第3話

 一晩中、ベットの中で悶え続けた地獄のような夜は自分の想像以上に早く過ぎ去り、あっという間に日が昇る。


 母親に登校拒否を願い出るが、にべもなく断られ、まるでゾンビのような足取りで学校に向かう。


 教室にたどり着くと、外気を遮断するかの如く、机に突っ伏して、寝た振りを始めた。


 自分の変態的な趣向が露呈するのが怖かったわけではない。客観的なスケールで見るならば、ちょっとした度胸試しのようなもので、良くて数日、いくら長く見積もったとしても二週間程度、周りからいじられるだけで被害は済むだろう。


 問題はそこではなく、最も知られたくなかった相手に自分が学校で官能小説を読むような男であることを知られてしまったという事実が問題なのだ。


 彼女の前では、下の話題を振ることは一切無かった。お互いの家を行き来することは多少あっても、淫らな行為などは愚か、指一本ですら彼女に触れたことはない。


 恋愛小説などの貸し借りはしたものの、お互いのそういった事情を詮索したことも一度も無かった。


 彼女との本の感想などを語り合うひと時は、勉強漬けの俺の高校生活に置いて、最上級の癒しとなっていた。しかし、自分はその権利を自らの欲望に駆られて手放したのだ。


 そう自嘲気味に回想にふけっていると、ポケットの中にあるスマホが震えだすのを感じた。


 スマホを取り出し、ロックを解除して、通知センターを見ると、たった一言だけの彼女からのLINEが届いていた。



「放課後、家に来てください」



 普段、こちらの予定を確認してから、会う段取りを決める彼女にしては初めて、完全に命令口調の文が送られてきた。 


 今まで、見たことのない文調に元々あった不安がさらに大きくなり、今日の授業は全く頭に入らなかった。


 


 ◇











 ◇



「お茶、どうぞ…」



「あ、ありがとう……」



 今日一日中ほとんど放心状態だった俺は学校が終わると、いつの間にか彼女の家に上がっていた。


 しばらくの間、無音の閑静なとても気まずい空間が出来上がる。


 彼女が自分の鞄から、おもむろに俺の官能小説を取り出し、カバーを外す。


 表紙には着崩れた制服を着ている艶やかな表情をした女子高生の挿絵とともに鮮やかな色で〜ドS系後輩女子高生の罵りご奉仕〜というタイトルが書かれていた。



「この小説、先輩のもので間違いないんですよね?」



「…………はい……」



 勘違いかもしれないが、彼女の言葉に言葉にできない圧力のようなものを感じる。


 本当に偶然なのだが、官能小説のヒロインが後輩であることで、自分の立場と関連付けて、いやらしい目で今まで見られていたと思っているのだろうか。


 矢島の噂が本当であるなら、彼女にとって、かなりの嫌悪感を抱くだろうと想像する。



「…いや、これは、その、違くて…」



 必死に言葉を探すも、パニックに陥った俺の脳味噌は語彙を絞り出すことができなかった。



「…そんなに焦って弁明しようとしなくても大丈夫ですよ。本の内容、全部見ちゃいましたから。それに、学校の鞄にこの本が入っていたってことは、先輩、読んでいたんですよね。学校で、この本を。」



「あ………う……」



彼女から次々と畳み掛けられる言葉に、息が詰まる。頭が真っ白な状態になり、呻き声に似た声が口から漏れる。


 

「先輩も男の人なので、そう言ったものに興味を持つのは理解できますが、まさか、学校にこんなものを持ち込むなんて…、普段は真面目で頼りがいのある先輩が…」



「ほ、本当にご、ごめん……、で、出来心だったんだ……」



「ショックです… 幻滅しました……サイテーです…」 



 彼女は俯いており、長い前髪が、顔を覆い隠しているため、彼女の表情は伺うことができないが、彼女の声の調子はどんどん沈んでいく。



「…でも、周りに言いふらしたりしないので、心配はしなくていいですよ。私、噂とか余り好きではないので…」



 彼女はぼそりとそう呟く。このままでは、彼女と本当に絶交する流れになってしまう。もうなりふり構っている場合ではない。



「たっ、頼む、許してくれ!こんな事で、君との今までの関係を終わらせたくないんだ!なんでもするからぁ!」



 恥も外聞もなく、自分の思いの丈を半ば叫ぶように彼女に向かって懇願するようにそう言い放つ。




「…………なんでも?……」



 勘違いかもしれないが、彼女の声色が少し上擦ったのを感じた。手応えを感じた俺は、譫言のようにその言葉を繰り返す。



「ああ、なんでもだ、俺にできる事ならなんでもする…」



 「…嘘じゃあ、ありませんよね?」



 「嘘じゃない!本当だ、なんでもするよ!」


 

 とにかく藁にもすがる思いで食らいつく。この時の俺は、冷静さを既に失っており、彼女の浮かべる表情を観察するほどの余裕は持ち合わせて無かった。



「それでは、遠慮なく…………、先輩は私の言う事にこれから服従という事でよろしくお願いしますね!」



  俺の方を向き直った彼女は、今までに見せたことがないほどの可憐な笑顔で、そう言い放った。


 




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