1-5 始まりの時、遺跡群

「さ、もう駅に着く。ここからは長いから初めての蒸気動車の乗り心地に期待しなよ」


目の前には巨大なコンテナの様な駅があった。周りは人で溢れかえっている。

 灰の村があるN.EFからアコ峠まで直通のEFレール式蒸気動車がある。アコ峠がある場所はB.EF付近で、周りは山岳地帯になっている。峠という名がついているが、アコ峠は完全に山だ。その直下にお目当ての遺跡、文明マーケット跡地がある。

 ガスト区域ではないので、湧き出る遺跡には分類されない小規模の遺跡群ではあるが、発見から数年たった今でも、冒険者の間では初心者向けの遺跡群と称されている。


「さ、早速蒸気動車に乗ろうか」


 フレアの手を優しく引いて丸い球状の白い機械に乗り込む。中は六畳ほどの広さで、壁はスクリーンになっていて外の景色を映し出している。真ん中には如何にもなテーブルと座り心地のよさそうな椅子が鎮座していた。それ以外には商品を売る動管が端っこの方に二台あった。


「思ったほどメカメカしくないですね、こうもっとトリャーって感じかと思ってました」


 フレアの率直な感想にカテラは少し笑ってしまった。師匠との時間を思い出したからだ。


「どんな想像をしていたんだ君は」

「そんなに笑いますか?!」


 頬を膨らましてフレアが言う。カテラはまだ笑っていた。


『次はB.EFです。危ないので着席してください』


 サイレンかと思うくらい大きい音でなったアナウンスを耳を塞ぎ聞いた二人は、大人しく椅子に座った。二人が座ったとちょうど同じくらいに、蒸気動車が発射した。危ないとあんなに警告していたアナウンスなど嘘のように静かに、揺れ一つなく動き出した。

 向かい合わせの椅子はなぜか固定されており、スクリーンに映し出された外の景色を見たいなら立ってみろと言わんばかりの開き直りようだった。

 動管に売っている食料はみなエナジーバーで、味はというとチョコばかりだった。それでもフレアは飴を見つけた子供のようにはしゃぎまわり、一人で三つも購入していた。

 外の景色は相変わらず緑の草原で遠くにはEFを囲う大障壁が微かに見える。

 何度も蒸気動車に乗っているカテラにとってはおなじみの光景だったが、今回はフレアがいたので少し新鮮だった。フレアは外の景色を噛り付くように見ながら、エナジーバーを齧っている。


「そんなにいいの?飽きてこない?」

「いえいえそんなことありません!驚きと感動の連続ですよ!」


 興奮気味に言うフレアにカテラは少し微笑んでからスクリーンの方に顔を向けた。

 蒸気動車はとてつもない速度で走っているが、アコ峠までは約一日も掛かる。

 半日を過ぎたところでエレノア水郷を通過した際のフレアの狂喜乱舞ぶりは何があっても忘れないだろう。軽く引いた。

 夕方になってあたりが暗くなると、空の上にある天井の赤覧管が良く見える。神話にある星々もこのようなものだったのだろうかとカテラはいつも思う。フレアはというと椅子に座ったまま器用に爆睡していた。カテラはその顔を見て安心し瞼を閉じた。


「カテラさん朝ですよーもうすぐ着くらしいですよー!」


 不覚にも先に起きていたフレアに起こされたカテラは自分の事を不甲斐ないと思ってしまった。

 蒸気動車は速度を落としつつあり、スクリーンには、もうすぐ到着予定ですと文字が映し出されていた。遠巻きに見える山々はみなはげ山であり緑はあまり見えなくなっている。

 フレアからもらったエナジーバーを食べながら、椅子に座って駅に着くのを待つ。

 エナジーバーをちょうど食べ終えるときに、またサイレンのような大きな音で、


『B.EF、到着です、お荷物のお忘れがないようお気を付け下さいませ』


と、アナウンスが聞こえた。同時に一寸の揺れもなく蒸気動車は止まった。


「さあ行くよフレア、忘れ物はないね?」

「大丈夫、完璧です!」

 

なにが大丈夫なのか、ガッツポーズのフレアはやる気満々だ。

「あんまりテンションを上げすぎないでね。この先もまだあるんだから」

「もちろんです!なんでも来いですよ!」


 明らかに過剰なテンションで興奮するフレアを横目に、カテラは呆れながら蒸気動車を降りた。

 B.EF駅から少し歩けば文明マーケット跡地に着く。N.EFほどではないがいまだ下層で稼働するEFの一つであるB.EFはEF特有の緑黄色の明滅を繰り返している。

 文明マーケット跡地に近づくにつれ、徐々に街道が賑わってきた。街道の脇にいる行商人の数も増えている。


「なんか、お祭りって感じですねぇ…俄然やる気が出てきました!」

「ここはいつもこうだよ、その様子だと遺跡群についたらもっと元気になるんじゃないの?」

「そうかもしれませんね、この様子だと!」

「ステイ、落ち着け」

「落ち着いていますとも!」


 全く落ち着かないフレアと呆れ気味のカテラはついに文明マーケット跡地に足を踏み入れた。

 箱型の巨大な建造物が並び立ち、今までの雄大な自然を忘れ去るほどの圧迫感がある。しかし、遺跡群の中ではコレでも規模は小さいほうであり、巣くう魔獣も危険度の低いものばかりだ。


「これが…遺跡群、文明マーケット跡地…」


 さっきまでとは打って変わって小さく呟いたフレアを背に、カテラは先へ進む。そのあとを慌ててフレアは追いかけた。


「こんな場所で驚いていたら、あとが持たないよ。ほら、探索の拠点になる宿を探さなきゃ」

「はい!」


 遺跡群に中ほどまで進んだ先の大きく開けた広場に差し掛かった。広場の周りは軒並み、商店や、簡易宿泊局で溢れている。カテラはその中の一軒の宿泊局に向かって歩いて行った。


「ここなら大丈夫そうだね」

「なにがです?」

「看板、よく見てみな」


 見た目は古そうだったが、宿泊局の看板にはギルドのマークが大きく刻印されている。


「ギルドの直営の店ってことだよ。ここなら盗難にあう必要もなければケンカに巻き込まれる必要もない。値は張るけどお得だろ」

「それに、ここからなら、アイツの店に近い」

「アイツ?」

「ほら言ったろ、知り合いの店がある って。行けばわかるさ。すぐにね…」


そう言って、フレアの手を引きながら宿泊局に入った。中は思ったほど古くはなく、灰の村の近辺にあった宿泊局よりずっときれいで、電車の中で見たスクリーン、携帯機等などむしろ近代的な要素が多数見受けられた。

 きょろきょろとあたりを見まわすフレアをほうって、カテラは、宿泊の契約を整えていた。ギルドの加護が効くこの宿なら、初心者のフレアが周りの店にカモられることもないだろう。ダブルベッドの部屋を取り、まだ、あちらこちらを見て勝手に納得しているフレアに呼び掛けた。


「フレア、用意が終わったよ、部屋に行って荷物、おいてこないと」

「は、はい!ごめんなさい、見新しいものばかりだったからつい…」

「大丈夫、誰だって初めはそんなものさ」


二階にあるギシギシとなる木製の廊下を渡り、一番奥の部屋に入った。フレームは金属だが、中身はほとんど木製のようだ。 二つのベッドと、小さな箪笥が備え付けられている。暖かみのある木のベッドと窓から見える遺跡群が対照的だった。


「結構いい部屋ですね!」


フレアははしゃぎベッドに突撃した。


「何歳だフレアは。女の子がそんなにはしたないだろう」

そういうカテラも荷物を床に置きベッドに倒れ込むように寝転ぶ。

「カテラさんもはしたなくないですか!それで良いんですか!」


横でツッコむフレアをにやけた顔で眺めるカテラは静かに起き上がり背伸びをした。


「とりあえず飯だ」

「いい案です。私もそう思ってて、言おうと思ってました」


二人は遺跡沿いの飯屋に入った。「いらっしゃい!」と、飯屋の店主の声が大きく聞こえる。

カテラとフレアは道のオープンテラスの席に座った。素早く店員が席に注文に入った。


「私はクレシャ牛の串焼きを、フレアは?」

「えっとトカ豆のスープをお願いします」


フレアは小さく注文票を指した。


「はい!クレシャと豆スープね!」


店員は駆けだして店内に入っていった。


「さてこれからの予定を考えていこうか」

カテラが、指で机をつつく。

「予定、ですか?」

「そう、いきなり遺跡に入るのは私はお勧めしない。その前にフレアの装備を出来る限り強化したい」

「今の装備だと不味いんですかね?」

「流石に動かない駆動剣だけではね。薬品はいっぱいあるから良いんだけども」

「せめて知り合いの店でマナ石を買っておきたい。出来ればパーツも少々…」

カテラがポーチから紙を引っ張り出し書き出しながらぶつぶつと呟く。

「そもそもマナ石ってなんですか?」


グイっと紙から目を離し呆れたようにフレアを見た。


「マナ石っていうのは、この世界に存在する過去の遺物の一種。火や水と言った、五大元素と呼ばれる種類があって、微細の粒子を内包した特異な石。冒険者としては基礎の基礎だぞ」

「ごめんなさい…」

「まあいいさ、これから覚えて行けばいい。それと遺跡に潜るときの大切な三つ。分かる?」

「えーっとえっと…てへ」

「…てへ、じゃないぞ…まったく…今から言うからしっかり覚えておくように」

「はい!」

「まず一つに遺跡を舐めないこと。もちろん分かってると思うけど遺跡はどこから来てどこにどうなるか分からないから。中に何が居るか分からないし遺跡荒しもいる。いきなり消える事もあるしね」

「いきなり消えるってどういうことですか?」

「痕片もなく消えるのさ。合った場所からいきなりね。この現象を普通ならは刻幻と呼ぶ。中に居た人は分からん、一緒に消えるからね。むかし刻幻で何人か仲間が消えた事がある」

「じゃぁ危険じゃないですか!いきなり消える事もあるんでしょう」

「それはある程度察知できるからね。余震がしたり壁が薄見かかったりね。ま、ソレもあくまでの目安なんだけどね」

「どういう仕組みなんでしょうか?」

「さぁね。昔からあることだから。ちなみに消えない遺跡もある。たとえば天蓋遺跡とかね」

「菅町の先にある、上層へ上がる為の遺跡ですね」

「その通り。そして二つ目、遺跡荒しや賞金首の存在。こいつらが厄介なんだ。魔獣じゃなくて人だからね。発掘屋は基本中央から依頼されて来てるけど、こいつ等には関係ないからね。もしこいつらと中であった場合は遺跡荒しはほっておけ、賞金首は必ず逃げろ。今のフレアじゃ嬲殺しにされるから」

「・・・」

「そんなに怖がる事ないよ、こいつ等はここみたいな低ランク遺跡には滅多に出て来ないしね」

「最後の三つ目、深追いはしないこと。あそこに高い値で売れるアイテムがあったりしても絶対に自分を過信するな」

「ソレはないですよ絶対」

「絶対だぞ。私は一回これで、ある遺跡に居たロボに殺されかけたからな」

「ちなみにどんなんだったんですか?」

「戦争用のさ、師匠の助けがなかったら…」

話の途中で「はいクレシャの串焼きと豆スープセットね」と店主が料理を持ってきた。

「お、きたな、これお代」


カテラが店主に金を渡した。「毎度どうも!ごゆっくりどうぞ」店員が店内に入っていく。


「カテラさんさっきの話の続き!」


フレアは身を乗り出して言った。


「しょうがないな、あれはまだ私が小さい時、初めての遺跡だったんだ。浮かれててさ師匠の言葉も忘れてあちこちに触ってみたりしたんだ、そしたらある扉が開いてしまって、そこにある機械が動きだしたんだ、その瞬間、あぁこいつには勝てないと思って逃げようとしたんだけど扉が閉まってな。ハハハ、出られなくなってしまったんだよ。死ぬ直前までボコボコにされて意識朦朧としてたときに、師匠ともう一人来てね、一瞬でそいつを倒したんだ、凄かったよ」

「ほあーかっこいいですね!私もいつかそんな風になれたらいいんですが」

「なれるさ。可能性は無限なんだから」


カテラは串を取りフレアに差し出した。


「ほら、最初は腹ごしらえって言うでしょ、冷める前に食べちゃおう」

「はいっ!」

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