1-3 始まりの時、無邪気な悪意

 グレンの森を出て、近くの宿泊局に着いたときには夜になっていた。

 小さな個室を借り、新人をベッドに寝かせると、カテラは部屋を出ていった。

 新人の様子は命に別状はないようだったが、まだ目を覚ましてはいなかった。カテラはというと宿泊局にある、電遠線を使い灰の村のギルドに連絡していた。討伐は完了、あとは新人を灰の村まで送り届ける必要がある。これは依頼の更新の際に新たな依頼が追加されたからだ。ギルドとの会話を終わらせ部屋に戻ると、新人が目を覚ましていた。ベッドから上半身だけ起こし壁を見ている。


「ここは・・・私、生きてる?」


 新人は、つぶやくように言った。顔には困惑の表情が見て取れる。そこでようやく、カテラの存在に気付いた新人がゆっくりとカテラに顔を向けた。


「あの、あなたは…」

「私は処理屋だ。君をドーブウルフの巣から救出し、ここまで連れてきた。生きててよかったな」


 カテラは淡々と話しロビーで買ったコーヒー缶を開けて口に流し込んだ。

「なぜパーティを組まずに依頼を受けた?よく組合と教会を騙せたな。君の階級は一番下だろう、フレアちゃん」


「なんで、名前…」

「君を治療したときに、登録カードを見たんだ、で、だ。どんな魔法を使ったんだ?」

「…依頼を受けたときはパーティを組んで、いました。その先輩方と」


 フレアの顔は青ざめていた。


「その先輩方とやらはどうした、なぜいない?」

「私、きっと騙されたんです。簡単な依頼だからって、先輩方は低級の魔獣しかいないって…」

「その話が本当なら、そいつらは粛清ものだな。ま、とりあえずは君は無事だったんだ、明日になったら灰の村まで君を連れていく。そこでやられたことを話すんだな」

「…名前、あなたの名前は?」

「カテラ」

「…カテラ…赤いマフラー…二つ名持ちの…上位の…赤の…」


 フレアがそうつぶやいたとき、カテラはさっと指を口に当てた。


「その呼び名、あんまり好きじゃないから、言わないで」

「あ、ごめんなさい…私、その、初めて見たから」


 フレアはうつむき黙り込んでしまった。


「あんまりこういうの私が言うのもなんだけど…君、冒険者に向いてないと思う」

 カテラはベッドの端に腰かけ、できるだけ優しく言った。あの魔獣どもの巣は戦った形跡が一つも残っていなかった。事実、彼女は剣を抜いてすらいなかった。

「判断が遅い、騙されやすい、実力も…いやこれはまだか」

「私はそんなに駄目なんでしょうか」


 フレアの目には涙が浮かんでいる。


「駄目じゃないさ、ただ合わないだけだ。私も職業柄で多くの冒険者を見てきたが、最後まで残ったのは数人程度だった」

「それに…傭兵教会も抜けたほうがいい。あそこは戦闘狂ばっかりだからな。できるならギルドで依頼を探したほうがいい。初めはくだらない依頼ばかりだが、経験が付けば、それこそドーブウルフにも勝てるようになるだろう」

「でも、私は冒険者がいいんです。世界中の遺跡を巡りたいんです。この世界がどうなってるか知りたいんです。だから…だから…」


 カテラの顔をまっすぐに見て、涙をためながらフレアはハッキリと言った。

 カテラはふと自分の過去を思い出して大きなため息を吐いた。


「…仕方ないか、君が良ければ、冒険者としての在り方を少しだけ教えてあげよう」

「在り方?」

「まぁ、一言いえば、練習、だな。刻限のない遺跡に潜ってみよう」

「本当ですか!?」

「ただし、一度だけだ。それ以上は自分でやっていくんだよ。で、やるの、やらないの?」

「やります!」


 フレアは涙を拭きとると、大きな声で答えた。カテラはニヤリと笑った。

「今日はもう寝て、明日灰の村に戻る。遺跡に潜るのはそれからだ」

「はい、ありがとうございます」

「じゃ、おやすみ。しっかり休みなよ」


 カテラはベッドの端から立ち上がると、ドアのほうに歩いて行った。フレアが不思議そうにしている。


「カテラさんは寝ないんですか?」

「私は少し用事がある。先に寝てな」


 カテラは足を止め振り返らずに答え、部屋を出ていった。


 真っ暗な世界で道に設置された発光灯だけが光を放っている。カテラは宿泊局の外でグレンの森の方角をじっと見ていた。本来群れを作らないはずのグラムウルフがドーブウルフを従えていたこと、駆け出しの冒険者であるフレアを騙し、上位種討伐の依頼を受けられるほどの階級(クラス)持ちの冒険者のこと。そして、森からこの宿泊局まで後をつけていた人間の正体。


「そこにいるんだろ、出てこい」


 静かな静寂の中でカテラの声があたりに響いた。カテラは腰のホルダーに入っている雷電銃に手をかけている。

 夜道を照らす発光灯の真下に突如黒服が現れた、いや、出現した。瞬きの一瞬の間にその場に出現した。


「お前、何のつもりだ。フレアに上位種を嗾けたのはお前か?」

 黒服の顔は見えない。ただいやな笑い方をしていることだけはわかった。

「さすがは二つ名持ちの上に第三企連のお墨付きをもらっていることはありますねぇ」


 男なのか女なのかわからない。ケタケタと笑いながら口を押えるようなしぐさをしている。黒服が何かを取り出そうとしたとき、カテラはすでに銃を抜いていた。引き金に指をかけている。


「止まれ、動いたら撃つ」

「これはただの紙切れですよぉ」

「目的を口で言え、次動いたら殺す」

「殺されたくはないですねぇ。でもあの大砲もなしに、鎮圧用の雷電銃ごときでは私は殺せない」


 黒服は大げさに両手を広げると、笑いながら言った。カテラは引き金を何の躊躇もなく引いた。

 雷電銃特有の雷のような音とともに、発射された弾丸は黒服の頭部に命中した。が、黒服は弾丸が当たった場所をさすりながら首を傾げた。


「殺せないといったはずですが。私が何者かは気付いているのでしょう?赤い死神さん」


 そういったとき、黒服の顔の靄が消え顔が見えた。女だった。見るからに血色の悪そうな顔色で、打ち込んだはずの弾丸は、額の当たる寸前で止まっている。黒服は止まった弾丸を掴むと、カテラの方に弾いた。


「……傭兵教会、執行官様が直接おいでとは粛清はすんだのか?」

「赤い死神さんには関係のない話です。でも新人さんを助けてくれたお礼に楽しい話を一つ」


 黒服は今度こそポケットから紙切れを取り出した。


「教会長から伝言です。『楽園は天にある』、それだけですけど、ふふ。あなたならわかりますよねぇ…」

「ッ…貴様らどこまで知っている!」

「あなたが我々に有益な事をしてくれたらもーっともっとわかりますよぉ」

「…要件はなんだ」

「今の仕事が終わってからでいいですよぉ、長いお仕事になりそうですし。あ、そうだ」


 黒服は服の寄れを直す動作のあと、お辞儀をした。


「お初にお目にかかります、傭兵教会第三執行官、禁忌人殻第八層(ネスケイド・オクタアムネ)所有者。名前はヨルヌと申します。以後、お見知りおきを」


 やはり、とカテラは考えていた。鎮圧用とはいえ弾丸の動きを止めることができたのも、目の前にいる、ヨルヌと名乗った薄気味悪い女が禁忌人殻を使用したからだろう。

 禁忌人殻。旧遺跡群に稀に出現する旧時代の兵器の一種。第一層から八層まで存在し、数字が大きくなるほど強力なものになる。カテラの鉄七号も正式には分類されないが、ヨルヌと同じ第八層に当たる。


「というわけで、赤い死神さん。今の依頼が終わった後に、また使いを出します。仕事の出来次第では、『楽園』の情報を差し上げますよ」

「いやだ、と言ったら?」

「その時は…指令書を発行しますから、問題はありませんねぇ」

「…強制執行書ね。わかったよ。その依頼受けてやる」

「ありがとうございますぅ。これで上司に怒られずに済みそうです、ふふ」

「下らない話は終わりだ。とっとと消えろ」

「そんなに無下にしないでくださいよぉ。では、これで失礼します。どうかお元気で」


 そういうとヨルヌは言うが早いか、また一瞬で姿を消した。辺りに香よっていた甘い香りは吹きぬける風で流されていった。

 カテラは戦う可能性も視野に入れていたが、最初から本気でやればおそらく勝てるが、先ほどの状況では、『呼ぶ』まえに首を切られて終わりだろう。

 深く息を吐き出した。ヨルヌの気味悪い笑みが、頭に残っている。傭兵教会の連中が何を考えてカテラのような一介の処理屋に、それこそ、執行官達が複数動いているような状況の中、依頼を伝えに来たのかは分からない。ただ確定しているのは二つ。グラムウルフを飼いならし、あの場に放った事と、フレアと助けるという依頼を、わざとカテラに斡旋した事だけは分かった。

 想像以上に面倒なことに巻き込まれたと、カテラは大きなため息をついた。

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