第59話 興奮するべきではない時

 私は、クラーナとともに洗面所に来ていた。

 タオルを取り出したクラーナは、私の体を拭いてくれている。


「ごめんなさいね、こんなにべとべとにして……」

「大丈夫、クラーナの唾液なら、別に気にならないよ」

「アノンは、優しいわね……」

「んっ……」


 クラーナはそう言いながら、私にキスしてきた。

 触れるだけのキスだ。その後、クラーナは何事もなかったかのように私の体を拭くことを再開する。


「そういえば、クラーナは汗とかかいていない? かいていたら、拭いてあげるよ?」

「え? そういえば、少し汗をかいているかも……」


 そこで、私はクラーナにそんな提案をした。

 体調が悪かったため、もしかしたら彼女も汗をかいているのではないかと思ったのだ。

 その予想は当たっていたようである。それなら、彼女の汗を拭いてあげるとしよう。


「それじゃあ、交代しようか?」

「ええ、せっかくだから、お願いしようかしら」

「それじゃあ、服を脱いでもらっていい?」

「ええ……」


 クラーナに服を脱いでもらい、その体を拭いていく。

 彼女の素肌が見えているため、少し興奮してきたが、今は我慢する。

 クラーナは、病み上がりだ。そんなことを考えている場合ではないだろう。


「はあ、はあ……」


 そう思っていたが、クラーナの甘い吐息でそれは少し揺らいできた。

 お互いにこんな姿で、そんな吐息をされたら、理性が吹き飛びそうになってしまう。

 いや、ここは意思を強く持つべきである。私は、無心でクラーナの体を拭いていく。


「アノン、もう大丈夫よ」

「あ、うん……」


 そうやって必死に理性に戦っている内に、クラーナの体を拭き終わった。

 彼女の柔肌から、手を離せたことで、私の心は少しだけ落ち着いてきた。だが、肌色が目に入ってくることは変わらないため、まだこの興奮は完全に冷めていない。

 もういっそのこと、いいのではないだろうか。そう思ったが、彼女が病み上がりであると自分に再び言い聞かせて、その心を否定する。


「それじゃあ、服を着て……あ、でも、着替えないと駄目かな?」

「ええ、でも、服は着ておきましょう。裸で家の中をうろつくのは、なんとなく嫌だもの」

「そ、そうだね……」


 私は、お互いに声を震わせながら会話を交わした。

 どうやら、クラーナも色々と我慢しているようだ。

 よく考えてみれば、私の体を舐めていた彼女の方が興奮しているのは当然のことである。


 だが、それなら、もういいのではないだろうか。

 病み上がりとか、そういう事情はもう考慮しなくても問題ないのかもしれない。そもそも、体を舐めている時点で、彼女は元気なのではないだろうか。

 そう思っている内に、私もクラーナも服を着終えていた。そのまま、クラーナはゆっくりと立ち上がる。


「さて、行きましょうか。朝食……ではなく、昼食にしましょう」

「あ、うん……」


 結局、私が何かを起こす前に、クラーナは歩き始めてしまった。

 今はもうそういうタイミングではない。そうやって自分を納得させてから、私はクラーナについていくのだった。

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