1-4 始まりの時、ある人類種
翌朝、時間になっても起きないフレアを叩き起こし、寝ぼけ眼のまま用意をさせ灰の村へ出発した。この調子なら昼前には灰の村へたどり着くだろう。着いたら依頼の更新を行い、準備のあとに、フレアとともにアコ峠の真下にある遺跡、文明マーケット跡地へと向かう。距離としては、グレンの森より遠いのだが、今回は蒸気動車にのって行くので、一日程度で行けるだろう。
宿泊局を出て、灰の村まであと半分のところで、少し休憩をとることになった。フレアは息を切らしているが、カテラは途中からフレアの荷物も背負っていたが汗一つかいてはいなかった。
「はぁはぁ、なんでカテラさんは…その…大丈夫なんですか?」
「子供のころから無茶な修行ばっかやらされてるからかもね。でも、フレアは体力がなさすぎるよ、もっと鍛えなきゃ」
「…ハイ」
「ほら立って!灰の村まであと少しだから、一気に行くよ」
カテラはへたり込んでいるフレアの手を握りしめ引っ張り上げた。よろけながら立ち上がったフレアは、汗をぬぐうと、自分の荷物を掴み、また一歩ずつ踏み出していった。
少し昔のことを思い出したカテラは微笑みながらフレアの隣に移動した。
「そういえばなんで冒険者になろうと思ったの?」
「おじいちゃんが、昔、世界を巡って遺跡を探索していた話を聞いて私もって」
確かに過去には出現する遺跡群を調査する開拓旅団と呼ばれる一団がいたはずだ。師匠の本に書いてあった。ともすれば、彼女の祖父が開拓旅団にいたことも合点がいく。
「この剣もおじいちゃんからもらったものなんですが…」
フレアが腰に括り付けられている鞘から剣を抜いた。刀身に小さな溝と細かい歯車がついている。
「これは…駆動剣だね。よく手入れされている。しかも相当な年代物だ。私も随分久しぶりに見たよ」
駆動剣。魔素を取り込んだマナ石を装着することで、歯車が回り、刀身に極細のエネルギーフィールドを発生させる。様々な属性を扱える代わりに管理やメンテナンスが複雑なことから現在は最初からマナ石が搭載されている剣が一般的になりつつある。
「マナ石は持ってないの?」
「はい、私が住んでいた村では、扱っていませんでした」
フレアは剣をしまい込んだ。
それもそうだ。数年前の天罰の際、中央の連中が下層にあるマナ石をほとんど持って行ってしまったから、現在下層に残っているのは小さいものか、割れていて使い物にならないものばかりだろう。
しかし、当てがないわけではない。時期さえ合えばこれから行く文明マーケット跡地に店を出している奴がいる。彼ならば、マナ石の一つや二つ持っているはずだ。
「大丈夫だフレア、私の友人がマナ石を扱っている。そしてあいつは今の時期なら下層にいるはずだから、運が良ければ遺跡にいるはずだ」
「マナ石を?」
「正確には何でも屋。物を売ったり買ったり直したりって具合いの」
何でも屋のあいつとは師匠がらみの腐れ縁だ。まだ処理屋になりたての頃は、PTを組んでいたこともある。
「ほら、もうすぐ灰の村だ。依頼を更新して…あとは」
あとは…準備をするだけ、新しい冒険者に敬意を持って、世界の隅から隅までを見渡せるように、手を少し引いてやるだけ。続く可能性は新たな子が決めることである。自分のような者は背を見守るしかできない。あとは、彼ら自身が決めることだ。
「カテラさん?」
「ああ、すまないねフレア。すこし考え事をさ、していたんだ」
フレアの顔を見ていると、師匠を思い出す。きっと師匠もこんな気持ちだったのかもしれない。まだ見ぬ世界へ旅立とうとしている若者を見ていると、心が少し楽になる気がした。
「さあ、もう少しだ、行こうかフレア」
カテラは少し微笑みながら言った。願わくば、この始まりの旅が小さな幸せであることを思いながら。
「はい!カテラさん!」
フレアはニッコリとカテラに笑い返した。
灰の村のギルドに入るとき、フレアはガチガチのガチだった。当たり前だろう、騙されたとはいえ、ギルドの規律を大きく破ってしまっていたからだ。
そんなフレアとは対照的に、ギルドの対応は優しいほうだった。
受付の若い組合員は平謝りするフレアを優しい瞳で見つめながら、そっと胸をなで下ろしていた。
「何はともあれ、無事でよかったです。命は一つしかありませんから、どういう事情にしろ生き残れたことは大きいプラスです」
若い組合員はフレアの後ろに立つカテラの方に向きなおると、深々とお辞儀をした。
「この度はありがとうございました、カテラさん。貴女のおかげで、若い命が守られました」
「別にいいよ。それよりも、報酬の前にお願いがあるんだけど…」
カテラは依頼受注書に幾つか文章を書き若い組合員に渡した。中身はフレアとともに遺跡へ向かうための願書に近い。
「これは…文明マーケット跡地に向かうのですか?お二人で?」
「初心者冒険者にちょっとした手心を加えるためにね。私からの依頼だ、構わないだろう」
カテラは登録カウンターの前で腕を組んだ。
「はい、カテラさんのランクなら構いませんが…本日中に出発されるのですか?」
「ああ、蒸気動車に乗って、アコ峠まで抜けようと思っている」
若い組合員は画面をタッチして、二枚の乗車券をカウンターの上に出した。
「蒸気動車のチケットです。今回の件の追加報酬として受け取ってください」
若い組合員はまた深々とお辞儀した。
「ありがとう、悪い気もするが、今回はありがたく受け取るよ」
乗車券を受け取り、バックにしまい込んだ。
準備は宿泊局で済ましてきているので、このまま駅へ向かうことになった。歩く途中でフレア下を向いていた。
「どうしたの?何か考え事?」
「あの、あの、私!蒸気動車に乗った事!ありません!」
カテラの言葉にハッとしたように顔を上げたフレアは、腕を胸の前に出してカテラを見ながら言った。
「今どき蒸気動車に乗ったことがないなんて珍しいね。と、いうよりフレアはどこから来たの?出身地は?」
「ウォーツクの辺鄙な田舎の出身です。ウォーツクは動管もないし灰の村よりずっと西の方にあります。灰の村にはおじいちゃんの移動従者で来ました。まぁ、灰の村に着いた時点で燃料がなくなって壊れちゃったんですけどね…」
移動従者は一人か二人乗りの三輪の乗り物だ。これもまた古代遺物であり、中央の回収対象でもある。
「おじいちゃんが亡くなるまでは二人暮らしだったんですが、あ、お掃除メカもいました。名前はアールていって…」
フレアのおじいちゃんとやらはどうやら相当のコレクターだった可能性が出てきた。古い駆動剣にさらに古い移動従者。さらには遺物でも高額なメカ系統まで出てきた。
「フレアはどうして冒険者に?」
「私、昔は体がすごく弱くて…だからおじいちゃんの話に出てくる世界がすごく魅力的だったんです」
フレアはまっすぐ目の前を見据えながら答えた。
「おじいちゃんが昔、冒険者だったのを聞いてから、どうしてもそれを追うようになったんです。八歳の時に、私にも転機が訪れました。おじいちゃんの持っていた昔の機械に体が適合したんです」
「カテラさんは気付いていたかもしれないけど、私、
機児混血。古代遺物である「クォーダリア」と呼ばれる生命器官と融合した人類種の一つ。見た目は人と変わらないが、心臓とその周りの臓器、骨などが、鋼物質に置き換わった、いわば
「機児混血になった後、村からはバケモノ扱いを受けてきました、仕方ないですよね、動管の存在も知らないド田舎ですし」
フレアは苦い顔をして笑った。
「おじいちゃんには大分迷惑を掛けました、ずっと庇ってくれて、亡くなる直前まで、私の事を守っていてくれた」
「おじいちゃんと最後の日に、おじいちゃんから移動従者とこの駆動剣を貰ったんです。自分がいなくなる前にせめて私に、明日をくれようとして」
「だから私は冒険者になりたいんです。おじいちゃんの見てきた世界を、お話の中じゃなくて、この目で見ようと思って」
フレアは遠くを見ながら言った。
「変、ですかね?」
「いいや、ずっと立派な理由だよ。少なくとも私なんかよりはね。おじいちゃんの気持ち、大切にしなよ」
カテラはふと空を見上げて答えた。
「ありがとうございます」
そう言ってフレアは小さく笑った。
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