第5話 重い想い(side隼人)

 骨髄移植で白血病が完治した俺は学校に行けるようになった。今まで“当たり前”のことが出来なかった俺は、その“当たり前”のことが出来るようになれたことがものすごく嬉しかった。

 けど、どうしても勉強が追い付けなくて両親に相談したら家庭教師をつけてくれた。みんなに追い付きたい。ただその一心で俺は必死だった。


「一生懸命な隼人くん、かわいいね」


 それは突然だった。ふわりと甘い匂いに俺は押し倒され、キスをされた。びっくりして突き飛ばしたら、家庭教師の先生はきょとんとしていた。


「今の、なに?」

「キスよ。したことなかった?」

「ないよ」

「じゃあ、キスの先のイイコトも知らない?」

「知らない」

「じゃあ、先生としてみない?みんなしてるよ?」  


“みんながしている”という言葉が心を揺さぶる。


「けど、そういうのは好きな人同士でするもんじゃないの?」

「私は隼人くん、好きよ?隼人くんは私のこと、好きじゃない?」


 こてんと首を傾げて、甘えてくる。


「ーー先生、好き」


 俺は先生に溺れていく。

 俺は“恋人”だと思っていた。

 先生が好きで好きで堪らなかった。


 だが、別れは唐突にやってくる。



「ーーえ、今なんて?」

「詳しい事情はわからないんだけどね、家庭教師をやめるんですって。隼人も勉強普通に出来てるから、もう大丈夫よね?」



 先生が来なくなる?

 そんなの聞いてない。慌てて電話をかけても出てくれない。

 会えなくなるなんて嫌だ。

 好きだよ、先生。

 終わりになんかしたくない。


 堪らなくなって夜の街に飛び出し、走る。



「ーーあんた、また若い子に手出したの?」

「めちゃくちゃ綺麗でかっこよかったのよ。先生先生ってまっすぐで性格も良かったし。でも、私には重いかなって、家庭教師もやめちゃった」


 聞き慣れた声に振り返るとそこには会いたくて堪らなかった先生がいた。


「重いってあんた、いつか刺されるよ?」

「大丈夫大丈ーー」

「ーー先生、重いってどういうことですか?」


 俺の声に先生とその友達は振り向いた。先生はまずいという顔をし、俺から目をそらす。


「ねぇ、俺たちは恋人じゃなかったの…?重いってどういうこと?」

「言葉のままよ。恋人じゃない。隼人くんは友達のひとりよ。重いってのはめんどくさいってこと。もういらないわ。見た目は好みだったんだけどね」


 ひらひらと手を振り、先生は去っていく。その友達は心配そうにこちらを見ている。

 先生の言葉にぽろぽろと大粒の涙が流れていく。


 なんだ。

 恋ってこんなあっけないもんか。

 俺は先生のためにならなんでもできたのに。

 お金がほしいのなら、お年玉を渡したのに。

 嫌な人がいるなら、その人から守ったのに。

 大好きでたまらなかったのに。

 そっか。

 そんなのは俺だけだったのか。


 学校での反応や街を歩いた反応で、自分の見た目が良いことはなんとなく知っていた。実年齢より上に見られるのもしょっちゅうだった。

 でも、先生がいるから断ってた。

 先生のことしか見えてなかった。

 なーんだ。断る必要なんてなかったんだ。


 馬鹿みたいだ。

 どんなに想っても恋は簡単に終わりを迎える。




「隼人くん、今日空いてる?」

「空いてるよ~デートする?」

「するする!」


 恋は遊んだ者勝ちだ。


「あ、恋ちゃん。おはよ~」

「愛ですってば」

「焦っちゃってかわい~」


 初恋も苦い味がするのだろうか。


「吉良先輩。あまり愛で遊ばないでくれませんか?」

「君は彼氏?」

「違いますけど」

「じゃあ邪魔しないでくれる?あ、カナちゃん。ごめん、今日予定あったんだ~また、今度ね」


 ねぇ、君の秘密を教えてよ。


「恋ちゃん、放課後ちょっと付き合って」


 耳元で囁く。


 ねぇ、妹の愛ちゃんはどこにいるの?

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