第4話 病院仲間(side隼人)
ーー7年前。
俺が10歳、恋と愛が9歳の頃の話だ。
俺は意外と神経質で、咳が煩くてなかなか眠れなくてイライラしたことをよく覚えている。喘息患者には失礼な話だが、咳がなんだ、呼吸困難がなんだと思っていた。そんなの一瞬だけで済むじゃないか。酷い吐き気に襲われることもなければ、髪が抜けることもない。“可哀想”と言われることもない。
俺の病気は白血病だった。出来うる治療はやり尽くし、ひたすらドナーを待つだけだった。ドナーが見つかるのが早いか、俺が死ぬのが早いかのだいぶ不利な鬼ごっこだった。
母さんが押してくれる車椅子での散歩が好きだった。髪の毛のない頭が目立たないように帽子をかぶって中庭をただ散歩する。なんでもないことを母さんと話す。たまに父さんも一緒に来て、くだらない話をした。それが細やかだけど幸せだった。
あの日、中庭にはあの子ーー天羽恋がいた。
天羽姉妹は一卵性双生児でとてもよく似ていた。皆がどっちがどっちかわからないと言っていたが、俺はそう思ったことは一度もなかった。姉の恋は少し人見知りで、妹の愛は活発だった。目がよく性格の差を現していた。
あの日、俺は泣いていた。両親に裏切られた気分でいっぱいで、怒鳴って病室を飛び出してきていた。
「ーーどこかいたいの?」
心配そうに恋は声をかけてきた。けど、俺は苛立っていて恋を無視をした。すると、ちょこんと恋は俺の隣に座った。
「……どっか行けよ」
「しんぱいだからいかない」
「……冷えるとせきが出るぞ」
「れんのびょうきしってるの?」
「知ってるよ。だから部屋にかえれ」
小さな身体がぎゅっと抱き締めてくる。
その温もりにまた涙が溢れた。
「……赤ちゃんが出来たんだって。おれがもう少しでいなくなるから、そのかわりなんだ」
「かわりっていわれたの?」
「いわれてないよ。けど、楽しみだった散歩、してくれなくなった。病院にもあまり来てくれなくなった。俺はもういらないんだよ」
「さみしいの?」
「さみしいよ」
「こわいの?」
「こわい」
「じゃあ、れんがいっしょにいる。さみしいのもこわいのもはんぶんこだよ」
小さな手が涙を拭ってくれる。
優しく笑ってくれる恋に胸が温かくなる。
「れん、おれが元気になったらいっしょにいてくれる?」
「いいよ。いっしょにいる」
「約束しよ?」
「うん!」
指切りげんまんと二人で歌う。
とくんと胸が鳴る。
「隼人!大変!ドナーが見つかったって!」
息を切らせて隼人の母がやってくる。
「病気、治るよ!お兄ちゃんになれるんだよ!」
母の言葉にぼろぼろと俺は涙を流す。
良かったねと恋は笑い、バイバイと手を振って去っていく。
それから治療で忙しく、しばらく中庭に行けなかった。
その間にか恋は退院したようで、いつしか咳は聞こえなくなっていた。
幼い初恋は終わったと思っていた。
「ーーまさか初恋の女の子と会うなんてね」
「隼人、なんか言った?」
「んーん。なんにも」
「じゃあ、あたしに集中して」
「あら、ミカちゃん積極的だね」
隼人はぎゅっと彼女を抱き締め、制服を脱がしていく。
「キモチイイコトしよ?」
ちゅと隼人は首筋に口づけ、下着へと手をかける。
恋は俺のこと、全く覚えてなかったな。
好きだったのは俺だけだったのかな。
そう考えると寂しくなる。
「隼人?どうしたの?」
「ごめんね、サキちゃん。昔のこと思い出してた」
「あたしはミカだよ。顔が良くなかったら殴ってるよ?」
「ごめん。いーっぱい気持ちよくするから許して?」
「仕方ないなぁ。今回だけだからね」
「ん。ありがと」
俺の甘い笑みには誰も逆らえない。
身体は反応する。
でも、つまらない。面白くない。
そりゃそうだ。相手は好きでもなんでもない女の子なんだから。
恋を見てドキリとした。
俺の初恋はまだ終わってないみたいだ。
“恋愛”ってどうするんだっけと思いながら、俺は恋のことを思い出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます