第12話 幸せと痛みの間(side律)
キスはもっと“幸せ”な味がすると思っていた。
それはこんな“歪な関係”だから仕方ないのかもしれない。
恋が自分を愛してくれるたびに、心がギシギシと音をたてる。“愛”として見ているから違和感が拭えなくて、でも気持ちが向けられるのは嬉しくて、幸せと痛みの間をさ迷っている。
彼女の優しさに甘えている。
恋を大事にするなら拒むのが一番なのに、それができずに縛り付けてしまっている。
「ーー愛」
ふたりきりの部屋。ばあちゃんは出掛けている。ふたりを邪魔するものはなにもなくて、俺は再び唇を重ねた。
泣きそうな瞳が俺を見つめていた。
先に進みたい。
手に入れたい。
でもそれは正解なのか?
進んだ先に“幸せ”は待っている?
躊躇いは彼女にも伝わって、きゅっと手を握られる。
ーー私は律としたい。
恋の長いストレートの黒髪が身体に触れる。
そっと抱き締めて、またキスをする。
今度のキスはほんのりと甘い気がした。
でも。
身体は正直なのか、俺のものは反応せず、触れるだけ彼女に触れて、一線を越えることは出来なかった。
大丈夫だと笑っていたけれど、それは酷く恋を傷つけていた。
☆
「久しぶりやなぁ、愛ちゃん。たくさん食べてな」
「ありがとうございます」
「すっかり年頃の娘さんやねぇ。綺麗になったねぇ」
嬉しそうにばあちゃんは恋に手料理を振る舞っていた。恋も笑いながらばあちゃんと話していた。
「恋!今日はごめん!」
帰る彼女に俺は頭を下げた。ううんと恋は首を横に振った。
「ーー久しぶりに“恋”って呼んでくれたね。やっぱり“愛”じゃないとダメ、か。双子だからいけると思ったんだけどなぁ。やっぱり律は“愛”じゃなきゃダメなんだね」
「そういうわけじゃーー」
「それでもいいと私は思ってたんだけどな。ねぇ、律。私は一体“誰”なんだろうね?“愛”にも“恋”にもなりきれない、変な存在だよね。“私”はどこにいるのかなぁ」
ぱたぱたと恋は泣いていた。
きゅっと胸が締め付けられる。
「律に好きになってもらいたかったな。それなら私はちゃんと“愛”でいられたもの。でも、ダメだった。ごめんね、私のワガママに付き合わせて。やっぱり私は“愛”になれなかった。無理に愛そうとしなくていいよ?気を使わなくていいよ?だって私は“愛”じゃないんだから。短い間だったけど、ありがとう」
ひんやりとした風が恋の長い髪を揺らす。
綺麗に恋は笑って、俺に背を向けた。
俺はまだ知らない。
自分の軽はずみな行動がどういう結果を招くかを。
後悔先に立たず。覆水盆に返らず。
その日の夜、恋は自殺を図り、命をとりとめたものの全ての記憶を失った。
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