第15話 返事(side恋)

 唇にはまだ感触が残っていた。

 先輩がよく来てくれていた理由には驚いたが、なぜか律くんを好きだと聞いても驚きはしなかった。


「……告白の返事、考えなきゃ……」


 正直、先輩のことはよくわからない。

 良い人だろうとは思うけれど、“好き”かと聞かれたらどうなんだろうと考えてしまう。


「愛。ごめん、遅くなった」


 肩で息をしながら律くんが病室に入ってくる。

 私は律くんが好きだったらしいけれど、律くんはどうだったんだろう?

 誰か好きな人はいたのかな?

 私のことはどう思っていたのかな?

 胸がドキドキする。

 なぜ先輩は“気をつけて”と言ったのだろう。


「愛?どうかーー」

「“愛”って呼ばないで!」


 自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。なぜこう言ったのかはわからない。

 ただ、嫌だという感情がどこからか浮かんできて、溢れたのだった。


「私は…私は……“愛”じゃないよ……っ!」


 じゃあ私は“誰”なんだろう?

 わからない。

 誰か教えて。私は“誰”なの?


「……記憶が戻ったのか?」


 律くんが私にそう尋ねるが、私は首を横に振る。


「ねぇ、なんでお父さんしか病院に来てくれないの?お母さんがいないわけじゃないんだよね?」

 律くんは黙って答えない。

 ずきずきと手首の傷が痛む。


 と。

 ぎゅっと律くんに抱きしめられた。グラウンドの土と汗の匂いがする。中性的な顔をしていて、細身だけれど、私よりは大きくてすっぽりと彼の腕の中に収まってしまう。やっぱり男の子なんだなぁと顔が熱くなる。


「……愛をこうさせたのは、俺だから。追い詰めてごめん。責任、取るから。愛のことを守るから、この先ずっと、ずっと……」


 震える律くんの背中に私は手を回す。

 それでなんとなく気づいてしまった。

 たぶん律くんは私のことが好きなわけじゃない。


「ーー守らなくていいよ。私を見てくれている人はちゃんといるから。だから無理しないでいいんだよ?」


 律くんの肩が震える。

 ねぇ、肩の荷物はおろしていいんだよ。

 重さに潰されなくていいんだよ。

 楽になっていいんだよ。


 私が欲しいものはきっとそんなものじゃない。


「……私ね、吉良先輩に告白されたの。告白、受けようと思う」


 打算的かもしれないけれど、今は“愛情”が欲しかった。

 全てを受け止めてくれる人が欲しかった。


「だから、泣かなくて良いよ?律くんも好きな人と幸せになって?」


 律くんは見たこともない辛そうな表情をしていた。


「ーー今までありがとう、律くん」


 夕食後、先輩に電話で告白の返事をすると、ものすごく喜んでくれた。

“好き”にさせてみせるよという先輩の言葉が渇いた私の心を優しく満たしてくれた。

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