1-2 始まりの時、最初の依頼

 遠くで聞こえている収集管のブザー音でカテラは目を覚ました。正確には昔の夢を見て飛び起きたのだが。

 枕元にある時計を確認したが、発光灯がらんらんと輝く時間でもなければ夜がすべてを包む時間でもなかった。

 カテラが住むEFエナジーフィルターの端まで収集管の音が聞こえるのは珍しく、大きな魚か、村の外にある警告機に魔獣が喰いついたくらいしか考えられなかった。

 窓を開けてゆっくり周りを見ていったが、外は徐々に白んでいるものの、別段変わった様子もなく、いつの間にか止まっていた小うるさいブザー音に少し怒りながらも、毛布を頭からかぶり、瞳を閉じた。

 次に目覚めたときには、すっかり太陽が真上に上がっていて、発光灯が全開で輝いていた。大分寝坊してしまったようで、自動食動機から生成されたパンが乾いていた。テーブルの上に載っている薄いコーヒーを飲み、何気なく窓の外を眺めた。

 空は青く、雲一つない。海もいつも通りだ。空を支えるハグネ銀の支柱が輝いていた。

「さて、今日も行きますかね」

 ふと口から出た言葉は誰に聞かせるでもなく、自分の心に溶けていった。

 カテラは木製のベッドから飛び降りると、一家にへと向かった。鉄製の階段はひんやりしていて、ついつい、「ヒャッ!」などと声をあげてしまった。居間の窓を開けて日差しを浴びる。暖かい陽気が、体全体に染み渡っていくようだ。

 さあ、今日も生きるために必要な仕事の始まりだ。日替わり時計を見ると労働組合が開いていることに気が付いた。

 労働組合は、この世界を管理する「中央管理室」、傭兵を派遣する「傭兵教会」、そして、カテラのような処理屋や冒険者などに仕事を斡旋する「ギルド」という、通称「第三企連」の一つに入る組織だ。ギルドは様々な町や村に必ずと言っていいほどある。ついでに言えばギルドと言えば聞こえはいいが、中身は集会所に近い。それでも生きていけるだけの収入は手に入った。

 カテラは乾いたパンをコーヒーで流し込み、師匠のお古だというジャケットを羽織り、師匠譲りの赤いマフラーを首に巻いた。自身の相棒とも言える武器、小型の大砲「鉄七号」を背負って、機能性に特化した、見た目が悪いバックを腰に括り付け玄関へと向かった。つい先日買い付けた、新品同然のブーツは世界の上昇地区にあるウルタ工房製だ。値段が安いわりに耐久力が高く、どんな環境においても耐えうる良品だ。師匠がいた昔からの付き合いだ。

 玄関のドアを開くとき、ふと後ろを振り返った。師匠が私に向かって手を振っているのが目に浮かんだ。あれから何年たって、私は今にここにいるのだろうか。カテラは頭に浮かんだ懐かしき日々の記憶をかき消して扉を開けた。


カテラの住む家は村の一番はずれにあって大きな池の近くにある。どこか緑化したEFがうっすらと発光している。

 ぼろの家を師匠と二人で新しくリフォームした。二階建てで寝室は二階。一階は工房になっていて武器の整備や薬品の調合などをできる場所になっている。内装は無機質そのもので、必要なもの以外はおいておいていなかった。

 村の労働組合に行くには池を遠回りしなければならない。この池もややこしいつくりをしていて、村人は滅多に家には近づかないし、若干の人見知り気があるカテラにとっては大変気楽だった。べつに完全に交流がないわけでもないが、行くとしたら商店ぐらいなもので村人との交流は師匠がいたときよりずっと希薄になっていた。


 いつも通り池を大きく回り込み、村に着いた。カテラが来た側にはアーチ状の石が積み上げられているが風化しており、中ほどから折れていた。雪のような細かい結晶が敷き詰められたように散っている。村の中は活気にあふれていて、収集管の周りを子供たちが駆け回っている。

 ここは下層の、Nネル.EF最南端らしい場所にある「灰の村」と呼ばれるそれなりの村だ。

 灰の村の由来だが、時折、雲の切れ間から降る「黒雪こくせつ」と呼ばれる人体には無害の物質が降ることからきている。積りはするが、降った黒雪は一日たつと、地面に溶け消えてしまう。だから、灰の村が埋まることはない。付け加えると灰の村はN.EF南部で唯一、宿泊局がある場所でもある。あちらこちらから処理屋や旅人たちが管町への経由地として利用するためめ、繁盛している。


 カテラは村に入ると右手に進み、見るからに崩壊してバラバラになりそうな建物の中に入っていった。内部は外の古さとは比べられないほど、新しい設備がそろっていて、様々な格好をした人々であふれかえっている。

 ここが第三企連の一つギルド(支部)だ。主な仕事は魔獣討伐からお年寄りの介助まで、小さい支部の割にはどんな仕事でも扱っている。時には中央や教会からの依頼もあったりするくらいだ。

 カテラは奥のボードの前まで来ると張り付けられた賞金首のチラシを人々の隙間から覗き見た。

「白き十字架」「森の妖精」「ゴブリンの巣」

 先週と同じものは数枚しかなく、今も素早く貼り返られ続けていた。

 カテラはカウンター側に出ると忙しそうに働く若い組合員に話しかけた。


「何か楽な仕事ない?既存遺跡の再調査とか」

「最近はありませんよ、どれも中央が持って行ってしまいました。っとカテラさんじゃないですか。てっきり処理屋を引退していたのかと心配してましたよ」

「あはは、私が処理屋をやめるわけないでしょ。でもどうして中央が遺跡の潜行なんかを?」

「詳しくは知りませんが、どうやら中央は旧時代の武器を探しているようですよ」

「旧時代の武器?戦争でも始めようっての?」

「どうなんでしょうね、中央と教会は仲が悪いから…んん?」


 組合員が新しくモニター表示された依頼書を見やった。どうやら教会からの依頼らしく、特殊な印が刻まれている。若い組合員はカテラのほうに向き直り、神妙な面持ちで顔を上げた。


「カテラさん、緊急です。場所はグレンの森、依頼者は傭兵教会。依頼内容は討伐と

新人の冒険者の救出か回収。カテラさん、行けますか?」

「討伐対象によるけど…ま、何でも行くけどね」

「助かります、討伐対象は「ドーブウルフ」。数は不明」


 ドーブウルフ、群れで行動する動物型魔獣の一種。一匹の能力値は低いが群れると強い典型的な魔獣で、雑食。頭から生えている薄い角が特徴だ。弱いからと言って舐めてかかるとあっけなく死ぬ。


「わかった、すぐ向かう。カードの登録は?」

「できてます。どうかご武運を」

「ありがと」


 カテラは登録カードを受け取ると、駆け足で支部から出ていった。

 グレンの森は灰の村より比較的近い場所にある。よく傭兵教会の駆け出し冒険者などが鍛錬や訓練をする場所でもある。しかし今、動物型の発情期に重なっており、通常ならば動物型の巣に新人同然の子供を一人で送ることなどありえない。傭兵教会は戦闘狂の集まりだが、そこまで馬鹿じゃない。となると答えは大体一つになる。新人の独断行動だと思われる。

 カテラは武器に搭載されているカートリッジを確認した。内部装填数は一つ。外部装填数は二つで、カートリッジを入れ替えることによって、鉄七号の形状や性能を変化させることができる。

 他の持ち物は光玉と薬草から精製した薬が少々。少し頼りないが、時間をかける暇はない。すぐに向かわなければ、回収になってしまう。それだけは何としても阻止しなければならない。


 グレンの森に着いたころには、太陽が雲に消え、世界は陰り始めおまけに雨も降りだしていた。

 カテラは大砲をいつでも撃てる状態にしたまま、ゆっくりと森の中に入っていった。地面にあった確かな人の足跡を追うように進んでいく。だが地面はぬかるんでいるし、小雨のせいでにおいが消えている。それでも、処理屋であるカテラにとっては、この程度の問題など苦ではない。

むしろ雨が自分の人間としてのにおいを消してくれている。

 しばらく進んだ後、カテラは身を屈め木々と雑草の合間に隠れるように入り込んだ。

 奥に何かがいる。目を凝らしてみると、申し訳程度の強度を持つ木の鎧が見えた。依頼にあった冒険者だ。大きな木の前に倒れている。肩が微かに動いてるのを見るに生きてはいるようだ。だが、カテラはすぐに飛び出すような真似はしなかった。周りから殺気が溢れている。

これは駆け出しを囮にした、「生餌」だ。ドーブウルフにはそこまでの知恵はない。ならば上位種がいる可能性がある。この群れを統治する魔獣が。

 カテラは少し考えてからバックの光玉に指をかけた。そして、周りに潜む魔獣たちに自分の存在を認識させるために草の間から飛び出し光玉を大きく掲げ叫んだ。

「新人!生きてるなら目を瞑れ!絶対立ち上がるなよぉ!」

途端に、あたりに殺気が満ちる。隠れていたドーブウルフたちがうなり声をあげながら姿を現し始めた。冒険者の後ろの木から牙が生えた魔獣がゆっくりと現れた。それの名はグラムウルフ。ドーブウルフの上位種で人間の子供程度の知恵を持つ。

ドーブウルフたちが跳びかからんとした瞬間、カテラは目をつぶり、光玉を握りつぶした。瞬間、光玉から影を消し飛ばすほどの閃光が放たれた。魔獣たちは一瞬の出来事に対応できず、あちらこちらで呻いている。

 グラムウルフは尻尾で閃光を防いだらしく何もなかったように、平然としている。


「腐っても上位種か…、さっさと片付けないと、後ろの子が不味いかなぁ…」


 今、七号に装填されているカートリッジは速射弾だ。爆発はせず、連続で放つことができる。

グラムウルフ程度なら、コレでも十分に戦うことができるだろう。

カテラはトリガーに指をかけている。対峙している魔獣は上位種とはいえザコの部類だ。カテラの敵ではないが、後ろにいる新人の存在は優位性においても重要だ。このまま撃てばグラムウルフは撃滅できるだろうが、新人にも弾が当たる可能性がある。だが、カートリッジを交換する暇もない。

 一瞬の思考ののち、先に動いたのはグラムウルフだった。新人を背にしたままこちらへ走り込み、カテラを押し倒した。餌を目の前にしたからだろうが口からは涎が垂れている。カテラの顔を覗き込み、さも笑っているかのような表情をしている。それを見てカテラはニヤリと笑い返した。


「残念、外れ」


 カテラは咥えていた光玉を噛み潰した。グラムウルフは閃光をもろに浴び、カテラから離れようとした。


「今度は当たり!」


 七号をグラムウルフの腹にあて、引き金を引いた。小さい音とともに弾丸が三連射される。カテラはこちらに倒れこんでくるグラムウルフを蹴り飛ばし、倒れこんでいる新人を脇に抱え、その場から全速力で離れた。

 森の中を走っていると、後ろから魔獣の足音が聞こえる。何匹かがこちらに迫っているようだ。新人を抱えているせいかあちらの方が足が速い。じきに追いつかれてしまうだろう。それならば。


「七号、起動命令、多重制限解除!」

『声紋認証確認。多重制限を解除』


走りながら七号に呼びかける。いかにもな電子音声で七号が答えた。七号には師匠が使っていたころに違法に改造したAIが積まれていて、状況に応じて内部装填を自動的に入れ替えることができる。

 抱えていた冒険者をそっと地面に寝かせると、深く息を吸い低く腰を下ろし、大砲を前面に構えた。


「さあ、来い。ハチの巣にしてやる」


 闇の奥から、ドーブウルフの顔が見えた瞬間、七号が火を噴いた。

 多重制限を解除したことにより、さらなる連射が可能となっている。

群がるドーブウルフたちは圧倒的な火力を前にばらばらになっていく。辺りに血の匂いと赤い液体が散らばっていく。それでも魔獣たちは足を止めることはなかった。


「まだ来るか…砲身緊急冷却、再装填」

『冷却開始、しばらくの間お待ちください』


七号の側面が開き、熱い蒸気が噴出した。冷却と再装填までは七号を使うことはできない。


「舐めるなよ、おぉらぁぁあああ!」


 カテラは七号を振りかぶると飛び込んできた魔獣に一撃を叩き込む。 魔獣は吹き飛び、道のわきに飛ばされていった。何体かの魔獣を叩き潰し、魔獣たちの猛攻が止んだ頃に、ようやく、『冷却及び再装填完了しました』と七号が言った。魔獣はほぼ駆逐したらしく、何とか生きているものも、じきに冷たくなるだろう。


「…全状態を通常駆動に」『了解』


音声とともに冷却層が閉じ、元の形に変化した。

 カテラは七号を背負いなおすと、冒険者に近寄った。息はあるが、所々に傷があ

る。出血は幸い見受けられなかった。


「もう少しの辛抱、耐えてよ…」

 

冒険者に簡易的な治療を施すと、もう一度抱え、宿泊局へ向けて走り出した。

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