第6話 距離(side恋)
先輩の言葉にどくんと心臓が鳴った。
どうして知っているのと心が悲鳴をあげる。
「そんな不安な顔しないで?というか、俺のこと覚えてないよね?」
「すみません。わからないです」
即答する私に先輩は渋い顔をした。
「ま、無理もないか。出会った頃はガリガリで髪も抜けてて、見た目も違っていたから。ねぇ、“はーくん”ならわかる?」
「はーくん…帽子をいつもかぶってた、あのはーくん?」
「そう。あの“はーくん”だよ。手術に成功して、元気になったんだよ」
話をする先輩と私の間に律が割って入る。
「もう授業始まるんで。行こう、愛」
そう告げるがそれほど時間に余裕がないわけではない。律はただ先輩のことが気に入らなかっただけだった。
「じゃあ、放課後にね。とりあえず事情がわからないから“愛”ちゃんと呼んでおくよ」
ひらひらと先輩は手を振って笑った。
「恋、はーくんって誰?」
「昔、入院してたときに何回かお話した人だよ。泣いてたとこを見かけて、声をかけたの」
「あ、車椅子の男の子?」
「うん、そうだよ。病気治らないんだって言ってたけど、元気になったみたいでよかった」
「愛も知り合いなのか?」
「私が愛といたとき何回か会ったかな」
そっかと頷く律に私は焼きもちかなとちょっと嬉しくなる。
告白は失敗したけど、律は隣にいてくれる。
自然体でいられる人。
私が私でいられる場所。
大切な居場所だ。
「おはよ~あもちゃん、色葉くん」
「おはよ。うみちゃん」
「内海さん、おはよう」
「吉良先輩に捕まってたね~吉良先輩は女たらしだから気をつけてっていろんな先輩に言われたよ?」
「うみちゃん、かわいいからね」
「そんなことないよ~あもちゃんかわいいもん。ね、色葉くん?」
律に話を振るが、無反応だった。
「律、どうかした?」
「悪い。ぼーっとしてた。何の話?」
「別に大した話じゃないよ」
そう私が答えるとタイミング良く担任が教室に入ってきて授業が始まった。
授業が終わり、今日も部活に行く。今日は隼人が話があると言っていたから、律と帰りは別にすることにした。
うみちゃんと一緒に部室に向かう。うみちゃんはフルート、私はクラリネットとわかれて教室に行った。
ここの吹奏楽部は人数が少なめだった。でも、みんなが楽しそうに演奏をしていた。中学は所謂強豪校で練習も厳しかったけれど、楽しそうにするのも良いなと自然と笑みが溢れた。
「混ぜて混ぜて~」
クラリネットの先輩たちと基礎練習をしていると楽器を持った先輩が教室に入ってきた。いいよとクラリネットの先輩たちが答えて、先輩が練習に混ざる。
「やっぱり先輩、オーボエだったんですね」
「俺の演奏みてくれたんだ。オーボエの音色好きなんだよね。存在感もすごいし、ギネスで一番難しい楽器に認定されてるし、かっこいいと思わない?」
笑顔の先輩に私も笑う。
「ただ、俺ひとりしかいないから、いろんなパートうろうろして練習に混ぜてもらってるんだ。楽器に不満はないけど、人数がいるクラリネットとかトランペットとか羨ましい」
練習は続き、片付けを終えた先輩に一緒に帰ろうと誘われた。
「ーー先輩が言ってるとおり、私は“愛”じゃなくて“恋”です。6年前、愛が入院していて、退院間近に遊びに出たいと言ってきて、1日だけ入れ替わったんです。そうしたら、私のふりをしたままで愛が事故にあって死んでしまったんです。誰も気づいてくれなくて、愛じゃないって言っても信じてもらえなくて、私は“愛”になりました。このことを知っているのは律だけです」
「なんで気づかないんだろうね。恋ちゃんと愛ちゃんはこんなに違うのに」
「家族はバラバラになりました。私は“恋”じゃなくて“愛”として生きてきました。いつバレるかビクビクしながら知り合いを騙して辛かったんです。だから、知り合いのいない遠いこの高校に来たんです」
「俺はすぐ恋ちゃんだと気づいたよ」
「なぜですか?」
「初恋の人だから。再会できるとは思ってなかったから嬉しかった」
「初恋……?」
「そうだよ。赤ちゃんの話、覚えてる?」
「赤ちゃんがいるから、自分はいらないんだってやつですか?」
「うん。恋ちゃんの言葉に俺は救われた。それで俺は妹を受け入れられたんだよ」
隣に並んだ手が触れ、ぎゅっと先輩が手を握り告げる。
「俺とお付き合いしてくれませんか?俺が君が君らしくいられる居場所になるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます