第4話
ベットから起きると、嫌でも昨日の出来事が思い出させる。彼女の出した願いの意味を考えずに了承したが、一度時間をおいて考えると、その内容の歪さに気づく。
一生服従と彼女は満面の笑みを浮かべながらそう言った。会話の内容を思い返すと、彼女になんでもという言葉を引き出され誘導された形になるのではないかと考える。俺は以前、彼女の性格を内省的だと分析したが、良くも悪くもその分析は正確だったようだ。
普通の人ならば、これまでの彼女の行動にどんな印象を抱くだろうか?
多くの人間が、彼女は一見無害そうだが、実は腹黒く狡猾な人間であったと思うだろうか。
自分が巻いた種とはいえど、昨日の会話で垣間見た俺の知らない彼女の本性。
…正直に言うと俺は、彼女と結んだ契約の情景を思い返す度に、図書室で官能小説を読む事とは比べものにならないほどの興奮を覚えていた。
◇
◇
教室に入ると、矢島に加えて、一人の女子が大きくこちらに手を振っているのが目に入る。
「おっ、色男が登校してきたようだぜぇ〜、高坂!」
「矢島さん、やっぱり恋人持ちは顔つきから違うね〜!」
矢島と共に俺をからかっているのは、矢島と同じく、中学校からの腐れ縁である高坂であった。矢島と俺は高坂とは別のクラスだが、わざわざ俺をからかうためだけに、俺のクラスに来ているようだ。
ニヤニヤしながらこちらの反応を伺うバカ二人に呆れ、失笑を浮かべる。
あの様子だと、高坂か矢島か、どちらか断定できないが、おそらく昨日、後輩である彼女の家に入ったところを目撃でもされたのだろう。彼女の家はかなり学校から近く、お邪魔する際には、噂になって彼女に迷惑をかけないようにするため、周囲をかなり警戒しながら入っていたのだが、昨日はあまりの出来事の大きさに周囲の警戒を失念していた。
どう言い訳をするか、考えていた所、朝のHRの開始を伝えるチャイムが鳴った。
「わわっ、やばい、あたし早く戻らないとっ!……古田ちゃんって子との関係は後でちゃんと聞くからね〜!」
慌ただしい様子で、教室を出て行く高坂。矢島はどうやら納得がいかないようで、しつこく聞いてきたが、適当にあしらうことにした。
妙に長く感じた学校も、清掃の終了と共に終わりを告げる。
スマホの画面を見るが、彼女からの連絡は無い。自分から連絡する勇気のない俺は、少々味気なさを感じながらも、靴を履き替えて帰路につこうとする。
「元井先輩」
俺が今日ずっと待ちわびていた声が後方から聞こえて、勢いよく振り返る。
「今日、一緒に帰りませんか?」
昨日の出来事がまるで無かったのような様子の彼女が俺に提案する。断る理由もないので、頷くことで了承の意を伝える。
…しかし、一つだけ以前までの相違点を挙げるならば、彼女の浮かべる笑顔は今までの彼女では想像できないようなほど、妖艶な雰囲気を放っていた。
◇
◇
歩き始めて、何分経過しただろうか、彼女の家の近くに差し掛かることに気づく。結局俺から話しかける勇気が出ずに、ただ歩き続ける。彼女は今、何を考えているのだろうかと推測していると、不意に彼女に制服の袖を摘まれた。
「先輩はなんでわざわざ学校で官能小説を読もうと思ったんですか?」
率直な疑問をぶつけられる。きっと普通の人間ならば、己の威厳を保つため、「気分だ」などと言って、誤魔化そうとするのだろう。自身が好意を持っている女性に対し、自らの異常性を誇示したがる男などいるはずがない。だが、俺は彼女に対し、嘘をつく気にはなれなかった。たとえ、変態と罵られようとも。
自分が公共の場で官能小説を読むことに性的な興奮を覚えることなど、しどろもどろになりながらも、彼女に対し、包み隠さず話した。たとえ嫌われることになろうとも構わないとその時の俺は思っていた。いや、訂正すると彼女に話しても嫌われることはない、という根拠もない自信がその時の俺にはあった。
「図書室で一緒に本を読んでいたときも、官能小説を見ていたんですか?」
「ああ…」
「昼休みの時だけやけにそわそわしていると思っていたら、そう言うことだったんですね。率直に言って、気持ち悪いです。昨日も言いましたが、先輩がこんな変態だとは思いませんでした」
刺のある言葉が俺を貫く。しかし、辛辣な言葉とは裏腹に彼女の顔には恍惚な表情が貼り付けられていた。
「変態、変態、変態。何か、反論があるなら言い返して見てくださいよ、変態さん」
彼女の語気が強くなってくるとともに、俺の胸の内に今まで感じたことのない熱い感情が湧き上がるのを感じる。
「普通の女の子ならドン引きですよ、今までの関係が台無しです。百年の恋も覚めますよ。私が相手でよかったですね…」
艶やかな声色で、彼女がそう呟く。顔色を伺うと、彼女の頬は薄い赤に染まっていた。
彼女が一気に距離を詰める。驚いた俺は衝撃に備えて、目を瞑った。
「約束覚えていますよね、これからは私が、一生を掛けて、変態な先輩を調教して真人間にさせてあげますから、覚悟しててくださいね」
彼女が耳元に手を置いて囁くと、その刹那、頬に唇の柔らかな感触が伝わり、驚いた俺は目を見開いた。
そのままの勢いで向き直ると、彼女は一瞬だけ婀娜っぽい表情を浮かべ、その場を去っていった。
茫然と立ち尽くした俺はそこで、自分の胸に湧き上がる感情の正体に気づく。
「そうか…俺って……ドMだったんだ…」
これから訪れる日々への期待と興奮を胸に、
ふと思いついた言葉を口に出した。
「内気な後輩が実はめちゃくちゃドSだった件」と。
内気な後輩が実はめちゃくちゃドSだった件。 門崎タッタ @kadosakitta
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