第零層、美しい世界編

1-1 始まりの時、はじまりのはじまり

  あの時、私が見たものは、きっと、きっと夢だったのだろう。悪い夢だ。

 血に赤にまみれた世界で私は生きていた。あの日、私が住む村で、天罰が起こった時母親がとっさに私を納屋に隠したのだ。あの時の母の顔は忘れないだろう。あの惨劇のさなか、私を怖がらせまいとする母の顔を。

倒壊した家々からは、不気味なほどに濃い色の赤い液体が流れている。目につく景色はすべて赤だ。むせ返るほどの血の匂いに溢れている。

蹂躙されつくしたこの場所に、以前の豊かさは一欠けらも見えない。

 村から少し離れた場所に赤にまみれた少女がいた。その上に二人の人形が少女を守るように覆いかぶさっている。

小型の魔獣が死肉を喰らいにやってきたが、皆だったものを、人間であっただろうモノに噛り付いていた。


 「やめて」


と口が動く。言葉は出なかった。擦れたかすかな呼吸音が力なく喉の奥底から漏れただけだった。それを食べないで、私の家族だった大切な大切な。

 魔獣たちは私には気づかぬようで、だったモノの手足や胴体を咥えいずこかに消えてしまった。

 一匹が魔獣がこちらを見ている。獲物を狩る目だ。徐々にこちらに向かってきている。少女にはソレに反抗する力などない。ただ、狩られるだけだ。少女は静かに目を閉じた。ここで喰われれば、家族の元へ行けると思っていた。

 魔獣が駆け足になりこちらに走り寄り、大きく口を開けた時、突如として空間いっぱいに轟く号砲とともに魔獣の上半身が消え去った。魔獣だったものはゆっくりと倒れこんだ。


「この惨劇で生き残るなんて、あんたよっぽど運がいいんだね」


 そう言葉が聞こえて少女は目を開けた。

 少女の横にしゃがみ込んだ、見知らぬ女性が見えた。白髪で後ろを縛っているようだった。瞳は赤く、赤いマフラーを羽織っている。

 女性は少女に手を差し伸べた。


「死にたくなかったら私の手を取れ、死にたいならここで朽ち果てろ。時間はない

ぞ、さあどっちだ?」

 血にまみれた少女は迷うことなどなく女性の手を取った。女性はニヤリと笑い、少

女を死体から引きずり出した。


「お前は何を望む?魔獣への復讐か?それとも平和な生活か?」


 少女は女性のほうに向きなおり、まっすぐ顔を見つめて言った


「私に戦う力をください。誰にも負けない力を」

「フフフ、いいだろう。お前はこれから私の弟子だ」


女性は少女の言葉を聞くと笑って後ろを向きながら答えた。


「あぁ、それと、私の名前は師匠と呼べ。名前を教える気はない、取り合えずここから離れよう。いつ天罰の魔獣が降ってくるかわからんからな。悪いが君の友達や家族を埋葬している時間はないぞ。準備はあとでいい、まずは私についてこい」


それが師匠との最初の出会い、そして私に唯一残っている幼き頃の思い出だ。



灰の村に一人で暮らす少女の両親はとうの昔に亡くなっている。今から数十年前に災厄事象「天罰」によって多くの村人とともに大型の魔獣によって殺された。だからどうだという話ではないが、この地域では珍しくはなかった。

 少女は家族に関する記憶をすっぱりと無くしていた。あの天罰後、灰の村には少女一人養える家はなく、たまたま村に滞在していた魔獣処理屋の女性に引き取られ、処理屋としての訓練を受け、ほぼ何の問題もなく、健康に育っていた。


 師匠は自分の名前すら言わなかったので「師匠」とだけ読んでいた。師匠はとてつもない強さだった。自分の何倍もある魔獣を少女の体と同等のサイズの大砲で駆除していた。

 たまに、師匠の相棒となのる人物が遊びに来ていたのを覚えている。彼は自分のことを「名無しだからナナシ」と呼んでいいよと言っていたが、終ぞ少女が彼をナナシと呼ぶことはなかった。

 師匠はここに来るまでにいろいろな場所を旅していた、と、言っていた。いろんな話を知っていた。体験談から聞いた話まで何でも。師匠の話は面白くて少女は何度も話をせがんだ。使用は少女に聞かれるたびに、少しあきれ顔になりながら、「これは本当の話だが」と前置きして少女に何度も話をしてくれた。

 特に少女のお気に入りは「楽園」の話だった。この世界のどこかに封印された扉があると。そこは緑があふれた世界だという。夢物語のような話だった、その扉を抜けると広く風が吹き抜ける草原、輝く湖や、新たな世界が広がっているというのだ。

 少女はまだ村から少し離れた場所に訓練に行くだけであり、確かに自分たちが暮らすこの世界はおそらく一生をかけても冒険できるような場所ではないのはわかっていた。が、ある程度開けた場所に出ると、見渡す限りに古い時代の騎兵たちの残骸や、機械と管によって森のように見える偽物の森しかない。こんな場所に樹どころか草も生えるわけがなく、生えているとするならば、それは苔とそれに生えている、偽物の野菜ぐらいだろう。

 少女はこの楽園に興味をもって師匠に幾度となく聞いていたが、師匠はそのことに対して、口をつぐみ応えては答えてくれなかった。

少女の中では時がたつにつれて、楽園への興味が増していた。

 それから幾年が過ぎ、少女が一人で中型の魔獣を倒せるようになった時、師匠は突然失踪した。

 部屋のベッドの上によれた地図と手紙と少しばかりの通貨、師匠の愛銃である大砲が残されていた。よれた手紙を開いてみるとそこには師匠らしい雑な字で「好きなことして悔いなく生きろ」という言葉が書かれていた。とうとう師匠は一度も名前を名乗らなかった。


 それから幾年か過ぎ、少女は一人前の処理屋になっていた。

 彼女の名はカテラ、身の丈ほどの大砲を持ち魔獣を狩るもの「処理屋ハンター」として。

 この先、彼女がたどる道筋が高く険しいものであることを誰も知る由はない。

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