ベアーちゃん

@20020302

二士郎がフリルちゃんにホワイトデーお返しするだけ

薩摩国の審神者 剛筋亭二士郎は 筑前国のとある本丸の縁側で茶を飲んでいた。

パタパタと短刀たちの廊下を走る軽い足音、手合わせで使う竹刀の乾いた音、へし切長谷部が他の刀剣を叱る声。

嗚呼、ここの本丸も平和だ。

そんな事をぼんやりと思い浮かべながら 暖かい茶を飲む。湯のみから口を離した瞬間、ふわりと風を感じた。

「待たせちゃったわね。それで?用って何かしら。」

職務を終えた、筑前国の審神者 美郷がフリルをたなびかせ 隣に座った。

「いやァ。こっちも急に押しかけちゃって悪いねェ。ちょいと 渡したい物があってね。」

二士郎はへらへらと笑いながら懐から 丁寧にラッピングされた小包を取り出した。

「なぁに?政府の機密情報?」

からかうように美郷は にこりと小さな口で笑った。

「いやァ、まさか。」

それに返すように へらりと二士郎も薄い唇を持った口で笑った。


美郷と二士郎の所在本丸は筑前国と薩摩国の別々のサーバーにある。だが、こうしてわざわざ別のサーバーに行って、度々会っていたりしている。

まるで、仲のいいご近所のような間柄である。この奇妙な2人は摩訶不思議な出会いをした。


ある日、二士郎が審神者になって間もない頃だった。

時の政府は審神者だけの会議を度々開く。呼ばれた審神者は中央サーバーに集まり会議に参加する。その際、中央サーバーへ向かう電車のような環状線を使う。

その日、二士郎は帰るはずだった 薩摩国ではなく、筑前国にひとりぽつねんと立っていた。

「ここ、どこだィ…。」

青ざめた顔で辺りを見回す。しまった。 見栄なんか張って 陸奥守の護衛を断るんじゃなかった。

「おんし、絶対迷うき。」

そうだよ、迷ったよ 陸奥坊。あたしゃ お前さんの言う通り迷いましたよ。

冷や汗が滝のように流れる。どうしよう、このまま帰れなかったら。このままあたしゃ 本丸に帰れずに死ぬまでここにいるのかい。そんなの嫌だよ。

あー、ダメだ。パニックになってきた。とにかく誰かにきかないと。もう、誰でもいい。とにかくここがどこかを教えておくれ。

二士郎は今にも泣きそうな顔で 1人の少女にふらふらと話しかけた。

「ずみまぜん…。ここは…どこのサーバーでずが…?」

少女はくるりと振り返り、人形のような 綺麗な顔でニコリと微笑み

「貴方、最近就任した審神者?」

自分の素性をずばりと言い当てた。

「は…。そう…です。」

二士郎は ルックスの良さとミステリアスな雰囲気に驚く。その少女こそ、美郷である。

「どうやら乗る線を間違えたみたいね。案内してあげるわ。」

美郷は淡々と 二士郎に話しけた。

「あのぅ…。結局、ここは…。」

「あぁ、ごめんなさいね。ここは筑前国サーバーよ。」

「筑前て、どこ…」

お陰で、剛筋亭二士郎 25歳は15歳の美郷に手を引かれて とことこと 元のサーバーまで戻る事が出来た。

それが、美郷との出会いであった。


時は現在。 二士郎は渡すものがあると筑前国の美郷の本丸へ遊びに来ている。

二士郎は懐から小包を 取り出すと、赤いリボンをしゅるりと解き、小さな箱を開けた。

「ほら見て。くまちゃんマスコット。今日はホワイトデーだろう?この前のお返しだよ。」

中から出てきたのは、手のひらサイズの 熊のマスコットだった。

美郷は 驚いたのか、目をまるまると見開いている。

「フリルちゃんが好きな物、よくわかんなくって…。可愛いものなら喜んでくれるかなァって思ってねェ。」

二士郎は 気の抜けたような笑顔で笑いかける。

「ボク、クマのベアベアチャンダヨー!」

驚いている美郷に裏声でマスコットの腕を動かして見せた。

「…ぷっ…。あはは!なによそれ!」

「ありゃ!気に入ってくれたかい!?いやァ、良かったぁ。」

初めて美郷が心から笑った顔を見た気がする。彼女も年頃の女の子なのか。小さな熊のマスコットを愛おしそうに両手で持つ。

「いやァ。きみも女の子だなァ。可愛らしいね。」

「は!?ばっ…ばか!気安く言わないでっ!」

「あっはっは!こんなこと言っちゃァ、桑名くんに怒られちゃうなァ。」

ゆでダコのように顔を真っ赤に染めた美郷は 二士郎の肩をばしばしと叩く。二士郎はへらへらと笑う。

あぁ。今日も平和だ。…背中に感じる悪寒を除けば。

「へぇ。僕がなんだって?」

「ひえっ…桑名くん…。」

自分の恋人が サングラスの変人と仲良くしているのを恨めしそうにじいっと見つめる 桑名江が 二士郎を覗き込む。

「いや…っ!これは 違うんだ!その…!この前のお返しだよ!それが礼儀ってもんだろう!?それに、あたしゃお子さんには手を出さない主義だよ!だからそんな捕食者のような目で見つめないでおくれ!」

必死に弁解する二士郎を他所に桑名江はじいっと見つめる。二士郎はまるで蛇に睨まれた蛙のようだった。


なんとか ゲンコツを喰らわずに済んだ二士郎は薩摩国に帰った。そこから歩いて自分の本丸へと帰る。頼まれたお土産をいっぱい手に持ち とことこ歩いていると、後ろから泣きそうな声で話しかける声が聞こえた。

「ずみまぜん…。ここは…どごでずがぁ…。」

振り返ると、少年が真っ青な顔をして立っていた。

「乗る線間違えちゃったらしくて…。その…迷子になって…。」

「君、初心者さんだね?護衛はいるのかい?良かったら案内しよう。」

「…先週、就任したんです…っ。ぼく、乗り換えとかがよくわかんなくて…。それなのに、見栄張って蜂須賀さんの護衛断っちゃってぇ…っ。」

あぁこのシチュエーション、懐かしいな。

「君はどこの審神者だい?」

あの時の少女のように 優しく聞いた。

「備前国の審神者ですぅ…。そのぉ、結局ここは…。」

「ここはね、薩摩国だよ。」

「ンン…?サツマ…?」

あの時の自分のようだ。 そういえば、いつの間にかサーバー間の行き来も1人で出来るようになったなぁ。あの時、あの子がいなかったら自分はどうなってたんだろうか。本当にあの子には感謝しかないなぁ。

二士郎は少年を備前国まで送り届けたあと、少し上機嫌で本丸へと帰った。

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