」

「変なこと吹き込むなよ。私は悪人じゃないんだ」


 カテラはひとしきりアイテムを漁るとよろしくと挨拶してからリシュターの元から離れた。


「こんなによかったんですか?」

 フレアは完全なプレートの銀装備を着て、手にはたくさんの装飾品を持っている。

「いいんだよ、あいつは優しい男だからね。この程度なら問題ないよ」

「そういう意味じゃなくて…」

「この装備は…銀プレートって…」

「そのくらいの方がいいでしょ、マナ石のおかげで軽くなってるし、フレアでもすぐ着れるでしょ」

「代金も払わないでって…」

「大丈夫、後払いでコードと交換だから」

「カテラさん。コードっていったい何なんですか?」

「コードも知らないの?簡単に言うとコードって言うのは昔の文明の記憶の欠片に侵入するための認証システムの事だよ」


 カテラはそう言うとバックから薄い膜の様な欠片を取りだした。


「認証システムですか?」

「そう、文明記憶片フラグメントっていうシステム群体にね」

「見るとどうなるんですか?」

「昔の暮らしぶりが分かったり、武器の設計図があったりする」

「すごいですね、私ってやっぱり勉強不足なんですね」

「今からでも十分できるよ。大丈夫」

「でもでも…」

「でももだってもそっちもないの」

「分かりました…」

「それじゃぁ今日はもう寝て明日駆動剣貰ってきたら遺跡に挑戦しようか」

「分かりました。おやすみなさいカテラさん」


 カテラがベッドに寝転んでいるとフレアに声を掛けられた。


「カテラさん、リシュターさんとは長いんですか?」

「ん…ああ、大分長いよ。私が小さいころからの縁だ」


 カテラは腕を天井に掲げた。


「あの頃はまだ、お互いの名前も知らなくて、師匠同士のあれで一緒に行動してたんだ。あいつは結局処理屋にはならないで、きままに姿を現す商人もどきになってしまったけど。そうだ、あいつはあれで満足してるみたいだから、私は何も言えないけどね」


 フレアはカテラの顔を眺めながらじっと話を聞いていた。


「その、カテラさんはリシュターさんの事は好きなんですか?」

「いきなりなんだ、まあ家族みたいなもんだからな。好きとかそういう風な感情じゃないよ」


 カテラは笑いながら言った。


「それに…」言いかけて止まる。

「それに?」

「あいつには彼女が居るからね」

「彼女ですか!?」

「そう、人じゃないけどね。あいつが何を売っているか教えてあげようか」


 間が空いてからカテラは続ける。


「あいつが売ってるのは過去の遺物、電磁投射砲さ。売れないのによく続けられると思うよ」

「でんじとうしゃほう?それが彼女と何の関係が」

「そう、又の名をレールガン。そう言う兵器さ」

「兵器売りとまでは行かないけど、あいつが彼女たちと呼ぶ物がそれなんだ。変態だろ」

「本当に変態さんですね…」

「まぁ悪い奴じゃないんだけどなぁ、そう言う所が昔からあってね。なんだかモノに名前を付けたりそういうことしたりするのが好きなんだ」

「今すごい勢いでリシュターさんの評価が下がってます」

「良い奴なんだけどなぁ」

「さぁてそろそろ話はお終いだ。もうそろそろ寝始めよう」

「分かりました。ありがとうございましたカテラさん、おやすみなさい」


 フレアはそう言って布団を頭まで被った。



 二人は朝それなりの時間に起きて、宿屋の朝食を取りリシュターの居る遺物屋へと向かった。

 リシュターは相変わらず長い棒の様な機械を眺めていた。

 此方に気付くと剣を手に近づいてきた。


「おう、おはよう、完璧に直してやったぞ。いくつかのギアが壊れていたから最新型と交換させてもらった」

「ありがとうございますリシュターさん」

「さっそく、昨日のマナ石をはめ込んでみろ」


 フレアはマナ石を剣のくぼみにはめん込んだ。すると剣が微かに振動してフレアの体に謎の高揚感が現れた。


「ふぁぁ、これって…」

「マナ石が起動したときに現れる現象だ。悪い物じゃないから安心していい。そこについてるレバーを倒せば起動形態に変化するから忘れるな。それ以外は充電形態って言って、マナを充電し続けるから、一定以上たったら自動でレバーが倒れる」

「はい」

「鉄くらいなら放電状態でいともたやすく切断できるだろう」

「わかりました」

「それじゃ、気をつけていって来い!」


 リシュターに送りだされた二人は、遺跡入口にやってきていた。

 入口の前には何人かの守衛が立っていて入口を見張っている。


「なんで入口を見張るんですか?」

「遺跡荒しや、賞金首を入れないためなのと、いつ遺跡が消えるか測定するためさ」


 進むと守衛の一人に声を掛けられた。


「ここはマーケット跡地だ。出来るならば所属を確認したい」


 遺跡の前の守衛が淡々と言った。


「はいはい、ご苦労様です」


 カテラはそう言ってカードを差し出す。フレアも急いでカードを差し出した。


「確認する…。このコードは…お前ら、ランク級の処理屋と初心者冒険者とは何の組み合わせだ。探索は可能だが…」

「今日はお守だ。依頼の一部だよ」

「そうか。では我々中央はお前達が遺跡の探索をするのを許可する。刻幻予測はなしだ。死なない様にな」


 守衛と別れ遺跡に入った。遺跡の中はひんやりとしていてゆっくりだが風がどこかに流れているのが分かった。

 どこまで続いているのか分からないが吹き抜けになっているようだ。

 カテラはフレアに深呼吸してから進む様に伝えて自分も武器をいつでも出せるように構えた。

 フレアは幾分か緊張しているようで足取りが重い。


「ここは大分前に発掘された遺跡だからそこまで緊張しなくても大丈夫だよ」

「それでも自分より高ランクの遺跡は初めてですから。やっぱり怖いです」

「私も最初はそんなだったよ」


 カテラは少し笑いながら言った。

 マーケット跡地と言うこともあってロビーを抜けた先は広い構造になっているようだった。

 あちこちに旧文明の遺産が残っていたであろう跡がある。

 それらはすべて、遺跡荒しや冒険者に回収された後であり、金目になる物はほとんどん残っていなかった。

 一通り二人で見回ると、どうやらこの遺跡は上ではなく下に続いている事が分かった。

 相談の結果、行けるところまでは進むという事になった。

 突如、通路奥でガサガサと音が鳴りフレアは足を止めた。カテラは大砲を冷静に構えていた。


「人でしょうか」

「さあ?、気は抜かないように」

「はい」


 フレアは剣に手を掛けゆっくりと進む。

 フレアの足が通路の中ごろまで来た時、奥から出てきたの中サイズの触手の化け物だった。

 形状からしてどうやら警備ドローンに寄生しているようだ。


「魔獣!、カテラさん!」

「援護する、真ん中を切り裂けッ!」


 触手の何本の手がフレアに伸びる。

 カテラは一発、触手に向けて引き金を引いた。触手はかわそうとしたようだが、右側を撃ち抜かれ、触手を無残に散らされビチビチと踊る。


「はぁぁあぁ!」


 フレアは大きく振り被り剣を抜き放つと同時に触手の下から上に向かって剣を振り抜いた。

 ドローンの機械部分ごとざっくりと切られた触手は、それ以上動かなくなり、ごとりと、地面に落ちて煙を上げて消え去った。


「よくやった、フレア」

「カテラさん、これってなんなんですか…」

「触手生物がドローンに寄生した奴だと思うよ」

「へぇ…」

「どうする?ここまで来たし最後まで進む?」

「もちろんです。遺物まで絶対に行きますよ!」

「じゃあ頑張ってみようか」


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